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8歳

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※※※

「エル、誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう…兄様」

兄のゼロは俺に向かって眩しい笑顔で微笑んでいた。

俺の8歳の誕生日、あれから三年の年月が経過していた。

俺はゼロの名前を聞き、あの時ゼロの正体に気付いた。

生前の俺がやっていた乙女ゲームにゼロというキャラクターがいた。
似ていたが名前を聞くまで分からなかった、黒髪でゼロという名前は珍しくもないだろう…しかしイスナーンまで同じなら可能性は高い。
でもそんな事現実に存在するのか?ゲームの世界に転生なんてまるでフィクションの世界だ。

現実のゼロがゲームのゼロだと仮定してヒロイン達の命を狙う悪役令息の貴族であり、しかもゲームのメインキャラクターで残虐非道の人殺しという設定だった。
しかしそれには理由があり、ゼロは元騎士団長だが騎士団の罪を知り絶望して騎士団を恨んでいる。
人殺しは悪い事だけど、俺はゼロの悲しい事情を知っているからゼロが完全悪だと言えない。

今はまだ騎士見習いのようでゼロが騎士団を辞めたのは騎士団長になってからだ。
だからまだゼロは人殺しをしていない…そもそもゼロに弟はいただろうか。

ゼロには悪役令嬢の妹がいたが、ゼロは家族がいないと言っていたから妹は居ない筈だ。
じゃあ俺が悪役令嬢のポジションなのか?目元が似ているだけじゃなくてポジションまで似るとは思わなかった。

まだゼロがあのゼロかは他のキャラクターを見ていないから確信はないまま、日にちは過ぎていき今になる。

字の読み書きが出来ないと不便だろうとゼロに教えてもらった。
この世界では魔法使いと何の力もない人間の二つの種族が存在していた。
世界の人口の9割が魔法使いなのに1割しかいない魔法が使えない人間は退化した生命体と言われている。

魔法属性は生まれた時から体の中に潜む使い魔によって使える属性が違う。
普通は一体だけ使い魔が体に宿っているから使える属性は一つだ。
しかし人間はその一体も使い魔が宿っていないから、魔法使い達からは何の能力もない使えない、生きている価値はないと奴隷のようにコキ使われていた。

大きく分けて三つの階級があり、上級・中級・下級がある。

上級階級は魔法使いの中で魔力がとても高く、世界でも数えるくらいしかいない魔法使いの事を言う。
中級階級は魔法は使えるが、魔力は弱くほとんどが使い物にならないけど魔法使いの事を言う。
そしてその使い物にならない中級階級よりも下なのが下級階級の人間だ。

差別は当たり前で人間に何をしても罪にはならないという腐った世界だ。
俺もきっとただの人間だったから両親に捨てられたのかもしれない。

ゼロは上級階級の中でも特殊な存在だが、差別社会を嫌っていて、人を殺している犯罪者なのに魔法使いというだけで無罪にして野放しにする人間差別の象徴と言われている騎士団に入り、トップの騎士団長になれば差別をなくせる事が出来るかもしれないと思っていた。

ゲームの話ではゼロ一人の力じゃ、限界があった…どんなに頑張っても罪人を無罪にする騎士達を止める事が出来なかった。
副騎士団長のヤマトもゼロを手伝っていたが、ゼロはすぐに騎士団を正す事を諦めて騎士団を辞めて自らが人殺しが無罪になった事件の犯人のみを断罪する事にした。

ゼロはゲーム開始から既に敵対関係だったから、他の騎士達に殺されて死に…ゼロルートでもヒロインと恋仲になってゼロを恨む魔法使い達に狙われたヒロインを庇って死んでしまう。

ゲームのゼロじゃない事を祈る、ゼロは俺を助けてくれた人だから幸せになってほしい。

しかし、時々ゼロの趣味が理解できない時がある。

一番それが強調され、俺にとってかなりのダメージがあるのが俺の誕生日だった。
ゼロの誕生日は普通だ、プレゼントを買うお金がないし…ゼロの誕生日のプレゼント代をゼロに貰うのはどうかと思い、俺が庭で作った泥団子だってゼロはとても嬉しそうにもらってくれた。
……未だにゼロの部屋には三年前にあげた泥団子がショーケースに飾られているのは見てて恥ずかしくなるから捨ててくれたらいいのにと思っている。

そして俺の誕生日の日、本当の誕生日は覚えていないからゼロに拾われた日が俺の誕生日にした。
一年で一番ゼロが張り切る日でもあり、ゼロの家の屋敷は大騒ぎだった。

俺はどうしようか戸惑っていたらゼロが大きく四角い箱を抱えて部屋にやってきた。
来てしまったものはしょうがないと心に決めてゼロに向かって微笑んで歓迎した。

「エル、プレゼントだ…今年のはとても迷って選んだ…もらってくれるか?」

「桃色も良かったけど、やっぱりエルには青が似合う」と不吉な事を言っているのを聞きながらプレゼントの箱を開ける。

中から出てきたのは白いレースにフリルのリボンがこれでもかと装飾されている綺麗な青い色のドレスだった。
貰えるものは何でもとても嬉しいが、乾いた笑いしか出なかった。

