とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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主と従者の章

再序章─2─

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リヴォワールドが迎えに戻って来るまで、半日も掛からなかった。
それまで二人は、奥の壁に凭れて座り込んでいた。

────

目を閉じて、全てを委ねるような有様で身体を壁と男に預けてぐったりとしているエルドナス──この迷宮の主に、フー、と呼ばれた男──フールはただただ寄り添う事しかできない自分に砂を噛む思いを抱いた。

本当は、自分は──地下迷宮の起動維持システムと深く繋がっている自分は、この地下迷宮から一歩も出られないはずだった。
それを押して、連れ去られる主を止めようと、外に飛び出した。
ここで連れ去られたら、二度と戻ってこないのが分かっていたから、自分が一歩でも外に出たらどうなるかを知っていて、だ。

主の誘拐は止められた。
その代わりに自分が捕らえられ、迷宮に戻れなくなった。

その後、自分の身に起こった事などどうでも良かった。
それよりも酷い傷を、痛みを、自分は主に背負わせてしまった。

それより前に、出逢ったその時に、自分はこの男に、絶望を背負わせてしまったというのに、だ。

あの時の男の表情を決して忘れないと誓った。あの時の顔を思い出せば、自分の痛みや傷もされ続けた事も、積み重なったその期間も、削られていく自分の尊厳も、どうでも良かった。

六度、変わり果てた自分を見つけてくれた主に、血の涙を零させた。

迷宮に戻らない限り再生不能な存在の変質に、身体は記憶に引き摺られて萎縮したままだった。
やっと歩ける様になった時に、追手が来た。
動けない自分と、そんな自分を連れて逃げる主の為に、一緒に居た──怖くて恐ろしくて、でも気の良い仲間が二人、いなくなった。

記憶に残る損傷は、予想以上に深かった。
思う様に言葉は出ない。獲物すらも跳ね除けて、持てない。
主以外の、過去を思い出す全てを何もかも拒絶した。

主の名を呼びたかった。
それでも、ボロボロできたなくなった自分が彼の名を口にするのは烏滸がましいと、心が許さなかった。
それを察した主が「『ダナ』と呼べ」と、抱きしめて言ってくれた。

その言葉だけは口にしていいと、赦された、と思った。

それから、ヒトでいう所の「死ぬ様な思い」をひたすら繰り返して、身体機能を少しづつ取り戻した。
杖は持てなかったが、主が持たせてくれた片手槍はなんとかモノにした。

『試練場』へと戻り着くまで、行く先々の地下迷宮に潜み、そこのダンジョンマスターと掛け合って、匿ってもらった。
そこそこの規模のダンジョンでは、そこのシステムに接続して、機能回復をさせてもらった。

ダンジョンのシステムは、深い所で一つに繋がっているから、あまり多用はできなかったけれど。

そうして、やっと古巣に戻って来た。
だけれど、あまりに変質し過ぎていて、もうシステムルームに入る事すら出来なかった。

そんなフールの為に、ダンジョンマスターは──エルドナスは、しらみ潰しに探査を掛けて、システムルームの位置を割り出し、侵入経路を繋いだ。そこから魔力を流し込み、最下層だけ地下迷宮を復活させた。

しかしどんなに、普通の人間と比べて潤沢な魔力を持っていたとしても、そこまでが限界だった。
ダンジョンマスター・エルドナスは、ダンジョンの起動と維持は出来ても、システムには触れない。フールをシステムルームに送り込むまではできても、そのシステムをフールが操作できない限りは──

「……ダナ……」

システムルームに魔力を流し込み、一定量蓄積された魔力でシステムを自動起動させる以外に方法は無かった。

枯渇ギリギリまで魔力を流し込み、泥の様に眠り、起きてはどこかで食料を胃の腑に収め、また魔力を流し込む。それを四度繰り返した所に、自分と同じ様に、別人の姿になったかつての仲間が姿を見せたのだった。

────

城側からの転移陣から出てきた、リ・ボーと名乗った男は、領主としての姿だった
「ついて来い」
痩躯の男の腕の中でぐったりと力を失っていた身体を肩に担ぐと、領主は痩躯の男に後続を促す。

転移陣で飛んだ先は、城内だった。
転移陣から一歩出た途端、領主の雰囲気がガラリと変わった。

「俺さ、ここに住む事にした」
リ・ボーの記憶を持つ男は、地下で見せた顔と全く違う、屈託のない笑顔を見せた。
「今までの領主はさ、怖がって別んトコに住んでたって話だけどよ」
住める城をわざわざ観光資源にして別宅に住むのは単なる浪費だろ、と苦笑いしながら、寝室のような部屋から広間に入る。大きな机や調度品から見て、執務室の様な感じである。
広間を抜けて奥の部屋に入り、古いながらも観光資源として整えられ続けてきたベッドに寝かせると相当疲れ切ったんだろうな、と、エルドナスの髪をそっと撫でた。

「俺はリヴォワールド。
トーリボルに赴任したばかりの、ちょっと余分に記憶を持ってるだけの領主さ。
あんたは?
俺の中のそいつの記憶じゃあ『フール』って呼び名だけと、それで大丈夫か?」
リヴォワールドの言葉に、こくこく、とフールが頷く。
どうやら、言葉は分かる様だ、と判断する。

「ここはまだ俺しか居ない。しばらくは誰も雇わなくて済むように、使う部屋は最低限の部屋数に絞って生活するつもりだから、安心して休んでくれ。ちょっとしたのなら作れっから、腹が減ることも無いと思う」
同じ部屋でいいか?と続けたリヴォワールドに、フールはまたこくこく、と頷いて返す。
「喋れるか?喋りたくないか?」
首を横に、次いで、縦に。
声は出るはずだが、エルドナスの言葉が本当なら、主以外となぞ話たくなぞなかろう。しかし、意思疎通だけはできなければいけない。
「じゃあ、喋りたくなるまでは簡単に答えられる聞き方するな?
部屋はそいつと一緒でいいか?」
こくこく、と頷き、エルドナスの袖をきゅ、と握りしめる。
一緒がいい、離れたくない。まるでそう言ってるかの様に見えて、リヴォワールドは寝具を追加で持ってこようと決めた。

「今日からしばらくは城でゆっくり休んでくれ。
起きたら湯を用意するから、使うといい」

じゃあ食事作って来る、カーテンは開けるなよ、と残して、リヴォワールドが部屋を後にした。

誰も雇わないのであれば、食事も自分で作るしか無い。それが出来るという事は、この派遣された領主の男は、それなりの地位に生まれ付いたにもかかわらず、そこそこに色んな経験を積んでいるのだろう。
エルドナスが起きていたら、青年の、領主らしからぬ振る舞いに──そして、リヴォワールドが持つ記憶もふくめて、会話も続いていたのだろうが。

見渡すと、窓は厚手のカーテンで全て塞がれていた。その向こうに、広がる景色を、普通は見たがるのだろうが、フールにはどうでも良かった。

今までも、そうだったように。
これからも、きっとずっと、そうなのだろう。

ただ、人形の様に、主の側に寄り添うだけだった。
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