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主と従者の章
到着
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ギルドからの遣い・アルターの到着から一月掛けて、次々と冒険者ギルドからの増援が到着した。
まずは大量の建築物資と共に、戦士ギルドが。
食糧と共に、絡繰士ギルド──冒険者達の間では『盗賊』ギルドと言われているが、状況的にその名前では何分聞こえが悪い時に使われる別称である──と僧侶ギルドが到着した。
魔術師ギルドが司祭組合とカパタト神の使徒達を伴って、資材や食糧などと共に、馬や牛などの、労力にもなる家畜を引き連れてやってきた。
家畜類は、ひとまず街外れに祭壇と居を設置する使徒達が世話をする事になっているとの事だった。
実際には、魔術師ギルドの人間は、他のギルドの面々と一緒に一人づつついて来ていたのだが、彼らの仕事は後続に不足している必要物資を伝達するのが主な任務であった。
『円卓』──『君主』と呼ばれる所謂僧侶戦士組合が、更に不足分の物資を届けながら民間人の復旧に回り
最後に到着したのは、一番遠い所からやってきた「侍」達であった。
─────
三つの騎影が、なんとか形になり始めた城塞都市の門を潜る。誰も見たことの無い出立ちに、街がざわめいた。
細かい板を繋いで生地に縫い付けた防具は、赤や黒に鮮やかに彩られ、その下のだぼついた服は、見たことの無い作りをしていた。長旅にも関わらず、薄汚れてはいたものの、折り目はしっかりと整っている。
この近辺では見たことの無い形の兜、細く、緩やかに湾曲を描く腰に下がった棒状のモノ。
異国、東国特有の出立ちは流石に目立った。
「お待ちしておりました、東国よりの侍の皆様」
ざわめきから、侍の到着を知ったアルターが、領主の代わりにと出迎える。
東国からの侍の「役割」については、領主リヴォワールドより全ギルドに予め話が付いている。自分たちとは全く分野の違う仕事が目にできると、良い意味で色めきたったのが数日前だ。
「出迎え、感謝いたします。
火急と伺い、まずは三人で馳せ参じました」
先頭の侍が馬から降りて、アルターと握手を交わす。次々と後の二人も降りて来て、握手を交わした。
「左が『カトウ』。ご要望なさった方です」
「『カトウ』と申す。話を受けて、一先ずこの目で見らねばと、『トクガワ』公に許しを得て馳せ参じた」
やや細身だが、身体の造りはしっかりしているのが見てとれた。
油で固めた黒髪で髷を結っている。東方ヒノモト領でよく見かける姿だ。
「右は『シマヅ』。彼は見かけに寄らず、攻めと守りに精通しております。城塞都市トーリボルの更なる強固さに、彼の知識は外せません」
「何ァんが『見かけに寄らず』だ。
儂ゃ『シマヅ』。こやつが『命捨てがまれる場所』と聞いて、無理矢理ひっついて来た」
豪快に笑う男は、背も高く他の二人と比べて二回りも大きい。こちらは髷を結ってはいなかったが、油を行き届かせた黒髪を後ろで一つに結いまとめてある。
「私は『ミフネ』」
手を離して、『ミフネ』と名乗った男は兜を外した。
その顔に、アルターの表情が一種、揺らぐ。
精悍な顔つきの中にまだあどけなさを残す赤毛の青年が、柔らかく微笑んだ。
「二人とも、この方が、私を『育てて下さった方』です。
──お久しぶりです、師父」
────
トーリボルと国境を接する東国、ヒノモト領は、その決して狭くはない領土のほとんどが広大な地下迷宮の、魔境と噂されている。
実際は、過酷なのは地下迷宮だけで、地上の生活は比較的穏やかなものだ。
ただ、支配階級が王侯貴族などではなく侍である事。
侍となった時点で、その者は今までの名を捨て、与えられた名を名乗り、その名に付与された勤めを果たす事。
