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127.死神たちの語らい

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 どうして彼がうちの国に嫌がらせするのかは分からないけど(あ、でも反魔族派って言ってたっけ?)証拠を掴みさえすれば! ところがルカは渋い顔をしながら首を横に振った。

「ムリです。実害が無かったのでこれ以上深くは切り込めません」
「なんで!? だってセニアスハーブは悪いウワサを……あれ?」

 ここに来て私はようやく気付いた。確かにセニアスハーブは傍迷惑なウワサの種にはなったけど、葉っぱ自体には何の害も無いことが証明された。つまりそれを大量栽培して投入したところで何ら罪はないわけで、サイード様がやったと告発したところで向こうにしてみれば「それが何か?」なのだ。咎める口実は何も見つけられない。

 ――この葉が我ら魔族の首輪でも、『そうでなかった』としても、どちらに転んでも少し面倒なことになるかもしれません

「服従させる効果がないと困るって言ってたのは、この事だったのね」

 先日のルカの発言を思い出し、私は悔しさを噛みしめた。あともう少しで捕まえられそうだったのに、あざ笑いながら逃げられた気分だ。

「今回はまんまと踊らされましたね」
「うー……」

 何が狙いだろう。彼自身の意思だろうか? それとも誰かからの指示? 彼の父親、リヒター王の弟殿下であるウォル様は数年前に病気で亡くなっている。リヒター王には子供が居ないので王位継承権は彼の二人の妹、その子供たちに続き、サイード様は第六位だ。もし下剋上を狙って謀反を企てているとしたら……怪しい、怪しすぎる。

「とにかく、悪意ある者の影を捕らえることには成功しました。警戒しておきましょう」
「うん」

 そうだ、どの人物を警戒すべきか分かっただけでも大きな収穫だ。攻撃が飛んでくる方向さえ分かればどうにか対処できるかもしれない。

 九月の発表会さえ乗り切って認めて貰えればこの国は安定する。それまで挫かれないように気をつけないと!


 ***


 死神は考える。なぜ人は未来の事を知りたがるのだろうと
 死神は考える。なぜ己がまだここにとどまっているのかを
 死神は考える――

『クソみたいな辛気臭ェツラしてんなオイ、ただでさえ忌み嫌われる種族なんだから、ちったぁ明るく振舞うとかしてみたらどーなのよ。オレ様を見習え、ゲハハ』

 塔の先端に立ち真円を描く銀色の月を見上げていた死神は、聞きなれた声に意識の果てから引き戻された。顔をしかめ見下ろすと、そこには予想通り紫色の髪を持つ同族が青い屋根瓦から生えていた。そのまま物理透過をしてきた概念体は、全身を表すとこの世界における物質構成を経て実体化し、許可を出してもいないのに塔の縁へと腰掛けた。苛立ちをにじませた声をその頭にぶつけてやる。

『その口の悪さどうにかなんないの』
「何のコト? 僕わかんないナー」

 途端にこちらの言語に切り替えた同族は、おどけたように頬に指を添えて笑顔を浮かべてみせる。目元の見えないその頭をド突きたくなる衝動を堪え、再び底が見えないほど深い夜空を見上げた。

『考え事をしていた。別れがつらくなるぐらいなら、最初から関わらない方が良かったんじゃないかって』

 その言葉が意味することを察し、紫の死神はそれまでのふざけた雰囲気を瞬時に収めた。夜風が抜け、実体化した二人の衣服を揺らす。

『――視えたのか』
『ううん、でも予感はする。そう遠くない未来、この城で死者が出る。一人、二人……下手したらもっと』

 それは本来ならば死神として正常な機能なのだろう。だが軽く流すにはあまりにも深くこの国に関わり過ぎた。いっそ知らずに居られればどんなに気が楽だったろうか。

『こんなに予知が外れて欲しいと思ったのは二度目だ』

 あぁ、と相槌を打った紫は当時の事を思い返す。死神伝手に聞いたかつての同期の顛末を。


 落ちこぼれの自分とは違い、彼は一千世界に一つの逸材と呼ばれていた。その仕事ぶりを見れば、なるほど正確無比に淡々と魂を回収するものだと感心したものだ。的確に死亡者の姿を捉え、少しの痛みもなく肉体から切り離し大いなる流れへと導く。言葉少なに最小限の動きで数をこなす姿は仕事人と呼ぶのに相応しく 同期の中でもその技術は飛びぬけていた。

 そのままいけばエリート街道まっしぐらなのは疑いようがなく、本人も早く昇格し閑職に就いて日長一日サボりたいものだと、仲間内で冗談めかして笑っていたのを傍目に見て覚えている。

 ところが、ある世界で魂を刈り取ったのをきっかけに彼はピタリと死神界に帰らなくなった。上層部への報告もおざなりに、その世界に留まり続ける意思を示したらしい。

 無能な死神が現地に留まる、いわゆる『現場落ち』を自ら選択した元エリートはひっそりと死神たちの記憶から薄れて行った。

 死神稼業を諦めた自分がこの世界を選んだのは、彼の影響が少しだけあったかもしれない。何がそこまでさせたのかと、そんな興味本位だった。


『あれだな、オレ様も死神としてはだいぶ異端だが、テメェも大概だ』
『否定はしない』

 生者に干渉するべからず。死神学校で口が酸っぱくなるほど詠唱させられた三大原則の一つを二者は心の内で復唱する。堕界し、この国で役割を担っている時点で、もはや自分らは死神と呼べる種族ではないのかもしれない。感情などと言う任務をこなす上では邪魔でしかない物が芽生えてしまった時点でイレギュラーだろう。

「奪っちゃえバ良いのニ」

 死神は考える。コイツは意図的に言語を切り替えているのではないかと

「マオちゃんの魂、刈り取っテ、連れて行っちゃエ」
『……』
『今なら皆気づかない。気づいたところで死神界のすみっこにでも引っ込んでりゃ誰も手は出せない。罪滅ぼしとか言ってたか? テメェのクソみてぇな罪悪感は真っ白い身体の中でドス黒く渦巻いて次第に滲みだしてるぜ。いつかあの子もそれに気づく。その前に、なぁ? ほら。手伝ってやろうか』

 悪魔のささやきは内に潜めた欲望を的確にくすぐった。欲しい。彼女の魂が欲しい。痛みも何も、連れて行ってしまえば感じることはない。

 だがそれを実行に移すには、白い死神の心はあまりにも人に近付きすぎていた。腰を下ろして膝を抱えた彼は、傷ついた瞳を正面に向け拗ねたようにつぶやく。

「やっぱりお前は嫌いだ」
「ジョーダンだヨ、グリグリ怒っちゃイヤ~ン」

 ヘラヘラと笑い肩をなれなれしく叩いてきた同期だったが、再び母国語に切り替えると多少は、彼にしては、本当に些細な差だが、柔らかい語調に変化していた。

『死神界(うえ)に居た時はいけ好かねぇ奴だと思ってたが、その沁みついてきた『人間臭さ』は嫌いじゃねぇぜ。同郷のよしみだ、もしテメェが消滅しても……泣きはしねぇが、骨ぐらいなら拾ってやらぁ』
『そりゃどーも』
「エーリカの為だもノ、僕も協力は惜しまないヨー」
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