ゼロは試着してほしそうな瞳で俺を見つめていた。

我が兄は分かっているのだろうか、俺が男だという事を…
ゼロとは何度も風呂を共にして背中を洗いっこしていた筈なんだけどな。

後ろを見ると初めの頃は殺風景だったベッドには大きなくまのぬいぐるみが置いてあった。
あれは去年の誕生日プレゼントだ、女の子が好きそうなものを何故プレゼントするのか不思議だった。

ゼロは妹がほしかったのだろうかと胸が切なくなる。
ゲームのゼロには妹がいたが、上級階級の妹は人間を差別していたから仲はよくなかった。

まだ幼いからギリギリ女装は違和感ないが、ずっとこれが続かない事を祈ろう。
ゼロが喜んでくれるというなら俺は我慢してこれを着る事を決意する。

中身は高校生だから複雑な気分でドレスをベッドに置いた。

「それを着て、庭で二人だけのパーティーをしよう」

「…分かっ…た」

「エルが好きな赤い果実のお菓子いっぱい作ったから楽しみにしていてくれ」

俺は頷き、ゼロはご機嫌で部屋を出ていったのを見送った。

ゲームの世界にも上級・中級・下級の三つの階級が存在していた。
俺が来る前はゼロの屋敷には専属の料理人がいた。
でもある日、ゼロが騎士団の仕事に出かけていた昼の事…料理人が俺が下級階級だと知ると俺のご飯だけ…食べられないような食材で作ったぐちゃぐちゃの料理を出された。
さすがにお腹が空いても食べられないものを食べる勇気はなくて、その日の昼は食事を抜いた。

この事をゼロに言っていないが、俺の腹が鳴ってしまいゼロが料理人を問い詰めたら白状した。
どんな方法だったのかは分からないが異常なほど料理人は怯えた顔をしていた。

それから料理人をクビにして、ゼロが料理を勉強して作る事になった。
俺も生前料理が好きだったから手伝うと言ったが、まだ小さい俺は危ないと止められ厨房に近付けなかった。
もう8歳なのにゼロは過保護だと思いながら手伝えるほど早く大きくなりたいと思った。

着ていた服を脱いでドレスに着替える、足がスースーしてなんだか落ち着かない。

部屋を出ると目の前に使用人がいた、あの人は確か庭でいつも出会う庭師だ。
俺の部屋の前で何をしているのか気になったが、すぐに走って何処かに行ってしまった。
用があって来たのではないのかと思ったが、俺はゼロが待っている庭に行こうと少し歩みを早める。

庭には赤と青の綺麗な薔薇が咲いていてメルヘンな空間にしていた。
俺を見つけたゼロは柔らかく微笑んで椅子を引いてくれる。

今日は俺が主役だからとエスコートしてくれる、いつもしてくれるけど今日という日は特に甘やかしてくれる。

「エル、君と出会ったこの日に祝福を」

「乾杯」

ティーカップを少し上げてから一口飲む、口の中に甘酸っぱい俺の大好きな赤い果実の入った紅茶が広がる。
酸味の中にほんのりと優しい甘さが広がりイチゴに近い味だろうか、生前もイチゴが好きでよく食べていたな。

お気に入りの赤い果実を潰して生地に練り込んでいるクッキーを掴み食べるとそれをニコニコした顔で俺を見つめるゼロが見えた。
いつから一人だったのかは分からないが弟が出来てよほど嬉しかったのだろう、その瞳はなんだか普通の家族に向ける視線とは少し違うように感じた。

俺は今日8歳になり、ゼロとは5つ違うからゼロは13歳だ。
ひまわりの園の時は年上もいた事があったが俺は物心ついた時から下の子の世話をしていたから、年上の兄が出来て恥ずかしいけど甘えられて俺も嬉しかった。
中身17歳で男に甘えるとか微妙に思うが、誰かに甘えた事がなくてゼロも甘やかせてくれるから今くらい17歳を忘れてゼロにお願いがしたかった。

「兄様、俺…お願いがあるんだけど」

「…ん?なんだ?」

「俺、鍛えたいんだ!」

ゼロはよほどショックだったのか、固まったまま動かなかった。
今のままの俺だと、きっと何も守る事が出来なくなる。
ゲームのゼロだった場合、俺はゼロを助けたい。

今ならまだ闇堕ちしていない、今から悪役ルートのフラグを折っていけばゼロは死なずに幸せになれる。
常日頃から何かをしたいとゼロに言ってはいたが、まだ幼いからといつもはぐらかされていた。

