幻想世界の配達人 ～転生者だけど地図内蔵のチーターです～

序章 転生先は寄せ植えの世界

謎の老婆の薬草を運ぶ

　パルースでは酒場の客席で一睡した為、宿賃は手元に残っていたが、食事代は残っていない。野草加工の仕事で食事にありつけることを期待し、ソーヤは空腹を押してニンパエア村にほど近い北側玄関を目指す。
　北側玄関は森の集落との往来が主な役割となっている町の出入り口で、道路は整備されているが大型馬車の出入りはなく、人の往来もあまり多くはない。しかもニンパエア村は湿度の高い土地で、北側玄関から既に土壌は湿度が高く、湿地を好む植物が繁栄する鬱蒼とした地帯だった。
（ななな、なんか、いきなりスライムとか出てこないよね。異世界転生すると大体こういうところで襲われて……）
　ソーヤはその不気味さに身構えていたが、フーニスで魔物が出たという報告はまだ無くく、ただ、気色の悪い生物が時々地面を這う程度であった。
（此処でいいのかな……）
　北側玄関を示す門柱の前に来て、ソーヤは辺りを見回すが、同じ様に紹介状を持った労働者らしき人影はない。それどころか、雇い主や元締めの様な人物も居ない。
　不安を募らせていると、一人の男が森の方から現れた。
「あれー？　まだいないんだ。あ、君も？」
「え、あ……」
　毛先の跳ねた金髪の男は、その手にソーヤと同じ封蝋で止められた髪を持っていた。
「あなたも、職業紹介所から？」
「一応。なんだけど、雇い主がまだ来てないね。ちょっと探してくるよ」
　金髪の男はそう言い、街の中に入ると何処かへと歩き出した。
　それからどれほど経っただろうか、湿った空気にソーヤの感情が暗澹たるものになっていた頃、白髪を頭頂部に束ねた老婆と共に、荷車を惹いた男が戻ってきた。
「待たせて悪かったね。取引先に行ったら、小僧がどうにか詰草の花を買ってくれって聞かないと、まぁ厄介な事になっててねぇ……フーニスには獣人なんて殆ど居ないし、ましてや犬獣人はそこら辺で用を足す癖があるもんだから、あいつらの収穫した野草は売れないんだよ。それなのに小僧、金が必要だと言ってきかなくてねぇ……荷役夫の父親が蒸発して、母親が借金返済で苦労してるというが、いくら獣人でもまだ十三にもならない小僧を雇う事は出来ないってのに」
　老婆の長い愚痴を聞きながら、ソーヤは一人の少年を思い出す。
（まさか、あの犬の）
「で、その、小僧ってのは」
「そんなに金が欲しけりゃ母親を連れて来いって追い返したさ。フーニスに出れば子連れでも出来る仕事がいくらかは有るからね。で、アンタ、名前は？」
「あ、はい、ソーヤです、よろし」
「ついておいで」
　紹介状を受け取りもせず歩きだす老婆に面くらいながら、ソーヤはその後に続く。
　一行は北側玄関からニンパエアへと続く身を進み、その道中で脇道に逸れた。その先に有るのは老婆の作業小屋らしき粗末な小屋。
「荷車を若いのに渡しな。お前さんは残りを刈って来ておくれ」
　金髪の男は荷車を止めると作業小屋に向かい、道具を持って森の中へと消えてゆく。
「若いの」
　ソーヤはそれが自分だと気付き、慌てて返答する。
「其処に干したセリがある。全部積んでフーニスの薬問屋、サルタリスのオエナンテに届けておくれ。店は東玄関の方向、馬車通り北側だよ。分からなきゃそこら辺の交通整理に聞くと良い。わたしゃタンポポを採って来るんでね」
「は、はぁ……」
　ソーヤは言われた通りに乾燥したセリを荷車に積み上げ、店を探して歩く事にした。
（ここが北側とすると、東はこっち……この前来た方向かぁ）
　ソーヤは覚えのある道を進み、パルースからフーニスにやって来た時の道へと戻る。
（馬車通りっていうのはあの大きな道……荷車で歩道歩いていいのかな）
　馬車通りと街道を隔てる信号所で立ち止まり、ソーヤは案内の官吏に歩道へ入ってもよいかと尋ねた。官吏は不思議そうにソーヤを見ながら、何の問題も無いと言う。そうして馬車通りを進むと、対岸に薬問屋の看板を見つける。
（あの交差点で渡れば目的地……あぁ、お腹空いたよぉ）
　前日のポリッジから何も食べていないソーヤの空腹は極限だったが、荷物を届けるまでは自由に動く事が出来ない。気力を振り絞り、信号の切り替わりと同時に対岸へと渡った。