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第17話 忠誠心【サイド回】

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【sideドミンゴ】
 
 ある夜のことだった。
 俺ことドミンゴの寝室は、エルド様のおられる本館とは違って、離れにあった。
 俺以外にも、オットーなどもここで寝起きしている。
 オットーと俺はいつもこの離れで寝起きし、昼間は冒険者としてクエストに行っている。

 その夜はやけに外が騒がしかった。
 なにごとかと思って飛び起きると、どうやら侵入者があったらしい。
 衛兵として飼われている奴隷たちが必死こいて侵入者を探している。
 まあ、俺にはあまり関係のないことだ。
 もしこの部屋に侵入者がやってきたら、叩きのめすだけのこと。
 冒険者としてそれなりにやっていくうちに、俺は自分の腕に自信が出来てきていた。

「誰だ……!」

 俺は窓の外に何者かがいるのを察知した。
 すると、窓の外から姿を現したのは、一人の変な恰好をした闖入者だった。
 全身を黒いスーツを纏っていて、変態にしか見えない。
 やつは俺の顔を見ると「しー」っとジェスチャーをしながら、中に入ってきた。
 どうやらこちらに敵意はないらしい。
 いったい何者だ……?
 金目当ての泥棒というわけではなさそうだ。もしそうなら、奴隷の寝室なんかを狙っても意味はない。

「何者だ……!」

 俺は戦闘態勢を整えた。

「待て、俺は敵じゃない……!」
「は……? 敵じゃないだと……?」

 あきらかに怪しい恰好で、窓から侵入してきて、それはないだろうと思う。
 だが、男にはどうやら話があるようだった。
 まあいざとなればいくらでも倒すことは可能だ。少しくらいなら、耳を傾けてやってもいいかと思う。

「俺は解放軍だ……!」
「解放軍……?」

 男はそう言って、腕の紋章を見せた。
 そこにはたしかに、『北東奴隷解放軍』のメンバーたる証拠が刻まれていた。
 奴隷解放軍というのは、有志で結成された秘密結社のことだ。
 メンバーの詳細は不明で、活動拠点なども不明。
 ただその組織の活動目的は、奴隷を解放すること――。
 夜な夜な各地の屋敷に忍び込んでは、奴隷を解放する運動をしているらしい。
 そうか、ここにもついに奴らが。

「俺はお前を解放しにきた。時間がない。はやく奴隷紋をみせろ」

 男はそういって、俺に服を脱ぐように促す。
 奴隷解放軍は、どういった仕組かは知らないが、奴隷紋を無効化する手段を持っていた。
 奴隷解放軍は、奴隷制度反対をかかげ、こうやって数々の奴隷を解放しては歩いているという。
 そんな彼らに開放されて、人生を取り戻せたときく話は多い。

 だが――。

「は……? なんで俺がそんなことを?」

 俺は断固として断る。

「は……? 『は……?』はこっちのセリフだが……。俺はお前を解放してやると言ったんだが? きこえなかったのか……?」

 解放軍の男は、信じられないというふうに俺を見る。

「ああ、それはわかった。だが断る……!!!!」
「な、なんでだ……!?」
「だって、エルド様はすばらしいご主人様だからな!」
「は、はぁ……?」
「福利厚生もしっかりしているし、三食昼寝つき。しかも給料もちゃんと出る。冒険者の仕事はやりがいもあるし、自由もそれなりにある。安全も保障されているしな。こんないい職場、なかなかないだろう?」

 もし俺がこのまま解放軍に従って、運よく逃げおおせたとしても、ろくな仕事にはありつけないだろう。
 逃亡奴隷なんてのは、身分証もないから、まずまともな仕事にはつけやしない。
 それに、逃亡すれば、常に奴隷管理委員会からの捜索の目を警戒して生きなきゃならない。
 そんな窮屈な生活、俺はごめんだね。
 それにもし、逃亡奴隷が捕まれば、それこそ悲惨な運命が待ち受けている。
 だったら、俺はこのままここでエルド様に忠誠を誓うほうが、百倍いいってわけだ。

「お、お前、正気なのか……? 奴隷なんだぞ!? 奴隷として虐げられているんだぞ!? なんで逃げない! それを逃がしてやると言ってるんだぞ!」
「いや、俺は虐げられてはいないんだけど……」
「はぁ……?」
「エルド様は優しいし……」

 こういう輩が一番困るんだよな。自分はいいことをしているつもりなのか知らないが、それは押し付けにしかなっていない。

「第一、お前たち、奴隷を解放してそのあとどうするっていうんだ? その後の人生もずっと面倒みてくれるんか?」
「う……そ、それは……」
「そういうところが身勝手で、奴隷解放軍はどうも信用成らねえ。解放軍といやきこえがいいが、ようはやってることはテロリストだ。それがまあ、よくものこのこと俺の前に顔を出せたもんだ」
「っく…………」

 奴隷解放軍の男は、俺が懐柔できないとわかると、そのまま窓の外から逃げようとした。
 しかし、俺は決してそれを許さない。
 シュマーケン家の奴隷である以上、そこへの侵入者を見過ごすわけにはいかないのだ。

「おっと、待ちな」
「はなせ……!」
「お前はエルド様に引き渡す……!」

 俺は解放軍の男を床にねじ伏せた。
 これにて一件落着。
 いつもモンスター相手にクエストをこなしている俺にとっては、こんなヒョロガリの思想家、ちょろいもんだね。
 俺は侵入者を捕まえたということでお手柄だった。
 エルド様は褒美として、俺への新しい武具を買いそろえてくれた。
 やっぱ、こんないい主人にはなかなか恵まれない。
 俺はこの屋敷を出る気には、なれなかった。
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