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4.初釣りで死にかけました……。
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「ここらへんまで来れば釣れそうかなぁ……」
ある程度沖に来た私は、釣り竿と餌を取り出すと、針に餌を取り付けて海に放り投げた。
(こういう釣りは新鮮だなぁ)
前世は完全に漁船で機械的な道具を使った漁だったので、こういうアナログな釣りは意外と経験が少ない。初心にかえった気分でわくわくする。
(あ、今、浮きが沈んだ)
魚が餌に食いついたタイミングを狙って私は糸を引き上げる。
「あれ、逃げられた……」
久々で腕がなまっているらしい。私はもう一度餌をつけなおすと釣り糸を海に垂らした。
しばらくしないうちに再び浮きが沈む。どうやら食いつきはいいようだ。
(今度こそ……!)
タイミングを見計らい釣り竿を引き上げる。しかし、餌は既に食べられていて針に魚は引っかかっていなかった。結局、5回くらい同じことを繰り返し、泣きの6回目。
「つ、釣れた!」
ピチピチと音を立てながらカヤックの中で跳ねる魚。異世界生活初めての魚ゲットである。
氷がないので海水のはいった盥に捕った魚を入れる。魚はビチャビチャ音を立てながらも盥の中を泳ぎ始めた。
(それにしても、太った魚だなぁ。銀色で丸い魚って言ってたし、ギュトーレで間違いはないと思うけど。怒ったハリセンボン並みの丸さだよね)
ふと、顔を上げると近くのカヤックに乗っている黄色髪の男性と目が合った。
「こんにちは!」
「こんにちは」
朗らかに挨拶をしてくれた男性に挨拶を返すと、彼はカヤックを少しこちらに近づけて来た。
「君、今日が初釣り?」
「はい」
「やっぱり?見かけない顔だなと思ったんだ。……あ、僕、レナート。Dランクのギルド員だよ」
どうやらレナートさんも最近ギルドに入った人らしい。初めての釣りで色々と苦労をしたようで、初心者であろう私のことを気にかけてくれていたようだ。
「あ、もしかして何か釣れたの?」
「はい。これってギュトーレで合ってますか?」
「うん、合ってる合ってる。すごいね!こんな短時間で釣るなんて!おめでとう!」
「ありがとうございます。でも、釣りって難しいですね。5回も魚に逃げられました」
「6回目で釣れるなんて充分すごいよ!僕なんて初日は全く釣れなかったさ」
当初のことを思い出したのか苦笑いでそう言ったレナートさん。その後彼はギュトーレ釣りのコツについて説明をしてくれた。
「ギュトーレはグルメで食いしん坊な魚なんだ。気に入った餌にしか食いつかないし、結構な量の餌を取り付けないと一瞬で食い逃げられちゃうんだよ」
レナートさんは色んな種類の中から、私と同じ練り餌を手に取ると実際にどれくらいの量が必要なのか教えてくれた。拳一つ分くらいの餌を針につけてて、正直目を見張った。こんな小っちゃい身体で、こんな量の餌を食べるのかこの魚は……。
「ちなみにギュトーレは、今まで食べてきた餌によって味が変わる不思議な魚なんだ。美味さに差が出やすい魚だから、食べるときは毎回運試しなんだよね。偶に信じられないくらいまずいやつとかもいるよ」
え、そんなのもうロシアンルーレットじゃん。美味しいといいな、今日捕まえたやつ……。
「もう少し沖に出た方がギュトーレがいるよ。行ってみない?」
少し悩んだが、あれくらいの距離なら問題なく戻ってこれるだろうと判断し、レナートさんの後に続いて沖に出た。
「あ、釣れました!」
「おお!こっちも釣れたよ!今日は大漁だね」
お互いに釣り上げた魚を盥に入れながら、笑顔で報告しあう。やはり釣りというのは楽しい。釣れるまでの忍耐は必要だが、その分釣れた時の喜びはひとしおである。
ゴゴゴゴゴゴゴ
ふと、地響きのような音が聞こえた。咄嗟に周囲を見回すがちらほらカヤックが浮かんでいるくらいで、原因となりそうなものはない。
(地震?)
