悪役令嬢の取り巻きBから追放された私は自由気ままに生きたいと思います。

水垣するめ

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1章

34話

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 そしてマーガレットが虐められるようになってから数日経った時だった。

 私が廊下を歩いていた時、頭から水を被ったようにずぶ濡れになって歩いているマーガレットを見つけた。

 表情はとても暗く、目はどこか虚ろだった。

 ポタポタと制服から廊下に雫が落ちている。どう見てもこのままでは風邪を引いてしまうだろう。

 早く乾かしてあげないと、と考えるが、それと同時に私の頭の中にまた私は自分一人で自己満足の手助けをしているだけなのかもしれないという考えも浮かんでくる。
 またマーガレットを傷つけてしまうのではないか……。

 そんな思考に支配されて、私はマーガレットに声をたかけることができない。
 声を出せず沈黙している私の隣をマーガレットが通り過ぎる。

 その時マーガレットから、微かに啜り泣くような声が聞こえた。

「…………っ!」

 何をしているんだ私は!

 マーガレットを傷つけてしまうなんてそんなことを考えてる場合じゃなかった。
 マーガレットはもうすでに傷ついているし、今のマーガレットを放り出すこと自体私にはできるわけがないんだ。

 クレアの言葉を思い出す。

『マーガレットさんを助けるということは一人で闘うことを決めた彼女の矜持を踏み躙ってでも自分のエゴを貫き通すということです』

 そうだ。これはエゴだ。

 マーガレットを助けたい気持ちも、全て私の自己満足だ。
 たとえ矜持を踏み躙っていてもマーガレットが泣いているのなら助けるという、強烈なエゴだ。

 それでも私は、私を貫き通す。

 私は振り返るとマーガレットの腕を掴んだ。

「マーガレットさん」

「……」

 私が声をかけるとマーガレットは振り返る。
 マーガレットの目は赤く腫れていた。やっぱり泣いていたらしい。
 ますます見捨てることはできない。

「ついてきてください」

「え……? きゃあっ!?」

 マーガレットの腕をぐいぐいと強引に引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと! どこに連れて行くつもり──」

「いいですから取り敢えず来てください」

 抵抗しようとするマーガレットの腕をしっかり掴む。
 かなり不敬な口の利き方をしているがまぁいい。
 後でどんな罰でも、何だったらビンタだって受け入れる。

 連れてきたのはいつもの空き教室だった。
 私はマーガレットが口を開く前に次々と渡していく。

「はい、これ新しい着替えです。こっちはバスタオル。私は外で待ってるから着替えてきてくださいね」

 そう言って私は外に出る。
 マーガレットは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに着替え始めた。
 そして五分ほど経った後、マーガレットが教室の中から声をかけてきた。

「……着替え終わりましたわ」

 私はその声を聞いて教室に入る。

「サイズは合ってました──えっ!?」

 私は振り返って、驚愕した。

 濡れた顔をタオルで拭いた時にメイクが落ちたマーガレットはいつものキツめの雰囲気の美人ではなく、とんでもない美少女だったのだ。

 アイシャドウを引いていた目は大きく優しげな瞳へ。真っ赤な口紅が塗られていた唇はピンク色の唇へ。厚く塗り重ねていた肌からは化粧が落ち、透き通った透明な肌へ。

 元のマーガレットが美人なら、今のマーガレットは絶世の美少女といえるだろう。
 それこそ、クレアと並んでもおかしくないくらいだ。いや、並んでいるだろう。

 クレアが氷の美少女とするなら、マーガレットは花の美少女だ。

 あまりのマーガレットの可愛さに私がショックを受けていると、ついポロリと本音が漏れてしまった。

「化粧してない方が可愛い……」

「う、うるさいですわ! 化粧は私を守るための鎧ですの!」

 マーガレットが頬を膨らませてプイッとそっぽを向く。
 その仕草ですら完璧に様になっている。

 今のマーガレットは可愛い。十人中十人が可愛いというほどの美少女だ。
 元も美人と言えるが、今のマーガレットを見ると逆に化粧で台無しにしていると言っていいくらいだ。

