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焦燥
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名古屋から帰ってから、日々仕事は立て込んでた。
雑誌の取材は数知れず、映画の出演が数本決まった。
涌井が言うには、女史はここのところご機嫌だそうだ。
夢を見ていたのは、久し振りに午後から仕事開始の緩いスケジュールの日だった。
余韻に浸ってたのを邪魔したのは、インターフォンだった。
「和乃さんか。上がって下さい」
俺の不機嫌は寝起きだからと思われただろう、きっと。
名古屋から帰った日、和乃さんに弥生の連絡先を知ってるのか聞いた。
弥生は和乃さんにも、行く先や電話番号を知らせてなかった。
手詰まりだ。
「良い夢の邪魔でもしましたでしょうか、私?」
リビングに現れた和乃さんの第一声だった。
やっぱり和乃さんは侮れない。
「お土産を持って来ましたのに」
「今度はどちらへ旅行に行かれたんですか?」
ソファに腰掛ける俺の前で和乃さんは、手提げ袋の中を探った。
…饅頭かなんかだったら、涌井にくれてやる。
だけど和乃さんが俺に差し出したのは、菓子じゃなかった。
薄っぺらな冊子。
「…何ですか、これ?」
表紙を眺めた。
『 熊本タウン情報誌 略して “くまたん” 』
フリーのタウン情報誌だった。
よく街角や店頭に置いてあるやつだ。
「熊本に行ったんですね?」
「まだ、行ってません」
「…そう…ですか」
和乃さん。
土産は…? ボケたのか…?
「昨日、郵便で届いたんです。
前に九州を周りたいと、私が話したからでしょう」
もう一度冊子に視線を戻した。
熊本…
「その時、熊本も良い所ですよ、って言われました」
冊子をそっと取り上げられると、最後のページを開いてまた俺の手に戻された。
散りばめられた情報の最後に編集者の名前。
その中の一人に、弥生の名前があった。
確かに、生まれ育ちは熊本だと言ってた。
弥生は今、熊本にいる。
そしてこの情報誌の編集に携わってる。
「和乃さん、ありがとうございます」
冊子を閉じると和乃さんに礼を言った。
頷いて微笑む和乃さんに
ボケてるとか思って申し訳ないって、心の中だけで謝った。
***
羽田に向かう車の中。
どういう訳か涌井が送ってくれた。
タウン誌を知ってからようやく10日後に、どうにかもぎ取ったオフは3日間。
無条件で、とはやっぱり女史問屋が卸さなかった。
オフを前借りとして、この先数ヶ月は休みナシ、文句ナシで働くことを誓わされた。
オフ中にハメを外すことも厳禁された。
この10日間を思えば、それくらい容易い。
何度、あのタウン誌の編集部に電話をかけようとしたことか。
弥生は常勤なのか、たまたまあの号に携わっただけなのか。
電話して、探してることがバレたら逃げられるかも知れない。
忍耐力を試される10日間だった。
空港に到着した。
玄関前で車を横付けすると、涌井が言った。
「くれぐれも問題を起こさないよう釘を刺して来て、って女史が。
伝えましたから俺は」
「ハイハイ」
「それから、これは俺から」
涌井は身体を伸ばすと、後部座席から茶色い封筒を掴んだ。
渡されたB5より小さい封筒を振った。
中で何かの箱が動いて、カスカスと音を立てた。
ガムテで封がされていて、中身は分からない。
「何これ?」
「一人っきりで淋しくなったら、開けてみて」
「ゲート通れる?」
「通れない物渡したら、女史に殺される」
物はともかく、送ってくれた礼を言うと車を降りた。
涌井が手を挙げて発進させたのを見送った。
間もなく搭乗できる。
封筒をカバンの奥に詰め込むと、玄関を入った。
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