今思えば、この世界に生まれてから地震は一度も体験したことがなかった。すっかり頭の中から地震という概念が消え去っていたが、大陸があるのだからプレートもあるだろうし、異世界であれ地震が起きてもおかしくないのだ。
「……レナートさん。今、地響きが聞こえませんでしたか?」
「え?……ごめん、全然気づかなった」
「さっき、ゴゴゴゴっていう音がしたんです。地震かもしれません。一度海岸へ避難を……」
その時、海面が激しく揺れだした。カヤックから振り落とされそうな感覚になり、私は咄嗟に縁に捕まり激しい揺れに耐えた。
「なんだ、これ!?」
レナートさんも驚きの悲鳴を上げながら、必死に振り落とされまいとカヤックにしがみついている。津波かと思ったが、津波にしては波の動きがおかしい。なんだか、海中から何かが湧き上がってくるような盛り上がりが海にできていた。
グモォォォオオオオ
けたたましい鳴き声と共に海中から這い上がってきたのは、巨大でカラフルな色合いの牛みたいな生き物だった。
(ナニコレ!?)
全体的にヒラヒラしていて、軟体生物みのある身体。何というか、牛がレースのドレスを身にまとったような風貌だった。
「海獣!?なんでここに……」
あれが、海獣なのか。魚というよりは完全にモンスターじゃん!?
「ナディア!逃げよう!僕たちじゃ海獣にはかなわないよ!」
「は、はい!」
逃げようとパドルに手をかける。が、その時レナートさんの悲鳴が辺りに響いた。
「うわっ!」
「レナートさん!」
海獣が引き起こした波にレナートさんの乗るカヤックが巻き込まれ、転覆してしまった。
慌てて助けようとカヤックを近づけようとするが、波に邪魔されて中々彼の元へたどり着けない。
(どうしよう。このままじゃレナートさんが!)
絶望を感じたその時、物凄い速さで何かが目の前を駆け抜けた。
「よっと!君!大丈夫!?オレに捕まって!」
薄いサーフボードのようなものに乗った男性が、溺れるレナートさんの近くにボードを停めると、レナートさんに手を差し出す。レナートさんが男性の手を取った瞬間、彼は軽々とレナートさんを持ち上げると、片手に担いだ。
(凄い、力持ち……)
レナートさんは小柄ではあるが、それでも普通の男性だ。それなりに重さがあるはずなのに軽々と持ち上げて担ぎあげるなんて、一体どんだけ力持ちなんだろうと不思議に思う。
(それにあの人、不安定なボードの上で人を担いで乗りこなせるなんて、バランス力も半端ないよね)
薄いサーフボードみたいな板に乗り、パドル一本で舵をとる男性。荒れる波の上を一枚板でスイスイと進んでいくその姿は、もはや異常であった。
唖然とその男性を見ていると、男性がこちらに視線を向けた。
「君!こっちは大丈夫だから浜辺まで逃げて!」
「は、はい!」
そうだ。見惚れている場合じゃない。今は逃げないと自分の命が危険だ。
私は慌ててパドルを持ち直すと、浜辺に向かって思いっきり漕いだ。幸い、海獣が起こした波のおかげで、流されるようにして浜辺に楽にたどり着けた。私はカヤックから素早くおり、流されないところまでカヤックを引き上げると、砂浜で倒れこんでいるレナートさんのところに向かう。
「レナートさん、大丈夫ですか!?」
私が駆けつけるとレナートさんは苦しそうに息を整えながらも、大丈夫だというように片手を挙げた。その様子に私は安堵の息をつく。
「君、怪我はない?」
先ほどレナートさんを助けていた男性が私に声をかけてきた。どうやら他に流された人を助けにいっていたらしい。レナートさんと同じようにぜいぜいと呼吸を繰り返す人を安全な場所に横たわらせると、こちらに向かって歩いてきた。
「はい、大丈夫です。あの、レナートさんを助けてくださってありがとうございました」
「そっか、よかった。気にしないで。後輩を助けるのは先輩の仕事だから」
キランとウインクがつきそうな表情でそう言いのける緑髪の男性。緩く後ろにまとめられた髪が潮風で乱れ、濡れた髪がペタンと皮膚に張り付く様は中々に色気がある。
「後輩?……ということは、ギルドの方ですか?」
私がそう尋ねると、彼の細い目から赤い瞳がのぞいた。なんだか不思議そうな顔をしている。あれ、なんか変なこと言ったかな?
