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【五】-1 ガツン
【五】
人間櫓の頂、人間玉座から、
一歩ずつ、土台を踏みにじるようにもったいぶって降りてきた男。
何処に出しても恥ずかしい馬鹿息子。
前の時間でのノーマンの腹心が、隣のエルシアを頭から爪先まで舐め回すように見た。
「ふふん、中々じゃないか」
前の時間のパトリックはノーマンとエルシアの二つ上。
だが、ノーマンへの敬意を失ったことは一度もなかった。
「どこぞの田舎の軟弱領主の下に置くのはもったいない」
「お初にお目にかかります。
私はマグリバの領主リチャード様にお仕えする執事ノーマン、
この御方はリチャード様のご令嬢であるエルシア様です」
「気に入った。僕の物になれ」
ノーマンの横を通り過ぎ、
パトリックがエルシアの手を取り、
腰を抱き寄せて接吻しようとした瞬間、
エルシアの鎖鎌が頬に深々と突き刺さった。
「何ィッ!?」
反応もできずにノーマンが血相を変えて振り返る。
「この人、エッチなことしようとしてきた」
頬を膨らませてそっぽを向き、
鎌にべっとりついた血を、刺した相手の服で拭った。
「僕のほっぺがアアア!!!!」
穴が空いた頬を押さえて転がりまわるパトリック。
周囲も騒然として悲鳴が上がり、
衛兵が槍を持って駆け寄ってきた。
「我慢してと言いましたよね!?」
「でもキスしようとしてきたよ」
「避けてください!」
「こういうのはガツンと言ってやるべき」
「ガツンと刺してるじゃないですか!?」
軍師として頭で立てていたこれからの計画が音を立てて崩れていく。
時間を巻き戻してからずっとわかっていたことだが、
こうなっては受け入れざるを得ない。
目の前のエルシアは、前の時間の彼女と性格が違いすぎる。
いつもぼんやりしているのは共通しているが、
遥かに自己中心的で自分の欲求に忠実だ。
そして、それ以外への関心がなさすぎる。
「この野郎! 父上にぶっ殺させてやる!
絶対、絶対にだ!」
頬を押さえて、こちらを指さしてがなり立てる。
「甘えるな」
屋敷の窓から、グランテイマーが腕組みをし、
見下ろしてきた。身を乗り出しもせず、直立の仁王立ち。
息子の頬が刺されたとは思えない泰然さだ。
堂々たる風格、窓のサイズには収まりきれない威容。
親の威を借ってのワガママしかできない小僧のパトリックは、
厳然とした眼差しと迫力に、怯んだ。
「我が家訓は知っているな。
己につけられた屈辱は、自身で雪げ」
パトリックがこちらを値踏みするように見た。
体格、環境では向こうが上だと分析したのだろう。
自分より弱い者を嬲ることに決めた者特有の卑しい笑いを浮かべる。
「決闘だァ……」
穴の空いた頬から血と涎が混じったものが溢れ続ける。
巻き戻った世界に何があっても覚悟していたが、
戦友のこれほどに醜悪な貌を見るのは、ノーマンをして暗澹たる心持ちだった。
「どこで? いつ?」
「今ここでだ小娘ぇ……!!」
「わかった」
「待った!!」
次の一秒にはボンボンの周りを鎖が取り囲んでいる。
それが引き絞られる前に、トマホーク二刀流を振り下ろして
即断即決の惨殺(フェイタリティ)を防いだ。
「なんだぁ!?」
痛みと屈辱と焦りで思考がぐちゃぐちゃなせいで、
自分が助かったのも認識していないようだ。
眉を顰めて、鎖と手斧を見ている。
パトリックとしては一刻も早く父の前で汚名を返上したいのだろうが、
それは”今すぐ私を八つ裂きにしていいよ”という
殺人許可証をエルシアに発行したに過ぎない。
「俺が代行します。
やらせてください」
最初にパトリックに、それからエルシアに頭を下げる。
お嬢様の方は動じない。
幸いにも、彼女は刃物を振るうことに異常な執着を持っているが、
人を斬ることには頓着していない。
「ノーマン、斬りたかったんだ……」
妙な誤解をしている。
「わたしがエッチなことされそうになったから……」
頬に両手を当ててあらぬことを考えている。
「もう、言えばいいのに。態度に出せばいいのに。んもう」
考えが口に出ている。
だが、それで納得してくれるならそれでいい。
ノーマンは訂正しないことにした。
「なんだお前……三下未満が、この僕に決闘を挑むってぇ?」
「私はループライト家の執事であり、騎士です。
お嬢様と刃を交えるのであれば、
まずは私からにしていただきたい」
「なんでそんなことを……」
「未来の領主様は執事を恐れて刃を振るえないと?」
