とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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集結の章

風は異世界からも吹く─3─

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カラタチ通りに凄まじい音が響いた。
店を出て、冒険者ギルドの方へ曲がるや否や、マヌエラは呪文をぶっ放したのだ

途端、通りに沿って、奥に向かって、ごう、と凄まじい突風が吹き荒れる。

飛び掛かろうと待ち構えていた、カラタチ通りのならず者達は結構な数だった。この様子なら、居並ぶ店にも客に紛れて潜んでいるだろう。
しかし、まさか一般市民を巻き込む様な手は使わないだろうと慢心していた所に全体攻撃呪文を叩き込まれ、通りに出ていた輩はなす術なく吹き飛ばされ山となる。
見た感じ、装備もそれなりに整えていたのだろう。下敷きになって圧死者が出るかもしれないが、まあその時はその時。

マヌエラが、ある意味妖艶にも似た笑みを浮かべ、ふふふ、と笑う。

──命のやり取りに、情けは要らない。

「これは……」
「<流星の風>。神職の最高位の、全体攻撃の『奇跡』っすね」
呆気に取られたミフネに、エィンヤが返して、マヌエラの後に続く。
「すいません、先輩、この調子だと後が分からないので、このまま引き続き護衛お願いします」
「お主らは、一体」
トビの声に、振り向かないままエィンヤは応える。
「私は『修道士モンク』、先輩は『戦乙女ヴァルキリー』。
元々はここから遥か北の国の者です。こちらとは、術式の使い方が全く違う──」

折り重なるならず者達の下から、今度は光の柱が走り、ならず者達を高く吹き飛ばす。

落下のダメージだけで、絶命できる程に。

<流星の風>とて、その術式だけでは、死にかける事はあっても死に至る事はない。光の柱とて、こうも高く敵を打ち上げる威力は無い。

「私達が身に付けた術式は、威力も使う魔力も、国の外では暴走しかねませんから」

とん、とエィンヤは道を蹴った。

「先輩回収してダッシュで建物に入ります!」
「「「ええ───?!?!?!」」」

男達の声を置き去りにして。

─────

「先輩、捕まって!」
「エィンヤ?」

後ろからの声に、三発目の詠唱を止めたマヌエラを肩に担いでそのまま走る。
人一人担いだままなのに、スピードの減衰が少ない。エィンヤに与えられた「優遇チート」<肉体強化>だ。
「結構、あっこまで、距離、あんだけど、な?!」
しかしながら、その若干に、後ろから──約一名、なんとか──三人が追いついた。
「相手の戦意が失せてるだけマシじゃろ」
全力で走るリヴォワールドに、トントンと跳ぶように駆けながら『トビ』が返す。
「失せてないのは、斬り伏せますので」
ご安心を、と女二人と領主を挟んだ逆側に『ミフネ』が回る。

肩のずしりとした重みに、エィンヤが(やっぱり)と心の中で舌打ちする。

北の国から降りてきてから、二人は外の世界に慣れよう、合わせようとはしなかった。というより、する余裕が無かった。
身体は日々鍛錬を欠かさなかったが、魔力の使い方は導き手メンターもおらず、そっちのけだった。

更にはこの一月近く、事業乗っ取りの事といい追手の事といい旅の空の生活といい、我慢の日々──全開で鬱憤を叩きつけたくもなるし、そうしたのだろう。

(力が入ってない)

三発目を打っていたらその場で倒れていたかもしれない。そうなったら、回復するまでどれだけ時間が掛かることか。

「『ミフネ』、わしゃ上行く」
「応」

半歩遅れで着いてきていた『トビ』は、一言告げると姿を消した。たん、とん、と小気味良い音と共にその姿は屋根の上だ。建物の上から弓矢で狙っていた輩達を投げナイフで仕留める。
上に潜んでいた者たちが驚きを露わにするなか、もう一人、二人と的確に仕留めていく。

「弓矢で『狩り』なんぞ本職以外にゃ向かんよ」

自分に向かって飛んできた矢を避けながら、屋根伝いに飛び、下に居る者達の武器を落とす様にナイフを投げていく。

その下では『ミフネ』が刀を振い、襲撃者の武器を腕ごと落としていた。

師父ちちうえから「」と言われてるからなぁ)

などと、耳に何かがぶら下がるほど聞かされた師父の言を、斬り殺さない言い訳に、二人、三人と。

(本気出すほどの相手でもないしなぁ)