その筆頭が地下迷宮のダンジョンマスター『トクガワ』でなければならないこと。
ダンジョンマスターは必ず『トクガワ』を名乗り、継いだ者はその瞬間から『トクガワ』でなくてはならない事。
他にも色々あるが、冒険者としてのサムライとは、まったく異質な文化が根付いた『侍』がそこにはあった。
────
場所を執務室へと変え、三人と一人は向かい合った。
────
落ち延び、『試練場』へと戻る途中で、エルドナスとフール──当時は『フウライ』という偽名を使っていた──は『トクガワ』に匿ってもらった時期があった。
その時に、半年ほど前にエルドナスが途中で拾った子供を保護してほしいとトクガワに預けたのが『ミフネ』を名乗ったこの青年だった。
拾った子供は、既に表には出てこない様な組織で戦闘員として肉体改造を受けており、その身体の上手い扱い方をエルドナスは知らなかった。
風の噂ほどでしか聞いていなかったが、東国では『道(ドウ)』と呼ばれる各種所作や精神鍛錬があると言う。それならば、すぐに限界を越える力を出そうとする肉体を自身の意思でコントロールできるのではないか、と考えたのだ。
土地に眠る潤沢な魔力と、王都側とほぼ切り離されたシステム経路を使ったフールの修復も兼ねて、ヒノモトには一年半という長い間身を寄せていた。その間に、少年は自分の身体のコントロールを身につけつつあった。
去る時には年相応の感情を取り戻した少年に散々泣かれたが、それでもここでなら命長らえられると説き伏せたのも懐かしい思い出だ。
侍としての名を持つのであれば、最早昔の名では呼ぶまいと、エルドナスは名残惜しそうに、赤毛を撫でて額に口付けた。
「……よくぞ育ってくれた」
「師父の言いつけを守って参りました」
この手が離れれば、彼はまた『ミフネ』に戻る。そうして決して、別れた時の子の顔には戻るまい。
すっ、と身を引くと、赤毛の青年は頭を下げた。
「師父。『ミフネ』の名と共に、『公』の許しを経て、我、ここを死地となし馳せ参じました。
我が力、我が命、存分にお役立て下さい」
「『公』から何を聞いている」
「『時が流れ始めた』とだけ」
ダンジョンマスター『トクガワ』の力は、エルドナスも舌を巻くほどであった。
決して、敵には回したくない。あれは歯が立たない。
かつて仲間であったミフネですら恐ろしいと思っていたが、トクガワの前では猫の子だろう。
それなのに、そこまで強大なのに、相手を立て、心を砕く。困っている相手に手の届く限り尽くそうとする。最後の最後まで、武力に頼ろうとはしない。
そんな善性の塊のような人間がこの世には居るのだ。
「自分にもそれが何かは分かりません。
ただ、『公』は私の想いを受け止め、聞き入れて下さいました。
その『公』が動いて良いと、師父の元へ行けと言われたのですから、今は復旧に携わりながら、自分が成すべき事を見つけようと思います」
ひとまずこれからは、カトウの補佐に入ります。
そう告げて、穏やかに微笑んだ。
「そうか。──有難い。
しかし先ずは今日は休まれよ。湯殿を準備するので、少しでも長旅の疲れを落としていただきたい。寝泊まりも、城に部屋を準備させよう。確かまだ部屋に空きはあったはずだな、領主殿?」
ドアの向こうに声を掛けると、軽く音を立ててドアが開き、人が入ってくる。
「…ハハっ、バレてたか」
領主リヴォワールドその人だ。
遅くなった事を謝罪し、軽く自己紹介を済ませ、握手を交わす。
「アルター、対応ご苦労。あとはこちらで引き継ごう。
客人よ、この機会に色々な事を勉強させていただきたい。よろしく頼む」
二階に部屋を準備している、と案内されて出ていくミフネの目配せに、アルター──エルドナスもまた目配せで返した。
────
夕食の後、執務室──正確には、その奥の客間を訪ねて来たのはミフネだった。
