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169.帰るべき場所
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ベッドの周囲にたくさんの影が見えるような気がする。目を凝らそうとしたその時、誰かの手によってカーテンがシャッと引かれた。生まれたての朝日が一気に部屋の中に差し込んで私は目を見開いた。
「おはよ」
「おかえりなさい魔王様」
「ずいぶんと遅いお目覚めだな、え?」
ダナエが、ピアジェが、リカルドが、チャコがコットンがカトレアちゃんが……とにかくたくさんの人が朝日の中で穏やかに微笑んでいた。よく見ると他にもお城で働いているたくさんの住人が私のベッドを取り囲むようにしてみんな押しかけている。驚いてゆっくりと上体を起こすと一番近くにいた少年がとびつく勢いで抱きついてきた。
「アキラ様ぁっ!」
「ライム……」
受け止めながら彼の名を呼ぶと、キッと顔を上げた彼はどこか怒ったように眉を吊り上げながらこう宣言した。
「あのね、アキラ様は本物だよ! 少なくともボクにとってはこっちのアキラ様が本物だからね!」
その言葉にハッとする。改めて周りを見れば、みんな暖かい目でこちらを見つめていた。そうしている間にも次から次へと新たな来訪者が押しかけてくる。
「アキラ様の目が覚めたってよ!」
「なにぃ!? 俺にも挨拶させろよっ、おい!」
押し合いへし合い、もみくちゃになる室内をあっけに取られて見つめていると、空中からふわりと白い影が降りて来る。遅れてきた彼は少しだけ残念そうに騒がしい室内を見回した。
「あーあ、こうなるから一度戻るのは嫌だったんだ」
「あなた、みんなに私のこと話したの?」
ベッドの端に着地した死神は、いいや? と、どこか面白そうに肩をすくめてみせた。
「俺はライムに話しただけだよ。きっと、こうするのが一番いいって考えたんだろうね」
私に抱きつきながらわんわん泣き続けるライムの背を、そっと抱き返す。笑顔を浮かべる住民の中には、涙ながらに微笑んでいる者もいた。
胸の奥底からこみ上げて来るこの気持ちはなんだろう。この感情まで、私はまだニセモノだって言い張るんだろうか。真剣な顔をしたグリがしっかりと告げる。
「あきら、君は君自身で自分の居場所を作り上げたんだよ、ここにある笑顔は君が頑張ってきた証拠だ」
感情がはけ口を求めてまなじりからあふれ出す。私、バカだ。あれだけ諦めないって誓ったのに、ぜんぶぜんぶほったらかしにして夢に逃げ込むところだった。
「もうどこにも行っちゃイヤだよ、アキラ様」
「魔王様、朝ごはんの準備できていますからね」
「みんなみんな、ずうっとあなたの事を待っていたんですよ」
ああ、私の居場所はここにあったんだ。記憶の中にある家族は失ってしまったけど、ここが私の帰る場所になったんだ。私は目の前の身体を力いっぱい抱きしめて、震える声で返すことしかできなかった。
「ただいま……みんな」
***
それから身なりを整えて、朝食を食べることに成功した私に嬉しい知らせが待っていた。
「エリック様!」
喜び勇んで医務室の白いカーテンをシャッと開けると、ベッドに横たわっていた勇者様は弱々しく微笑んだ。まだ身体を動かすこともつらいみたいだけど、もう一度若草色の瞳が開いたことに喜びがこみ上げる。よかった、私がやってきたことはムダにはならなかったんだ。
