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と、さっきまでポツリポツリと立っていた人達が、それが合図だったかの如く、声の聞こえた屋敷の前に密集する。
え、え、ええええええええええええ!?
でもあたふたしているのは私だけで、他の家からは
「やると思ってた」
「よし、見に行こうぜ」
なんて声が聞こえてくる。
何が起きてるんだ? っていうか、あの『かしこまり~』って!?
などと思っていたら、ギギィ~という重い音を立てて屋敷の扉が開かれ、屋敷の女主人と言われれば納得できる品の良い老婦人が出て来た。
彼女は大きく息を吸うと、声を張り上げ轟けとばかりに叫ぶ。
「皆様! わたくし先程主人に離婚を言い渡されました! こちらが書類です!
彼は長年尽くしてきたわたくしの顔を、『辛気臭い皺だらけのばばあ』と言ってほら、ご覧ください! あちらにいる主人の隣にべったりくっついている小娘、いえお嬢さんと添い遂げるそうです~!!」
なかなかひどい話なのに、老婦人の顔は晴れ晴れとした笑顔だ。
が、聞いた途端、集団からも口々に、張りのある声が返って来た。
「それは推理小説あるあるですね!」
「来世は他人一択ですね!」
「下の世話から免れましたね!」
とそんな感じで『誰が』とも『悪い』とも言わない、でもなかなかに酷いコメントが続く。
で、言われている元ご主人を見れば、顔を真っ赤にして怒りを堪えているようなのに何故か黙ったままだ。それが一段落すると、集団のリーダーらしき男性が振り返り背後の男性陣に号令をかける。
「行くぞ野郎共!!」
「押忍!!」
そして……私だけが、いつか見た何かに似た光景を見る事になった。
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
「マリーちゃん、最高! マリーちゃん、素敵! マリーちゃん、良い女!」
リズムの良い手拍子に合わせ、老婦人は踊りだした。手を振り、ステップを踏み優雅に舞う。
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
「マリーちゃん、マリーちゃん!」
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
次に集団は2派に分かれた。手を叩く者と腕を振り上げる者に。
「イェーイ! イェーイ!イェーイ!イェーイ!」
やがて老婦人の踊りが止むと、男達も掛け声をやめた。夫人は息を整えてから、屋敷の主人に微笑んで見せる。
「それではごきげんよう。来世では他人でいましょうね?」
そして優雅にカーテシーし、合わせたようなタイミングでやって来た馬車に、男達の1人の手を借りて乗り込む。そして男達に短くねぎらいの言葉をかけた。
「皆様、感謝します」
走り出す馬車が小さくなるまで彼らは頭を下げていたが、リーダーの男の
「全員、撤収!」
の掛け声とともに一瞬にして散開して消えた。
「あ、あれは……」
「あれ? お姉さん知らないの?」
唖然としている私に、近くにいた男の子の声がかかる。
「何か最近、貴族達から流行りだした気晴らし? とか仕返し? の方法なんだって」
面白いよね、と笑う子供にもうちょっと訊いてみる。
「あ……あの男の人達が、いつも来るの?」
「ん~? 色々かなぁ。奥さんの家族や友達がやってた時もあったし」
「何故、旦那様らしい人は何もしなかったのかしら?」
あれ、かなり怒ってたぞと思いつつ聞くと、男の子は首をかしげながら
「なんか貴族よりずっと偉いヒトがね、『そんな事位させてやりなさい!』って言ったんだって」
「へ……へええ~」
貴族よりずっと偉い人と言えば王族だけど、何でそんな方が? 偶然? 偶然なのかなあ!?
「王妃様から出た話題が元みたいねぇ」
私の疑問に答えてくれたのは、怪しげな民族衣装姿のモーリさん。
職業占い師。黒髪に褐色の肌をしたエキゾチック美人で、隣室に住む所謂おネエな人だ。
以前あまりに異臭がすごいので訪ねてみたら香のにおいだったという事をきっかけに、お互いの家を行き来する仲になった。今も勝手に持ち込んできた椅子に座って、私が料理する側で話している。
「何でも晩餐会か何かで、どこかのお貴族様の話題が出たとか出なかったとか」
ぎくっ、と私の包丁を持つ手が止まる。
「そのお貴族様の奥方が、浮気された挙句に捨てられるって散々な目にあったにも関わらず、威勢よく了承するわ、挙句使用人達を巻き込んでカーニバル現象を起こすわと、旦那と浮気相手の前で裏切られたどころかこっちから用済みじゃ~! って勢いでやらかしまくった出て行った、って話が王妃のツボに刺さったらしいの」
「そそそ、そうなんですかぁ」
うぎゃー! それもろ、私の事だよぉ……どこから漏れるのか分からない。といたたまれない気分でいたら、
「けどくうちゃんって不思議よねぇ。一見良いとこのお嬢様って感じなのに料理も出来るなんて。貴族のお姫様は普通、しないもんでしょ?」
ぎくん
「う、うちは名ばかりでしたので……」
「ふうん……」
実はクリスティアは家事の経験がない。手の形が悪くなるとか言われて、やらせてもらえなかったんだ。
前世の私は引きこもりしていたから、適当だけど出来る。悪友のアシさん達に振舞った事もあるし。今まさに経験が活きているよ。
ちなみにモーリさんには私の事を『普通よりちょっと良いお家のお嬢さん』位に見られるようにしている。
そんな彼(女?)は私の食器と自分の食器(勝手に持ち込まれた)を並べながら、
「そう言えば大家さんからの見合い話、断ったって?」
と話題転換された。
先日、大家さんから『親戚の息子と会ってみないか』と言われたから、その話だ。
「あー、私結婚はいいです」
今世は結婚で失敗したし前世もポンコツ社会人だったから、結婚にどうにも興味が湧いてこない。この国、老後の保障きっちり出来ているし。
火を止めて、お鍋をテーブルに移動させる。魚とエビが安く手に入ったので今日はブイヤベース風鍋だ。
モーリさんはすでに湯気の立つお鍋に意識を飛ばしながら、
「まぁその貴族夫人みたいな話聞いたら嫌になるわよね」
いただきまーす♪と手を合わせた。
全くもってその通りだ。彼が聞いた貴族夫人こそ私なのだから。
本来なら死ぬ運命だったクリスティア。それを回避したくて家族と縁を切って平民としての平和を手にした。
それが最善だったかはまだ分からないけど…。ただこれだけは言えるだろう。
裏切られる侯爵夫人は、もういない。
終
え、え、ええええええええええええ!?
