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生粋の貴族夫人・フィーリアは、強い瞳の彼らに出逢う。
第1話 棄てられてしまった伯爵夫人(2)
しおりを挟む「きったねぇなぁ。栄光あるこのドゥルズ伯爵家のすぐ外に落ちてるだけでも気分が悪い」
「マイゼル……」
ゴロゴロと稲光の助走を始めた空を背負った少年が、そう言った。
ちょうど先月十三歳になったばかりの、私が生んだ、私の子。目鼻立ちこそザイスドート様によく似ているものの、ウェーブかかった金髪と碧眼は私の特徴そのものだ。
それなのに、何故だろう。実母の私よりもよほど、継母のレイチェルさんに似ている。
「こんな女と血が繋がってるなんて、ホントに反吐が出る」
すっかり口癖になってしまった言葉を、心を込めて投げつけられる。
同じ言葉を初めて彼から言われたのは、たしか去年の事だっただろう。
あの時は、無意識のうちに涙が溢れ、止まらなかった。
ザイスドート様から「格上の侯爵家からやってくる令嬢だ。くれぐれも機嫌を損ねないように」と言われて、彼の為にと頑張った。
生まれた時から子爵令嬢だった私が聞くには無茶な要求が多かったけれど、彼に相談しても「頼む。我が家のためだ」と言われて懸命に努力した。屋敷回りの慣れない仕事を、体に鞭を打ってこなした。
そんな時だった、息子から初めてあんな言い様をされたのは。
既にレイチェルさんから受けた仕打ちの数々のせいで、心はボロボロに近かった。だからこの衝撃は、痛烈で深刻な打撃だった。
あまりのショックに脳が考える事を止めている内に、気が付けば息子は完全にレイチェルさんに盗られてしまっていた。今ではもう、話し方や仕草、表情までもが、彼女にすっかり染まっている。
降りしきる雨が、まるで私を罰するかのように打ち付けてくる。
あの時放心した私が悪かったのか。
息子を毅然と叱ってあげられなかったのがいけなかったのか。
そもそも無抵抗にレイチェルさんに使われるままだったのが……。
結婚をして、子を成し、家族で仲良く暮らしていく。十年以上前にザイスドート様に語ったそんな夢は、当たり前のように叶えられるものだと思っていた。
何故それが今、手の中に無いのか。何度考えても答えは出ない。
でもきっと、全てはもう遅いのだろう。
「とっとと居なくなれよ? 邪魔だから」
マイゼルが言い、傍に何かを投げてきた。
ザイスドート様が門の両脇に立っていた警備の騎士達に手で合図をすると、彼等の手によって屋敷の門が押し閉じられる。
踵を返した彼等は、格子の向こうで既に私の存在など忘れてかのように話に花を咲かせ始める。
私が昔思い描いていた『温かな家族の団欒』が、たしかにそこには存在していた。
視界がゆらりと滲んで歪む。しかしその景色さえ、最後には雄々しい鷹の紋章が描かれた立派な扉に阻まれて、最後には目の前から消えてなくなった。
あぁ、本当に私は捨てられてしまったのだ。
聞こえなくなった話し声に、そうと自覚させられる。
どうしていいか、分からない。放心して視線を落とせば、髪を伝った雨水が濡れた地面に滑り落ちていくのが見えた。
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