「どうやら俺は君に相当な借りをつくってしまったようだな」
それからしばらく話をして、彼が眠っていた間の状況を伝える。聡明なエリック様は実に聞き上手で、的確なところで質問をしてくれたりと実にスムーズに説明をすることができた。
「君の身体が魔導人形なのは知っていた。耳の後ろにある製造番号、それはカイベルクで軍事用として秘密裏に作られていた内の一体だから」
ハッとして思わず左耳の後ろを押さえる。ずっと前、手首ちゃんが髪のセットをしてくれた時に発見した花のような幾何学模様にそんな意味があったなんて……。
「え、じゃあメルスランドには私みたいな存在がいっぱいいるってことですか?」
「いや、軍用目的で作られたとは聞いたが、上手く魂が定着させられず動力にも莫大なコストがかかるとかで開発は中止されたんだ。この事はメルスランドの中でもトップシークレットで表には出ていない。そしてその時の開発責任者というのが――」
「もしかして、サイードですか?」
「あ、あぁ、よくわかったな」
驚いたような顔で肯定されたが、私には一つ心当たりがあった。ルシアンがルカに向かって言ったセリフがよみがえる。
――ご指名だよイケメン宰相さん。ウチの主人のとこからアンタが盗んだ『例の物』、その身で清算してもらうってさ
あの時は思いもしなかったけど、たぶんその例の物っていうのは私の身体のことを指していたんだろう。いや、その場で気づけという方が土台無理な話だけど。私は少し照れ笑いをしながら頬を掻いた。
「あのぉ、その魔導人形の仕組みについてもう少し聞いてもいいですか? 自分でもこの身体の事がよく分からないんです……」
白衣を着たドク先生のお手伝いさんがやってきて、エリック様の身体を起こしてくれる。ぎこちない動きで枕元の手首ちゃんを撫でた彼は、申し訳なさそうにこう切り出した。
「すまない、俺も管轄外なだけあって詳しいことは分からないんだ。ただ聞いた話では『理論上は膨大な魔力を蓄えることのできる夢の生物兵器』との触れ込みだったな」
「生物兵器……やっぱり魔力で動いてるんですね、この身体」
さっきは少しずつだけど食べられたから、お昼はもっと頑張らなくちゃ。そうしていつか回復できたら手首ちゃんに魔力を返すんだ。よし、少しずつだけど希望が見えてきた! そう決意をしていると、エリック様は沈んだように切り出した。
「アキラ殿、本当にすまなかった」
「?」
「此度の事件はルシアンの本質を見抜くことが出来なかった私に責任がある。本来ならばそのまま見捨てられてもおかしくない状況を救って貰い、感謝しかない」
身体に鞭を打って深々と頭を下げる勇者様に焦ってしまう。私は慌てて頭を上げさせながらこう返した。
「やめてくださいよ、あんなの見抜けって言う方が無理ですから。私だってすっかり騙されてましたもん」
背もたれになっている枕まで彼を押し戻した私は、その両肩をパンパンと叩きながら笑顔を浮かべた。
「それに、こっちにだって理由があって助けたんだから気にしないでください。三日後までにはちゃーんと動けるようになって下さいね。たっぷり働いてこっちの無実を証明して貰いますから!」
調子よく言うと、エリック様は一瞬驚いたような顔をしてにこやかに笑った。
「わかった、存分にこき使って貰おうか」
(あれ?)
