とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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接触-2-東の棟梁

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こんこん、とドアをノックする気配に、どこか懐かしさを感じながら「どうぞ」と応えると
「失礼する」
と堅苦しい言い回しながらもどこか柔らかげな声とと共に、二人の客が入ってきた。

エルドナスと同じ位の背丈であろうか。
戦士として鍛え上げられた壮年の男が、歳の頃十前後であろうか、男子を抱き抱えている。二人とも、長く艶やかな黒髪を後ろで結い上げ、腰に特徴的な──反り身の細い剣を佩いた、侍風の出立だ。

「──お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな、えるどなす殿」

忘れようはずもない。
エルドナスとフールが一年半の長きに渡り身を寄せ、二人の拾い子を生かし育てあげた恩人。

ヒノクニ国、ヒノモト領──その地下に拡がる最初期の地下迷宮、通称『虚空』のダンジョンマスター『トクガワ』その人だ。

「フール」
「おひさしぶりです『公』」
「ああ、久しぶりだな、ふうらい殿。
斯様な声であられたか」

二人が身を寄せた時、動くことはともかく、会話が碌にできなかったフールは、トクガワその人から、身分を偽る為に『フウライ』と言う名を貰っていた。
『虚空』の拠点となる城には、地下迷宮の攻略を目指す数多の冒険者達がいる。彼らにフールが「人間ではない」事が看破された時を案じて、ヒノクニ風の名を名乗らせる事で無用な手出しを未然に防いでいたのだ。

椅子を勧められて、二人が座る。
と同時に、エルドナスは部屋の内側に外殻を添わせて空間を隔離する。本職の魔術師の<転移>をも阻む結界だ。

「『試練場』の再稼働と『地下宝物庫』の出現を受けて、挨拶に参った」

維持する魔力の供給の不便さや、システムとの連携の取りにくさなどで運営に支障をきたしかねない為、規模が大きければ大きいほど、ダンジョンマスターはその迷宮からはあまり離れられない。

「……代替わり、なされますか」
「うむ」

そこを推して来るのには、何かしらの理由があるのだ。

「この子が次の『トクナガ』であるよ」
「この子も『ミフネ』で?」
「否、『タケチヨ』である」

ダンジョンマスターの腕の中に居た少年が、答えた。

地下迷宮を運営するダンジョンマスターは、ほとんどの場合、持ち回りや引き継ぎなどは無く、一代で終わる。
しかしながら、最初期から初期のものにかけては──これは『学府』による数々の遺跡となった地下迷宮調査によって判明したのだが──地下迷宮も含めた一帯は、生活の基盤としての場でもあった。
その為、街や都市を治めながらの超長期運営も求められるが故に「代替わり」というオプショナルシステムが搭載された地下迷宮が、稀にではあるが存在する。

『虚空』のダンジョンマスターの選定には二通りある。
一つは『ミフネ』の派の者からの選定。
そしてもう一つが──

『トクガワ』として在る為にこの世に生を受けた『タケチヨ』と呼ばれる存在だ。

「余は『タケチヨ』。
『虚空』によって造られ『虚空』を保つ為にのみ在ります」

今まで抑えてきたのであろう。その小さな身体からは考えられない程の力と、威厳を、少年は備えていた。

「我ら『トクガワ』は、記録も記憶も連綿と受け継がれてきたもの。その中に久しからず『双子王』の流れとの合流あわさりを見つけたのです。
双子王の徒おうのしもべ』よ」

それなのに、その身体は小さく震えていた。

「……今まで明かせなかった『虚空』の在り方を、双子王に伝えて欲しい」

──口調こそは穏やかなれど、それは悲鳴にも近い、救援を求める声だった。

─────

『最初期にして最難関』

この評価を戴く地下迷宮は四つ。

そのうちの一つはずっと眠りに付いていた。

別の一つは時空を歪ませ一帯を『舞台装置』となる事で
もう一つは長い時間を掛けて『研究対象』とする事で
この世界への侵食を阻止して来ていた。

さもなくば、今ある世界はもっと混沌とし、怪物が闊歩し、危険に満ち溢れていた事だろう。

『舞台装置』は余分なシステムを切り離し
『研究対象』は過ぎる力を捨て去る事で
今拮抗を保っている。

しかし──『虚空』は違った。
拮抗を保てていない。
未だに広く、深くなろうとしている。

「なぜ、それが名言できるのでしょうか?」
「我ら『タケチヨ』の存在です」

少年曰く『タケチヨ』が顕現したのは自分も含めて3度目との事だった。

「我ら『タケチヨ』は、『虚空』によって生成された、定命の者たちと同じ様に成長する『自立式システム』です。
『タケチヨ』の顕現に併せて『虚空』はヒトの手を離れ、システムのみによる調整を以て、姿と難易度を変えます。」

──分かりやすく言うなら、トーリボルの『試練場』と『宝物庫』のダンジョンマスターを、エルドナス位の魔力を保有する『フール』が務める、と言う事だ。

『フール』を始めとする各地下迷宮の『オペレーション』機能を持つ『システム』には、管轄する地下迷宮を運営・維持する為に全てのシステムを扱う権限はあるが、システムを動かすのに必要な魔力は、自身の行動分位しかない。
『システム』の暴走を防ぐ為の安全装置だ。

