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序章 転生先は寄せ植えの世界
異世界暮らしは甘くない
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謎の老婆の手伝いをした翌日、ソーヤは成り行きで屋台の手伝いをしていた。
この日も早朝から職業紹介所で仕事を探そうとしていたのだが、その道すがら、屋台道具の荷車を押す親子に遭遇した。見ると、荷台の車輪が道の知の小さな窪みに嵌ってしまい、母子の力では思う様に動かせなくなっていた。
ソーヤはすぐに二人を手伝い、共に荷車を押しながら話を聞いた。娘曰く、一家は安宿街で蕎麦粉のガレットを売っているが、父親が腰を痛めてやむなく母親と二人で屋台を出す事にした。しかし、殊の外荷車は重く、非力な女性二人での移動には難儀していたのだという。しかも、母親は手首を痛めており、十分に料理が出来ないとも言った。
その話を聞いたソーヤは二人を不憫に思い、出来る仕事が有れば手伝うと申し出た。その結果、ソーヤは早朝から大量のガレット生地を拵え、焼けた生地が溜まったところで娘が薄く切ったハムやチーズを包んでは客に出していた。
「突然助けていただいた上に、お店まで手伝っていただいて、本当にありがとうございました……その、もしよろしければ、暫くの間、私達の屋台を手伝っていただけませんか?」
用意して居た食材を大方売り切った夕方、娘はソーヤに切り出した。突然の事にソーヤは戸惑い、娘は慌てて申し開きをする。
「い、いえ、ご無理にとは言いません。でも、あなたはガレットを焼くのも初めてとは思えないほどお上手でしたし、母の手の痛みが引くまで、暫く手伝っていただけると嬉しいんです」
「ぼ、僕なんかでいいなら、喜んで!」
伏し目がちに語る娘を前に、ソーヤは断ることができず、仕事を引き受けた。報酬は、早朝から昼過ぎまで働き銀銅貨四枚。時給にして銅貨五枚ほどの仕事であるが、一家が販売するガレットの値は銅貨三枚、材料費を引けば利益は銅貨一枚になるかどうかの薄利な商売で、家族以外の人間を雇う余裕は無かった。
ソーヤ自身も労働に対して対価が少ない事は分っていたが、元来のお人好しな性分とその日暮らしの不安が彼をこの労働に駆り立てた。
何より、娘の美しさは同情を惹くに十分だった。
(これが転生ラノベなら、このままあの娘さんと……なんてね。でも、屋台も悪くないかな)
屋台の手伝いで得た銀銅貨を手にソーヤは町を歩いた。そして安宿近くの古道具屋で肩ひもの付いた小さなポーチを買い、それを財布にし、それなりに居心地のよかった安宿へ三日分の宿賃を預けた。
そうして働く事十日間、早朝に安宿街から少し離れた集合住宅へと向かって屋台を運び、ガレットを売る生活が続いた。
「長い間、本当にありがとうございました。これ、今日のお礼です。それと、支払い証明書です」
十日目の夕方、ソーヤに渡された支払い証明書には彼が働いた十日分の給料額と、娘の父親と思しき名前が記されている。
「えっと……」
「こんなに長い間お手伝いいただいて、申し訳ありませんでした。でも、もう大丈夫です。実は、婚約者がやっとこっちに来てくれる事になりまして」
「え?」
「私達、元々は北の国の生まれなんですけど、向こうで商売をするにはなかなか大変で……こちらに出てきたはいいものの、なかなかうまくいかない事も有りました。でも、私の事をずっと忘れずにいてくれた婚約者が、何時か一緒に商売をしようと言ってくれて……でも、農家の四男の彼は兵役に行かなくちゃならなかったので、それが終わるまでは……それがやっと、彼もこっちに来てくれる事になって、これからは彼も一緒に仕事をしてくれますから、もうご迷惑をおかけする事も無くなります」
娘はそばかすの散らばる頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべていた。
「そ、そうですか……これからも、頑張って下さいね」
「はい! 今度はぜひ、私達のガレット、買いに来てくださいね!」
「え、えぇ……」
ソーヤは苦笑いで返すのが精いっぱいだった。
そんな失意のまま着替えすらない空っぽの宿に戻ったソーヤは番台の暦を見てある事に気付いた。
(あ、今日は三月三十日……この世界は、どうも三十日が一ヶ月みたいだし、という事は……)
月が替われば人頭税の申告が可能となり、住民登録証を得られる。
(これでまともな異世界ライフが始まる!)
