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幕間
接触-1- 西の双子王
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「…こんばんは」
夜。
ひょっこりと『支部』の奥の部屋に設置された転移陣を介して、予想だにしない来客が来た。
「…!エル!」
退院を間近に控えた弟子を認め、アレンティーナが飛びつくように抱きしめる。
「お元気そうで何よりです、アレンティー」
「こんばんは。どうやってここへの道を繋いだのかしら?」
「『学府』の徒としての権限です」
繋がって良かった、と挨拶のキスを交わすエルドナスの後から、転移陣を介して痩躯の男も姿を現す。フールだ。
「あなたも、だいぶ回復したのね」
「あ、え、あ、うん、ありがとう」
アレンティーに、腰を抱き込まれる様に抱きしめられるものの、返し方が分からず戸惑いながら、フールは主と同じように、細い身体に腕を回した。
「今日は、皆さんは?」
「呑みに行ってるわ。私と兄さんは留守番。あと、ヘリオドールが居るけど」
「良かった。アガット師に用事が会って来ました」
「…あんまり眠れてないから機嫌良くないかもよ?」
ここ十日ほど、似たり寄ったりの酷い夢を見るのだそうだ。それをフェンティセーザが実力行使でむりやり眠らせたものだからさらに機嫌が悪いという。
「あっ…師匠、もしかしなくても」
「そ、もしかしなくても」
「ダナ、どうしたの?」
「アガット師の夢の中に『入って行った』んだよ、師匠がね」
簡単に、エルドナスがフールに説明する。
ヘリオドールは『夢を視る』。
その場に強く焼きついた記録を『夢』という形で『視る』のだ。その特性を利用した、彼個人にしか使えない術や呪文もいくつかある。
そして、少なからず存在するそういった体質の者が使える様に、汎用的に難易度と正確さを下げたものを、研究結果ではなく「草稿」として出している位だ。
あくまでも『夢』なので、どうしても信憑性に欠けるのが難点だが──
「その夢を元にいくつか遺跡を発掘している手前、アガット師の夢の精度は疑いようもなく『正確』なんだけど、毎日視ていたら流石の師匠も削れてしまうよね」
「……うん」
「自分の身に置き換えなくてもいいんだよ、フール」
戻っておいで、と顔を引き寄せて額をこつん、と合わせると、どもりながらフールが意識を今へと戻しに掛かる。
「実は師匠にぼやかれまして」
日常生活が送れる位まで回復したものの、トーリボルの街の有り様は、いろいろな意味で混迷を極めている。その要因の一つは彼ら二人の『奇跡の放送事故』なのだが、故に、正式な退院のタイミングが掴めずにいるのだ。
いつ外に出ようかと様子を伺っていた所に、目の下に隈を作ったフェンティセーザがやって来たのだ。
(はっきり言って自業自得な部分もあるんだけど)
勝手に他人の夢に入ることがどれだけ不躾な事か、知らない訳ではないくせに、と同時に、飛び込みたくなるほど酷い有様だったんだろうな、とも思う。
「多分、その…アガット師の場合、私のフールがお役に立つかもと思いまして」
「私の?」
ふーん、へぇー…?と眦を下げながら「次はツッコむわよ?」という雰囲気をアレンティーナが漂わせる。そこに
「どう役に立つというのかな?」
苛立ちを隠そうともしないヘリオドールの声が、奥から近づいて来た。
強い語気に、ヒッ、と息を呑んで、フールがエルドナスの服の袖を掴む。
「ここではちょっと。
システムに関わる事なので、いくら『学府』での師であれど、おいそれと口にしたくはありません」
それは、弟子であると言うより『ダンジョンマスター』としての返事だった。
「地下迷宮を再起動したおかげか…アレンティーナ、失礼します」
こそこそ、と、監視や盗聴を気にしたのか、エルドナスがアレンティーナに耳打ちすると
「……そういうことにしておいてあげるわ」
仕方ないわね、とアレンティーナが肩をすくめた。
「では、アガット師。部屋にお邪魔しても?」
「分かった。やってみせろ」
────
「フール、一人でできるかい?」