「あ、あの聞いていいですか」

「何ですか?」

「何でマーガレットさんは化粧をしているんですか? そのままのマーガレットさんならルーク王子もほっとかないと思うんですけど……」

「それは……」

 マーガレットが暗い顔になる。
 私は言葉にしてから言葉の選択を間違ったことに気づいた。

「す、すみません! 嫌なら言わなくて結構です!」

「……まあ、いいですわ。着替えを貰った恩がありますから」

 そう言ってマーガレットは話し始めた。

「結論から言えば、私が化粧をするのはクレアさんの真似ですわ」

「クレアさんの真似……?」

「昔は私と王子の仲はとても良いものでした。でも学園に入ってから王子はクレアさんばかり見るようになってしまったのです。だからクレアさんのように美人になれば、ルーク王子も私に振り向いてくれるんじゃないかと思いましたの」

「……ああ、なるほど」

 それでマーガレットは化粧をしていたという訳なのか。

「でも、もう振り向いてもらう必要は無くなってしまいましたけど」

 マーガレットは悲しそうに呟いた。

「マーガレットさん……」

「笑ってください。全部因果応報ですわ。クレアさんにしていたことが、私に返ってきてるだけですもの」

 マーガレットは悲しげに笑いながら自嘲して、ふっと息を吐いた。
 それは、何もかも諦めてしまったようなため息どった。

「お父様にも言われましたわ、もう学園にも来れなくなるかもしれません。今回の事件は他の貴族が公爵家に付け入る隙を与えてしまった」

「学園に来れないって……」

「退学するということですわ」

「そんな……!」

「ほとぼりが冷めるまで十年は戻って来れないでしょうが、しょうがありませんわ。全部私のせいですから。………………でも」

 マーガレットは最後にポツリと言葉を呟いた。
 きっとそれはマーガレットの本音だった。

「………………でも、最後にクレアさんと昔みたいに話してみたかったです」

 マーガレットはぎゅっと拳を握り、涙を流した。

「……マーガレットさん、それってどういうことですか?」

 私は「昔のように」という言葉がつい気になって質問した。
 昔から仲が悪い訳ではないのだろうか?
 マーガレットは顔を上げて少し不思議そうに首を捻った後、説明し始めた。

「え? だって私とクレアさんは幼馴染ですから、元々の仲は良かったんです」

「えっ!?」

 クレアさんとマーガレットさんって仲が良かったんだ!?
 私は一つ驚愕の事実を知って驚く。

「じゃあどうして仲が悪くなったんですか?」

「ルーク王子がクレアさんに好意を抱くようになってからですわ」

 ルーク王子がクレアに好意を寄せるようになったのは学園に入ってからだから、つい最近の話じゃん!

「でも、クレアさんは悪くないですわ。全て私の醜い嫉妬心が原因なのです」

 そうして、マーガレットは過去を話し始めた。

 クレアは昔から何をしても成績優秀で、マーガレットはずっと劣等感を抱えていたようだ。しかし子供の頃は時間を置けばそんなことは気にならず、仲良く遊んでいたらしい。

 しかし徐々にマーガレットはクレアと比べられ続けることに疲れ始めた。

 だが唯一と言っていい友達のクレアとは離れられず、その劣等感は付き纏った。

 そしてマーガレットがルークの婚約者に選ばれた。
 マーガレットは喜んだ。クレアに劣っていているのだからと人一倍努力して、婚約者に相応しくあろうとした。自分の存在価値を守ろうとした。

 しかし学園に入るとルークはクレアへ恋慕するようになった。

 唯一と言ってもいい友達のクレアに愛する婚約者を取られたような嫉妬心、そしてまたもや顔を出したクレアへの劣等感にマーガレットは悩まされ続けた。その時にマーガレットはクレアの真似をするようになったようだ。

 加えて、公爵令嬢としての面子も保たなければならなかった。
 貴族社会ではどんな理由があろうと婚約者を奪う行為は御法度。
 親友とはいえ婚約者を奪われたなら仕返ししないと他の貴族から舐められてしまうからだ。