「……ああ、もしかして君が今日入ったっていう新人ちゃん?」
「ご存じなんですか?」
「うん。モニカちゃんから君のこと、頼まれてたんだよね~。心配だから仕事の帰りに様子を見てやってくれって。そしたら、なんかとんでもないことになってんじゃん?いやぁ、来て正解だったわ~」
モニカさんって確かギルドで受付をしてくれた女性のことだよね。そっか。心配をしてくれてたんだ。優しい人だな……。
「いやぁ、まさかこんなところに海牛が出るとはねぇ。びっくりだよ」
「モチェ……?」
「ん?……ああ、あの海獣の名前。牛みたいな見た目だろ?だから海に住む牛という意味で海牛」
「な、なるほど……」
(割とそのままだな……)
そういえば他の釣り人達は大丈夫だったのだろうか。心配になって周囲を見回すと、どうやら彼の他にも二人の男性が溺れた人を助けていたらしく、全員無事に浜辺にたどりついたようだった。
「よし、全員無事に避難できたことだし、いっちょやりますか。おーい、ネロ!」
そう言うと男性は救出作業をしていたもう一人の男性のところへと駆けていく。どうやら救出作業をしていた人たちは彼の仲間のようだ。
「まさか、ダドランチャートが助けに来てくれるなんてね。びっくりしたけど、助かったよ」
ようやく呼吸が落ち着いたらしいレナートさんが上半身を起こすとそう言った。視線は海獣に向かって駆けていく三人へと向いている。
「…ダド、ラ……?」
「ダドランチャート。彼らのパーティー名だよ。わずか3ヵ月でAランクまで昇りつめた凄い人たちなんだ」
「そうなんですか……」
確かAランクは非常に厳しい試験に受からないと昇格できない仕組みだったはず。最低でも3回は落ちる試験だと聞いた。それに、Bランクに上がるまで通常は早くて1年かかると聞いている。それを3ヵ月で突き進むなんて、とてつもないことだというのは想像がつく。
私は海獣に向かってボードを操る彼らを見た。物凄いスピードで走るボードを巧みに操る三人の男性達。海獣が起こす荒波をものともせず、颯爽と荒波を乗りこなす。
三人のうち、オレンジ色の髪の男性が最初に海獣に向かって攻撃を仕掛けた。銛を投げて海獣の心臓付近に突き刺したのだ。海獣は苦しそうにもがき、暴れ始める。
海獣が銛に気を取られているうちに、レナートさんを助けた緑髪の男性が網のようなものを投げると海獣に巻きつける。そして、高速で海賊の周りをグルグルと回ると身動きができないように縛りあげた。
そして、残りの一人である黒髪の男性が海賊の頭に向かってボードごと飛び上がる。そして、海獣の脳天めがけて細長い剣を突き刺した。
グモォォォオオオオ
絶命の雄叫びを上げた海獣は白目を向くとそのまま海へ崩れ落ちる。動かなくなった海獣を緑髪の男性が網のまま浜辺まで引きずると、その場で三人は解体を始めた。
「かっこいい……」
あんな一瞬でこんな大きなモンスターを仕留めてしまうなんて凄すぎる。しかも、動きに一切の無駄がなかった。魚は傷がつけばつくほど、鮮度も味も落ちる。彼らは無駄な傷をつけることもなく、手早く海獣を仕留めたのだ。凄いとしか言いようがない。
周りの人たちも彼らの戦いに感動したのか、感嘆の声を上げている。隣にいるレナートさんもキラキラと目を輝かせながら彼らを見つめていた。
「よし、解体終了っと。お、ちょうど雨が降ってきたな」
緑髪の男性の言う通り、一気に辺りが影ってきたかと思うとドバーッと水が降ってきた。もともと波でびしょびしょだったが、もっとびしょ濡れになる。
「ナディア、これを着て」
レナートさんはそう言って上着を貸してくれた。(転覆した時用にいつも浜辺に上着をおいているらしい。)レナートさんの方が濡れているし、着た方がいいのではないかと思い断ろうとしたが、レナートさんは濡れるのは慣れているし寒くないからと頑なに拒み続ける。少し肌寒いなとは思っていたので、厚意に甘えて上着を借りることにした。
ある程度沖に来た私は、釣り竿と餌を取り出すと、針に餌を取り付けて海に放り投げた。
(こういう釣りは新鮮だなぁ)
前世は完全に漁船で機械的な道具を使った漁だったので、こういうアナログな釣りは意外と経験が少ない。初心にかえった気分でわくわくする。
(あ、今、浮きが沈んだ)
魚が餌に食いついたタイミングを狙って私は糸を引き上げる。
「あれ、逃げられた……」
久々で腕がなまっているらしい。私はもう一度餌をつけなおすと釣り糸を海に垂らした。
しばらくしないうちに再び浮きが沈む。どうやら食いつきはいいようだ。
(今度こそ……!)