すぐ外にいるから、何かあったら声を掛けてくれ、と伝えると、フールがこくりと頷いて、ヘリオドールの後に続いて部屋に入って行った。
発掘・探索の師は、あけすけなく自分を晒すが、それは「本当に踏み込まれたくない」所に足を踏み込ませない自衛だと、エルドナスは把握している。
だから今回は、壁一枚隔ててフールと離れることを選んだ。
(…何度踏み込んでも尚、側を許してるって意味、師匠は分かってるのかなぁ)
『学府』絡みになると思考が途端に弟子だった年頃に戻ってしまう自分に苦笑しながら、エルドナスは壁に背をもたれさせ、その向こうへと続く魔力の流れに身を任せた。
────
一刻ほど過ぎた頃だろうか。
そんなに面識もない相手が、精神の『深い』所に関わるのだ。半日仕事で済めば早い方だとのんびり構えていたら、奥の方で転移陣が起動したのを感じた。
人数は二人。
魔力の質を探る前に、掛布を被った二人組が姿を現した。『学府』の紋章が裾にあしらわれている。
急な来客に慌てて二人の師が部屋から飛び出して来た。
「済まない、急ぎだ。挨拶は省略させてくれ。兄、ヘリオドール・アガットの方を頼む。
エルダナス・レン=スリスファーゼ。お前は私と別の部屋に来て欲しい。フェンティセーザ・スリスファーゼ及びアレンティーナ・スリスファーゼ、両名とも私と共に」
「ああ、そっちは任せたぞ、弟」
急に来て急に話を進めていく声と、互いへの呼び掛けで、三人は二人が何者か思い至った。
「こちらへ」
言葉少なくフェンティセーザに案内されて四人はヘリオドールの隣の部屋に入った。
「…改めて」
ぱさり、と顔が見える様に、来客が掛け布を落とす。黒髪の直毛、銀色の瞳。森の民エルフよりも中性的な顔立ち──『学府』に所属する者なら誰でも一度は目にした事がある顔だ。
「本来なら兄と揃って顔合わせと行きたかったが、急を要する案件を解決するのが先でな」
「『クーン・クィン』様…」
「様付けでなくて構わん。同じ最初期のダンジョンマスターとして、挨拶と経緯の確認に来た」
西の『双子王』──共和国となった西の隣国で『王』が存在しているのはいかにも可笑しい話ではあるが、この呼称は『学府』の最高責任者であり、『学府』の下に眠る最初期の地下迷宮の一つ『ドミ・ンクシャドの呪いの穴』のダンジョンマスターに特別に与えられた称号である。
最初期の地下迷宮は現在、エルドナスが発見した『ワーダナットの地下宝物庫』及び『試練場』を含めて4つ存在が確認されている。
他の三つは──
東はヒノクニ国、ヒノモト領地下一帯に広がるとされている、通称『虚空』。
北の荒地の向こう、時空が歪められた先にある、邪悪を極めた王族を封印する『雪の古城』とその一帯。
そして、西は共和国の最大機関『学府』の地下『ドミ・ンクシャドの呪いの穴』だ。
新たに発見されたばかりの『地下宝物庫』以外は、発掘や探索が未だ目処が立たない上、危険度も高く、乱立した有象無象の地下迷宮とは比較にならない程、並の者では『運営不可能』と言われている。
特に『呪いの穴』は、ダンジョンマスターが必ず『双子でなければならない』事、及び、攻略する側の装備や実力で難易度が(桁違いに)変わる仕様なのが判明している。
故に、本来であれば『学府』所有となるべき『呪いの穴』の迷宮固有武器『金剛騎士の武防具』一式に加えて『学府』の守護たる白銀の龍をヒノモトに譲渡する事で難易度を抑え、『双子王』による機能封印結界と実力認識阻害タグによって、何とか発掘探索に携われる──拮抗を保っている、という状況だ。
「単刀直入に行こう。エルダナス・レン=スリスファーゼ。お前が『試練場』の主となった経緯から『視せて』欲しい」
頼みという体をとった、実質命令だ。
『学府』の徒である以上、従わない理由はない。
「…御意。如何致しましたら?」
「向かい合わせに立って、両の手を重ねて、額を合わせたらこちらで勝手に読みに入る。
年数にもよるが、ものの数分でこちらにコピーできるはずだ。終わったらそれを兄にも共有する」
「まるで…」
固有魔具の様だ、と呟くと
「それはそうだろう。私達はダンジョンマスター。自分達が運営する地下迷宮のシステムを統べる『システム』なのだから、その位出来て当然だ」
