アマテラス一行が行く日本全国グルメ旅

嘉ノ海祈

文字の大きさ
2 / 2

2.出雲編

しおりを挟む
「ねぇ、オオクニヌシ。貴方、ここに住んで長いんだからここら辺の美味しい店知っているんじゃないの?」

 早速地上に降りて出雲大社から、人間の住む街へと向かったアマテラス一行は、美味しい料理を求めて飲食店を探していた。

 アマテラスからの問いかけにオオクニヌシは瞳を閉じて首を横に振る。

「…いえ、私も地上で食事をしたことはありませんでした故、そういったものには疎いのです…」
「もー、つかえないわね」

 ぷすっと口を尖らせて文句を言うアマテラスに、アメノホヒはそう言えばと口を開いた。

「母上、この地では昔から蕎麦がよく食べられているそうですよ。他の地域とは異なる見た目をしているとかで、有名だと耳にしました」
「でかしたわ、アメノホヒ!蕎麦ね!聞いたことはあるわ。あの丸い蕎麦の実が、不思議な長細い食べ物に変わるのでしょう!?ずっとどんなものなのか気になっていたのよ。よし!それなら、蕎麦を食べにいきましょう!」

 意気揚々と蕎麦の店を探し始めるアマテラス。すると、しばらく何かを逡巡していたオオクニヌシが思い出したかのように言った。

「そう言えば、参拝客の中に、父親が飲食店を営んでいるという娘がおりました。そこはこの付近だったはずです」

 それを聞いたアメノコヤネは、何かに勘付いたような顔をした。

「ははーん、さてはお前、その娘に惚れたな」
「な!そういうわけではない!ただ、父親想いの良き女だなと思っただけだ!」
「ふーん、どうだか」

 とんでもないという表情で、即座にアメノコヤネの言葉を否定したオオクニヌシ。そんな2人のやりとりを見て、アメノホヒは苦笑した。

「オオクニヌシ様は優しい女性にめっぽう弱いですからね。これまでも何人、お嫁様候補を作ってきたことか…」
「アメノホヒっ!」

 本来自分をフォローするべき側のアメノホヒのまさかの裏切りに、オオクニヌシは思わず声を上げる。そんなオオクニヌシにアマテラスは冷ややかな視線を送った。

「…最低なチャラ男ね」

 実際のところ、オオクニヌシは優しい女性にめっぽう弱かった。しかしそれは、彼の周囲の神々が彼に一切優しくないことが原因であった。

 自分勝手でやりたい放題の神々。そんな彼らをまとめるのはいつだって常識人で真面目な彼の役割だ。そのせいで彼の胃はいつだって荒れている。日頃苦労して彼だからこそ、か弱い人間の女性に優しくされてしまえば、絆されてしまうのも無理はなかった。

 彼の女癖の悪さの元凶がまさか自分だなんて思わないアマテラス。彼女の放ったその言葉にオオクニヌシは苛立った。

「貴方様にだけは言われたくないですけどね」

 オオクニヌシがそう言うと、アマテラスは心外だと眉を顰める。

「私は貴方みたいにホイホイと男に捕まったりしないわ。寄ってくる男は全て断っているわ」

 アマテラスはこれまで伴侶を持ったことがない。それどころか、恋人すら作ったことがなかった。決して言い寄られないわけではないのだが、自分がその気になれないのに付き合うというのは嫌なので、きちんと断ってきたのだ。そこに誇りを持つ彼女だからこそ、女たらしのオオクニヌシと同じ扱いをされるのは嫌だった。

「貴方の場合は無意識だから恐ろしいんですよ。(実の弟まであんなに狂わせて…

 しかし、オオクニヌシに言わせれば自分の魅力によってこれまで数々の男たちの人生を狂わせてきたアマテラスは、十分に罪深い女である。無自覚とは言え、沢山の男をたらし込んでいると言う点ではアマテラスは人のことを言えないのであった。

「…?何か言った?」
「いえ、何でも。それよりさっさと行かないと店が閉まりますよ」
「それは嫌だわ!さっさと行きましょう!」

  アマテラスに声が聞かれなかったことを幸いに、オオクニヌシはアマテラスを誘導どうする。単純なアマテラスはまんまとその誘導に乗っかるのであった。
 

 一行がやってきたのは出雲大社から徒歩10分もかからないくらいの所にある蕎麦処であった。瓦屋根のどっしりとした風格のある建物。所々見えている年期の入った木がいい雰囲気を醸し出してる。少し日に焼けた暖簾をくぐり引き戸を開けると、音に気付いたこの店の娘が一行を出迎えた。

「いらっしゃいませ!ちょうど席が空いたところなんです!今、片づけますからちょっとお待ちくださいね!」

 どうやらかなり人気がある店のようだ。ほとんどの席が人間で埋め尽くされていた。娘は朗らかな笑みを浮かべてそういうとパタパタと先ほどまで客がいたのであろう席へと駆けていった。皿を片付け席の準備をしている。

 なるほど。これがオオクニヌシが惚れた例の娘かとアメノコヤネは思った。長い髪を後ろに一つでまとめ、穏やかな笑顔がとてもよく似合う彼女は、確かにオオクニヌシが好みそうな見た目である。