冷静に、相手との実力差を見極めながら。

『ミフネ』が振るう、相当の業物であろう得物の切れ味もだが、いとも容易く所にどれだけ技量の差があるか──じわり、と背筋を登る恐怖に、一人、また一人と襲撃者が逃走を図り始めた。

その後ろ、4、5歩ほど遅れて着いてくるリヴォワールドには、誰も襲ってはこない。襲おうとしても、仲間が引き止めているようだ。

(さすがに顔で分かってくれたか)

トーリボルの街が再建して、箱物の建て直しが片付いてからはずっと城に詰めっぱなしだったが、ここ数日は特に、仕事から逃げて街に下りてはちょっとした騒ぎを立てて、衆目に晒されては連れ戻されるというのを繰り返していた。

新しく来た──冒険者含む新参の者たちに、自分がどう映るかはさほど問題では無い。

『トーリボルの領主はこの背格好みためである』
その認知が必要だった。

国からの侵攻はともかく、街の規模の大小問わず、領主に対しての武力行使は反乱と見做され死を免れない。それを逆手に取れば今の様に、要人の盾としても充分機能する。
それに戦闘になればすぐに喧嘩好きのが出たがるだろう。そうなったら──後が、恐ろしい。

(──でも)

冒険者ギルドの建物前の階段に、人質を取って立ち塞がる人影が見える。

(最後のソレだけは回避不可、か)

「……チッ」

足を止めたエィンヤの舌打ちを領主の耳が拾う。

「えーと、その、男が?」

声掛けに、エィンヤがこくり、と頷いて返す。

ひょろりと細長く、貧相な出立の男が、金の髪をぼっさぼさのまま適当にまとめている眼鏡のエルフを人質にしている。そのエルフが身にまとう白いローブの裾に施されている銀糸の刺繍が、場違いに、陽光に煌めいている。

((あ、これ詰み))

「…ですね」
「だな」

人質の首に短剣の切先を突きつけながら、貧相な男が、聞きなれない言葉で口汚く罵っているのを聞き流しながら、小声で『ミフネ』とリヴォワールドが呟いて目配せする。

きっと、前に居る二人は男の言葉が分かるのだろう──チリチリと怒気が肌を刺す。

後から追ってきて、形ばかり遠巻きに退路を塞いでいる、少しばかりは骨のあるならず者達からも小さなざわめきが起きた。

この男は知らないのだろうか。
自分が誰を、人質にしているのか──

どの国も──それが例え『王都』であっても、この世界に、手出しをしてはいけない組織、『学府』の徒だと、これみよがしに示しているというのに。

『学府』による保護が街から喪われれば、どうなる事やら──こればかりは「知らなかった」では済まされないのだ。この貧相な男は、この場から離脱しても、トーリボルの街全てに追われるのは必至だ。その場で処されるか、もしくは『学府』に生きたまま引き渡されるか。
どちらにせよ、今後の安寧など望めない。

そして──ざわめきでやっと気付いたのであろう。
共通語で男は叫んだ。

「返せ!全て返せ!
お前らごときがオレに逆らえると思うな!逃げられると思うなよ!このオレを出し抜いた見せしめに貴様らの鼻をへし折ってズダボロにしてくれるわ!今後まともに生きていけると思うなよ!」

──余程激昂しているのか、ありきたり過ぎる罵声だ。

「武器を捨てろ!這いつくばって降伏しろ!
このがどうなってもいいのか!」

男の言葉に、その場が凍りついた。

(え?)
(……は?)

そして、更に困惑のどよめきが起きる。

(あの人質のエルフ、どうみても男じゃね…?)

と。

──確かにエルフは、人間に比べたら男女とも線が細い。
しかし、全体を見れば、男女の性差がはっきりと分かる位には体格は違う。

確かに人質になっているエルフは、大きなレンズの眼鏡を掛けていて、顔つきも分かりにくいだろう。

それでも、言っても流して貰えることと、決して許されない事があるのだ──

「……エィンヤ、ごめん降ろして」

マヌエラに囁かれて、エィンヤは肩に担いでいたマヌエラを降ろす。
振り向いて、怒声がする方を見る──

マヌエラは、しっかりと目視した

(なんだ、男じゃん)
(男の方、ですよねぇ…)