タイミングを見計らい釣り竿を引き上げる。しかし、餌は既に食べられていて針に魚は引っかかっていなかった。結局、5回くらい同じことを繰り返し、泣きの6回目。
「つ、釣れた!」
ピチピチと音を立てながらカヤックの中で跳ねる魚。異世界生活初めての魚ゲットである。
氷がないので海水のはいった盥に捕った魚を入れる。魚はビチャビチャ音を立てながらも盥の中を泳ぎ始めた。
(それにしても、太った魚だなぁ。銀色で丸い魚って言ってたし、ギュトーレで間違いはないと思うけど。怒ったハリセンボン並みの丸さだよね)
ふと、顔を上げると近くのカヤックに乗っている黄色髪の男性と目が合った。
「こんにちは!」
「こんにちは」
朗らかに挨拶をしてくれた男性に挨拶を返すと、彼はカヤックを少しこちらに近づけて来た。
「君、今日が初釣り?」
「はい」
「やっぱり?見かけない顔だなと思ったんだ。……あ、僕、レナート。Dランクのギルド員だよ」
どうやらレナートさんも最近ギルドに入った人らしい。初めての釣りで色々と苦労をしたようで、初心者であろう私のことを気にかけてくれていたようだ。
「あ、もしかして何か釣れたの?」
「はい。これってギュトーレで合ってますか?」
「うん、合ってる合ってる。すごいね!こんな短時間で釣るなんて!おめでとう!」
「ありがとうございます。でも、釣りって難しいですね。5回も魚に逃げられました」
「6回目で釣れるなんて充分すごいよ!僕なんて初日は全く釣れなかったさ」
当初のことを思い出したのか苦笑いでそう言ったレナートさん。その後彼はギュトーレ釣りのコツについて説明をしてくれた。
「ギュトーレはグルメで食いしん坊な魚なんだ。気に入った餌にしか食いつかないし、結構な量の餌を取り付けないと一瞬で食い逃げられちゃうんだよ」
レナートさんは色んな種類の中から、私と同じ練り餌を手に取ると実際にどれくらいの量が必要なのか教えてくれた。拳一つ分くらいの餌を針につけてて、正直目を見張った。こんな小っちゃい身体で、こんな量の餌を食べるのかこの魚は……。
「ちなみにギュトーレは、今まで食べてきた餌によって味が変わる不思議な魚なんだ。美味さに差が出やすい魚だから、食べるときは毎回運試しなんだよね。偶に信じられないくらいまずいやつとかもいるよ」
え、そんなのもうロシアンルーレットじゃん。美味しいといいな、今日捕まえたやつ……。
「もう少し沖に出た方がギュトーレがいるよ。行ってみない?」
少し悩んだが、あれくらいの距離なら問題なく戻ってこれるだろうと判断し、レナートさんの後に続いて沖に出た。
「あ、釣れました!」
「おお!こっちも釣れたよ!今日は大漁だね」
お互いに釣り上げた魚を盥に入れながら、笑顔で報告しあう。やはり釣りというのは楽しい。釣れるまでの忍耐は必要だが、その分釣れた時の喜びはひとしおである。
ゴゴゴゴゴゴゴ
ふと、地響きのような音が聞こえた。咄嗟に周囲を見回すがちらほらカヤックが浮かんでいるくらいで、原因となりそうなものはない。
(地震?)
