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おまけ後編 少しずつ

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 ぱたん、と扉が閉まる。にこにことカテアを見送っていたリサは、ほうと息を吐いた。
「……すみません、騒々しい妹で。かえって疲れさせてしまいましたね」
 隣に立つネイドは、苦虫を噛み潰したかのような顔で謝罪した。
「いいえ、いいえ、そんなことありません! とても楽しかったです! ……こんなの、久しぶりです」
 リサは慌てて両手を振りながら彼の言葉を否定すると、最後に、ふにゃ、と嬉しそうに笑った。
「故郷の姉妹や友達とおしゃべりしているみたいでした。……あ。私、カテア様に失礼なことしていませんでしたか? 楽しくて夢中になってしまって、馴れ馴れしくし過ぎてしまった気がします……」
 楽しそうにしていたのに、途中からいつものごとく一人反省会が繰り広げられ、不安げに顔を曇らせる。
「とんでもない。うちの妹こそ、あなたの身分も考えない振る舞いでした。妹に成り代わり、お詫び申し上げます」
「そんな、やめてください。本当に楽しくて、嬉しかったんです。巫女姫になってから、皆さん親切にして敬ってくださいますけど、私、育ちが育ちなので、そういうのに慣れてなくて。どう振る舞えばいいのか、ぜんぜんわからなくて」
 彼女は、ますます落ち込んだように溜息をついた。
「カテア様、また来てくださるかしら……」
「喜び勇んでやってきますよ。また来ると息巻いていたではないですか。リサこそ、嫌なら嫌とはっきり言わないと、あれはどこまでも図に乗りますよ」
 ネイドは渋面のまま忠告した。そこに妹に対する遠慮のなさがうかがえて、微笑ましさに、リサはくすりと笑った。
 カテアの話してくれたネイドの姿にも、兄に対する愛情が感じられて、仲の良い兄妹なのだとよくわかった。
 話を聞いているうちに、故郷の兄たちや姉、妹、弟のことが思い出されて、懐かしく、少し切なくなったのは内緒だ。
「カテア様は、本当にお綺麗で、可愛らしくて、素敵な方ですね」
 リサはカテアの姿を思い浮かべて、夢見る瞳で溜息をついた。
 きらきらと光を振り撒く黄金の髪。宝石を嵌め込んだかと思うような美しい青い瞳。唇はピンク色の花びらのようで、白い肌は内側から光り輝いていた。それに、初代巫女姫のごとき胸と腰は、清楚にして上品。彼女は、イステア王国の理想の乙女そのものな容姿をしていた。
 その上、気さくで、明るく、愛らしく、話し上手。感嘆の溜息しか出てこない。
 人を羨んでもしかたないが、いいなあと憧れる気持ちはどうにもならない。諦めと憧憬の混じった苦笑をこぼす。そんなリサに、ネイドの声が降ってきた。
「私は、あなたの方が綺麗で、可愛らしくて、素敵だと思いますが」
「え?」
 驚いて、ネイドを見返す。あまりに真剣な、何かを訴えかけてくる瞳の強さに、しり込みして、なんとなく否定の言葉をもらした。
「そ、そんな、私なんて」
「私なんて、などと言わないでください。あなたが自分を卑下するたびに、私の胸も痛むのですよ」
 リサは胸の内がかっと熱くなって、黙りこんだ。この人は、なんてことを照れもせずにサラリと言うんだろうと、ドギマギとする。
 どうしたらいいのかわからなくて、うろ、と視線を落とした先を、ネイドの手が横切っていく。何をするのかと考える間もなく、リサの一房垂らされたサイドの髪先をすくいあげた。
「神秘的な夜の女王のような艶やかなこの黒髪も」
 彼の指がくるりと髪を巻きつけ、すっと、頬骨のあたりに触れる。びっくりして、リサが息を止めて身を強ばらせると、本当に触れたかった場所を教えるように、次の言葉が届いた。
「覗きこみたくなる魅惑的な深い色の瞳も」
 ネイドの指が、すうっと頬を滑りおり、顎先で止まった。そうして、硬直しているリサの下唇の下のくぼみが繊細に撫ぜられる。その艶めかしい感触に、彼女はびくりと震え、すすりあげるような息をした。
「この赤く熟れた唇も。その女性らしさに満ちた胸も、腰も。どれも私の目を惹きつけて離さない」
 彼の指は離れていったが、リサは最早、真っ赤だった。とてもネイドを見れなくて、ますますうつむく。
「あなたは、とても魅力的です」
 おかしい、とリサはぐるぐると考えていた。さっきのカテアの話だと、ネイドは女性に興味を持たず、そのうちカエルと結婚すると言い出すんじゃないかとヒヤヒヤしていたということだったのに。これではまるで、口説いているようだ。
 そこまで考えて、さらに真っ赤になった。頭のてっぺんまで熱くなって、恥ずかしさに涙がにじんでくる。
 やだ、あつかましいことを考えてしまった。そんな、まさか、彼が私なんかを口説くなんてありえない。優しい人だから、励ましてくれているだけなのに。私ったら、何を考えているんだろう。
 でも、嬉しかった。この人の言葉に嘘はない、そう思える人から魅力的だと言ってもらえる。それだけで、コンプレックスだった黒髪も色濃い目も大きすぎる胸もお尻も、嫌いではなくなっていた。
「リサ?」
「なななななんでもないです、ないですよ!!」
 手も頭もぶるぶると振って、殊更に何でもないことをアピールする姿は、とても怪しかった。
 けれど、ネイドは問い詰めずに、綺麗な微笑を浮かべただけだった。
 上気して涙ぐんだ上目遣いの破壊的な魅力に、いいかげん理性の綱が焼ききれそうだったのだ。
 さっき指を引いたのは、リサを口説いて日頃思っていることを披露しているうちに、性急な欲がわきあがってきてしまったからだ。
 もう少しで、キスしていいですか、と言ってしまうところだった。それどころか実を言えば、その素晴らしい胸を触らせてもらえませんか、と言ったらすべてが終わりそうなことまで、口にしてしまいそうだった。
 たぶん、今これ以上何か行動したら、彼女を逃がさないように追いつめて、彼女の気持ちなどおかまいなしにガブリと丸齧りにしてしまうにちがいない。
 この見た目に、この初心うぶさは反則すぎる。
 ネイドは、神殿騎士の鑑のような清廉潔白さを取り繕いながら、一人内心で身悶えた。
 二人の想いが通じ合うのは、もう少し先。女神やまわりを、さんざんヤキモキさせた後のこと。
 今日も彼らは少しずつ歩み寄って、不器用に愛と信頼を深めていくのだった。


   ―――― * ―――― * ―――― * ―――― * ―――― * ――――


《おまけのおまけ》

 ふっと巫女姫の気配が変わり、体が淡く光りだす。
 カッと目を開けた彼女は、わあわあと怒りだした。
「そこでガバッ抱きしめ、ちゅうっとやらんか、このヘタレ!!」
「……あなたが覗いているかと思うと、気が削がれるんですが」
「むうっ。覗いてなどおらん!! ちょっとどうしているかと来てやっただけだ!!」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。巫女姫は元気でいらっしゃいます。心配ございません。どうぞお帰りください」
「……っ、口の減らん男だ!! わかった、帰るっ。帰ったら我は忙しくて、とうぶん見に来れないからな!!」
「承知しました」
「ガバッといくのだぞ!!」
 いいから早く帰れ。
 ネイドは心の中で呟いて、恭しく頭を垂れた。
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