「これが人間の食事処!作りは大分簡素なのね」

 娘の案内を待っている間、アマテラスは物珍しそうに店の中を見回した。この国で最高神として崇められ、他の神に比べ立派な社を与えられているアマテラス。そんな彼女からすれば、この店の造りは簡素なものに見えるのだろう。彼女の素直すぎる感想に、アメノコヤネは思わず苦笑いした。
 
「流石に姫様の社と比べちゃ可哀そうなもんでしょ。地上では大分立派な部類に入りますよ、これは」
「どうやら歴史ある建物のようですね」

 アメノコヤネの意見にアメノホヒも賛同した。俗世に疎い母親と違い、アメノホヒはオオクニヌシの下で地上に近い暮らしを送っていたため、まだ人間界の常識を知っているほうであった。

 席の準備を終えた娘に案内され、一行は座敷の席へと腰を下ろした。娘はテキパキとお冷とおしぼりをテーブルに置くと、一行にメニューを渡した。

「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいね!」

 娘からメニューを受取ったアメノコヤネは、それを広げてなるほどと頷く。聞きなれない言葉であったため、一体なんだろうと思ったが、羅列された料理名と挿絵を見て品書きのことかと納得した。

「蕎麦っつっても、色々とあるみたいだぜ」
「どれを頼んだらいいのかわからないですね」

 まじまじと品書きを見つめるアマテラス一行。いつも供えられたものを食べる彼らにとって、自分から食べ物を選ぶという経験は初めてだ。正直、どれを選べば良いのか全く分からなかった。

「おすすめ聞こうぜ」

 このままでは拉致があかないと思ったアメノコヤネは、早々に諦めて娘にお勧めを聞こうとした。しかし、声をかけようとしたところでオオクニヌシに止められる。

「待て、私が聞く」
「…はーん、やっぱ気になってんじゃねぇか」
「うるさい」

 からかおうとしたところでオオクニヌシに一括されたアメノコヤネは、両手を上げて肩をすくめた。もうどうぞ好きにしてくれという感じである。

 オオクニヌシはアメノコヤネを一睨みすると、娘へと声をかけた。

「…娘、ここの自慢の品はどれだ」

 少し緊張気味で発せられたオオクニヌシの言葉。娘は彼の緊張を気に留めることもなく、慣れたように品書きを指さしながら料理の説明を始めた。

「こちらの割子蕎麦が当店の一番人気です。割子という三つに分かれている器にそれぞれおそばをのせて、味の違う三種類のお蕎麦が食べられるようになっているんですよ」

 品書きには三段重ねの器に盛られた蕎麦の絵が載っている。それを見てアマテラスは興味深そうに口角を上げた。

「へぇ、面白そうじゃない。じゃあ、それにしましょ」
「そうですね、では僕もそれがいいです」
「私も」
「じゃあ、これが4つだな」

 アメノコヤネの言葉に娘は分かりましたと頷いた。続いて、他にご注文はありますかという娘の問いかけにアメノコヤネはそうだなと言葉を続ける。

「俺は酒が飲みたい。何かおすすめはあるか?」
「貴方という人は昼間から酒ですか」

 アメノコヤネの言葉に真面目なオオクニヌシは思わず突っ込んだ。

「いいじゃねぇか。今日はもう会議も終わったんだしよぅ」

 お前は俺のおかんかよと呆れるアメノコヤネに、私は男ですと突っ込むオオクニヌシ。目の前で繰り広げられる漫才のような光景に、娘は思わず笑みをこぼした。

「うふふふ。お二人とも仲がよろしいんですね」
「「いえ(いや)、全く」」
「ほら、息ぴったり」

 娘の言葉に二人は気まずそうな表情を浮かべる。それを見守っていたアマテラスは呆れたような視線を送った。一方のアメノホヒは微笑ましそうだ。

 娘は少しの逡巡の後、一つの酒瓶を持ってくるとアメノコヤネに見せた。

「こちらの純米大吟醸酒はいかがですか?ここ出雲で古くからお酒をつくられている酒屋さんのお酒なんです。地元でとても愛されているものなんですよ」

 緑色の瓶に入れられた白純の液体。瓶に巻き付けられた紙には立派な書体で純米吟醸と書かれている。吟醸酒なんて最後に飲んだのはいつ頃だったか。久々の吟醸酒にアメノコヤネは気分が上がった。

「いいねぇ、純米吟醸。じゃあ、それを頼むわ」
「かしこまりました。用意しますので少々お待ちくださいね」

 アメノコヤネの言葉に娘は笑顔で頷くと、パタパタと奥へ駆けていった。

 注文が終わり、暇になったアマテラスは机に置かれた布を手に取ると不思議そうに眺める。

「この濡れた布、一体何に使うのかしら」

 食事をするとき、桶に入った水で手を清める彼らはおしぼりを使う習慣がない。周囲を見渡したアメノホヒが、ああなるほどと声を漏らした。

「体に着いた汚れを清めるためのもののようですよ。ほら、皆さんあれで手や顔を拭いているでしょう」
「なるほど」

 確かに周囲の人間はあれで手や顔を拭っている。アマテラス一行はそれを真似するように己の手や顔を拭うのだった。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...