訳ありニートと同居ドール

九条りりあ

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2章

優しい手のひらに包まれて

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♢ ♢ ♢




『小野寺さん、ちょっとこっちに来て?』

彼女は上っ面の笑顔で手招きする。

『ねぇ、これどういうこと……?』

誰もいない部屋に通されたら、見下すように飛ばされるのは罵倒だ。

『これは先日―ー……』

投げやりに机の上に“バサァ”と叩きつけられたのは、見覚えのある文章。

『えぇ、頼んだわよね。ホームページ更新してって。でもさ、普通こういうのは、上司に見せてからするもんじゃない?』
『ですが、この前は、いちいちホームページ更新で確認を取らないでと、自分で確認して更新依頼をかけなさいとおっしゃっていたと――……』
『あのときは、あのとき!!普通わかるでしょ?それに、いちいち、あんたごときが口答えするんじゃないわよ!!』

机の上を叩き、ドンと大きな音を出され思わず目を閉じる。彼女は、時折こうやって、以前とは異なることを言っては、なまじりをあげて私を叱りつける。こうやって理不尽に怒られるのは、初めてではないのに、棘のある声に肩を震わせてしまう。一瞬で彼女に対する恐怖心で支配される。

『……申し訳ございません』

私はただただ頭を下げて彼女の怒りが収まるのを待つ。

誰か私をこの地獄のような日々から救い出してと願いながら。けれど、あのとき私に手を差し伸べてくれた人は誰もいなかった。



あぁ、これは夢だ。
辛くて苦しくて逃げたくて毎日が絶望だったあの頃の名残り。
浴びせられる罵声にただ俯いて聞いていたあの頃だ。
私の味方なんていなくて、みんな見ないふり。




そのはずなのに―ー…
不思議なことが起こった。

『……―ー俺がいるからね』

あの場にいるのは、彼女と私でほかの誰もいないはずなのに、低くおだやかな誰かの声がした。
そして、大丈夫だというように、誰かの柔らかい手のひらが私の手のひらを包み込む感覚。
怯えていた身体が途端に落ち着く。

本来なら恐ろしいと思うはずなのに、怖いとは思わなかった。
その声を、その手のひらの優しさを私は知っている気さえした。

もう彼女の甲高い金切り声は聞こえなくなり、心地よい感覚が私を襲い、まどろみながら私は意識を手放した。



♢ ♢ ♢



「……――んっ」

気が付くとまず視界に飛び込んできたのは、眩しい光だ。そうして、優しい風が肌の上を通り、その風で木や草が揺さぶられる音が聞こえた。

「あれ?私……」
「うたた寝してたよ」

いつの間にか寝てしまったのだろうかと思いながら起き上がろうとすると、低くおだやかな声がした。そちらを見れば、目を細めて優しく笑うハルがいた。身体を改めれば、ハルのカーディガンがかかっていた。ハルがかけてくれたのだろう。

「ごめん……私――」
「気持ちのいい天気だもんね」

何のことはないようにいって、ハルはぐぐーと両手を伸ばす。そんなハルにもう一度ごめんねと謝ってから、ありがとうとカーディガンを手渡せば、いえいえと言いながら、そのカーディガンを羽織った。その様子を見ながら私は、自分の目元に指を翳す。

「あれ……?」
「どうしたの?マスター?」
「ん?なんでもない……」

不思議そうに私を見るハルに首を振る。あの頃の悪夢を見ると知らず知らずのうちに涙を流していたのに。ハルにばれないように先に拭おうと思ったのに、雫一つ垂れていなかった。太陽の熱で乾いたのだろうか。こんなこと今まで涙を流していないことなんて、一度たりともなかった。辛くて苦しかったあの頃の夢を見た気がしたのだが。見ていなかったのだろうか。そんなことを思い

「私、何か言ってた?」
「ぐーぐー言ってた」

私が問えばハルは少しいたずらっぽく笑って答える。

「ぐーぐ言ってた!?うわぁ、恥ずかしい」

思わず恥ずかしくなり両手で顔を覆えば

「冗談、言ってないよ」

ハルはクスクスと笑う。

「気持ちよさそうに寝てた」
「ハルー」

非難めいた目を向ければ、「ごめん、ごめん」と両手を上げて、降参のポーズを取る。
そして

「マスターはその方がいいよ」

と脈絡のないことを言われ

「何が?」

と問えば「何でもない。こっちの話」と嬉しそうに笑った。

「もう」と頬を膨らませて、ふとあることに思い至る。

「……私、どれくらい寝てたんだろう?」
「30分くらいかな?」

ハルの言葉に腕時計を見れば、時計の針は10時半を少し過ぎたところを指していた。今から、スーパーで食材を買って家に戻ってご飯を作ってもいいけれど、せっかく朝早くから起きて外に出てきたのだ。それではなんとなく勿体ない気がする。どこかゆっくりできるところないかと思って、まるで犬のように私の言葉を待つハルを見て、ふと思いついた。

「そうだ、バンボラさんに会いに行こっか!!」
「そうだね」

私の提案にそういって立ち上がり、手を差し出すハル。
私は、その手のひらを掴んだ。
そのとき不思議な感覚に陥った。

この低くおだやかな声。優しい手のひらの感覚。
この感覚を私は知っている。

そっか、やっぱり、夢で私に手を差し伸べてくれたのは―ー……。

「……―ーありがとう」

立ち上がりながら、優しく微笑むハルにそう告げた。
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