こちらも笑い返しながらも、私はこれまでのようにその笑顔にメロメロになっていない自分に気付いた。エリック様に対して抱いていた感情というか、尊敬の念は今でももちろんあるのだけど……うーん、憧れというか……そう、無条件で大好きだった気持ちが無くなっていたのだ。
(そっか、オリジナルの自分に引っ張られることは無いんだよね)
どこか心の中で一区切りついたようで、ちょっとだけ切ないけど納得した充足感に満たされる。ひとしきり笑っていた彼は、こちらの様子に気付いたのか不思議そうに尋ねて来た。
「どうしたんだ?」
でもいいんだ。この人に憧れていた日々も決してムダな事なんかじゃない、それもきっと私の糧になっていたはずだから。そう心の中で結論を出した私は、質問には答えず、おどけるように言った。
「いいえなんでも。それより知ってます? 元になった私と、エリック様のドッペルである立谷先輩って実は恋人同士なんですよ」
それを聞いたエリック様はちょっとだけ驚いたような顔をした後、さきほどのように穏やかに微笑んで予想外の一言を返してきた。
「おはよ」
「おかえりなさい魔王様」
「ずいぶんと遅いお目覚めだな、え?」
ダナエが、ピアジェが、リカルドが、チャコがコットンがカトレアちゃんが……とにかくたくさんの人が朝日の中で穏やかに微笑んでいた。よく見ると他にもお城で働いているたくさんの住人が私のベッドを取り囲むようにしてみんな押しかけている。驚いてゆっくりと上体を起こすと一番近くにいた少年がとびつく勢いで抱きついてきた。
「アキラ様ぁっ!」
「ライム……」
受け止めながら彼の名を呼ぶと、キッと顔を上げた彼はどこか怒ったように眉を吊り上げながらこう宣言した。
「あのね、アキラ様は本物だよ! 少なくともボクにとってはこっちのアキラ様が本物だからね!」
その言葉にハッとする。改めて周りを見れば、みんな暖かい目でこちらを見つめていた。そうしている間にも次から次へと新たな来訪者が押しかけてくる。
「アキラ様の目が覚めたってよ!」
「なにぃ!? 俺にも挨拶させろよっ、おい!」
押し合いへし合い、もみくちゃになる室内をあっけに取られて見つめていると、空中からふわりと白い影が降りて来る。遅れてきた彼は少しだけ残念そうに騒がしい室内を見回した。
「あーあ、こうなるから一度戻るのは嫌だったんだ」
「あなた、みんなに私のこと話したの?」
ベッドの端に着地した死神は、いいや? と、どこか面白そうに肩をすくめてみせた。
「俺はライムに話しただけだよ。きっと、こうするのが一番いいって考えたんだろうね」
私に抱きつきながらわんわん泣き続けるライムの背を、そっと抱き返す。笑顔を浮かべる住民の中には、涙ながらに微笑んでいる者もいた。
胸の奥底からこみ上げて来るこの気持ちはなんだろう。この感情まで、私はまだニセモノだって言い張るんだろうか。真剣な顔をしたグリがしっかりと告げる。
「あきら、君は君自身で自分の居場所を作り上げたんだよ、ここにある笑顔は君が頑張ってきた証拠だ」
感情がはけ口を求めてまなじりからあふれ出す。私、バカだ。あれだけ諦めないって誓ったのに、ぜんぶぜんぶほったらかしにして夢に逃げ込むところだった。
「もうどこにも行っちゃイヤだよ、アキラ様」
「魔王様、朝ごはんの準備できていますからね」
「みんなみんな、ずうっとあなたの事を待っていたんですよ」
ああ、私の居場所はここにあったんだ。記憶の中にある家族は失ってしまったけど、ここが私の帰る場所になったんだ。私は目の前の身体を力いっぱい抱きしめて、震える声で返すことしかできなかった。
「ただいま……みんな」
***
それから身なりを整えて、朝食を食べることに成功した私に嬉しい知らせが待っていた。
「エリック様!」
喜び勇んで医務室の白いカーテンをシャッと開けると、ベッドに横たわっていた勇者様は弱々しく微笑んだ。まだ身体を動かすこともつらいみたいだけど、もう一度若草色の瞳が開いたことに喜びがこみ上げる。よかった、私がやってきたことはムダにはならなかったんだ。
「どうやら俺は君に相当な借りをつくってしまったようだな」
それからしばらく話をして、彼が眠っていた間の状況を伝える。聡明なエリック様は実に聞き上手で、的確なところで質問をしてくれたりと実にスムーズに説明をすることができた。
「君の身体が魔導人形なのは知っていた。耳の後ろにある製造番号、それはカイベルクで軍事用として秘密裏に作られていた内の一体だから」
ハッとして思わず左耳の後ろを押さえる。ずっと前、手首ちゃんが髪のセットをしてくれた時に発見した花のような幾何学模様にそんな意味があったなんて……。
「え、じゃあメルスランドには私みたいな存在がいっぱいいるってことですか?」
「いや、軍用目的で作られたとは聞いたが、上手く魂が定着させられず動力にも莫大なコストがかかるとかで開発は中止されたんだ。この事はメルスランドの中でもトップシークレットで表には出ていない。そしてその時の開発責任者というのが――」
「もしかして、サイードですか?」
「あ、あぁ、よくわかったな」
驚いたような顔で肯定されたが、私には一つ心当たりがあった。ルシアンがルカに向かって言ったセリフがよみがえる。
――ご指名だよイケメン宰相さん。ウチの主人のとこからアンタが盗んだ『例の物』、その身で清算してもらうってさ
あの時は思いもしなかったけど、たぶんその例の物っていうのは私の身体のことを指していたんだろう。いや、その場で気づけという方が土台無理な話だけど。私は少し照れ笑いをしながら頬を掻いた。
「あのぉ、その魔導人形の仕組みについてもう少し聞いてもいいですか? 自分でもこの身体の事がよく分からないんです……」
白衣を着たドク先生のお手伝いさんがやってきて、エリック様の身体を起こしてくれる。ぎこちない動きで枕元の手首ちゃんを撫でた彼は、申し訳なさそうにこう切り出した。
「すまない、俺も管轄外なだけあって詳しいことは分からないんだ。ただ聞いた話では『理論上は膨大な魔力を蓄えることのできる夢の生物兵器』との触れ込みだったな」
「生物兵器……やっぱり魔力で動いてるんですね、この身体」
さっきは少しずつだけど食べられたから、お昼はもっと頑張らなくちゃ。そうしていつか回復できたら手首ちゃんに魔力を返すんだ。よし、少しずつだけど希望が見えてきた! そう決意をしていると、エリック様は沈んだように切り出した。
「アキラ殿、本当にすまなかった」
「?」
「此度の事件はルシアンの本質を見抜くことが出来なかった私に責任がある。本来ならばそのまま見捨てられてもおかしくない状況を救って貰い、感謝しかない」
身体に鞭を打って深々と頭を下げる勇者様に焦ってしまう。私は慌てて頭を上げさせながらこう返した。
「やめてくださいよ、あんなの見抜けって言う方が無理ですから。私だってすっかり騙されてましたもん」
背もたれになっている枕まで彼を押し戻した私は、その両肩をパンパンと叩きながら笑顔を浮かべた。
「それに、こっちにだって理由があって助けたんだから気にしないでください。三日後までにはちゃーんと動けるようになって下さいね。たっぷり働いてこっちの無実を証明して貰いますから!」
調子よく言うと、エリック様は一瞬驚いたような顔をしてにこやかに笑った。
「わかった、存分にこき使って貰おうか」
(あれ?)
こちらも笑い返しながらも、私はこれまでのようにその笑顔にメロメロになっていない自分に気付いた。エリック様に対して抱いていた感情というか、尊敬の念は今でももちろんあるのだけど……うーん、憧れというか……そう、無条件で大好きだった気持ちが無くなっていたのだ。
(そっか、オリジナルの自分に引っ張られることは無いんだよね)
どこか心の中で一区切りついたようで、ちょっとだけ切ないけど納得した充足感に満たされる。ひとしきり笑っていた彼は、こちらの様子に気付いたのか不思議そうに尋ねて来た。
「どうしたんだ?」
でもいいんだ。この人に憧れていた日々も決してムダな事なんかじゃない、それもきっと私の糧になっていたはずだから。そう心の中で結論を出した私は、質問には答えず、おどけるように言った。
「いいえなんでも。それより知ってます? 元になった私と、エリック様のドッペルである立谷先輩って実は恋人同士なんですよ」
それを聞いたエリック様はちょっとだけ驚いたような顔をした後、さきほどのように穏やかに微笑んで予想外の一言を返してきた。
応援ありがとうございます!
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