「師父は」
「こちらだ」
おいで、と手招きされて、青年は客間に入って行った。
早くも遅くもない時間だが、リヴォワールドは既に寝室に引きこもっている。連日飛び回っているため、疲れ果てて眠りに落ちているのだろう。
「師父。あのひとは?」
「フウライか」
「はい」
いつもエルドナスと付かず離れずに一緒にいた、痩躯の男が居なかった。
エルドナスがアルターを名乗る様になってから、五度目のメンテナンスはいつもより長い──まだ戻って来ていない。
居なくても身の回りの事くらいは出来る、と本人は思っているのだが、どうもそうではない様に見て取れた。
「──ついてきなさい」
見せた方が早いと、エルドナスは、ミフネを伴い、西側の棚に隠された空間の、窓側の転移陣を抜ける。
方向感覚の狂う一本道を抜けて、転移陣に入ると、そこは薄明るく、朽ちた玉座がぽつんと置かれただけのだだっ広い空間だった。
「アレは、ここに『居る』」
この壁の向こう、不可侵の空間。
そこで、一応の区切りが付くまで、修復を続けている。
「──詳しく話すと長くなる」
壁を愛おしく撫でながら、自分にかつて向けられたような、とても、とても優しくて、しかし自分には決して向けられなかった、苦さが滲む声を漏らす。
「──戻ろう」
────
それは、かいつまんでも寝物語には長い話だった。
トーリボルの地下迷宮。
王都の貴族によるダンジョンマスター狩り。
五度の繰り返しと経験の蓄積。
自分とフウライ──フールが何なのか、そして自分との関係。
何もかもを話すには、あまりにも時間が足りなかったが、それでもエルドナスはミフネに伝えた。
「今回『公』を頼ったのは、これ以上王都にこの街を蹂躙させない為だ。
それには、王都側以外のやり方、知識が居る。
城壁を建てるにしても、金も資材も人も足りないのでな、やれるところから進めていく。まずは城下からだ」
そう、だったのですか、と、かいつまんだ話を聞き終えたミフネが深く息を吐く。
「城下なら、『カトウ』の得意分野です」
『カトウ』が手がけた城下町は守り易く攻めにくいことで、ヒノモト領でも高い評価を得ている。一撃で大規模破壊される様な攻城武器で攻められない限りは、充分に対応可能な案を複数、練り上げてくれるだろう。
「『カトウ』の一派は、そういった事に長けた者の集まりです。ご安心を。必ず成果を挙げてくれる事でしょう」
ヒノモトで侍として名を与えられるという事は、こちらでいう職業ギルドに加入するというのに近いらしい。
『ミフネ』はこちらで言う所の近衛兵、『シマヅ』は『ミフネ』の枠に収まる事が出来なかった軍人の様な扱いであった。ただ、そういう役割であるだけで、実際には政的な役職が付かない限りは同等なのだという。
「──何か、成すべき事を見つけるきっかけにはなったか?」
静かな師父の物言いに
「あまりに──ありすぎて」
ミフネが俯く。
自分を救けてくれたひとたちは、出会う前から今もなお、自分たちにとっては手離せない重いものをずっと背負ってきていた。
自分を救けてくれた事に、少しでも報いられたらと思ったのに、今のままではちっとも、役に立ちやしない。
「ならば、ひとまずは『生きろ』。お前はまだ若い。しっかりと前を見なさい。
そして、今までとは違う世界をしっかりと目に焼き付けておけ。
世界は広いし一つではない。それを知るだけでも全く違う。
それに、せっかく外に出たのだから、知識や経験を貪欲に求めてみるといい。なかなかに面白いぞ。
あと──機会があればフーに顔でも見せてやってくれ」
「…はい」
師父は、今の自分よりほんの少しだけ歳上にしか見えないけれど、その声の深い響きは、自分が思っているよりも、長くあり続けたひとなのかもしれない。
少しだけ背中を丸めて客間を出ていくミフネは、まだまだだな、という優しい目で見送られている事を知る由もなかった。