それが『虚空』では、欠落する期間がある──ヒトの管轄を離れ、システムの感覚で、システムが『地下迷宮』を無制限に造り変えてしまえる、という事だ。

それは、定命の者である『トクナガ』による地下迷宮運営が、拮抗を保つという意味では『平穏である』と言う意味でもあった。

「私達の様に、『トクナガダンジョンマスター』と『タケチヨシステム』が共に手を取る事は──」
「それは、できないのです」

普通はそうあるべき関係性を、『虚空』は取れなかった。

「『虚空』に私達『ヒト』側と意思疎通が出来るしすてむは、『タケチヨ』以外ないのだ、えるどなす殿」

『トクガワ』が、そっと言葉を添えた。

「最初の『タケチヨ』顕現の際に、当代の『トクナガ』が死去してしまった事がな」

ダンジョンマスターとシステムの意思疎通が不可能な状態で、システムを扱う権限を持つ者が『タケチヨシステム』しか居なかったのが全ての始まりだったのだ。

「一度目は『双子王』から譲り受けた竜と武防具の力を借りました」

少年の目が、遠くを捉える。

「二度目は竜に捧げた『トクナガ』達の魂を以て鎮めました」

双子王の竜は、タダでは動かなかった。
自らが別の地下迷宮のシステムと成り果てる代償として、歴代のダンジョンマスターの魂を要求したのだ。
これによりその後の『トクナガ』達は人の身のままのダンジョンマスターという稀有な存在になったのだが、『虚空』の二度目の変容を乗り切り、抑える為に──

歴代最強の侍達が冒険者達の試練として立ちはだかるという地下迷宮の『システム』に組み込まれてしまった。

「『余』で三度目の顕現──何が起こるかも、抑える手立ても、何を以て抑えられるかも分かりません。
このまま行けば、望まずともヒノモトより近隣へ、戦乱の狼煙が上がりましょう」

もし、このまま『虚空』の変容を指を咥えて見ているだけなら、ヒノクニ国はヒノモト領と領民を失い、地下迷宮より溢れ出した魑魅魍魎の力を近隣諸国へ流出させ、それが戦争の火種になるのは想像に難く無い。

「それを回避するための手立てを『学府』は何か持っていないでしょうか。我らが城に居を構える『学府』の者達を通して、何か──」
「私は、私達は、ずっと旅の空の下でした」
言い募る『タケチヨ』に、静かにエルドナスが告げる。
「『学府』本部にどの様に『虚空』の情報が伝わり、処理されているかは私も分からない。しかし、今の現状を本部に上げ、姿を見せた『宝物庫』に何か役立つものがあるかどうかを探す事は、できます」
「えるどなす殿…」

『トクナガ』の声に、エルドナスは腹を決めた。

「私達には、先代の公より受けた御恩があります。それ無くして今ここに、自分達は無い。『宝物庫』の出現も、また然り。
それに──私達の地下迷宮は『試練場』。戦える者たちを鍛える為の場でもあります。求めるもの全てを揃えるのが叶うかは、その時にならないと分かりませんが、出来うる限り、ヒノモトの力になりましょう」

口にした言葉通り、エルドナスもフールも、返しきれぬ恩がヒノクニにはある。『虚空』のシステムによる調整が無ければ、ここ(トーリボル)に帰るまでもっと時間を要していたであろう──否、辿り着けなかったかもしれない。

しかし、その事が無くても、男は無条件でその小さな手を取っただろう。

「──それが『学府』の徒の使命です」

────

「──ダナ」
二人を見送った後、受けて良かったのか?と言いたげなフールに
「いいんだ」
エルドナスが短く返した。
はもう、ヒノクニには行けなくなったけど、師匠達を始めとして向こうに行ける人達はたくさんいるからね。
時が来るまでに、どこまで宝物庫の中身をリストアップ出来るかと、宝物庫に入れる人数を揃えられるか、だよ」

状況、分かるかい?と問い返されて、フールがこくりと頷いた。
「…まだ、大丈夫だよ」

地下迷宮は、全て深い所で一つに繋がっている、とされている。
地下迷宮の研究機関である『学府』が本部と支部を繋ぐ『転移陣』や『転送陣』は、それを利用したモノとされている。
世間では噂程度の信憑性と言われているが──最初期のダンジョンマスター達は、それが真実である事を理解している。そしてそれが王都にも繋がっているのを知っているが故に、余程の事が無い限り、それを『利用しすぎない』。

フールシステムが『虚空べつのシステム』に状況の探りを入れる程度であれば、王都にも勘づかれまいが……もしも、その繋がりを王都が気付き、利用するとなったら話は変わってくる。

「……怖いね、フール」
「……うん」

はは、と乾いた笑いをこぼした主を、従者はそっと抱き締めた。

「……今日は寝ようか、フール」
頭の整理が付かないや、と、従者の胸に顔を埋めて小さく溢すと、抱き締める腕に力が籠った。
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