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5.見た目はゲテモノ、味はバケモノ

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ギルドに戻るとモニカさんが慌てたようにこちらにやってきた。私に怪我がないことを確かめると安心したように息を吐く。どうやらあの辺で海獣がでたとギルドに連絡が入ったようで、凄く心配してくれたようだ。

私がびしょ濡れであることに気を遣ってか、予備としておいていたらしい服までモニカさんは貸してくれた。しかも、このギルドには浴場まであるらしく、ギルド員なら誰でも無料で借りることができるらしい。流石は大規模なギルドなだけあってか、お風呂が物凄く大きかった。泳げそうと思ったが、そこは流石にマナー違反なので我慢した。

湯あみも済み、さっぱりした私はモニカさんのもとに行くと、依頼完了の手続きを済ませ、取った魚を換金してもらう。ギュトーレ1匹100リアス(青銅貨)。今回は5匹釣れたので、3匹売って300リアスに換金してもらった。残り2匹は家に持ち帰り夕食にする予定である。

ちなみにこの国の通貨についてモニカさんに教えてもらったところ、最小単位は1リア(銅貨)。1リアが10枚で10リアス(青銅貨)。10リアスが10枚で100リアス(青銅貨)になるらしい。100リアス10枚で1デニアス(銀貨)になり、1デニアスが10枚で10デニアス(銀貨)となるようだ。

更に上に行くと10デニアスが10枚で1ドゥレリアス(金貨)、1ドゥレリアスが10枚で10ドゥレリアス(金貨)があるらしいが、ここら辺になると正直あまり日常で使う機会はないらしい。

さて、窓から外を確認したところ外はまだ土砂降りのようである。モニカさんには雨がおさまるまでギルドで休んでいくといいと言われた。持ち帰る分の魚は網で仕切られた生け簀にいれておいてくれるそうで、すぐに家に持ち帰る必要もないらしい。

暇をつぶそうとギルド内をうろうろしていたら急遽、昼の宴が始まるからとギルドの食堂に呼ばれた。どうやら、先ほどの三人が海獣の一部を皆で食べるように寄付してくれたらしく、その料理を皆に振舞ってくれるようだ。

モニカさん曰く、ギルドの皆さんはこういった宴が好きなようで、余分な収穫があったときはこうしてギルドにいる人たちで宴を開くという。ギルドには食堂があり、そこで食事を注文できるのだが、こうして食材を持ち込めば調理をして振舞ってくれるそうだ。

最初は遠慮して、遠巻きにその様子を眺めていたのだが、先ほどの緑髪の男性に誘われて皆さんの輪の中に入ることにした。

「へぇ、君はナディアちゃんって言うんだ。オレはディエゴ。君みたいな可愛い子が仲間になってくれて嬉しいよ。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」

ディエゴさんに促され、向かい合うようにディエゴさんとテーブルに座った私。

何というかこのディエゴさん。めちゃくちゃチャラい。先ほどもモニカさんを口説いて華麗にスルーされていた。どうやらこれが日常らしい。あまりこういうタイプの人と接する機会がない私は、若干対応に困りながらも挨拶を返した。

「ディエゴ、お前は若い女性を見たら口説く癖を辞めろ。困っているだろう」
「痛たたたっ!ちょっと、耳を引っ張るの辞めてくれよ、ネロ。痛いじゃないか」
「お前が性懲りもなく、女性にちょっかいをかけるからだろう。……すまないな。こいつに困ったときは俺かオスカルに声をかけてくれ。殴ってでも回収するから」

ドカッとテーブルに料理をおきながらディエゴさんの隣に腰かけたのはネロさんというオレンジ髪の男性だった。ディエゴさんが所属するダドランチャートのメンバーの一人。恐らくオスカルさんという人が、残りの黒髪の男性のことだろう。

涙目で引っ張られた耳を抑えるディエゴさんは、恨めしそうな顔でネロさんを見る。仲がいいのか悪いのかよくわからない二人だ。

「可憐で美しい女性を見たら口説く、それがロネマ紳士の嗜みじゃないか。目の前に素敵な女性がいるのに褒めないだなんて失礼だろ」

(ああ、なるほど。そういう文化なのか……)

そういえば前世でも綺麗な女性を見たら口説くことで有名な国があったな。どこの世界にもそういう文化ってあるものなのか。

「お前のそれをロネマ紳士の定義に当てはめないでくれ。ロネマ国民全員が節操なしに思われるではないか」

そうため息をつくとネロさんは、右手に握ったお酒をグイっと煽った。そして、皿に盛られた料理をフォークに刺すと、パクリと口に入れる。結構大きめの塊を一口に頬張るあたりが漢らしく豪快だ。

(ああ、いいなぁ。美味しそう。私も食べたい……)

ついつい物欲しそうにネロさんが食べているものを見つめてしまった私。ネロさんがそれに気づいたのか自分の皿を私に差し出した。

「食べるか?」
「え……!?」

料理を分けてくれるのはありがたいし、是非ともご相伴に預かりたいところなのだが、食べる方法が問題であった。料理のお皿と共に差し出されたのは先ほどネロさんが使っていたフォーク。私はあまり気にする方ではないのだが、自国の文化では恋人でもない人とのカラトリーの共有ははしたないとされていたため、この国ではどうなのか迷う。万が一、マナー違反だった場合、ネロさんに迷惑がかかるのは困る。

私が戸惑っているのを遠慮しているととらえたのか、ネロさんは更に言葉を付け足した。

「遠慮しなくていいぞ。料理はまだ残っているし、またもらってくればいいだけだからな」

ネロさんは気にしている様子もなさそうだし、この国の文化ではカラトリーの共有は問題ないということだろうか。それならばと私がフォークを持とうとしたところで、ディエゴさんが横から口をはさんだ。

「ネロったら大胆。自分の使ったフォークを使わせるとか、オレのこと言えないと思うけど」
「なっ!」

ディエゴさんの言葉に自分がしていることに漸く気づいたのか、ネロさんは慌てたようにフォークを回収した。どうやら単純に気づいていなかっただけらしい。

「……すまない。いつも漢所帯で過ごしているから失念していた。その……新しい皿に料理をもらってくるから、少し待っていてくれ」

自分で取りに行くと伝える前にネロさんは立ち上がると、カウンターの方へ行ってしまった。なんだか、余計な気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちになる。

「ククク、君も大胆だね。オレが言わなかったらあのまま、あいつのフォークを使うつもりだったでしょ」
「いえ、それがこの国の文化なのかと……」
「あれ?君、この国の人じゃないの?」
「はい。出身はスネラルツ王国です。ここには昨日来たばかりで……」

私がそう言うとディエゴさんの細い瞳がわずかに開いた。どうやらここの出身だと思われていたらしい。

「ええ!?昨日!?しかも、スネラルツから?!……物凄く流暢にロネマ語を話すからてっきりこの国の人かと思っていたよ」
「母がこの国の出身で、ロネマ語しか喋れない人だったので。向こうでもロネマ語は使っていたんです。とはいえ、日常生活レベルなので難しい言葉は分からないんですけど……」
「そっか。……いや、驚いたよ。まるで生まれたときからこの国で過ごしているかのような流暢さだ。でも、そうだよな。君みたいな可愛い子、オレが見逃すはずがないし。住んでいたら流石に気づくか」

いや、ディエゴさん。きっとロネマ紳士として褒めているつもりなんだろうけど、その発言はちょっと怖いですよ。

「待たせてすまない。量が足りなければまた取りに行くから遠慮なく言ってくれ」
「ネロさん。ありがとうございます。すみません。取りに行かせてしまって」
「いや、気にしないでくれ。こちらこそ気が利かず申し訳なかった。……なにぶん日頃女性との関りが少ない故、私はこのとおり少し疎いところがあってな……失礼のないよう心掛けるが嫌なことは遠慮なく言ってくれ」
「分かりました」

ネロさんの言葉に頷くと、私は目の前に置かれたお皿を見た。お皿の上には3種類の料理がのっている。綺麗に盛り付けがされているあたり、ネロさんが気を遣ってくれたのだろう。ネロさん自身のお皿は見た目にこだわらず、とにかく量をのせた感じだったし。

「海牛の窯焼きとカルパッチョ、それからリゾットだ」
「美味しそうです!それではさっそく……」

私は窯焼きをフォークで刺して、口にいれた。

「……お、美味しい!」

牛とつくくらいだから牛肉のような繊維質な食感なのかと思っていたが、プルンとしていて全く繊維を感じない。非常になめらかなくちどけだ。さわやかに広がる磯の香りと、ほどよく効いた塩味。心なしかミルクのような甘味がある。今までに経験のない不思議な味わいに私は目を輝かせた。

「ふふ、ナディアちゃん、顔がとろけてる。そんなに美味しかった?」

ディエゴさんの問いかけに私はコクコク頷く。口いっぱいだったものを飲み込んでから返事を返した。

「はい!こんなに美味しいの食べたことないです!」
「はははっ!それはよかった。オレもお腹すいたし、食べたいな。ネロ、オレの分も取ってきて」
「お前は自分で取ってこい」
「ちぇ、ケチだなぁ」

唇を尖らせながら料理を取りに席を外すディエゴさん。ネロさんはその様子を気に留めることもなく、黙々と料理を食べている。流石は男性。食べるのが早い。山盛りだった料理が、いつのまにか半分にまで減っていた。

ある程度窯焼きを食べ、カルパッチョに手を伸ばしたところで、ディエゴさんじゃない男性が私たちのいるテーブルにやってきた。

「お前が女性と同席するなんて、珍しいな」

ちらっと私を視界に入れた後、ネロさんに向かってそう声をかけた男性は当たり前のようにネロさんの隣の席に腰をおろした。黒髪に碧眼。間違いない。ネロさんとディエゴさんとパーティーを組んでいる人だ。

「彼女を誘ったのはディエゴだ。今は料理を取りに席を外しているがな。私はそこに合流したにすぎない」
「なるほど……。君は確か、今日ギルドに入った子だったな。俺はオスカル。こいつらの仲間だ」
「ナディアです。よろしくお願いします」

挨拶が済むとオスカルさんも食事をはじめたので、私も止めていた手を動かし食事を再開した。

「ありゃ、オスカルようやく来たのか。今日もまた随分な長風呂だったな」
「うるさい、ほっとけ」

あ、オスカルさんお風呂に入ってたからいなかったのか。長風呂ってことはお風呂好きなのかな。うわ、なんだか同じ風呂好きとして親近感湧くなぁ。

「ナディアちゃんはこの料理の中でどれが一番美味しかった?」

オスカルさんをいじるのに飽きたらしいディエゴさんが、カルパッチョをフォークでつつきながら私にそう尋ねてくる。私は逡巡した後、料理を指さしながら言った。

「個人的にはこのカルパッチョが一番好きでした。窯焼きもリゾットも美味しかったんですけど、生の方がよりミルク感があって癖になります」
「ほんと!?いやぁ、君とは気が合いそうだよ。そうなんだよね、海牛モチェアーノは生で食べるのが一番美味しんだよ。それに、生で食べた方が栄養も沢山とれるしね。美肌効果もあるから、ナディアちゃんの肌もぷるぷるになるよ」
「へぇ、そんな効果が……」

よく知ってるな、ディエゴさん。服装とか三人の中で一番おしゃれだし、美容に気を遣っている人なのかな。

「いやぁ、海牛は貴族のご令嬢にも大人気でね。プレゼントすればそりゃもう大喜び。女の子は美容食品に目がないからねぇ」
(……あ、そっちか)

この人の中では、女性を喜ばせることが一番なんだな。女の子に相手にしてもらうために、きっと色々と研究しているのだろう。

「補足すれば、海牛はミルクのような味わいと、他の食材に比べて非常に豊富な栄養を持っていることから、海のミルクと呼ばれている。見た目は牛だが、実は貝の仲間で身体の中心に骨の役割を果たす貝殻がある。戦いの時、ネロが心臓に向かって銛を刺したが、実際は貝殻に阻まれて心臓には刺さっていない。あくまでやつの気を引くための一手だ。やつを仕留めるには、貝殻のない脳天を刺すしかない。……まぁ、海獣と戦うのは当分先だろうが覚えておくといい」
「はい!」

それまでずっと静かに食事をしていたオスカルさんが、海牛について物凄く詳しく説明をしてくれた。海のミルクってなんだか牡蠣みたいだな。いや、牡蠣はミルクの味しないけど。

でも、食感は確かに牡蠣に似てたかも。それにあのヒラヒラも外套膜と考えればなんだか納得。そう考えると異世界の生物って奥が深くて面白いな。

「……オレ、オスカルがそんなに長いセリフ喋るの久々に聞いたかも」
「同感だ」
「お前がしょうもない話ばかりするからだろ!」
「え、ひっどーい!」

三者三様、言いたいことを言い合う三人。こうして賑やかな昼食を終えた私は、ある程度三人と会話をした後、屋敷へと戻ったのであった。
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