まずは大量の建築物資と共に、戦士ギルドが。
食糧と共に、絡繰士ギルド──冒険者達の間では『盗賊』ギルドと言われているが、状況的にその名前では何分聞こえが悪い時に使われる別称である──と僧侶ギルドが到着した。
魔術師ギルドが司祭組合とカパタト神の使徒達を伴って、資材や食糧などと共に、馬や牛などの、労力にもなる家畜を引き連れてやってきた。
家畜類は、ひとまず街外れに祭壇と居を設置する使徒達が世話をする事になっているとの事だった。
実際には、魔術師ギルドの人間は、他のギルドの面々と一緒に一人づつついて来ていたのだが、彼らの仕事は後続に不足している必要物資を伝達するのが主な任務であった。
『円卓』──『君主』と呼ばれる所謂僧侶戦士組合が、更に不足分の物資を届けながら民間人の復旧に回り
最後に到着したのは、一番遠い所からやってきた「侍」達であった。
─────
三つの騎影が、なんとか形になり始めた城塞都市の門を潜る。誰も見たことの無い出立ちに、街がざわめいた。
細かい板を繋いで生地に縫い付けた防具は、赤や黒に鮮やかに彩られ、その下のだぼついた服は、見たことの無い作りをしていた。長旅にも関わらず、薄汚れてはいたものの、折り目はしっかりと整っている。
この近辺では見たことの無い形の兜、細く、緩やかに湾曲を描く腰に下がった棒状のモノ。
異国、東国特有の出立ちは流石に目立った。
「お待ちしておりました、東国よりの侍の皆様」
ざわめきから、侍の到着を知ったアルターが、領主の代わりにと出迎える。
東国からの侍の「役割」については、領主リヴォワールドより全ギルドに予め話が付いている。自分たちとは全く分野の違う仕事が目にできると、良い意味で色めきたったのが数日前だ。
「出迎え、感謝いたします。
火急と伺い、まずは三人で馳せ参じました」
先頭の侍が馬から降りて、アルターと握手を交わす。次々と後の二人も降りて来て、握手を交わした。
「左が『カトウ』。ご要望なさった方です」
「『カトウ』と申す。話を受けて、一先ずこの目で見らねばと、『トクガワ』公に許しを得て馳せ参じた」
やや細身だが、身体の造りはしっかりしているのが見てとれた。
油で固めた黒髪で髷を結っている。東方ヒノモト領でよく見かける姿だ。
「右は『シマヅ』。彼は見かけに寄らず、攻めと守りに精通しております。城塞都市トーリボルの更なる強固さに、彼の知識は外せません」
「何ァんが『見かけに寄らず』だ。
儂ゃ『シマヅ』。こやつが『命捨てがまれる場所』と聞いて、無理矢理ひっついて来た」
豪快に笑う男は、背も高く他の二人と比べて二回りも大きい。こちらは髷を結ってはいなかったが、油を行き届かせた黒髪を後ろで一つに結いまとめてある。
「私は『ミフネ』」
手を離して、『ミフネ』と名乗った男は兜を外した。
その顔に、アルターの表情が一種、揺らぐ。
精悍な顔つきの中にまだあどけなさを残す赤毛の青年が、柔らかく微笑んだ。
「二人とも、この方が、私を『育てて下さった方』です。
──お久しぶりです、師父」
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トーリボルと国境を接する東国、ヒノモト領は、その決して狭くはない領土のほとんどが広大な地下迷宮の、魔境と噂されている。
実際は、過酷なのは地下迷宮だけで、地上の生活は比較的穏やかなものだ。
ただ、支配階級が王侯貴族などではなく侍である事。
侍となった時点で、その者は今までの名を捨て、与えられた名を名乗り、その名に付与された勤めを果たす事。
その筆頭が地下迷宮のダンジョンマスター『トクガワ』でなければならないこと。
ダンジョンマスターは必ず『トクガワ』を名乗り、継いだ者はその瞬間から『トクガワ』でなくてはならない事。