「やれぃ!!」
人間櫓の頂、人間玉座から、
一歩ずつ、土台を踏みにじるようにもったいぶって降りてきた男。
何処に出しても恥ずかしい馬鹿息子。
前の時間でのノーマンの腹心が、隣のエルシアを頭から爪先まで舐め回すように見た。
「ふふん、中々じゃないか」
前の時間のパトリックはノーマンとエルシアの二つ上。
だが、ノーマンへの敬意を失ったことは一度もなかった。
「どこぞの田舎の軟弱領主の下に置くのはもったいない」
「お初にお目にかかります。
私はマグリバの領主リチャード様にお仕えする執事ノーマン、
この御方はリチャード様のご令嬢であるエルシア様です」
「気に入った。僕の物になれ」
ノーマンの横を通り過ぎ、
パトリックがエルシアの手を取り、
腰を抱き寄せて接吻しようとした瞬間、
エルシアの鎖鎌が頬に深々と突き刺さった。
「何ィッ!?」
反応もできずにノーマンが血相を変えて振り返る。
「この人、エッチなことしようとしてきた」
頬を膨らませてそっぽを向き、
鎌にべっとりついた血を、刺した相手の服で拭った。
「僕のほっぺがアアア!!!!」
穴が空いた頬を押さえて転がりまわるパトリック。
周囲も騒然として悲鳴が上がり、
衛兵が槍を持って駆け寄ってきた。
「我慢してと言いましたよね!?」
「でもキスしようとしてきたよ」
「避けてください!」
「こういうのはガツンと言ってやるべき」
「ガツンと刺してるじゃないですか!?」
軍師として頭で立てていたこれからの計画が音を立てて崩れていく。
時間を巻き戻してからずっとわかっていたことだが、
こうなっては受け入れざるを得ない。
目の前のエルシアは、前の時間の彼女と性格が違いすぎる。
いつもぼんやりしているのは共通しているが、
遥かに自己中心的で自分の欲求に忠実だ。
そして、それ以外への関心がなさすぎる。
「この野郎! 父上にぶっ殺させてやる!
絶対、絶対にだ!」
頬を押さえて、こちらを指さしてがなり立てる。
「甘えるな」
屋敷の窓から、グランテイマーが腕組みをし、
見下ろしてきた。身を乗り出しもせず、直立の仁王立ち。
息子の頬が刺されたとは思えない泰然さだ。
堂々たる風格、窓のサイズには収まりきれない威容。
親の威を借ってのワガママしかできない小僧のパトリックは、
厳然とした眼差しと迫力に、怯んだ。
「我が家訓は知っているな。
己につけられた屈辱は、自身で雪げ」
パトリックがこちらを値踏みするように見た。
体格、環境では向こうが上だと分析したのだろう。
自分より弱い者を嬲ることに決めた者特有の卑しい笑いを浮かべる。
「決闘だァ……」
穴の空いた頬から血と涎が混じったものが溢れ続ける。
巻き戻った世界に何があっても覚悟していたが、
戦友のこれほどに醜悪な貌を見るのは、ノーマンをして暗澹たる心持ちだった。
「どこで? いつ?」
「今ここでだ小娘ぇ……!!」
「わかった」
「待った!!」
次の一秒にはボンボンの周りを鎖が取り囲んでいる。
それが引き絞られる前に、トマホーク二刀流を振り下ろして
即断即決の惨殺(フェイタリティ)を防いだ。
「なんだぁ!?」
痛みと屈辱と焦りで思考がぐちゃぐちゃなせいで、
自分が助かったのも認識していないようだ。
眉を顰めて、鎖と手斧を見ている。
パトリックとしては一刻も早く父の前で汚名を返上したいのだろうが、
それは”今すぐ私を八つ裂きにしていいよ”という
殺人許可証をエルシアに発行したに過ぎない。
「俺が代行します。
やらせてください」
最初にパトリックに、それからエルシアに頭を下げる。
お嬢様の方は動じない。
幸いにも、彼女は刃物を振るうことに異常な執着を持っているが、
人を斬ることには頓着していない。
「ノーマン、斬りたかったんだ……」
妙な誤解をしている。
「わたしがエッチなことされそうになったから……」
頬に両手を当ててあらぬことを考えている。
「もう、言えばいいのに。態度に出せばいいのに。んもう」
考えが口に出ている。
だが、それで納得してくれるならそれでいい。
ノーマンは訂正しないことにした。
「なんだお前……三下未満が、この僕に決闘を挑むってぇ?」
「私はループライト家の執事であり、騎士です。
お嬢様と刃を交えるのであれば、
まずは私からにしていただきたい」
「なんでそんなことを……」
「未来の領主様は執事を恐れて刃を振るえないと?」
「やれぃ!!」
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