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125.ジャパニーズ土下座スタイル
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お得意のニヤケ顔で新聞記者は隣のドク先生の肩をバシッと叩く。はずみでゲコと鳴いた先生は持ってた資料を取り落としそうになりながらも進捗報告をしてくれた。
「ようやくセニアスハーブの分析が終わった。結論から言うと、あの葉っぱに性格を変えるような成分は含まれとらんかった」
「本当? っ――うごぉぉぉ」
思わず身を起こしかけて左腕に激痛が走る。情けない声を上げながらベッドに沈みこむ私に先生は呆れたような視線を向けて来た。
「そのままで良いから聞いておれ。燃やした煙で充満させたケースにマウスを十日間入れ続けたが、与えていないマウスと比較しても凶暴性は変わらんかった。しかもよくよく調べてみればあの葉はカラカズラ科の植物でな」
「カラカズラ、ですか? どこかで聞いたことがあるような」
記憶の糸をたどろうとするルカは、ピンときたようで軽く目を見開く。
「以前魔族諸島を巡っていた際、リュンクス族から振舞って貰った鍋にそんな名前の薬草が入っていたような」
「さよう、魔族諸島でも一部の地域にしか生えていないような植物であった。おそらくは鳥に運ばれた種子が人間領に落ちセニアスハーブと呼ばれるようになったのじゃろう。リュンクスはカラカズラを日常的に食しているようだの」
リュンクス族は魔族の中でもとりわけ好戦的な一族だ。長年セニアスハーブ(と近い種)を食べている彼らが牙を抜かれていないのであれば、かなり強力な反論材料になる!
「すごいわドク先生、よく気づいたわね!」
感嘆の声をあげて褒めると、カエル先生はその大きな口をにんまりと曲げコロコロと笑い出した。
「それがな、あの猫娘がヒントをくれたのじゃ」
「猫娘って、ダナエのこと?」
現在この城で猫娘と呼ばれるような種族は彼女しかいない。するとドク先生は両手を頭の上にやって猫耳のようにピコピコと動かしながら愉快そうに言ってのけた。
「あやつ、大した怪我でもないのにわざわざ医務室まで治療しに来て、去り際に物のついでみたいに言い残していきおったのじゃ。『自分の一族で嗅いだ匂いとよく似ている』とな。まったく素直じゃないのう~」
彼女のそっけない声が聞こえたような気がして、私は胸のあたりが暖かくなるのを感じた。今度会ったらお礼を言っておかなきゃ。
「ま、どの道ゴブリンが人間に刃を向けた時点で凶暴性を抑えるなんてでっち上げだって判明したけどな」
リカルドがベッドの足元の方にドカッと腰掛けながら懐を漁る。取り出した写真をバラッと撒くとその内の一枚を掲げてニヤリと笑って見せた。
「カッコよかったぜ魔王様。明日の一面はこれで決まりだ」
そこには、血まみれの私が群衆に向かってすさまじい形相で叫んでいる一枚が映りこんでいた。いつの間に撮っていたのよ……。楽しそうな新聞記者は立ち上がるとその写真を口元にあてる。
「オマケにそこの宰相さんの調べで、ギュンターとか言う植物学者なんて実在しないって判明したしな。最っ高の展開だ、ねつ造でっちあげはマスコミの致命傷。日刊メルスのやつらをこき下ろして今回の事件を最高の美談に仕上げてやるぜ!」
あぁ、うん、印象操作はあなたのもっとも得意とする分野ですもんね。期待してるわ。
文章をまとめるためリカルドが飛び出していった後、私は傷に響かないよう慎重にベッドから降りる。一日空けただけで仕事が山のように積み重なっているはずなのでこれ以上休んでる暇なんてないのだ。怪我をしたのが左腕で助かった。
ルカに先導されて医務室を出た私は、そこで待ち構えていた二人組に足を止める。廊下のすみっこで鎮座していたのは今回の事件の当事者である二人の父親だった。青ざめて今にも死にそうな顔をしている。