呵呵と笑って手を差し伸べてくる。
「…さあ」
促されて、エルドナスが言われた通りに手を重ねる。
「では、入るぞ」
優しい声と共に、そっと額に何かが当たる感覚と同時に、エルドナスの意識が『飛んだ』。
────
──見せて、貰うぞ
クーン・クィンが降り立ったそこは、名もなき小さな村の大きな風穴の前だった。
大の大人が2~3人並んで入れるほどの風穴の入口で、そこそこの荷物を背負った銀髪の青年が、何かを埋めている。
──ここが、始まりか。
触れた瞬間、クーン・クィンは、目の前のダンジョンマスターが未だ「システム化されていない」事を把握した。
確かこの男は、見た目にそぐわぬ歳だったはずだ。いかに古代種のエルフと縁組をし、魔力と寿命を得ているとしても──
あまりにも、異質すぎる。
起動した地下迷宮と、それを維持するダンジョンマスターは、その関係上、程度の差はあれ、システムと同化しているものだ。
しかしエルドナスに関しては、システム側が、マスターとの同化をまるで拒んでいるかの様に、最小限に抑えているのが感じられた。
その理由はどうあれ、彼が情報を辿る為に取ったこの方法は、生きた人間相手にあまり時間を掛けてはいられない。
可能な限り早送りで、これまでのエルドナスとしての生き様を視、記録として刻み込む。
壊れ掛けた記憶もあった。
凍りついた記憶もあった。
それらまで全てを蔑ろにせず、一つづつ拾う。
過去への五度のループも、繰り返された流れも、この街に帰還するまでの長い月日も、戻って来てからの日々も、もの皆全て──それは
──凡夫の身と精神で良くぞ耐えてくれた、我らが徒よ。
誇れ、誰が認めずとも我らが『認めよう』。
クーン・クインはそっとそこから抜け出しながら、静かに祈った。祈り願う事を止められなかった。
そして願わくば、このまま──人の身のままであれ、我らが同胞よ。
────
「──!」
クーン・クィンが額を離した瞬間、エルドナスがハッと目を見開いた。
「…フール!」
主であるエルドナスが気絶している間、フールの間での魔力の行き来は途絶えてしまう。
「安心しろ。向こうには兄も居る。お前たちの繋がりを途切れさせる様なヘマはせんよ」
クーン・クィンの苦情混じりの声が降ってくる。
「状況は把握した。
今までに少々無理をし過ぎた部分をどうにかしてやりたいが、これ以上の干渉は兄でなければ無理だ」
負荷を掛けすぎて立ち続けられないエルドナスを椅子に掛けさせながら、クーン・クィンが告げる
「…お役に、立ちましたでしょうか」
「ああ。初代学長の所有物も確認できた。間違いなく、ここは『学府』が求めてやまなかった遺跡だ」
『学府』創設者の一人であり『発掘王』の二つ名を持つ故メイディ・ワーダナットの『地下宝物庫』を、『学府』は二つの意味で欲していた。
一つは『発掘王』が隔離的に保管したとされる品々。
もう一つは──今の今まで、その存在を隠し通せた手腕とそのシステムの在り方、だ。
後者が少しでも解明されれば、他の三つの『最初期の地下迷宮』の解明や運営に繋がるかもしれない──
その希望が、『試練場』にはあるのだ。
「エルダナス・レン=スリスファーゼ。
今以上にシステムで分かった事があったら、草稿にでもしたためておいてくれないか。
私達の徒、個人のレポートにまでは目を通していられないが、草稿なら書庫に保管する前に全て私が目を通している」
「…はい」
「後は、兄が終わるまで待とう」
自分達を『システム』と見做す弟王は、誰よりも人間味溢れた笑顔でそう告げた。
────
いつの間にか眠っていたらしい。
エルドナスが目を覚ますと、そこは散々見た天井──カパタト神の療養所の部屋だった。
「…やっと目を覚ましたか、エル」
「…師匠?」
面会者用の椅子には、フェンティセーザがいた。
「弟王とのやりとりが終わった後、まる一日眠っていた」
あのあとすぐに、自分は意識を失っていた事を教えられる。
それから半日も経たない位で、兄王ソーン・ソリュートが、同じ様に意識の無いフールを抱えて出て来たのだという。
