19 / 21
第二夜『屋敷と遠征』
十二(第十九話)
しおりを挟む窓に張り付くクゥルバに卒倒し、リュサール鳥を食べた、その翌朝のことだ。
ナユタナは、蜜酒と交換した魔物の核を手にしていた。
夜のうちにそれを二つ、庭の薬草を使って無薫魔石へと作り変えた。
一つは寝台の下に置かれた夜壺の飾り蓋に嵌め込んだ。
夜壺には炭が入っていたが、蓋にも臭い消しの効果を施しておいた。
ナユタナはあれ以来厠を使っているが、再び壺がマーヤに運ばれる日が来たならば、彼女を苦しめずに済むよう、念を入れておいた。
ユトロの寝室から自分の部屋へ戻り、リーナの治療を済ませたあと、マーヤに着替えを手伝ってもらう。
食堂にナユタナの椅子が用意されたと聞き、朝餉はそこで取ることになった。
最初の日に夕餉をとった部屋だ。
待っていたダランの横には、初めて見る顔の少年がいた。
背の低い、顔にそばかすのある人族の少年で、無口のコルベだとマーヤから紹介された。
ナユタナの靴を調整したのは彼で、今日の椅子もコルベが手直ししたものだった。
「靴を私の大きさに直してくれて、感謝している。
履き心地はとてもいい。直しの腕が良いのだな」
ナユタナの褒め言葉に、コルベは真っ赤になり、作業帽子を握りしめて俯く。
ダランが椅子を引くと、座面まで斜めに梯子がついていた。
ナユタナは、よじ登ることなく椅子に上がることができた。
座面の高さも丁度よく、食事に支障はない。
椅子の具合を確かめたナユタナは、ダランが椅子を引く手間は無くせないかと尋ねた。
椅子を動かす程度の些細な魔法なら使っても構わぬのでは、と思うからだ。
森人は小さな体を補うため、日常的に魔法を使う種族だった。
「これは私めの仕事ですから、小さな方が何をされようと、なくならないのですよ」
主人や客人の座る椅子を引くのは従者の役目なのだと言われ、ナユタナは口を尖らせる。
魔法は使うな、ということだろう。
であれば手伝ってもらう方が確かに楽である。
森人のために椅子を引く竜族など、ここにしかおらぬのではなかろうか。
ナユタナは不思議に思った。
人族の真似をするダランは、竜族としての誇りをどこへやってしまったのだろうか。
食事を終えたナユタナは、秘密の商談があると、ダランへ耳打ちした。
△ ☽ △
マーヤを廊下で待たせ、ナユタナはダランの執務室へ入る。
使用人への指示や商人との連絡があるらしく、ダランはまだ戻っていない。
ふいに、魔物の素材に触れたときと似た、かすかな気配を感じた。
ナユタナは壁の棚を見上げた。
執務机の後ろにあるその棚には、ペン軸や文鎮が整然と飾られていた。
「おお……」
淡い覗き色の壁には、ナユタナの絵も飾られていた。
地竜の体は赤く塗られ、背中に不格好な翼が描き足されている。
マルナに注文した壁掛けは、ここに飾られる予定なのだろう。
「ほお、赤竜には翼があるのだな」
「コホン……それで一体、何用で?」
いつのまにか背後に立つダランに、ナユタナはびくりとなり振り返る。
ダランが来れば、マーヤがひと声掛けてくれるものと思っていたのだ。
「……う、うむ。取引をしたいのだ」
ナユタナは持ってきたトルナ酒と魔石を背伸びして机に並べる。
器を用意させ、そこへトルナ酒を垂らしてもらった。
「酒を二本くれたなら、一本をそのようにして返そうと思うのだが、どうだ?」
ダランは香りを確かめ、どこか困ったように頷いた。
「取引などと仰らずとも、一、二本程度であれば毎日ご用意致しましょう」
「そうではない。私も自分にできる仕事をしたいのだ」
一本もらうために、もう一本を森人の酒に変えて返すのだと説明すると、ダランはトルナ酒の陶瓶を眺め、喉を鳴らした。
「ダランは酒が飲めんのか?」
「昼間は飲まないようにしているのです。
少々酒癖が悪いもので」
いつの間にか出ている赤い尻尾が左右に揺れている。
今すぐにでも飲みたい、と言っているようだった。
「承知しました。
ナユタナ様がそうなさりたいのであれば、そのように致しましょう。
して、こちらは……?」
魔石を手に取ったダランは目を細めた。
「それはだな──」
廊下で待っていたマーヤが大きな欠伸をしたところで、執務室の扉が開き、ナユタナがとぼとぼと出てくる。
放心したような顔で歩くナユタナに、マーヤはたじろいだ。
「ナユタナ様……お話しは終わったのですか?」
慎重に問うと、ナユタナはぱっと顔を上げ、目を輝かせて笑顔で頷いた。
その表情を見て、マーヤは胸をなで下ろした。
そのまま二階へ戻ると、部屋の前ではコルベがうろうろしていた。
足元には道具箱が置かれている。
階段を上ってきたマーヤとナユタナは、それに気付いて声を掛けた。
コルベは黙ってもじもじとしていたが、ナユタナの家具を直すために来たようだった。
マーヤがそのように解釈して伝えた。
コルベを部屋に入れ、ナユタナは寝台へ向かい、リーナの調子を伺う。
リーナの傍にはドロナがおり、視力の記録をしていた。
リーナはすっかり元気になっており、コルベは少女と視線が合うことに驚いている。
「お姉ちゃん、あの子はだれ?」