今思えば、この世界に生まれてから地震は一度も体験したことがなかった。すっかり頭の中から地震という概念が消え去っていたが、大陸があるのだからプレートもあるだろうし、異世界であれ地震が起きてもおかしくないのだ。
「……レナートさん。今、地響きが聞こえませんでしたか?」
「え?……ごめん、全然気づかなった」
「さっき、ゴゴゴゴっていう音がしたんです。地震かもしれません。一度海岸へ避難を……」
その時、海面が激しく揺れだした。カヤックから振り落とされそうな感覚になり、私は咄嗟に縁に捕まり激しい揺れに耐えた。
「なんだ、これ!?」
レナートさんも驚きの悲鳴を上げながら、必死に振り落とされまいとカヤックにしがみついている。津波かと思ったが、津波にしては波の動きがおかしい。なんだか、海中から何かが湧き上がってくるような盛り上がりが海にできていた。
グモォォォオオオオ
けたたましい鳴き声と共に海中から這い上がってきたのは、巨大でカラフルな色合いの牛みたいな生き物だった。
(ナニコレ!?)
全体的にヒラヒラしていて、軟体生物みのある身体。何というか、牛がレースのドレスを身にまとったような風貌だった。
「海獣!?なんでここに……」
あれが、海獣なのか。魚というよりは完全にモンスターじゃん!?
「ナディア!逃げよう!僕たちじゃ海獣にはかなわないよ!」
「は、はい!」
逃げようとパドルに手をかける。が、その時レナートさんの悲鳴が辺りに響いた。
「うわっ!」
「レナートさん!」
海獣が引き起こした波にレナートさんの乗るカヤックが巻き込まれ、転覆してしまった。
慌てて助けようとカヤックを近づけようとするが、波に邪魔されて中々彼の元へたどり着けない。
(どうしよう。このままじゃレナートさんが!)
絶望を感じたその時、物凄い速さで何かが目の前を駆け抜けた。
「よっと!君!大丈夫!?オレに捕まって!」
薄いサーフボードのようなものに乗った男性が、溺れるレナートさんの近くにボードを停めると、レナートさんに手を差し出す。レナートさんが男性の手を取った瞬間、彼は軽々とレナートさんを持ち上げると、片手に担いだ。
(凄い、力持ち……)
レナートさんは小柄ではあるが、それでも普通の男性だ。それなりに重さがあるはずなのに軽々と持ち上げて担ぎあげるなんて、一体どんだけ力持ちなんだろうと不思議に思う。
(それにあの人、不安定なボードの上で人を担いで乗りこなせるなんて、バランス力も半端ないよね)
薄いサーフボードみたいな板に乗り、パドル一本で舵をとる男性。荒れる波の上を一枚板でスイスイと進んでいくその姿は、もはや異常であった。
唖然とその男性を見ていると、男性がこちらに視線を向けた。
「君!こっちは大丈夫だから浜辺まで逃げて!」
「は、はい!」
そうだ。見惚れている場合じゃない。今は逃げないと自分の命が危険だ。
私は慌ててパドルを持ち直すと、浜辺に向かって思いっきり漕いだ。幸い、海獣が起こした波のおかげで、流されるようにして浜辺に楽にたどり着けた。私はカヤックから素早くおり、流されないところまでカヤックを引き上げると、砂浜で倒れこんでいるレナートさんのところに向かう。
「レナートさん、大丈夫ですか!?」
私が駆けつけるとレナートさんは苦しそうに息を整えながらも、大丈夫だというように片手を挙げた。その様子に私は安堵の息をつく。
「君、怪我はない?」
先ほどレナートさんを助けていた男性が私に声をかけてきた。どうやら他に流された人を助けにいっていたらしい。レナートさんと同じようにぜいぜいと呼吸を繰り返す人を安全な場所に横たわらせると、こちらに向かって歩いてきた。
「はい、大丈夫です。あの、レナートさんを助けてくださってありがとうございました」
「そっか、よかった。気にしないで。後輩を助けるのは先輩の仕事だから」
キランとウインクがつきそうな表情でそう言いのける緑髪の男性。緩く後ろにまとめられた髪が潮風で乱れ、濡れた髪がペタンと皮膚に張り付く様は中々に色気がある。
「後輩?……ということは、ギルドの方ですか?」
私がそう尋ねると、彼の細い目から赤い瞳がのぞいた。なんだか不思議そうな顔をしている。あれ、なんか変なこと言ったかな?