「なにやってんの……」
私が出てくるなりバッと頭を下げた二人に呆れて声を掛ける。土下座って、どこで覚えたんだ。
「もっ、もももっ」
「桃?」
「申し訳ありませんでしたァァ」
「お許しください、せめて命だけは!!」
ほとんど半泣きになりながら謝り倒す二人に一歩引いてしまう。大の男の人に土下座されるって、想像以上にきっつい。辺りを行き交う城の使用人たちがザワザワとこちらを見始めたので私は慌てて二人を立ち上がらせた。
「ちょっとやめてってば、恥ずかしい! ほら立って」
「あなた方は感謝するべきですね、あれは事故だったと魔王様は仰いました」
ルカの言葉に一瞬目を見開いたオヤジーズは、次の瞬間背中合わせでへなへなと崩れ落ちていった。
「助かった……」
「いやホントに」
首の皮一枚でつながった二人はしばらく笑いあっていた。だけどもたれ掛かっている相手に気づいたのかハッとして気まずそうに離れる。私はそんな彼らに苦笑を浮かべ、右手を腰に当てて諭した。
「今ちょっと分かり合えなかった? 同じ感情を共感するのに魔族も人間もない。個の生き物が同じ場所で暮らしていく以上どうしても衝突は避けられないけどさ、それを種族のせいにするのは哀しくない? 見た目が違うのはただの個性。お互いに尊重してほしいと思ってるの」
私の言葉を聞いていた二人は目を合わせると向き直った。しばらく黙りこくっていたのだけど、どちらからともなく頭を抑えながら昨日の非礼を詫びた。
「すみませんでした……侮辱するようなことを」
「いえ、こちらこそ。刃物なんか持ち出しちまって」
ニコニコと笑う私に見送られ、二人の父親は街へと降りて行った。入れ替わるように二つの小さな影がエントランスホールに飛び込んでくる。目の前を通り過ぎようとした時、私に気付いた男の子とブリーは元気よく手を振った。
「あっ、魔王様!」
「ケガは大丈夫?」
なんともないと答えると、二人は嬉しそうな顔を見合わせながら報告してくれた。
「お父さんが引っ越さなくてもいいって! 一緒に舞台がんばろうねブリー!」
「うんっ」
仲を引き裂かれていた二人はしっかり手を繋いで、笑い転げながら劇の練習所へと駆けていった。良かった、種族のいがみ合いがこれで少しでも解消されるなら私の左腕なんて安いもんだ。ケガなんていつかは治る物だし。
「……」
その時、私はホールの隅っこで鎮座する謝罪三人目に気が付いた。先ほどのオヤジーズと同じく死にそうな青い顔で帽子を握りしめている。かわいい口元をキュッと噛みしめていたライムはすさまじい勢いで額を床に打ち付けた。
「すみませんでしたァ!」
「流行ってんの? 土下座」
ひれ伏す体勢からドロドロとゲル状に溶けていくライムは恐怖を色濃くにじませた声音でひたすら謝り続けていた。――どちらかと言うと私の隣にいたバンパイアさんに向けて。
「一番近くに居たのにみすみすアキラ様にケガを負わせてしまって申し訳ありませんでした許してルカ兄ぃボクが着いた時にはもう事が済んだ後でしてどうしようもなくですね……」
もはや青色の水たまりと化したスライムは、見ているこちらが哀れになってくるほど震えていた。私がチラッとルカに目配せをすると、ふぅっと息を吐いた彼は腕を組んで言い放った。
「今回はいいでしょう。ですが側近が何より優先すべきは我らが魔王様のお命。次はありませんよ?」
「ひぃぃ!」
うーん、今回一番の貧乏くじを引かせてしまったのはこの子かもしれない。勝手に飛び出したのは私だしお店の会計も結局押し付けてしまったのだから。
「アキラ様、ごめんなさい」
なのにこの愛しき水まんじゅう君は本当に申し訳なさそうな声で謝ってくる。いたたまれなくなった私はにっこり笑ってプルプルボディを撫でてあげた。
「ううん、ライムが謝る必要なんてないのよ。悪いのは全部私だし、こっちこそごめんなさい」
「あ、アキラさまぁぁ~~」
