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生粋の貴族夫人・フィーリアは、強い瞳の彼らに出逢う。
第1話 棄てられてしまった伯爵夫人(3)
しおりを挟むしばらくの後、思い出したように地面に視線を這わせれば、投げ捨てられた革袋を私の隣に一つ見つけた。
そろりと手を伸ばし、薄汚れてしまった革越しにたしかに感じる硬質な感触に、ほんの少しだけホッとする。
私にはもう、身を寄せるべき場所はない。四年前に起きた馬車の事故で両親と弟同時に失い、同時に継ぐ者が居ない実家も取り潰されたため、行く当てなんてどこにもない。
それでもザイスドート様の最後の温情だと信じて、手のひら大の袋を両手で拾い上げ、胸にギュッと抱きしめる。
濁った水がしたたり落ちていても、それが胸元を汚しても、もう特に気になる事はなかった。
だって今更だ。私だってもうその革袋と、似たり寄ったりの身なりになっている。
ゆらりと立ち上がったのは、漫然と、マイゼルが言った最後の言葉を守らなければならないと思ったからだ。
裾がほつれたスカートに滲み込んだ水が、足枷のように重かった。それでも歩きだし、顔に張り付く長い髪が鬱陶しくて、ぬかるむ足元に何度も足を取られかけても歩き続け、やっと「何故私は歩いているのだろう」と思ったところで、足元の水たまりの中に居る女と目が合う。
虚ろな目だった。嫁入り前と比べてずいぶんと年を取り痩せこけた自分が、一瞬誰だか分からなかった。
――こんな女、誰にも隣を求められなくて当たり前だわ。
いつからかずっとレイチェルさんに言われ続けていた言葉が、ストンと私の中に落ちた。
顔だけじゃない。手だって、ザイズドート様の腕に絡みついた細くて白い指とは比べ物にならない、荒れてボロボロになってしまった手。
捨てられてしまって、当たり前だ。そう自覚した瞬間に、私を突き動かしていた何かがプツンと切れた。
もう歩くのは、辞めてしまおう。たとえどれだけ歩いたところで、目的地も無ければ生き方だって分からない。
幕が掛かったような聴覚の端に、水たまりを叩く軽い音が引っかかったような気がしたが、特に気にはならなかった。
ただ「必要とされていない。望まれていない。ならば私はもう――」と考えた。
その時だった。
目の前を影が横切って、何かがトンッと腹部の辺りに当たったのは。
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