ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。

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生粋の貴族夫人・フィーリアは、強い瞳の彼らに出逢う。

第2話 私の知らない彼等の常識(1)

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 反射的にぶつかったものへと視線をやって、目を丸くする。

 そこに居たのは、黒髪の小さな濡れネズミだった。
 背丈はちょうど私の胸の辺りだろうか。膝に穴が開いている薄汚れた服を着ている彼は、マイゼルと同じくらいの年頃の少年に見えた。

 何故こんな子供が? たしかに時間的には夕暮れに差し掛かる頃合いだから出歩いていても別におかしくはないけれど、だからといってこの大雨の中、大人達だって外には出ていないのに。
 よく見れば、手足がとても細い。間違っても栄養状態が良いとは言えない体つきで、あまり良い暮らしは出来ていないのだろうなと思った。

 一瞬だけ、自分の事を忘れて彼に同情した。
 が、濡れそぼった長い前髪の間から覗く目と目がかち合った瞬間、同情心さえ吹き飛んだ。

 何故だろう。
 綺麗だと思ったのだ。静かにこちらを観察してくる透き通るような薄桃色の瞳を。

 色が綺麗。たしかにそうだろう。まるで咲き誇る花の花弁のように儚げに見える色だから。

 でも違う。彼の瞳から連想したのは、儚さではなく強さだった。
 現状を嘆くでもなく、悲観するでもなく、しなやかで強かな光を孕んだその瞳は、何かとても尊いもののように思えた。

 ザイスドート様に抱いた恋情とはまったく違う。ただ純粋に、たとえば芸術作品に心奪われるような感覚で、彼の強さに惹きつけられた。
 しかし無意識で伸ばた手が彼に届くより前に、別の声に意識を遮られる。

「おいノイン、お前何でそんなところに突っ立って――」

 呆れたような声が、私に気が付き途中で切れた。

 茶色の短髪のその少年は、ノインと呼ばれたこの黒髪の彼とおそらく同年代だろう。服装も体の細さも、ノインと似たり寄ったりだ。

 その彼が、気の強そうな黄金色の釣り目を訝しげに細めながら、吐き捨てるようにして言う。

「何だ、このババア」
「さぁ? 知らない人だよ」

 肩をすくめて、ノインが素っ気なく言った。

 二人とも、似ていない。顔立ちはもちろんの事、どこか中性的な雰囲気のノインとやんちゃな男の子という雰囲気のもう一人は、どちらかというと正反対のようにも見える。
 なのに何故か、同じように彼にも惹かれた。

 理由は分かっている。
 瞳の奥に宿った光が、逆境を跳ねのける力を秘めていそうなその瞳が、二人ともとてもそっくりだった。
 無意識に、彼らに「どうして」と口走っていた。

「どうして居られるの?」

 私と同じく雨に濡れて、私と同じくらい汚れた格好で、私よりも細いのではないかという手足で。
 どうして彼らはこんなにも、私と違う目をしているのか。
 先程水たまり越しに見た自分の目を、思い出しながら聞く。

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