「……ああ、もしかして君が今日入ったっていう新人ちゃん?」
「ご存じなんですか?」
「うん。モニカちゃんから君のこと、頼まれてたんだよね~。心配だから仕事の帰りに様子を見てやってくれって。そしたら、なんかとんでもないことになってんじゃん?いやぁ、来て正解だったわ~」
モニカさんって確かギルドで受付をしてくれた女性のことだよね。そっか。心配をしてくれてたんだ。優しい人だな……。
「いやぁ、まさかこんなところに海牛が出るとはねぇ。びっくりだよ」
「モチェ……?」
「ん?……ああ、あの海獣の名前。牛みたいな見た目だろ?だから海に住む牛という意味で海牛」
「な、なるほど……」
(割とそのままだな……)
そういえば他の釣り人達は大丈夫だったのだろうか。心配になって周囲を見回すと、どうやら彼の他にも二人の男性が溺れた人を助けていたらしく、全員無事に浜辺にたどりついたようだった。
「よし、全員無事に避難できたことだし、いっちょやりますか。おーい、ネロ!」
そう言うと男性は救出作業をしていたもう一人の男性のところへと駆けていく。どうやら救出作業をしていた人たちは彼の仲間のようだ。
「まさか、ダドランチャートが助けに来てくれるなんてね。びっくりしたけど、助かったよ」
ようやく呼吸が落ち着いたらしいレナートさんが上半身を起こすとそう言った。視線は海獣に向かって駆けていく三人へと向いている。
「…ダド、ラ……?」
「ダドランチャート。彼らのパーティー名だよ。わずか3ヵ月でAランクまで昇りつめた凄い人たちなんだ」
「そうなんですか……」
確かAランクは非常に厳しい試験に受からないと昇格できない仕組みだったはず。最低でも3回は落ちる試験だと聞いた。それに、Bランクに上がるまで通常は早くて1年かかると聞いている。それを3ヵ月で突き進むなんて、とてつもないことだというのは想像がつく。
私は海獣に向かってボードを操る彼らを見た。物凄いスピードで走るボードを巧みに操る三人の男性達。海獣が起こす荒波をものともせず、颯爽と荒波を乗りこなす。
三人のうち、オレンジ色の髪の男性が最初に海獣に向かって攻撃を仕掛けた。銛を投げて海獣の心臓付近に突き刺したのだ。海獣は苦しそうにもがき、暴れ始める。
海獣が銛に気を取られているうちに、レナートさんを助けた緑髪の男性が網のようなものを投げると海獣に巻きつける。そして、高速で海賊の周りをグルグルと回ると身動きができないように縛りあげた。
そして、残りの一人である黒髪の男性が海賊の頭に向かってボードごと飛び上がる。そして、海獣の脳天めがけて細長い剣を突き刺した。
グモォォォオオオオ
絶命の雄叫びを上げた海獣は白目を向くとそのまま海へ崩れ落ちる。動かなくなった海獣を緑髪の男性が網のまま浜辺まで引きずると、その場で三人は解体を始めた。
「かっこいい……」
あんな一瞬でこんな大きなモンスターを仕留めてしまうなんて凄すぎる。しかも、動きに一切の無駄がなかった。魚は傷がつけばつくほど、鮮度も味も落ちる。彼らは無駄な傷をつけることもなく、手早く海獣を仕留めたのだ。凄いとしか言いようがない。
周りの人たちも彼らの戦いに感動したのか、感嘆の声を上げている。隣にいるレナートさんもキラキラと目を輝かせながら彼らを見つめていた。
「よし、解体終了っと。お、ちょうど雨が降ってきたな」
緑髪の男性の言う通り、一気に辺りが影ってきたかと思うとドバーッと水が降ってきた。もともと波でびしょびしょだったが、もっとびしょ濡れになる。
「ナディア、これを着て」
レナートさんはそう言って上着を貸してくれた。(転覆した時用にいつも浜辺に上着をおいているらしい。)レナートさんの方が濡れているし、着た方がいいのではないかと思い断ろうとしたが、レナートさんは濡れるのは慣れているし寒くないからと頑なに拒み続ける。少し肌寒いなとは思っていたので、厚意に甘えて上着を借りることにした。
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