そしてひそひそと確認し合う。

「……あ゙?」

人質のエルフが、低く、殊更低く、氷の様に冷たい一言を放った。
その一言で、更にその場が凍りつく。
しかし、エルフを人質にしている男には響かなかった様だ。

「なんだその目は?この胸なしがぁ!」
「──はっ」

人質のエルフが嘲笑を吐き捨てる。
と同時に、そこにいた全員が──何もないはずなのに、大量の玻璃の器を叩き付けて割った様な酷い音を耳にした。

「な…?」
「今の何だ?」

不思議な状況に、あたりが大きく騒めく。

割れた物音にぽかん、となっている貧相な男に、汚物でも見る様な視線をちら、と向けると視線を逸らし直し、人質は冷たく、どこまでも冷たく、言い捨てた。

くらいはしてやろうかと思ったがやめた。
──知るか」

最後の言葉と同時に動けたのは、『ミフネ』とエィンヤ、そしてマヌエラの三人だった。

次の瞬間、虹色の光の矢の豪雨が、辺り一面に降り注いだ。

────

虹の光が収まった後の有様は酷かった。

「無事かいの?」
「…なんとか」

路地裏からひょっこりと顔を覗かせた『トビ』に、土埃を吸ったのか、けふけふしながら『ミフネ』が返す。

「屋根の上にの姿が見えましたので、対処が間に合いました」

虹の光が降り注ぐ数秒前、冒険者ギルドの屋根に、一張の弓を手にした一人の男の姿が見えた。それがエルフであるのを認めてすぐ、マヌエラが空からの攻撃を散らす<空壁>を、その内側に『ミフネ』が呪文を打ち消す<魔法障壁>を張り、その内側に四人固まっていたのである。
正直に言うと、術式はあまり得意ではない『ミフネ』の<魔法結界>だけでは、直ぐに破られて光の矢の餌食になっていただろう。

「わしゃ間一髪で下屋下に潜り込んで事なきを得たわ」

カカカと笑い飛ばすが、実際は本当に間一髪だったし、自分の真横に屋根を突き抜けて虹の光の矢が刺さった時には肝が冷えたものだった。

その、『ミフネ』の言う『あの方』──古代種のエルフの男が、ふうわりと人質の元に降りてくる。
ぱちん、と空気が震える音と共に着地すると

「ヘリオ、無事か?!」
「無事無事。お前なら何とかやるだろと思ってたしな」
血相を変えて、空から降りてきた男が人質を包み込む。

ヘリオ、と呼ばれたエルフを人質に取っていた男は、石像と化していた。

それ以外にも、悲鳴を上げながら全身を掻きむしったり、呻き声を上げながら蒼ざめていたり、緩んだ表情でぴくりとも動けない者、所々に石像と化した者など、カラタチ通りは死屍累々の有様と変わり果てていた。

「…これが」

<災厄>──魔術師の最高位の攻撃呪文の一つで、火力は無いものの、さまざまな状態異常を引き起こす。

『ミフネ』は師父であるエルドナスアルターから、足元から虹の光が放たれるのだと聞いたが──ここまで酷い有様になる、とは。

そして、こうも聞いた。
その呪文を無尽蔵に使える力が付与された武器ゆみが、この世にたった一つだけあるという。

(空から『降り注いだ』のは、その為──)

上空に向けて矢をつがえずに鳴らされた弦から、無数の虹の矢が放たれたのだ。

(あれが『木霊の弓』)

初めて見る『迷宮固有武器』と、魔術師がもたらした災厄の跡に、身震いが走った。

空から降りて来た弓の使い手が、無造作に、貧相な男の石像に蹴りを入れる。石段を数段転げ落ちる間に、それは修復不能なまでに瓦礫となった。

────

場が収まったのを見計らったかの様に、冒険者ギルドから次から次にと冒険者が出て来た。
ギルドマスター・フォスタンドを先頭に、この惨状を片付けに入る。

「特に首謀者の欠片は何一つ取りこぼすな!
拾えるものは部位ごとに遮断布でしっかり包んで距離を取って安置!」
「はっ!」「了解しました!」

そのあまりもの手際の良さに、ここで初めて、襲撃者達は、自分達の動きが把握されていたのを知り、逃げる気力を手離した。よしんば逃げられたとしても、二度とこの街へは入れないだろう──

「──領主殿」

いつの間にか、四人の前に、人質になっていたエルフの男が、弓を持つ古代種エルフの男を従えて立っていた。

「この度の事は、緊急性を要していたため、直接の説明を前もって上げる事が叶わず、対処の為に私が彼に我儘を聞いてもらいました。
『学府』トーリボル支部を預かる者として、どうか彼に、寛大な処分を願います」
「──領主殿!」
頭を下げる二人の後ろから、今度はギルドマスター・フォスタンドが駆け寄ってくる。
「本日のこの件については、この場が片付き次第報告に参上させて頂きたく」
「あー、だいたいの話は聞いてる。聞いてるけどさ…」