娘と結ばれる未来はなかったが、まともな職を得られる事は彼にとって新しい始まりを意味していた。
(いつかはきっと、金髪エルフと結ばれてやるんだ!)
この日も早朝から職業紹介所で仕事を探そうとしていたのだが、その道すがら、屋台道具の荷車を押す親子に遭遇した。見ると、荷台の車輪が道の知の小さな窪みに嵌ってしまい、母子の力では思う様に動かせなくなっていた。
ソーヤはすぐに二人を手伝い、共に荷車を押しながら話を聞いた。娘曰く、一家は安宿街で蕎麦粉のガレットを売っているが、父親が腰を痛めてやむなく母親と二人で屋台を出す事にした。しかし、殊の外荷車は重く、非力な女性二人での移動には難儀していたのだという。しかも、母親は手首を痛めており、十分に料理が出来ないとも言った。
その話を聞いたソーヤは二人を不憫に思い、出来る仕事が有れば手伝うと申し出た。その結果、ソーヤは早朝から大量のガレット生地を拵え、焼けた生地が溜まったところで娘が薄く切ったハムやチーズを包んでは客に出していた。
「突然助けていただいた上に、お店まで手伝っていただいて、本当にありがとうございました……その、もしよろしければ、暫くの間、私達の屋台を手伝っていただけませんか?」
用意して居た食材を大方売り切った夕方、娘はソーヤに切り出した。突然の事にソーヤは戸惑い、娘は慌てて申し開きをする。
「い、いえ、ご無理にとは言いません。でも、あなたはガレットを焼くのも初めてとは思えないほどお上手でしたし、母の手の痛みが引くまで、暫く手伝っていただけると嬉しいんです」
「ぼ、僕なんかでいいなら、喜んで!」
伏し目がちに語る娘を前に、ソーヤは断ることができず、仕事を引き受けた。報酬は、早朝から昼過ぎまで働き銀銅貨四枚。時給にして銅貨五枚ほどの仕事であるが、一家が販売するガレットの値は銅貨三枚、材料費を引けば利益は銅貨一枚になるかどうかの薄利な商売で、家族以外の人間を雇う余裕は無かった。
ソーヤ自身も労働に対して対価が少ない事は分っていたが、元来のお人好しな性分とその日暮らしの不安が彼をこの労働に駆り立てた。
何より、娘の美しさは同情を惹くに十分だった。
(これが転生ラノベなら、このままあの娘さんと……なんてね。でも、屋台も悪くないかな)
屋台の手伝いで得た銀銅貨を手にソーヤは町を歩いた。そして安宿近くの古道具屋で肩ひもの付いた小さなポーチを買い、それを財布にし、それなりに居心地のよかった安宿へ三日分の宿賃を預けた。
そうして働く事十日間、早朝に安宿街から少し離れた集合住宅へと向かって屋台を運び、ガレットを売る生活が続いた。
「長い間、本当にありがとうございました。これ、今日のお礼です。それと、支払い証明書です」
十日目の夕方、ソーヤに渡された支払い証明書には彼が働いた十日分の給料額と、娘の父親と思しき名前が記されている。
「えっと……」
「こんなに長い間お手伝いいただいて、申し訳ありませんでした。でも、もう大丈夫です。実は、婚約者がやっとこっちに来てくれる事になりまして」
「え?」
「私達、元々は北の国の生まれなんですけど、向こうで商売をするにはなかなか大変で……こちらに出てきたはいいものの、なかなかうまくいかない事も有りました。でも、私の事をずっと忘れずにいてくれた婚約者が、何時か一緒に商売をしようと言ってくれて……でも、農家の四男の彼は兵役に行かなくちゃならなかったので、それが終わるまでは……それがやっと、彼もこっちに来てくれる事になって、これからは彼も一緒に仕事をしてくれますから、もうご迷惑をおかけする事も無くなります」
娘はそばかすの散らばる頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべていた。
「そ、そうですか……これからも、頑張って下さいね」
「はい! 今度はぜひ、私達のガレット、買いに来てくださいね!」
「え、えぇ……」
ソーヤは苦笑いで返すのが精いっぱいだった。
そんな失意のまま着替えすらない空っぽの宿に戻ったソーヤは番台の暦を見てある事に気付いた。
(あ、今日は三月三十日……この世界は、どうも三十日が一ヶ月みたいだし、という事は……)
月が替われば人頭税の申告が可能となり、住民登録証を得られる。
(これでまともな異世界ライフが始まる!)
娘と結ばれる未来はなかったが、まともな職を得られる事は彼にとって新しい始まりを意味していた。
(いつかはきっと、金髪エルフと結ばれてやるんだ!)
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