とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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主と従者の章

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昨夜の会話の段階で、リストアップされたもので目に入ったものの殆どは頭の中に入っていた。
改めてそれらにもう一度目を通し、拾い漏れが無いかを確認する。
どうやら、準備して来た金貨はすぐに溶けて消えそうだ、とエルドナス──アルターは軽く息を吐いた。

「フー。奥に『下がっておきなさい』」
「か……、ダナ……」
声がきちんと出ていれば、畏まりました、となったのであろう。
書類に目を落としたままの『主』の言葉に『従者』は従い、客間に消えた。

装備を外し、身軽な姿となった従者は、外とは打って変わった覚束ない足取りで、しかし迷う事なく、客間の西側の棚にうまく隠された空間の、執務室側の陣に入る。

転移をしながら、実質一本道を辿って着いた所は、何も無い狭い部屋だった。

ここは、フールだけしか入れない「部屋」。
場所は迷宮の、地下10階のどこか。
探索され続けて久しい迷宮の、探索済みとして出回った地図にすら載っていない、見つけたエルドナスすらも締め出される──実際、転移陣を設置した直後に締め出された──地下迷宮のシステム中核部にあたる。

身を削ぐ様な拷問といっても差し支えない時の果て、更に十余年の歳月を経て戻ってきたこの場所は、本来のフールの「寝床」だ。

エルドナスが帰還してすぐに地下10階だけとはいえ、起動して魔力を注ぎ込んだのは、ここでフールを根幹から修復させる為だった。

フールの壊れ方は酷かった。
ここに戻って来た時は、迷宮維持システムそのものの起動のさせ方すら欠落していた。並のマスターであれば、壊れたシステムなど捨て置かざるを得ないほどだが、しかしこの主は決して、決して、捨てたりなどはしなかった。

痩躯の男が真ん中に立つと、壁面が緑に、水色に、と光り出す。
光の点滅から、システムが何かを伝えようとしてきるのだろうが、今のフールには全く分からない。

しかし、何度かこの部屋に入って──正確には、主にその様に命令されて──フールは自分が『修復されている』ことを理解したらしい。

光の意味も、点滅が示すものも、全く理解不能。
しかし、この部屋に籠って出ていくたびに、今までできなかった事が少しづつ、少しずつ、できる事が増えていくのが分かった。

声が、少しだけ、出る様になった。
よりしっかりと、楽に、槍を持てるようになった。
主の盾になれる位には、動ける様になった。

無理矢理に引き伸ばされ、造り変えられて久しいこの身体の、痛みや軋みがほんの少しだけ、軽くなった。
永い間記憶に刻まれ続けてきた傷が、ほんの少しだけ、ぽろりと、溢れて、消えていくのを感じた。

───は、ばけもの、なのに

主と自分は全くの別物。根幹自体から異なる存在。
それなのに、どうして主は、自分にここまでしてくれるのだろうか。

こわれた────は、すてられて、とうぜん、なのに

ぽろぽろと、涙がこぼれる。

造り変えられて、存在を改変されて、きたないにんげんたちのなぐさみものになって、それを主に五度否定されたというのに。

あのひとを、想うことが、できるようになった。
なってしまった。
これは、要らない機能のはずなのに。

なぜ、あのひとは、───なんかに

苦しい。くるしい。くるしい。

あるじをおもうことがこんなにくるしいならば、───は───のままでよかった。

器の胸部の奥をきゅうきゅうと締め付ける様な感覚に、フールはただただ、点滅する光の中で、まるで子供の様にしゃくりあげる。
とうとう膝を抱えてうずくまった、大きくて小さな身体に、さまざまな色の点滅が、そっと降り注いでは染み込んでいく───きゅうきゅうと、締め付けるその場所を、あたたかく包み込むように。

涙を流して───流せるだけ流しながら、フールの意識は静かに閉じていった。
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