「ヘリオドールを診た後で、彼の事もやれるだけ調整したとの事だったから、落ち着いたら具合を確認しておく様にと、言伝だ」
フールを引き渡した後で、『双子王』はそのまま慌ただしく『学府』に帰還したのだという。
ここで敢えて、フールの居場所を尋ねるようなことはしなかった。
何度も繋ぎ、握ってきた彼の手が、エルドナスの手を握っていた。彼もすうすうと寝息を立てている。
「退院が決まるまで、大人しくしていなさい。いいね?それと…」
まるで子に諭す様に、フェンティセーザは弟子の髪を撫でてやりながら告げる
「ありがとう、ヘリオドールも私も、やっと眠れた」
────
この件については口外無用と釘を刺した師匠の背を見送りながら
(…師匠には、アガット師がどんな風に見えているのかな)
エルドナスはぼんやり考えを巡らせた。
トーリボルに帰還して『試練場』を再稼働させてからというものの、エルドナスの目には、今まで見えなかったものが『視える』様になっていた。
フールに伝えると、「…ごめんなさい」と泣きそうな声で謝られながら、きつく、きつく抱きしめられた──それ以上何も言わなかったけれど、きっと、自分がシステムと繋がって、融合まではしていないものの、元に戻れない位には絡まってしまったのだろうと想像が付く。
だから、再会してからは時々顔を見る位なのに、師の異常に気付き、対応策に思い至ったのだが。
(ああ、やらなくちゃならない事が増えたな)
きゅ、と、無意識に、手に力が入る。
「……ん……」
小さく呻いて、またすうすうと寝息を立てるフールの髪を空いた手で撫でると、エルドナスは、何か大きな、大きなうねりに呑まれる予感と不安に、自分の肩を抱かずにはいられなかった。
夜。
ひょっこりと『支部』の奥の部屋に設置された転移陣を介して、予想だにしない来客が来た。
「…!エル!」
退院を間近に控えた弟子を認め、アレンティーナが飛びつくように抱きしめる。
「お元気そうで何よりです、アレンティー」
「こんばんは。どうやってここへの道を繋いだのかしら?」
「『学府』の徒としての権限です」
繋がって良かった、と挨拶のキスを交わすエルドナスの後から、転移陣を介して痩躯の男も姿を現す。フールだ。
「あなたも、だいぶ回復したのね」
「あ、え、あ、うん、ありがとう」
アレンティーに、腰を抱き込まれる様に抱きしめられるものの、返し方が分からず戸惑いながら、フールは主と同じように、細い身体に腕を回した。
「今日は、皆さんは?」
「呑みに行ってるわ。私と兄さんは留守番。あと、ヘリオドールが居るけど」
「良かった。アガット師に用事が会って来ました」
「…あんまり眠れてないから機嫌良くないかもよ?」
ここ十日ほど、似たり寄ったりの酷い夢を見るのだそうだ。それをフェンティセーザが実力行使でむりやり眠らせたものだからさらに機嫌が悪いという。
「あっ…師匠、もしかしなくても」
「そ、もしかしなくても」
「ダナ、どうしたの?」
「アガット師の夢の中に『入って行った』んだよ、師匠がね」
簡単に、エルドナスがフールに説明する。
ヘリオドールは『夢を視る』。
その場に強く焼きついた記録を『夢』という形で『視る』のだ。その特性を利用した、彼個人にしか使えない術や呪文もいくつかある。
そして、少なからず存在するそういった体質の者が使える様に、汎用的に難易度と正確さを下げたものを、研究結果ではなく「草稿」として出している位だ。
あくまでも『夢』なので、どうしても信憑性に欠けるのが難点だが──
「その夢を元にいくつか遺跡を発掘している手前、アガット師の夢の精度は疑いようもなく『正確』なんだけど、毎日視ていたら流石の師匠も削れてしまうよね」
「……うん」
「自分の身に置き換えなくてもいいんだよ、フール」
戻っておいで、と顔を引き寄せて額をこつん、と合わせると、どもりながらフールが意識を今へと戻しに掛かる。
「実は師匠にぼやかれまして」
日常生活が送れる位まで回復したものの、トーリボルの街の有り様は、いろいろな意味で混迷を極めている。その要因の一つは彼ら二人の『奇跡の放送事故』なのだが、故に、正式な退院のタイミングが掴めずにいるのだ。
いつ外に出ようかと様子を伺っていた所に、目の下に隈を作ったフェンティセーザがやって来たのだ。