「コルベさんよ。リーナに机を作ってくれたでしょう」
リーナは屋敷の住人を声や輪郭で判断していたため、作業部屋の外にほとんど出ず、言葉を発さないコルベが誰なのか分からなかった。
コルベは椅子の陰に屈み、寸法を測って小さな帳面に書き留める。
ナユタナは彼の使っている木炭筆に興味を示した。
炭の棒に布を巻き、先を削って使う筆記具だ。
「よいものを使っているな。
私もそれを使いたいのだが、予備があれば、カルヴァン鳥の羽と交換してくれないだろうか?」
ナユタナは、ユトロが贈ってくれたカルヴァン鳥の羽を袋から取り出す。
鮮やかな色合いのため、大切にしていた。
「カルヴァン鳥? ナユタナ様、あたしもぜひ……!」
「リーナも交換したいです!」
マーヤとリーナは羨ましそうに羽を見る。
「木炭筆と幸運の羽か。羽三つと交換がいいだろう」
ドロナは装飾品の材料としての価値を見積もり、コルベは長い木炭筆を一本取り出してナユタナへ渡した。
ナユタナは床に羽を並べ、綺麗なものを三枚選んで渡す。
リーナは朝残した干しタリカのパンを出し、マーヤは隠し持っていたリューネの実を差し出し、それぞれ羽一枚と交換した。
「ドロナにもやろう。薬鉢を借りたままだからな。
もうしばらく貸してほしい」
「なら、羽と交換してやろう。
薬鉢はまだある。それはあんたが使ってくれ」
ドロナは薬鉢も壺もナユタナに譲るつもりだったが、羽との交換とすることにした。
美しい羽を受け取ったドロナは、くるくる回して眺める。
「しかし、いつカルヴァン鳥を食べたんだ?」
ドロナの疑問に、ナユタナはどきりとなった。
「う、うむ……いつであったかな……」
ユトロが夜に戻ってくることを、使用人たちは知らない。
ドロナなら人狼族への理解もあるかもしれぬが、他の者がどう捉えるかはわからない。
ナユタナは言葉を濁す。
「ナユタナ様は毎晩、お夜食を食べていらっしゃいますか?
今朝、お部屋に……鳥の匂いが残っていた気がして……」
マーヤが怪しむようにナユタナを見た。
ナユタナは、目を泳がせた。
「う、うむ……酒のつまみに食べているのだ。
ダランが……用意してくれるのだ」
「夕餉がたりないのですか?」
リーナの問いに、ナユタナは首を横に振った。
女中が気にしているのは、夕餉の量なのだ。
「そんなことはないぞ。夕餉は腹いっぱい食べている」
「あの、あたし……白い羽の入った袋と骨の残骸を、露台に見つけてしまって……
大きな鳥を二羽……いえ、三羽ほど、召し上がってはいませんか?」
森人は人族より食べる量が多いのではないか──
マーヤはナユタナが、遠慮しているように思えた。
ドロナたちの視線がナユタナの小さな腹に集まり、ナユタナは慌ててそこを両手で覆った。
「私は大食らいではないぞ。
むしろ、夕餉を減らしてくれてよいのだ。
夜の酒は大事だからな」
ナユタナは羽と交換したパンと果実を布で包み、いそいそと胸元へしまう。
ユトロが毎晩やってくると、夜に二度食事を取ることになる。
ひと月も続ければ、森人の体は、目に見えて変わってしまうだろう。
腹を擦っているナユタナの後ろで、コルベが背丈を測っていた。
それに気付いたナユタナは、コルベの帳面を覗き込む。
自分の大きさを数値で見るのは初めてだった。
「これは、私の背丈なのか……?
もう少し、大きいのではないか?
こんなに私は小さくないぞ。あと二十リルはあるはずだ」
疑わしげに覗き込むナユタナをよそに、コルベは帳面を鞄にしまった。
そのとき部屋の戸が叩かれ、マルナが顔を出す。
頬は紅に染まり、喜びが溢れている。
「あの、ナユタナ様。今日の午後に、町へ行くそうです」
マルナの眼鏡を直しに、鍛冶族の店へダランが連れてゆくという。
0
あなたにおすすめの小説
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
超能力者なので、特別なスキルはいりません!
ごぢう だい
ファンタジー
十歳の頃に落雷の直撃を受けた不遇の薫子は、超能力に目覚める。その後十六歳の時に二度目の落雷により、女神テテュースの導きにより、異世界へ転移してしまう。ソード&マジックの世界で、薫子が使えるのは超能力だけ。
剣も魔法も全く使えない薫子の冒険譚が始まる……。
蒼き樹海の案内人
蒼月よる
ファンタジー
辺境の森で育った少年ユーリには、不思議な目がある。魔素の流れが光の粒として見えるのだ。
蒼の樹海——人を喰らう巨大な森に足を踏み入れた彼は、遺跡屋の青年カイと出会い、冒険者として歩み始める。樹海の奥に眠る遺跡、港街の裏に潜む陰謀、灰に覆われた滅びの国、そして首都に隠された世界の秘密。
仲間と共に世界を巡るうちに、ユーリは気づいていく。この世界の「魔法」も「神」も、すべてが何かの残骸なのではないか——と。
冒険・バトル・素材経済・食文化を軸に、ファンタジーの裏に潜むSF的真実へと辿り着く、全4巻の冒険ファンタジー。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる