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前日譚
言葉をねだる
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コンコンと、外から馬車の扉が打ち鳴らされた。
「お嬢様」
あの侍女だった。ラウルはビクッとして顔を上げた。思わず身を引こうとしたが、レオノーラの足が素早く動き、彼の腿に絡めて引き留める。彼は、いっ、と呻いて動きを止めた。
「もう少し待ってちょうだい。余韻を楽しみたいの」
痛みに身をすくませていた彼だったが、その言葉には赤面した。……あの遣り手の侍女は、情事が終わったのを見計らって声を掛けたのだろうし、たぶんそれは、お嬢様の声が聞こえなくなったとか、馬車が揺れなくなったとか、そういうことから察したのだろう。
……ラウルが腰を使うたびに、馬車がギシギシいっていたのは、耳が拾っていた。ぼんやり、鳴って揺れているなと思っていたのだ。それどころじゃなかったから気にしなかっただけで。
レオノーラの嬌声にしても同じだ。最初は気にして、自分の肩に押しつけてイカせたのに、うっかり途中から全部ふっとんだ。むしろ聞き惚れて、よけいに欲情していたくらいで……。
ラウルは外の状況を思い返した。馬車のすぐ脇には侍女とロドリックが、そのまわりには三十人にのぼる騎士達がいた。だから、つまり、……考えるまでもないことを考えたくなくて、考えるのをやめる。それより、絡められた足が――彼女履いた靴のどこかが――ごりごり鞍擦れした腿の後ろに当たり、痛くてたまらなかった。
「お、お嬢様、足をどけていただけますか」
「またお嬢様と呼んだわね」
不機嫌になった彼女に、ぎゅうっと足に力を入れられ、いだだだだ、と悲鳴をあげる。
「そういえば先ほどから様子がおかしかったわね。どうしたの?」
レオノーラは足を床に下ろし、体を傾けて、彼の尻を覗きこもうとした。それを押しとどめて、苦笑気味に教える。
「乗り慣れない馬を飛ばしてきたものですから、鞍擦れしただけですので」
「まあ、たいへんではないの。お薬を持ってこさせるわ」
心配げに彼を見つめて、なぐさめるように背を撫でてくる彼女を、ラウルはやんわりと押し戻した。
「いえ、塗ってありますので。……あの、すみません、あまり動かないでください。……その、刺激されて、また、その……」
「ふふ。やっぱり。わたくしも、こうするとまた気持ちいいと思っていたの」
彼女は何度か中を引き締めた。ラウルが、うう、と呻いて少々前屈みになる。
「お、……レオノーラ!」
ラウルが間違えそうになりながらも、ちゃんと思い出して名前で呼ぶと、彼女は機嫌良く笑って、彼の胸に頬を寄せた。
「ねえ、言葉でも言って」
無垢な少女がねだるみたいな姿に、カッとラウルの胸が熱くなる。あんなに妖艶に乱れた姿を見せて、今だって繋がったままなのに。
……言えるはずのない言葉だった。ラウルみたいな身分の者では、そう思うのさえ、おこがましいと言われるだろう。だから、ただ、彼女のために何かできる生き方ができればと、それだけを思ってきたのだ。
存在さえ許されなかったはずの言葉を求められて、ふいに、泣きたいような気持ちになる。――ラウルの中には、それしかないほどに、すべてを占めて、存在する思いだったから。
「……愛しています。あなたを愛しています、レオノーラ」
「わたくしも、ラウル。あなたを愛しているわ」
――だから。顔を上げて大輪の花が開くように笑った彼女に、ラウルがまた彼女の中をいっぱいにしてしまったのは、しかたのないことだっただろう。
「あ……、ん。ラウル……」
「侍女殿には、もうしばらく待ってもらってもかまわないでしょうか?」
「ええ。かまわなくってよ。わたくし、もう少しあなたの愛に溺れていたいわ……」
彼女が首を伸ばし、彼は屈んで、口付けを交わす。やがて馬車は、またギシギシと軋んで揺れはじめたのだった。
「お嬢様」
あの侍女だった。ラウルはビクッとして顔を上げた。思わず身を引こうとしたが、レオノーラの足が素早く動き、彼の腿に絡めて引き留める。彼は、いっ、と呻いて動きを止めた。
「もう少し待ってちょうだい。余韻を楽しみたいの」
痛みに身をすくませていた彼だったが、その言葉には赤面した。……あの遣り手の侍女は、情事が終わったのを見計らって声を掛けたのだろうし、たぶんそれは、お嬢様の声が聞こえなくなったとか、馬車が揺れなくなったとか、そういうことから察したのだろう。
……ラウルが腰を使うたびに、馬車がギシギシいっていたのは、耳が拾っていた。ぼんやり、鳴って揺れているなと思っていたのだ。それどころじゃなかったから気にしなかっただけで。
レオノーラの嬌声にしても同じだ。最初は気にして、自分の肩に押しつけてイカせたのに、うっかり途中から全部ふっとんだ。むしろ聞き惚れて、よけいに欲情していたくらいで……。
ラウルは外の状況を思い返した。馬車のすぐ脇には侍女とロドリックが、そのまわりには三十人にのぼる騎士達がいた。だから、つまり、……考えるまでもないことを考えたくなくて、考えるのをやめる。それより、絡められた足が――彼女履いた靴のどこかが――ごりごり鞍擦れした腿の後ろに当たり、痛くてたまらなかった。
「お、お嬢様、足をどけていただけますか」
「またお嬢様と呼んだわね」
不機嫌になった彼女に、ぎゅうっと足に力を入れられ、いだだだだ、と悲鳴をあげる。
「そういえば先ほどから様子がおかしかったわね。どうしたの?」
レオノーラは足を床に下ろし、体を傾けて、彼の尻を覗きこもうとした。それを押しとどめて、苦笑気味に教える。
「乗り慣れない馬を飛ばしてきたものですから、鞍擦れしただけですので」
「まあ、たいへんではないの。お薬を持ってこさせるわ」
心配げに彼を見つめて、なぐさめるように背を撫でてくる彼女を、ラウルはやんわりと押し戻した。
「いえ、塗ってありますので。……あの、すみません、あまり動かないでください。……その、刺激されて、また、その……」
「ふふ。やっぱり。わたくしも、こうするとまた気持ちいいと思っていたの」
彼女は何度か中を引き締めた。ラウルが、うう、と呻いて少々前屈みになる。
「お、……レオノーラ!」
ラウルが間違えそうになりながらも、ちゃんと思い出して名前で呼ぶと、彼女は機嫌良く笑って、彼の胸に頬を寄せた。
「ねえ、言葉でも言って」
無垢な少女がねだるみたいな姿に、カッとラウルの胸が熱くなる。あんなに妖艶に乱れた姿を見せて、今だって繋がったままなのに。
……言えるはずのない言葉だった。ラウルみたいな身分の者では、そう思うのさえ、おこがましいと言われるだろう。だから、ただ、彼女のために何かできる生き方ができればと、それだけを思ってきたのだ。
存在さえ許されなかったはずの言葉を求められて、ふいに、泣きたいような気持ちになる。――ラウルの中には、それしかないほどに、すべてを占めて、存在する思いだったから。
「……愛しています。あなたを愛しています、レオノーラ」
「わたくしも、ラウル。あなたを愛しているわ」
――だから。顔を上げて大輪の花が開くように笑った彼女に、ラウルがまた彼女の中をいっぱいにしてしまったのは、しかたのないことだっただろう。
「あ……、ん。ラウル……」
「侍女殿には、もうしばらく待ってもらってもかまわないでしょうか?」
「ええ。かまわなくってよ。わたくし、もう少しあなたの愛に溺れていたいわ……」
彼女が首を伸ばし、彼は屈んで、口付けを交わす。やがて馬車は、またギシギシと軋んで揺れはじめたのだった。
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