(はっきり言って自業自得な部分もあるんだけど)
勝手に他人の夢に入ることがどれだけ不躾な事か、知らない訳ではないくせに、と同時に、飛び込みたくなるほど酷い有様だったんだろうな、とも思う。
「多分、その…アガット師の場合、私のフールがお役に立つかもと思いまして」
「私の?」
ふーん、へぇー…?と眦を下げながら「次はツッコむわよ?」という雰囲気をアレンティーナが漂わせる。そこに
「どう役に立つというのかな?」
苛立ちを隠そうともしないヘリオドールの声が、奥から近づいて来た。
強い語気に、ヒッ、と息を呑んで、フールがエルドナスの服の袖を掴む。
「ここではちょっと。
システムに関わる事なので、いくら『学府』での師であれど、おいそれと口にしたくはありません」
それは、弟子であると言うより『ダンジョンマスター』としての返事だった。
「地下迷宮を再起動したおかげか…アレンティーナ、失礼します」
こそこそ、と、監視や盗聴を気にしたのか、エルドナスがアレンティーナに耳打ちすると
「……そういうことにしておいてあげるわ」
仕方ないわね、とアレンティーナが肩をすくめた。
「では、アガット師。部屋にお邪魔しても?」
「分かった。やってみせろ」
────
「フール、一人でできるかい?」
すぐ外にいるから、何かあったら声を掛けてくれ、と伝えると、フールがこくりと頷いて、ヘリオドールの後に続いて部屋に入って行った。
発掘・探索の師は、あけすけなく自分を晒すが、それは「本当に踏み込まれたくない」所に足を踏み込ませない自衛だと、エルドナスは把握している。
だから今回は、壁一枚隔ててフールと離れることを選んだ。
(…何度踏み込んでも尚、側を許してるって意味、師匠は分かってるのかなぁ)
『学府』絡みになると思考が途端に弟子だった年頃に戻ってしまう自分に苦笑しながら、エルドナスは壁に背をもたれさせ、その向こうへと続く魔力の流れに身を任せた。
────
一刻ほど過ぎた頃だろうか。
そんなに面識もない相手が、精神の『深い』所に関わるのだ。半日仕事で済めば早い方だとのんびり構えていたら、奥の方で転移陣が起動したのを感じた。
人数は二人。
魔力の質を探る前に、掛布を被った二人組が姿を現した。『学府』の紋章が裾にあしらわれている。
急な来客に慌てて二人の師が部屋から飛び出して来た。
「済まない、急ぎだ。挨拶は省略させてくれ。兄、ヘリオドール・アガットの方を頼む。
エルダナス・レン=スリスファーゼ。お前は私と別の部屋に来て欲しい。フェンティセーザ・スリスファーゼ及びアレンティーナ・スリスファーゼ、両名とも私と共に」
「ああ、そっちは任せたぞ、弟」
急に来て急に話を進めていく声と、互いへの呼び掛けで、三人は二人が何者か思い至った。
「こちらへ」
言葉少なくフェンティセーザに案内されて四人はヘリオドールの隣の部屋に入った。
「…改めて」
ぱさり、と顔が見える様に、来客が掛け布を落とす。黒髪の直毛、銀色の瞳。森の民エルフよりも中性的な顔立ち──『学府』に所属する者なら誰でも一度は目にした事がある顔だ。
「本来なら兄と揃って顔合わせと行きたかったが、急を要する案件を解決するのが先でな」
「『クーン・クィン』様…」
「様付けでなくて構わん。同じ最初期のダンジョンマスターとして、挨拶と経緯の確認に来た」
西の『双子王』──共和国となった西の隣国で『王』が存在しているのはいかにも可笑しい話ではあるが、この呼称は『学府』の最高責任者であり、『学府』の下に眠る最初期の地下迷宮の一つ『ドミ・ンクシャドの呪いの穴』のダンジョンマスターに特別に与えられた称号である。
最初期の地下迷宮は現在、エルドナスが発見した『ワーダナットの地下宝物庫』及び『試練場』を含めて4つ存在が確認されている。
他の三つは──
東はヒノクニ国、ヒノモト領地下一帯に広がるとされている、通称『虚空』。
北の荒地の向こう、時空が歪められた先にある、邪悪を極めた王族を封印する『雪の古城』とその一帯。
そして、西は共和国の最大機関『学府』の地下『ドミ・ンクシャドの呪いの穴』だ。