他にも色々あるが、冒険者としてのサムライとは、まったく異質な文化が根付いた『侍』がそこにはあった。
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場所を執務室へと変え、三人と一人は向かい合った。
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落ち延び、『試練場』へと戻る途中で、エルドナスとフール──当時は『フウライ』という偽名を使っていた──は『トクガワ』に匿ってもらった時期があった。
その時に、半年ほど前にエルドナスが途中で拾った子供を保護してほしいとトクガワに預けたのが『ミフネ』を名乗ったこの青年だった。
拾った子供は、既に表には出てこない様な組織で戦闘員として肉体改造を受けており、その身体の上手い扱い方をエルドナスは知らなかった。
風の噂ほどでしか聞いていなかったが、東国では『道(ドウ)』と呼ばれる各種所作や精神鍛錬があると言う。それならば、すぐに限界を越える力を出そうとする肉体を自身の意思でコントロールできるのではないか、と考えたのだ。
土地に眠る潤沢な魔力と、王都側とほぼ切り離されたシステム経路を使ったフールの修復も兼ねて、ヒノモトには一年半という長い間身を寄せていた。その間に、少年は自分の身体のコントロールを身につけつつあった。
去る時には年相応の感情を取り戻した少年に散々泣かれたが、それでもここでなら命長らえられると説き伏せたのも懐かしい思い出だ。
侍としての名を持つのであれば、最早昔の名では呼ぶまいと、エルドナスは名残惜しそうに、赤毛を撫でて額に口付けた。
「……よくぞ育ってくれた」
「師父の言いつけを守って参りました」
この手が離れれば、彼はまた『ミフネ』に戻る。そうして決して、別れた時の子の顔には戻るまい。
すっ、と身を引くと、赤毛の青年は頭を下げた。
「師父。『ミフネ』の名と共に、『公』の許しを経て、我、ここを死地となし馳せ参じました。
我が力、我が命、存分にお役立て下さい」
「『公』から何を聞いている」
「『時が流れ始めた』とだけ」
ダンジョンマスター『トクガワ』の力は、エルドナスも舌を巻くほどであった。
決して、敵には回したくない。あれは歯が立たない。
かつて仲間であったミフネですら恐ろしいと思っていたが、トクガワの前では猫の子だろう。
それなのに、そこまで強大なのに、相手を立て、心を砕く。困っている相手に手の届く限り尽くそうとする。最後の最後まで、武力に頼ろうとはしない。
そんな善性の塊のような人間がこの世には居るのだ。
「自分にもそれが何かは分かりません。
ただ、『公』は私の想いを受け止め、聞き入れて下さいました。
その『公』が動いて良いと、師父の元へ行けと言われたのですから、今は復旧に携わりながら、自分が成すべき事を見つけようと思います」
ひとまずこれからは、カトウの補佐に入ります。
そう告げて、穏やかに微笑んだ。
「そうか。──有難い。
しかし先ずは今日は休まれよ。湯殿を準備するので、少しでも長旅の疲れを落としていただきたい。寝泊まりも、城に部屋を準備させよう。確かまだ部屋に空きはあったはずだな、領主殿?」
ドアの向こうに声を掛けると、軽く音を立ててドアが開き、人が入ってくる。
「…ハハっ、バレてたか」
領主リヴォワールドその人だ。
遅くなった事を謝罪し、軽く自己紹介を済ませ、握手を交わす。
「アルター、対応ご苦労。あとはこちらで引き継ごう。
客人よ、この機会に色々な事を勉強させていただきたい。よろしく頼む」
二階に部屋を準備している、と案内されて出ていくミフネの目配せに、アルター──エルドナスもまた目配せで返した。
────
夕食の後、執務室──正確には、その奥の客間を訪ねて来たのはミフネだった。
「師父は」
「こちらだ」
