【完結】すれ違いの、その先の夜

イコマアキラ

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【R18】夜の距離

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夜更けの城は静まり返り、ソフィの寝室には淡い灯りひとつだけが揺れていた。
ソフィは寝台に腰かけ、背筋を伸ばし、扉の向こうから訪れる気配を待っている。
肩のわずかな強ばりが、緊張を隠し切れないことを物語っていた。

「……夜をともに過ごすのは久しぶりな気がします」

ソフィはわずかに緊張の残る声で、それを隠すように笑顔を作った。
その表情だけで、ロランの胸の奥がざわめく。

「……ああ」

短く応えて、ロランはソフィのもとへ歩み寄る。
いつものように懐に手を入れ、黒い布を取り出した。

――目隠し。

それが、二人の間では、長らく当たり前になっていた。

だが、布を持つ手が伸びかけたところで、ソフィの声がそれを止める。

「……あの」

少しの沈黙。
灯りが揺れ、影が重なる。

「今日は……目隠しを、したくありません」

その言葉は静かだが、揺るがない意思を帯びていた。
空気が、ぴんと張りつめる。

「……嫌、でしょうか」

恐る恐る向けられる瞳。
だが逃げることなく、まっすぐにロランを見ている。

「ロラン様が嫌でなければ……目隠しをしなくても、いいですか?」

ロランは、答えに詰まった。
拒む理由はない。
それでも――視線を交わしたまま向き合うことが、これほど落ち着かないとは思わなかった。

彼女の表情が見える。
ためらいも期待も、不安もすべてが手に触れるようにわかる。

「……構わない」

彼は小さく息を吐き、布を脇へ置く。
ソフィは、ほっとしたように息を緩めた。

二人の視線が、自然と重なる。
逸らすことも、隠すこともできない距離感。

その瞬間、視察の光景がロランの脳裏をかすめた。
子どもたちに囲まれて笑っていた彼女。
職人たちの声を真摯に受け止めていた瞳。
誰の前でも揺るがぬ、堂々とした王太子妃の顔。

あの顔は、皆のものだった。

けれど今、寝台の上で揺れている表情は、自分だけに向けられている。
不安も、すがるような眼差しも、隠し切れない熱も。

それが嬉しいはずなのに――
胸の奥に生まれたのは安堵ではなく、どうしようもない動揺だった。

ロランの手がそっとソフィの肩に触れた。
伝わる体温が胸の奥まで染み込み、心臓を締めつける。
指先が柔らかい曲線に触れるたび、思わず息が詰まった。

「あっ……っ」

甘い吐息が漏れるたび、ロランの感情は渦を巻く。
昂りと不安が混ざり合い、息苦しいほどに。

そして、初めて遮るものなく彼女の表情を見てしまった。
ソフィは逃げることなく、熱い視線をロランに固定している。
求めるように、激しく。

――そんな目で、見るな。

そう思いながらも、ロランの手は止まらない。

「ロラン、さま……」

熱を帯びた声が耳に届く。

「はぁ……あ……好き……です」

その言葉が耳に届いた瞬間、ロランの心臓が跳ねた。
下腹部に熱い衝動がせり上がり、理性が揺らぐ。

――ソフィを愛しているからこそ、勘違いしそうになる。

彼女の心が、本当に自分に向いているのか、分からない。
自分を惑わす甘い幻想を振り払うように、彼はソフィの顎を掴み、赤く濡れた唇に指を沈めた。

「……もう、何も言うな」

低く響く声で、彼女の言葉を封じる。

ソフィの瞳は深くロランを捉え、拒絶ではなく甘美な応答を返す。
口内に侵入した指を、愛おしそうに舌で絡めとる。
濡れた音が響き、まるで彼自身を扱うように、巧みに舌を這わせた。

「くっ……」

柔らかな舌の感触とその仕草に、ロランの理性が削られる。
指を引き抜くと、唾液の細い糸が引いた。
無意識に彼は自分の舌でそれを舐めとる――いつもの癖を、彼女に見られていることに、今さら気づいた。

目を逸らさず、こちらを見つめてくる視線に、これ以上耐えられなかった。

ロランは、ソフィの身体をひるがえし、背後から組み伏せた。
むき出しの背中、白い丘陵の曲線、火照った体温――すべてが欲望を煽る。

指先が柔らかく反応する箇所に触れると、蜜が絡みつき、嬌声と水音が静かな部屋に響いた。
シーツを強く握る彼女の手が、今の昂りを雄弁に物語っている。

やがてロランは準備の整ったそこへ、ゆっくりと、しかし確実に自身を沈めていった。
息を詰めて耐えるような一瞬の硬直が、ソフィの背中をわずかに強ばらせる。
ロランもまた、包まれる圧迫感に喉の奥で低く、息を漏らした。

「あああぁっ! ロラン……さま……っ!」

反り返る背中、震える指先。
視線は交わらなくても、互いの肌を通じて伝わる拍動が、これまでにないほど強く共鳴する。
二人の吐息が重なり、混ざりあい、部屋の空気を熱くしていく。
肌がぶつかり合う音が、最初は控えめだったものが、次第に湿ったリズムを刻み始める。

「あっ、ん……好き……す、き……ロラン、さまっ」

言葉が途切れ途切れに零れ落ちるたび、ロランの胸の奥が締めつけられた。
その言葉の意味を確かめるかのように、深く、強く、彼女の奥を突き上げる。
やがて、波が頂点に近づき、二人は同時に息を詰め、身体を硬直させた。
熱い脈動が互いの内部で重なり、溶け合うように広がる。

その瞬間、ロランはソフィの耳元で、自分でも気づかないほど優しく、彼女の名前を呼んでいた。

――だが。

ロランは荒い呼吸を整えながら、ソフィから少し距離を取った。
夜の冷えた空気が、二人の間に流れ込む。

――「好き」という言葉は、この行為にすがっただけなのか。

ロランは背を向けるソフィの肩に、そっと手を伸ばしかけ――止めた。
指先に残る熱が消えない。だが、その温もりとは裏腹に、胸の奥だけが冷えている。

本当に俺を想っているのか。

確かめることもできず、問いは出口を失った。

このままでいい。
――彼女を失いたくない。

ロランもまた、そっと背を向けた。

ソフィは背を向けたまま、唇を噛みしめている。
身体の余韻が残る中、心だけが冷えていく。

あの日、視線を交わした朝から、何かを変えられる気がしていた。
けれど、口づけはない。
「好き」という言葉にも、答えは返らない。

胸の奥が、音もなく冷えていく。

――ロラン様の心に、私は届かない。

いまだにない懐妊の兆し。
王太子妃としての責任も、未来も、どうすればいいのかと、ソフィの心は不安と焦りで震える。
短く息を吐き、それ以上考えることを拒むように、小さく首を振った。
今ここにある自分を、受け止めるしかないと――。

触れ合えば触れ合うほど、届かない距離だけが、はっきりと浮かび上がった。

やがて朝の光が寝室に差し込む。

ソフィは窓辺に腰かけ、カーテン越しに外を見つめる。
肌には夜の余韻が残り、呼吸と体温の余熱を鎮めるように深呼吸をした。
その目を寝台に向けると、誰もいない白い空間だけが残されている。――ロランは朝を迎える前に静かに部屋を出ていった。

――一人きりの朝を、あと何回迎えればいいのだろう。

言葉にできない思いをそれぞれに抱え、二人は別々の場所で朝を迎える。
確かに近づいたはずの心は、身体を重ねるたびに、少しずつ遠ざかっていく。
枕元に残された黒い布だけが、その距離を静かに物語っていた。
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