新たに発見されたばかりの『地下宝物庫』以外は、発掘や探索が未だ目処が立たない上、危険度も高く、乱立した有象無象の地下迷宮とは比較にならない程、並の者では『運営不可能』と言われている。
特に『呪いの穴』は、ダンジョンマスターが必ず『双子でなければならない』事、及び、攻略する側の装備や実力で難易度が(桁違いに)変わる仕様なのが判明している。
故に、本来であれば『学府』所有となるべき『呪いの穴』の迷宮固有武器『金剛騎士の武防具』一式に加えて『学府』の守護たる白銀の龍をヒノモトに譲渡する事で難易度を抑え、『双子王』による機能封印結界と実力認識阻害タグによって、何とか発掘探索に携われる──拮抗を保っている、という状況だ。
「単刀直入に行こう。エルダナス・レン=スリスファーゼ。お前が『試練場』の主となった経緯から『視せて』欲しい」
頼みという体をとった、実質命令だ。
『学府』の徒である以上、従わない理由はない。
「…御意。如何致しましたら?」
「向かい合わせに立って、両の手を重ねて、額を合わせたらこちらで勝手に読みに入る。
年数にもよるが、ものの数分でこちらにコピーできるはずだ。終わったらそれを兄にも共有する」
「まるで…」
固有魔具の様だ、と呟くと
「それはそうだろう。私達はダンジョンマスター。自分達が運営する地下迷宮のシステムを統べる『システム』なのだから、その位出来て当然だ」
呵呵と笑って手を差し伸べてくる。
「…さあ」
促されて、エルドナスが言われた通りに手を重ねる。
「では、入るぞ」
優しい声と共に、そっと額に何かが当たる感覚と同時に、エルドナスの意識が『飛んだ』。
────
──見せて、貰うぞ
クーン・クィンが降り立ったそこは、名もなき小さな村の大きな風穴の前だった。
大の大人が2~3人並んで入れるほどの風穴の入口で、そこそこの荷物を背負った銀髪の青年が、何かを埋めている。
──ここが、始まりか。
触れた瞬間、クーン・クィンは、目の前のダンジョンマスターが未だ「システム化されていない」事を把握した。
確かこの男は、見た目にそぐわぬ歳だったはずだ。いかに古代種のエルフと縁組をし、魔力と寿命を得ているとしても──
あまりにも、異質すぎる。
起動した地下迷宮と、それを維持するダンジョンマスターは、その関係上、程度の差はあれ、システムと同化しているものだ。
しかしエルドナスに関しては、システム側が、マスターとの同化をまるで拒んでいるかの様に、最小限に抑えているのが感じられた。
その理由はどうあれ、彼が情報を辿る為に取ったこの方法は、生きた人間相手にあまり時間を掛けてはいられない。
可能な限り早送りで、これまでのエルドナスとしての生き様を視、記録として刻み込む。
壊れ掛けた記憶もあった。
凍りついた記憶もあった。
それらまで全てを蔑ろにせず、一つづつ拾う。
過去への五度のループも、繰り返された流れも、この街に帰還するまでの長い月日も、戻って来てからの日々も、もの皆全て──それは
──凡夫の身と精神で良くぞ耐えてくれた、我らが徒よ。
誇れ、誰が認めずとも我らが『認めよう』。
クーン・クインはそっとそこから抜け出しながら、静かに祈った。祈り願う事を止められなかった。
そして願わくば、このまま──人の身のままであれ、我らが同胞よ。
────
「──!」
クーン・クィンが額を離した瞬間、エルドナスがハッと目を見開いた。
「…フール!」
主であるエルドナスが気絶している間、フールの間での魔力の行き来は途絶えてしまう。
「安心しろ。向こうには兄も居る。お前たちの繋がりを途切れさせる様なヘマはせんよ」
クーン・クィンの苦情混じりの声が降ってくる。
「状況は把握した。
今までに少々無理をし過ぎた部分をどうにかしてやりたいが、これ以上の干渉は兄でなければ無理だ」
負荷を掛けすぎて立ち続けられないエルドナスを椅子に掛けさせながら、クーン・クィンが告げる
「…お役に、立ちましたでしょうか」
「ああ。初代学長の所有物も確認できた。間違いなく、ここは『学府』が求めてやまなかった遺跡だ」
『学府』創設者の一人であり『発掘王』の二つ名を持つ故メイディ・ワーダナットの『地下宝物庫』を、『学府』は二つの意味で欲していた。
一つは『発掘王』が隔離的に保管したとされる品々。
もう一つは──今の今まで、その存在を隠し通せた手腕とそのシステムの在り方、だ。
後者が少しでも解明されれば、他の三つの『最初期の地下迷宮』の解明や運営に繋がるかもしれない──
その希望が、『試練場』にはあるのだ。
「エルダナス・レン=スリスファーゼ。
今以上にシステムで分かった事があったら、草稿にでもしたためておいてくれないか。
私達の徒、個人のレポートにまでは目を通していられないが、草稿なら書庫に保管する前に全て私が目を通している」
「…はい」
「後は、兄が終わるまで待とう」
自分達を『システム』と見做す弟王は、誰よりも人間味溢れた笑顔でそう告げた。
────
いつの間にか眠っていたらしい。
エルドナスが目を覚ますと、そこは散々見た天井──カパタト神の療養所の部屋だった。
「…やっと目を覚ましたか、エル」
「…師匠?」
面会者用の椅子には、フェンティセーザがいた。
「弟王とのやりとりが終わった後、まる一日眠っていた」
あのあとすぐに、自分は意識を失っていた事を教えられる。
それから半日も経たない位で、兄王ソーン・ソリュートが、同じ様に意識の無いフールを抱えて出て来たのだという。
「ヘリオドールを診た後で、彼の事もやれるだけ調整したとの事だったから、落ち着いたら具合を確認しておく様にと、言伝だ」
フールを引き渡した後で、『双子王』はそのまま慌ただしく『学府』に帰還したのだという。
ここで敢えて、フールの居場所を尋ねるようなことはしなかった。
何度も繋ぎ、握ってきた彼の手が、エルドナスの手を握っていた。彼もすうすうと寝息を立てている。
「退院が決まるまで、大人しくしていなさい。いいね?それと…」
まるで子に諭す様に、フェンティセーザは弟子の髪を撫でてやりながら告げる
「ありがとう、ヘリオドールも私も、やっと眠れた」
────
この件については口外無用と釘を刺した師匠の背を見送りながら
(…師匠には、アガット師がどんな風に見えているのかな)
エルドナスはぼんやり考えを巡らせた。
トーリボルに帰還して『試練場』を再稼働させてからというものの、エルドナスの目には、今まで見えなかったものが『視える』様になっていた。
フールに伝えると、「…ごめんなさい」と泣きそうな声で謝られながら、きつく、きつく抱きしめられた──それ以上何も言わなかったけれど、きっと、自分がシステムと繋がって、融合まではしていないものの、元に戻れない位には絡まってしまったのだろうと想像が付く。
だから、再会してからは時々顔を見る位なのに、師の異常に気付き、対応策に思い至ったのだが。
(ああ、やらなくちゃならない事が増えたな)
きゅ、と、無意識に、手に力が入る。
「……ん……」
小さく呻いて、またすうすうと寝息を立てるフールの髪を空いた手で撫でると、エルドナスは、何か大きな、大きなうねりに呑まれる予感と不安に、自分の肩を抱かずにはいられなかった。
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俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
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そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
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−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
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試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
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