しんとりかえばや。

友坂 悠

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主上。

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 関白藤原頼道は帝からのお召しに困り果て、冷や汗をかきつつ御前に参上した。
 斜め後ろには嫡男、瑠璃の中将こと藤原道房が控える。

「やあ関白、久しいね。中将が失踪してからというもの体調を崩し屋敷に篭っていたのだろう? どう、少しは回復したのかい?」

「主上におかれましてはご機嫌麗しゅう。わたくしめのことまでご心配頂きまして恐縮至極に存じます。しかし……、本日は……」

「ああ、中将から聞いてなかったかい? どうなの? はは、中将もその姿は久しぶりだね。先日の伊勢での姿も良かったけれど、やはり中将にはその姿が似合うね。頼もしく感じるよ」

「いえ、帝にそう仰っていただけると心強く感じます。正直この姿に戻っていいものかどうかの葛藤もありましたから……」

「中将、君にはね、もう少しの間だけでもいいから私の力になってもらいたいと思っている。君の幸せを考えてないわけではないんだよ。ただ、私が次代に譲位するまでのわずかな期間でいい、私と、そして私の后となる姫の側にいてほしい、そう願っている」

 あくまで御簾ごしではあったけれど、からだを乗り出さんとする勢いで懇願する帝。
 その帝の様子を伺い、子らの言葉が真実であったのだと理解した関白は、それでも額にかいた汗を拭いつつ言った。

「本当に、よろしいのですか? 我が不肖の子、寿子を、后になどと……」

「ええ。これは私からのお願いなのです。ぜひあなたの子、瑠璃姫を后にと」
「しかし、それでは……」

「そうだね。あなたにも色々と思うところもあるだろう。そもそもあなたの子らがこう育ったのも仏のえにし。咎めるつもりはないにしろ、世間的にはあまりつまびらかにならないほうが良いだろうからね。本来であればあなたの子であれば堂々と入内し皇后となれる血筋ではある。しかしこれだけ今まで固辞してきたものを今更すんなり入内させるわけにはいかないと思われるのもわからないではない。どうだろう? 瑠璃姫をまず内侍として参内させては? そこで私が見初め入内を迫ったことにすればあなたの顔も立つのではないか?」

 家の身分的には確かに皇后にもたてる家柄。
 入内ではなく内侍としての参内では世間的には同情すらかうだろう。
 かといえ確かに今まで散々固辞をしてきたものを手のひら返しに入内させたのであれば、よからぬ憶測が飛ぶ可能性もある。

 帝のおっしゃることももっともだ。
 そう思い至った左大臣は一礼をし。

「主上の仰せのままに」

 そう答え内裏をあとにした。



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