おいで、と手招きされて、青年は客間に入って行った。
早くも遅くもない時間だが、リヴォワールドは既に寝室に引きこもっている。連日飛び回っているため、疲れ果てて眠りに落ちているのだろう。
「師父。あのひとは?」
「フウライか」
「はい」
いつもエルドナスと付かず離れずに一緒にいた、痩躯の男が居なかった。
エルドナスがアルターを名乗る様になってから、五度目のメンテナンスはいつもより長い──まだ戻って来ていない。
居なくても身の回りの事くらいは出来る、と本人は思っているのだが、どうもそうではない様に見て取れた。
「──ついてきなさい」
見せた方が早いと、エルドナスは、ミフネを伴い、西側の棚に隠された空間の、窓側の転移陣を抜ける。
方向感覚の狂う一本道を抜けて、転移陣に入ると、そこは薄明るく、朽ちた玉座がぽつんと置かれただけのだだっ広い空間だった。
「アレは、ここに『居る』」
この壁の向こう、不可侵の空間。
そこで、一応の区切りが付くまで、修復を続けている。
「──詳しく話すと長くなる」
壁を愛おしく撫でながら、自分にかつて向けられたような、とても、とても優しくて、しかし自分には決して向けられなかった、苦さが滲む声を漏らす。
「──戻ろう」
────
それは、かいつまんでも寝物語には長い話だった。
トーリボルの地下迷宮。
王都の貴族によるダンジョンマスター狩り。
五度の繰り返しと経験の蓄積。
自分とフウライ──フールが何なのか、そして自分との関係。
何もかもを話すには、あまりにも時間が足りなかったが、それでもエルドナスはミフネに伝えた。
「今回『公』を頼ったのは、これ以上王都にこの街を蹂躙させない為だ。
それには、王都側以外のやり方、知識が居る。
城壁を建てるにしても、金も資材も人も足りないのでな、やれるところから進めていく。まずは城下からだ」
そう、だったのですか、と、かいつまんだ話を聞き終えたミフネが深く息を吐く。
「城下なら、『カトウ』の得意分野です」
『カトウ』が手がけた城下町は守り易く攻めにくいことで、ヒノモト領でも高い評価を得ている。一撃で大規模破壊される様な攻城武器で攻められない限りは、充分に対応可能な案を複数、練り上げてくれるだろう。
「『カトウ』の一派は、そういった事に長けた者の集まりです。ご安心を。必ず成果を挙げてくれる事でしょう」
ヒノモトで侍として名を与えられるという事は、こちらでいう職業ギルドに加入するというのに近いらしい。
『ミフネ』はこちらで言う所の近衛兵、『シマヅ』は『ミフネ』の枠に収まる事が出来なかった軍人の様な扱いであった。ただ、そういう役割であるだけで、実際には政的な役職が付かない限りは同等なのだという。
「──何か、成すべき事を見つけるきっかけにはなったか?」
静かな師父の物言いに
「あまりに──ありすぎて」
ミフネが俯く。
自分を救けてくれたひとたちは、出会う前から今もなお、自分たちにとっては手離せない重いものをずっと背負ってきていた。
自分を救けてくれた事に、少しでも報いられたらと思ったのに、今のままではちっとも、役に立ちやしない。
「ならば、ひとまずは『生きろ』。お前はまだ若い。しっかりと前を見なさい。
そして、今までとは違う世界をしっかりと目に焼き付けておけ。
世界は広いし一つではない。それを知るだけでも全く違う。
それに、せっかく外に出たのだから、知識や経験を貪欲に求めてみるといい。なかなかに面白いぞ。
あと──機会があればフーに顔でも見せてやってくれ」
「…はい」
師父は、今の自分よりほんの少しだけ歳上にしか見えないけれど、その声の深い響きは、自分が思っているよりも、長くあり続けたひとなのかもしれない。
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