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一章
9話
しおりを挟む清鷹からもうすぐ帰宅する旨の連絡があり美琴はしばらく窓を開けて耳を澄ませてマンションに車が近づいてくる音を探っていた。窓からは見えないが、どれが清鷹の車の音か当てるゲームを自分の中でしていた。
(あ、これだ)
少ししてやはり清鷹が帰宅した。
玄関で出迎えた美琴をその広い胸板に抱き寄せ額に唇を落とした。
「おかえりなさい、清鷹さん。お疲れでしょう。少し休んでからお風呂に入りますよね?お夕飯は先にしますか?」
清鷹はここ最近多忙でオフィスに泊まり込むこともあった。受け取った背広からほのかに不快ではない清鷹の汗の匂いがした。
「いや、すぐ入るよ。美琴、どうして携帯を持ち歩いてくれないんだ?なかなか返信がないもので心配して瀬戸山を寄越してしまった」
(だって家の中にいるしポケットに入れると重たいんだもん…)
風呂から上がった清鷹と食卓をふたりで囲む。晩酌にハイボールでも、用意しようとしたが、清鷹に一緒にゆっくり食べようと言われ席についた。
「おいしい!美琴は何でも上手だな。いつも俺の好みに合わせて和食ばかりだけれど、美琴の好きなものを作ってもいいんだよ?」
「ふふ…喜んでくれて嬉しい。僕も和食は好きなので…。…最近忙しそうですね。お仕事はどうでしたか?」
美琴がたわいもなく尋ねる。
「ああ…概ねは順調にやってるよ。だが、うちが奥港製鉄所の買収をする話が出ているだろう?今、その契約の内容で揉めていて………なかなか締結に苦労していてね…」
(ふーん、何だか大変そう…)
「それでーーー…内部を一枚岩にする為にその条件をキーパーソンに持ちかけてーーー…」
聞いたはいいものの美琴にはちんぷんかんぷんなので知った風に微笑みながら、適当に相槌を打った。
「大変でしたね。今日はゆっくり休んで下さいね。」
「美琴もこんな手の込んだ料理を用意してくれて、忙しかっただろう?床にワックスまでかけて…そんなの美琴がしなくてもいいのに」
(すごく暇でした!ワックスっていってもシートでかけただけだし。)
「ありがとう…心配してくれて。僕は毎日清鷹さんのおかげですごく快適過ぎて時間が有り余っているのです。」
(あ…そういえば今日は、僕、清鷹さんのトップシークレットを知っちゃったんだ!)
今日瀬戸山が美琴に溢していった清鷹に関する僅かで曖昧な情報は美琴の熱愛浪漫的妄想を捗らせるには十分だった。
秘密を暴いたと思い込む美琴は調子に乗っていつも非の打ち所がない完璧な清鷹への意地悪を思いついた。
「ふふふ…ねえ、清鷹さん…今日は、僕ちょっといいことを聞けたのですよ。なので退屈が凌げて上機嫌なのです…」
美琴が悪戯っ子を嗜めるように少し首を傾げて口角だけを上げ、上目遣いで微笑む。清鷹はにわかに香るその妖艶な魅力を当てられ、たじろいだ。
「いいこと…とは?」
「清鷹さんのこと…。」
「俺のこと…?なんだ?教えてくれよ…」
逡巡する清鷹。
「清鷹さんがどうして僕と結婚してくれたのかわかったのです…昔のことをちょっと聞いて。」
「えっ?」
清鷹が形のいい眉を顰める。
「清鷹さんの過去の想い…気づいてしまったのです。」
「……」
(ふふふ…、清鷹さん狼狽えてる。照れちゃったりして)
きっと前の恋人と結婚できなかったのは道ならぬ恋だったのかもしれない、と美琴は妄想していた。
「けれど他を差し置いてでも、愛を貫きたい気持ち…僕もわかるんです。憧れているから…」
「っ…!!」
清鷹が目を見開いた。
「誰よりも清鷹さんを愛してくれる、そんな人と結婚したかったんですよね?本当は…」
美琴は悪戯な仕掛けが効いているのをみて調子に乗った。
「でも、僕は清鷹さんが想う人とは違う…」
清鷹が鬼気迫る気配を発した。余裕を失い何か拒絶反応を起こすように身体を強張らせている。
「しかし!君はっ、あの母のような、不誠実なことはしないだろう?」
(やっぱり失恋したんだ~)
「ふふふ、どうでしょう?清鷹さんも見破れない秘密が僕にもあるかも…例えば、忘れられない恋に囚われているとか…」
美琴にとってこれは自分に熱をあげているようなフリをして大切な過去のことを一切微塵も気取らせなかった清鷹へのちょっとした意趣返しだった。
最後には、でもどんな過去があろうと美琴は夫として清鷹が大事、と言うような結論で会話をしめようとしていた。
清鷹がカチャりと音を立て箸を置いた。
「言うじゃないか…」
清鷹が目を細め剣呑な雰囲気が漂う。
(…???)
「美琴がそんなに悪い子だったなんて…瀬戸山が俺の可愛い美琴に余計なことを言ったんだな…。あいつが君にこんなことを言わせたんだな…」
「清鷹さん…?」
スッと清鷹は立ち上がると、無言で近寄り無遠慮に美琴の腕をとる。
「ああっ、痛…」
清鷹に椅子から無理矢理立たされ、軽々と横抱きにされる。そのまま寝室へ歩みを進める。美琴はようやく怒気を感じ取り清鷹に叩き落とされるんじゃないかと恐怖心が込み上げてきた。
ベッドに放り投げるように突き飛ばされ美琴は呆然と横たわる。
「何にしても、もう手放せないんだ…。君の気持ちがどんなに他の者にうつろうともな…。」
暗がりで美琴を見下ろす清鷹の表情は読めず、黒く渦巻いた悍ましいものを感じた。
「お仕置きだ…美琴。」
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