召しませ我らが魔王様~魔王軍とか正直知らんけど死にたくないのでこの国を改革しようと思います!~

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
141 / 216

124.思い上がるな

しおりを挟む
「ちょっと待ってよ、どっちも落ち着いてってば!」

 さすがにまずいと判断した私は躍り出て両腕を広げる。だけど牙をむき出しにした父親ゴブリンはこちらを見ようともしない。人間の父親だけはこちらを見たのだけど、鼻を鳴らすとさげすんだように私に言い放った。

「あぁこれはこれは魔王様じゃないですか、なぁアンタこりゃ詐欺じゃないのか? 新天地と聞いたからわざわざやってきたのに」

 悪意をたっぷり詰め込んだ声が心をざわめかせる。

 人の上に立つってこういうことだ。不満も愚痴もなにもかも矢面に立って一身に受けなきゃいけない。覚悟していたはずなのに、鉄の心を持たなければいけないのに、

「こんな国、移住してくるんじゃなかった!」

 言葉にすればそんな短い一文は、私の心をやすやすと切り裂いた。広げていた両腕が自然と落ち、父親の目線がこちらから外される。

「もうたくさんだ、人間領に帰るぞ!」

 子供の腕をひっぱる人間の父親。男の子は混乱したように引きずられながら父親を見上げた。

「帰るって、引っ越す前のおうち? やだよ! お祭りは? ブリーといっしょに舞台に出るって約束したのに!」
「聞き分けなさい!」
「やだぁぁぁ!!」

 ついに泣き出した男の子をブリーは悲しそうな目で見送っている。よせばいいのに人間の父親は捨て台詞のように吐き捨てた。

「あんなケダモノの息子と遊んで居たらお前まで牙が生えて醜いバケモノになってしまうぞ!」
「てめぇ、言わせておけば!」

 子供を侮辱されたゴブリンが目を見開く。カッとなった彼は下ろしかけていた肉切り包丁を水平に振りかぶり、息子の制止を振り切って駆け出した。鈍色の『殺せるもの』が夏の熱光線を反射してギラリと光る。

「――!?」

 肉薄していたゴブリンは寸前でたたらを踏んだ。驚愕の表情を浮かべ凶器を引こうとするのだけど、完全に収めることはできなかった。

 最初に感じたのは冷たさだった。刃物自体の冷たさが左の手の甲から入り肘にかけて走り抜ける。意外な温度に驚く間もなく、次の瞬間焼けつくような鮮烈な痛みが脳を突き上げた。ざっくり切られた左腕から鮮血がパッと噴き出し、生ぬるい温度が腕を伝っていく。

「魔王、さま……」

 先ほどまで野次を飛ばしていた民衆が水を打ったように静まり返る。痛みを意識の外に追い出し、ハッ……と、短く息を吐いた。

「なにと、闘ってるわけ?」

 俯いているせいで髪の毛がバラりと落ちている。こめかみ辺りに滲みだす脂汗を感じる。痛みと失血で大声あげて喚きそうになりながらも、低く抑えるような声が自分の口からあふれ出した。

「俺たち魔族の領地? 人間の新天地? 思い上がるな、ここはどちらの物でもない。私の国よ」
「アキラ様! 血が!」

 ようやく追いついたライムの声がすぐ間近で聞こえる。身体を支えるように手が伸びて来たけど、私はそれを振り払って顔を上げた。感情のままに――叫ぶ。

「子供たちの方がよっぽど賢いわ! こんなつまらない諍いを繰り返して、勝手に泥沼にはまっていく姿がこの子たちのお手本になるとでも思っているの!?」

 振り切った指先についていた血液がパタタッとレンガに飛び散る。二人の父親は目を見開いてこちらを見ており、私は何も言わずにただ見つめ返した。これ以上言わなければ分からないようでは本当に救いようのないバカだ。

「双方、恥を知りなさい」

 それだけを言い残し毅然と立ち去る。人垣が自然と割れ城への道が開けた。

 左腕からドクドクと溢れる血が抑える右手のすきまから零れ落ちる。もうこの頃になるとアドレナリンでも出まくっているのか痛みは感じなかった。代わりにやけにふわふわして足元がおぼつかない。

(いむしつ、どくせんせい、みてもらわなくちゃ)

 なんとか城の正面玄関までたどり着く。エントランスホールに入るとぐるりと世界が一回転して石造りの床が頬にひんやりする。この床、いつのまに壁になったんだろう、何か赤い液体でべちゃべちゃしてるし。あれ? どっちが上?