 そのためクレアは悪くないとは分かっていつつも、ある日ついにクレアに怒りをぶつけてしまった。

 マーガレットはすぐに謝ろうとした。

 しかし、公爵令嬢としてのちっぽけなプライドと。今ここで謝ったら他の貴族から舐められるかもしれないという思いが、それを邪魔した。

 それから公爵令嬢としてのプライドと面子からマーガレットは謝ることもできず、今のような関係になってしまったらしい。

「そんなことが……」

「自分でも分かってますの。私がクレアさんに突っかかるのは歪なコミュニケーションを取るため。クレアさん仲直りはしたいけど、プライドと面子が許さないから攻撃することでしか関わることができないんです。こんな人間、罰を受けて当然ですわ…………」

 マーガレットは自嘲する。
 私は考えて見てもいなかった。マーガレットにこんな過去があったなんて。

「でも、マーガレットさんはクレアさんと仲直りしたいんですよね?」

「それは…………出来ることならクレアさんと仲直りしたいですが……でも無理ですわ。今まで散々酷いことをしてきましたから。今更許して欲しいなんて虫が良すぎです」

 マーガレットの言葉を私は首を振って否定した。

 確かに、マーガレットにも理由があるとはいえ、クレアにしていたことは到底許されるようなことでは無い。

 だが、今聞いているのはそういう建前じゃない。

 マーガレット自身の本音なのだ。

「違います」

「え?」

「マーガレットさんは、どうしたいのか聞いてるんです。本心を教えてください」

「……っ」

 マーガレットの手を掴み、真っ直ぐに瞳を見て質問する。
 マーガレットは瞳を潤ませるてぐっと唇を噛むと、話し始めた。

「………謝りたい。謝りたいですわ」

 マーガレットは瞳からポロリ、ポロリと涙をこぼす。

「私、とてもひどいことをずっとして来ました。それでもっ!」

 マーガレットは顔を上げる。
 目は真っ赤に腫れ、顔は歪んでいる。
 ずっと仮面を被っていた彼女は、今ようやく仮面を外して本心を語り始めた。

「出来るなら! クレアさんと仲直りしたい!」

 マーガレットは我慢していたものが溢れてきたのか、堰を切ったように泣きながら叫んだ。

「昔のように話したい! 本当に都合が良いけれど、もう一度クレアさんと笑い合いたいんです!」

 それは、マーガレットの心からの叫びだった。
 ずっと溜め込んで、押し殺すしか無かったマーガレットの本心だった。

「わかりました」

「え?」

「私が何とかします!」

 私は胸を張って宣言する。

「で、でも……」

「大丈夫です! 私に全部任せてください! こう言うのは得意なんです!」

 私は笑顔でマーガレットの手を握る。
 マーガレットは握られた手を見て、まだ瞳から涙を零しながら私に不思議そうに私に質問してきた。

「エマさんは何で私にそこまでしてくれるんですか……? 私は沢山あなたに酷いことをしました。そのうえあなたを見捨てたのに……」

「それはですね…………マーガレットさんが可愛いからです!」

「え!?」

 思いもよらない理由にマーガレットは驚いていた。

「私が助けるのはマーガレットさんが可愛いからです! 美少女は世界の宝だからです!」

 マーガレットが負い目を感じないようにふざけた理由を言ってみたが、本当は別のところに理由はある。

 以前、マーガレットが私のことを守ってくれていたことを聞いたからだ。
 私が派閥に入っていた頃にはとっくに借金を返し終わっていたが守ってくれていたのは確かだ。

 私は一度マーガレットに助けられた。だから、今度は私が手を差し出すのが筋と言うものだろう。

 それに今思い出せば、クレアもマーガレットを助けて欲しいと言っていた。

 直接言葉では言っていなかったが、取り巻きの三人による、マーガレットを助けて欲しいという願いを断ったあの日、クレアはやけに「私は」と強調していた。

 多分、あれはクレアは無理でも私なら助けることが出来る、ということを遠回しに伝えたかったのだろう。

 もし憎い相手ならそんな事はしない。

 つまり、クレア自身はまだマーガレットを友人だと思っているということだ。

 だから大丈夫。この関係はまだ修復出来る。

 マーガレットの頬を伝う涙をハンカチで拭いて、私は安心させるように微笑む。

「だから泣かないでください。きっと上手く解決してみますから」

「お願いします……!」

「はい! 任せてください!」

 私は胸を張った。
 私は、美少女の涙に弱いのだ。
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