でももう8歳だ、幼いというほど子供ではないしゼロを守れる立派な男になりたいと思っている。
こんな女の子の格好して思う事ではないかもしれないけど…
この世界での8歳は生前いた世界と違い、一人で何でも出来る年齢でもある…さすがに酒は成人の儀式をした大人じゃないとダメだけど…
厨房は凶器があるからダメだというのは分かるが、体を鍛えるくらいならいいだろう。

「兄様」

「ダメだよ、もし鍛えて怪我でもしたら痛いんだぞ…エルは痛いの嫌だろ?」

「でも俺、ずっと兄様に守られているばかりじゃ嫌なんだ!」

ゼロが甘やかしてくれるからとわがままを言って困らせたいわけではないけど、ずっとこのまま何もしなかったらいざという時ゼロを守れない。
魔法が使えない俺は人一倍努力して強くなる必要があるんだ。

何も出来ない子供でいたくない…大切な人を守れる男になりたい。

どうせならゼロに鍛えてほしかった、ゼロは魔術だけじゃなくいろんな武器を扱う事が出来る。
それに、ゼロに拾われてから外に出た事がないから頼めるのはゼロしかいない。
それがいけなかったのか、やはりゼロは反対した。

「エル、俺は君の傍にいるだけで幸せなんだ…だから今のままで…」

「…っ!」

俺はゼロに初めて反抗心を抱いていた、俺は女の子じゃないんだ…ゼロに守られているばかりじゃゼロを守れない!
同じ男なら気持ちを分かってくれると思っていたからショックだった。
椅子から立ち上がり、格好に似合わず大股歩きで室内に戻った。
ゼロが俺の名前を呼んでいたが振り返る事はしなかった。

自分の部屋に戻るとドレスを脱いで、シャツに小さなリボンを着けた私服に着替えて部屋を出た。
部屋の前には追いかけてきたのかゼロが戸惑った様子で俺を見つめていたが、さっきの発言を撤回する気はないようだ。
それに頬を膨らませてゼロを押し退けて廊下を走り去った。

ゼロにここまで立派に育ててもらって感謝している、ゼロに拾われなかったら俺はきっと8歳の誕生日を迎える前に死んでいただろう。
だからこそ俺はゼロに幸せになってほしい、俺だけが結末を知っているんだ。
でもどう言えばいいのか分からず、俺も自分の態度に戸惑っていた。

屋敷を出て近くの茂みにしゃがみ小さく丸まり隠れる。
するとやはり追いかけてきたゼロは、周りを見渡しながら何処かに向かって走っていった。
あんなに必死な顔をして俺を探してくれるゼロを見て、出ていこうとした体を何とか抑えてゼロが見えなくなったところで茂みから顔を出す。
心の中でごめんなさいと謝りながらここでゼロの言う通り何もしないわけにはいかないと思った。

なにもしないで家に帰るわけにはいかず、なにか方法はないか街をぶらつく事にした。

ゼロに酷い事をしてしまった、その気持ちが俺の気分を沈ませる。
でも、俺は本気だとゼロに口で言うより分かってくれるかもしれない。
俺は誰がなんて言おうと、ゼロを助けたい気持ちは変わらない。

街の広場に入ると、騎士団の人が何人かいた。
騎士団は鍛えるには最適だろうが頼みたくはない。
ゼロが闇堕ちをした原因である、差別の象徴だからだ。

魔法使いを至極だと思い、人間は魔法使いの奴隷だと思っている酷い集団だ。
ただの人間も少ないが騎士団にはいるが、扱いは酷いものだ。
イジメが可愛く感じるほどの体罰が当たり前になって、死んでしまう騎士も珍しくはない。

ゼロでなくてもそんな騎士団に絶望する人はいるだろう。

でも、現実の話…騎士団と同じ考えの魔法使いがほとんどだから暴動が起きたりする事がなく、むしろ共感される。
虐げられている人間達も、小さな頃からこの世界を見ているからかそれが可笑しい事だなんて思わない。

俺はゲームで騎士団の酷い差別を知り、心が痛かったから可笑しい事は可笑しいと思う。
でも、もし俺に生前の記憶がなかったら酷い扱いを受け入れていたのかもしれない。

騎士団に人間だと気付かれたら何をされるか分からない。
見た目では魔法使いと変わりはないが、なにがきっかけで気付かれるのか分からない。

人間はこうしてビクビクしないと生きていけない世界なんだ。

人間は抵抗するのも許されない、魔法使いに頭を下げて生きていかないといけない。
そう考えたら俺は恵まれている、差別なくゼロに本当の家族のように大切にされている。
なのに……俺はゼロが心配してくれたのに家を飛び出した。
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