(ちょっと、まずいかも)

 ぼんやりとそんなことを思いながら立ち上がろうとする。だけども脳からの命令に身体はまったく無反応だった。すごく眠くて、まぶたが重たい。

 ふいに肩をつかまれて反される感覚がする。上体を起こされて誰かに抱え込まれるのだけど、それが誰かもわからないくらい私は落ちかけていた。すぐ近くで息を呑む気配がして左手をぎゅっと握られる。それだけですごく安心できて、私はギリギリのところで掴んでいた意識の糸を手放した。

 するり、と。捕まえていた風船が手の中から抜けていくようなこの感覚を、前にもどこかで体験したような気がした。

 あの小さな部屋。
 自分だけの城。

 落ちていくのは、倒れているのは――


 ***


「事故です」

 清潔感あふれる医務室のベッドに押し込まれたまま、私は同じ言葉を繰り返した。左側に置かれた丸椅子には納得のいかなそうな顔つきをしたバンパイアさんが一人。

「あれは、私がたまたま走り込んだところに肉屋のおじさんの包丁があっただけです。不慮の事故だったんです」

 念押しのようにもう一度繰り返すと、頭を抑えていたルカは今日何度目になるか分からないため息をついた。

「王を傷つけた物は死刑。一度目に続き二度目までお咎めなしでは何の為に法を作ったのやら」


 あの後、ぶった切られ血を失いすぎた私は見事に気絶した。目が覚めるとドク先生の医務室で、怪我をした左腕は包帯でグルグル巻きにされていた。話を聞くと縫合が必要なほどだったらしく、気絶している間に縫ってくれたのだとか。まったく覚えてないから後から聞いた話なんだけどね。今も傷口はジグじぐと痛むけど転げまわるほどじゃないし経過は良好とのこと。本当にドク先生が居てくれてよかった。

 そんなわけで、当面の問題は傷よりもこのお目付け役さんのお小言の方だった。丸一日経って目覚めてからと言うものかれこれ一時間はみっちりお説教され、やっと落ち着いたと思ったら今度は私に傷を負わせた者への処遇をとか言い出すのだ。ほぼ【当たり屋】みたいなものだったから、さすがに肉屋のゴブリンおじさんが可哀想すぎる。

「だから事故だってば、不問でよし!」

 この話はもうおしまい! と、ばかりに言い切ると、ようやく諦めてくれたらしいルカはどこか宙に視線をさ迷わせながらよだれを垂らした。

「それにしてもあんなに大量の血を流してしまうとはもったいない。私の物ですのに」
「私の血がいつあなたの物になったって?」
「極上の喉越しとほのかな甘み、鼻から抜ける芳醇な薫り……いつも隣に居ますのに飲み干さず惜しとどめている私の理性を褒めて頂きたいものですね。毎夜夢に見るほど渇望しているのですよ」
「地面でも舐めてくれば」

 半目で冷たく言い放ったその時、医務室のドアを開けて来訪者がやってきた。背の高い人物と低い人物は会話を交わしながらこちらにやってくる。リカルドとドク先生だ。

「じゃあ、そのデータを後でまとめて――よぉ魔王! 名誉の負傷だな」

 軽く片手を上げて挨拶したリカルドだったけど、私が返す前にルカが顔をしかめて言い返す。

「なにが名誉な物ですか、主様の無謀さが招いた無駄傷ですよ」
「そうでもねぇぜ? どうやら運がこっちに向いてきたようだ」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています この物語は完結しました。 前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。 「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」 そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。 そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...