「ぐぶぉ!?」
感激したように飛びついてきたのはいい。問題なのは彼がスライム形態だったってことだ。顔回りに巻きつかれた私は地上で溺れかけるという貴重な体験をするはめになっ――待っ、ホントに息が、ぼぐぇ
「ようやくセニアスハーブの分析が終わった。結論から言うと、あの葉っぱに性格を変えるような成分は含まれとらんかった」
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思わず身を起こしかけて左腕に激痛が走る。情けない声を上げながらベッドに沈みこむ私に先生は呆れたような視線を向けて来た。
「そのままで良いから聞いておれ。燃やした煙で充満させたケースにマウスを十日間入れ続けたが、与えていないマウスと比較しても凶暴性は変わらんかった。しかもよくよく調べてみればあの葉はカラカズラ科の植物でな」
「カラカズラ、ですか? どこかで聞いたことがあるような」
記憶の糸をたどろうとするルカは、ピンときたようで軽く目を見開く。
「以前魔族諸島を巡っていた際、リュンクス族から振舞って貰った鍋にそんな名前の薬草が入っていたような」
「さよう、魔族諸島でも一部の地域にしか生えていないような植物であった。おそらくは鳥に運ばれた種子が人間領に落ちセニアスハーブと呼ばれるようになったのじゃろう。リュンクスはカラカズラを日常的に食しているようだの」
リュンクス族は魔族の中でもとりわけ好戦的な一族だ。長年セニアスハーブ(と近い種)を食べている彼らが牙を抜かれていないのであれば、かなり強力な反論材料になる!
「すごいわドク先生、よく気づいたわね!」
感嘆の声をあげて褒めると、カエル先生はその大きな口をにんまりと曲げコロコロと笑い出した。
「それがな、あの猫娘がヒントをくれたのじゃ」
「猫娘って、ダナエのこと?」
現在この城で猫娘と呼ばれるような種族は彼女しかいない。するとドク先生は両手を頭の上にやって猫耳のようにピコピコと動かしながら愉快そうに言ってのけた。
「あやつ、大した怪我でもないのにわざわざ医務室まで治療しに来て、去り際に物のついでみたいに言い残していきおったのじゃ。『自分の一族で嗅いだ匂いとよく似ている』とな。まったく素直じゃないのう~」
彼女のそっけない声が聞こえたような気がして、私は胸のあたりが暖かくなるのを感じた。今度会ったらお礼を言っておかなきゃ。
「ま、どの道ゴブリンが人間に刃を向けた時点で凶暴性を抑えるなんてでっち上げだって判明したけどな」
リカルドがベッドの足元の方にドカッと腰掛けながら懐を漁る。取り出した写真をバラッと撒くとその内の一枚を掲げてニヤリと笑って見せた。
「カッコよかったぜ魔王様。明日の一面はこれで決まりだ」
そこには、血まみれの私が群衆に向かってすさまじい形相で叫んでいる一枚が映りこんでいた。いつの間に撮っていたのよ……。楽しそうな新聞記者は立ち上がるとその写真を口元にあてる。
「オマケにそこの宰相さんの調べで、ギュンターとか言う植物学者なんて実在しないって判明したしな。最っ高の展開だ、ねつ造でっちあげはマスコミの致命傷。日刊メルスのやつらをこき下ろして今回の事件を最高の美談に仕上げてやるぜ!」
あぁ、うん、印象操作はあなたのもっとも得意とする分野ですもんね。期待してるわ。
文章をまとめるためリカルドが飛び出していった後、私は傷に響かないよう慎重にベッドから降りる。一日空けただけで仕事が山のように積み重なっているはずなのでこれ以上休んでる暇なんてないのだ。怪我をしたのが左腕で助かった。
ルカに先導されて医務室を出た私は、そこで待ち構えていた二人組に足を止める。廊下のすみっこで鎮座していたのは今回の事件の当事者である二人の父親だった。青ざめて今にも死にそうな顔をしている。
「なにやってんの……」
私が出てくるなりバッと頭を下げた二人に呆れて声を掛ける。土下座って、どこで覚えたんだ。