リヴォワールドの所に、今回の件は届いていた。『学府』と『冒険者ギルド』それぞれだけが持っている情報については追って擦り合わせる必要があるが、毎朝の『ミフネ』の定時報告に早朝の緊急通達の一報があれば、冒険者ギルドみずぎわに異変の一報が入ったのは察せる。
そこに、顔を知っている気のいいハーフフットが、わざわざ報告が届いているか確認に来てくれたから、それなりの心算はあったつもりだ。

その範疇を軽く上回っていただけで。

「これだけやらかしてさすがに『不問』は無理というのだけは分かってくれ」

控えめに言って、冒険者ギルドに続くカラタチ通りに面した建物はほとんど半壊以上。
そうでなくとも、あちらこちらに飛び火した虹色の光の矢が、街に損害を出している様だ。

「ひとまず、こちらの女性二人、こないだ言ってた俺が呼び寄せた人たちだから、すぐに保護して登録済ませてくれないか? 拠点は城でいい」
「かしこまりました。すぐに手配を」

リヴォワールドの命に応えて、「失礼」とフォスタンドが、ぐったりとしている黒髪の女マヌエラを抱き抱える。
その後ろから──

「もしやと思ったらエィンヤか?」
「…ルチレイト師!?」

顔を覗かせた偉丈夫の顔に、金髪の女エィンヤが表情を明るくする。

「知っているのか?」
「うむ。落ち着いたら話そう」

立ちあがろうとして、しかし崩れる様に倒れ込んだエィンヤを、ルチレイトは抱き止めて担ぎ上げる。

「あれほど導き手メンターを見つけて己の力の使い途を見定め鍛えよと言うておったが、さては」
「も…申し訳ありません」
「忙しいのを理由に怠っておったな」
「返す言葉もありません…」

では後ほど、と、『学府』の二人が下がり、ギルドマスター達が二人を連れて建物へと戻っていく。

「『ミフネ』。初めて見ただろ?『北の国』の冒険者」
「…ええ」

『北の国』の人間もだが、こんな戦いそのものを初めて見た。
ヒノモトで、異形や化物相手に戦うのとは、全く違う。

「…世界は、広いな?」

リヴォワールドの声に深みが増したのを、『ミフネ』は確かに聞き取った。

「…『ミフネ』、戻ろう。
ここに居ては邪魔だし、報告を受ける準備も必要だ。それにもう目的は果たしたから」
「…はい」

元に戻った声で「肩貸して」と言われて、素直に『ミフネ』が肩を貸す。

「それにしても領主殿、『保険』とは?」

城に戻りながら、小声で『ミフネ』が問うと

「あー、領主に危害を加えようとしたら、それだけで領主権限で死罪にできるんだよね、こっちの国はさ」

今回の、裏の奥の事情までは今は分からないが──今までリヴォワールドの所に上がって来ている報告からすると、ここで生かしておいたら、あの貧相な男は、例え街から追放しても、外から人を雇ってあの二人を襲わせるだろう。
街の外は広い。隣国に入られたら捕らえることすら難しくなるし、『王都』と組まれたら尚更手が付けられなくなる。

だから、後顧の憂いを抱えない為にも、街中に居る間に──街から出さずに、確実に自分の目の前で、処分する。
命の灯火が消え、神の奇跡で復活させる事なく、土深くに埋葬されるまで。

「まさか『学府』の徒に手を出すとは思ってなかったし、『アルター』のお師匠おっしょさんがああやってくれたお陰で、保険がただの保険で済んだ」
「その為に、十何日も掛けて『仕込み』ですか」
「……半分はね」
「半分?残りは?」
「ガチで逃げてた」

書類もうやだ、とちょっと震えている声に、はぁ、と『ミフネ』がため息をついた。

「ねぇ人増やさなね?」とボヤく領主に、「あのお二人おきゃくじんに頼んでみては?」と軽口で返す。
『ミフネ』にだって、得手不得手はあるのだ。

「……まーた仕事が増えたか……」

どこかで待機していたのか、だんだんと、冒険者の数が増えて来ている。ならず者達を拘束しては、次々と連行していく様子を見ながら、損壊をどう回復させようかとリヴォワールドはこめかみを押さえたのだった。

────to Next……
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