「もっ、もももっ」
「桃?」
「申し訳ありませんでしたァァ」
「お許しください、せめて命だけは!!」
ほとんど半泣きになりながら謝り倒す二人に一歩引いてしまう。大の男の人に土下座されるって、想像以上にきっつい。辺りを行き交う城の使用人たちがザワザワとこちらを見始めたので私は慌てて二人を立ち上がらせた。
「ちょっとやめてってば、恥ずかしい! ほら立って」
「あなた方は感謝するべきですね、あれは事故だったと魔王様は仰いました」
ルカの言葉に一瞬目を見開いたオヤジーズは、次の瞬間背中合わせでへなへなと崩れ落ちていった。
「助かった……」
「いやホントに」
首の皮一枚でつながった二人はしばらく笑いあっていた。だけどもたれ掛かっている相手に気づいたのかハッとして気まずそうに離れる。私はそんな彼らに苦笑を浮かべ、右手を腰に当てて諭した。
「今ちょっと分かり合えなかった? 同じ感情を共感するのに魔族も人間もない。個の生き物が同じ場所で暮らしていく以上どうしても衝突は避けられないけどさ、それを種族のせいにするのは哀しくない? 見た目が違うのはただの個性。お互いに尊重してほしいと思ってるの」
私の言葉を聞いていた二人は目を合わせると向き直った。しばらく黙りこくっていたのだけど、どちらからともなく頭を抑えながら昨日の非礼を詫びた。
「すみませんでした……侮辱するようなことを」
「いえ、こちらこそ。刃物なんか持ち出しちまって」
ニコニコと笑う私に見送られ、二人の父親は街へと降りて行った。入れ替わるように二つの小さな影がエントランスホールに飛び込んでくる。目の前を通り過ぎようとした時、私に気付いた男の子とブリーは元気よく手を振った。
「あっ、魔王様!」
「ケガは大丈夫?」
なんともないと答えると、二人は嬉しそうな顔を見合わせながら報告してくれた。
「お父さんが引っ越さなくてもいいって! 一緒に舞台がんばろうねブリー!」
「うんっ」
仲を引き裂かれていた二人はしっかり手を繋いで、笑い転げながら劇の練習所へと駆けていった。良かった、種族のいがみ合いがこれで少しでも解消されるなら私の左腕なんて安いもんだ。ケガなんていつかは治る物だし。
「……」
その時、私はホールの隅っこで鎮座する謝罪三人目に気が付いた。先ほどのオヤジーズと同じく死にそうな青い顔で帽子を握りしめている。かわいい口元をキュッと噛みしめていたライムはすさまじい勢いで額を床に打ち付けた。
「すみませんでしたァ!」
「流行ってんの? 土下座」
ひれ伏す体勢からドロドロとゲル状に溶けていくライムは恐怖を色濃くにじませた声音でひたすら謝り続けていた。――どちらかと言うと私の隣にいたバンパイアさんに向けて。
「一番近くに居たのにみすみすアキラ様にケガを負わせてしまって申し訳ありませんでした許してルカ兄ぃボクが着いた時にはもう事が済んだ後でしてどうしようもなくですね……」
もはや青色の水たまりと化したスライムは、見ているこちらが哀れになってくるほど震えていた。私がチラッとルカに目配せをすると、ふぅっと息を吐いた彼は腕を組んで言い放った。
「今回はいいでしょう。ですが側近が何より優先すべきは我らが魔王様のお命。次はありませんよ?」
「ひぃぃ!」
うーん、今回一番の貧乏くじを引かせてしまったのはこの子かもしれない。勝手に飛び出したのは私だしお店の会計も結局押し付けてしまったのだから。
「アキラ様、ごめんなさい」
なのにこの愛しき水まんじゅう君は本当に申し訳なさそうな声で謝ってくる。いたたまれなくなった私はにっこり笑ってプルプルボディを撫でてあげた。
「ううん、ライムが謝る必要なんてないのよ。悪いのは全部私だし、こっちこそごめんなさい」
「あ、アキラさまぁぁ~~」
「ぐぶぉ!?」
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