でもあたふたしているのは私だけで、他の家からは
「やると思ってた」
「よし、見に行こうぜ」
なんて声が聞こえてくる。
何が起きてるんだ? っていうか、あの『かしこまり~』って!?
などと思っていたら、ギギィ~という重い音を立てて屋敷の扉が開かれ、屋敷の女主人と言われれば納得できる品の良い老婦人が出て来た。
彼女は大きく息を吸うと、声を張り上げ轟けとばかりに叫ぶ。
「皆様! わたくし先程主人に離婚を言い渡されました! こちらが書類です!
彼は長年尽くしてきたわたくしの顔を、『辛気臭い皺だらけのばばあ』と言ってほら、ご覧ください! あちらにいる主人の隣にべったりくっついている小娘、いえお嬢さんと添い遂げるそうです~!!」
なかなかひどい話なのに、老婦人の顔は晴れ晴れとした笑顔だ。
が、聞いた途端、集団からも口々に、張りのある声が返って来た。
「それは推理小説あるあるですね!」
「来世は他人一択ですね!」
「下の世話から免れましたね!」
とそんな感じで『誰が』とも『悪い』とも言わない、でもなかなかに酷いコメントが続く。
で、言われている元ご主人を見れば、顔を真っ赤にして怒りを堪えているようなのに何故か黙ったままだ。それが一段落すると、集団のリーダーらしき男性が振り返り背後の男性陣に号令をかける。
「行くぞ野郎共!!」
「押忍!!」
そして……私だけが、いつか見た何かに似た光景を見る事になった。
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
「マリーちゃん、最高! マリーちゃん、素敵! マリーちゃん、良い女!」
リズムの良い手拍子に合わせ、老婦人は踊りだした。手を振り、ステップを踏み優雅に舞う。
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
「マリーちゃん、マリーちゃん!」
パンッ、パンッ、パパパン! パンッ、パンッ、パパパン!
次に集団は2派に分かれた。手を叩く者と腕を振り上げる者に。
「イェーイ! イェーイ!イェーイ!イェーイ!」
やがて老婦人の踊りが止むと、男達も掛け声をやめた。夫人は息を整えてから、屋敷の主人に微笑んで見せる。
「それではごきげんよう。来世では他人でいましょうね?」
そして優雅にカーテシーし、合わせたようなタイミングでやって来た馬車に、男達の1人の手を借りて乗り込む。そして男達に短くねぎらいの言葉をかけた。
「皆様、感謝します」
走り出す馬車が小さくなるまで彼らは頭を下げていたが、リーダーの男の
「全員、撤収!」
の掛け声とともに一瞬にして散開して消えた。
「あ、あれは……」
「あれ? お姉さん知らないの?」
唖然としている私に、近くにいた男の子の声がかかる。
「何か最近、貴族達から流行りだした気晴らし? とか仕返し? の方法なんだって」
面白いよね、と笑う子供にもうちょっと訊いてみる。
「あ……あの男の人達が、いつも来るの?」
「ん~? 色々かなぁ。奥さんの家族や友達がやってた時もあったし」
「何故、旦那様らしい人は何もしなかったのかしら?」
あれ、かなり怒ってたぞと思いつつ聞くと、男の子は首をかしげながら
「なんか貴族よりずっと偉いヒトがね、『そんな事位させてやりなさい!』って言ったんだって」
「へ……へええ~」
貴族よりずっと偉い人と言えば王族だけど、何でそんな方が? 偶然? 偶然なのかなあ!?
「王妃様から出た話題が元みたいねぇ」
私の疑問に答えてくれたのは、怪しげな民族衣装姿のモーリさん。
職業占い師。黒髪に褐色の肌をしたエキゾチック美人で、隣室に住む所謂おネエな人だ。
以前あまりに異臭がすごいので訪ねてみたら香のにおいだったという事をきっかけに、お互いの家を行き来する仲になった。今も勝手に持ち込んできた椅子に座って、私が料理する側で話している。
「何でも晩餐会か何かで、どこかのお貴族様の話題が出たとか出なかったとか」
ぎくっ、と私の包丁を持つ手が止まる。
「そのお貴族様の奥方が、浮気された挙句に捨てられるって散々な目にあったにも関わらず、威勢よく了承するわ、挙句使用人達を巻き込んでカーニバル現象を起こすわと、旦那と浮気相手の前で裏切られたどころかこっちから用済みじゃ~! って勢いでやらかしまくった出て行った、って話が王妃のツボに刺さったらしいの」
「そそそ、そうなんですかぁ」
うぎゃー! それもろ、私の事だよぉ……どこから漏れるのか分からない。といたたまれない気分でいたら、
「けどくうちゃんって不思議よねぇ。一見良いとこのお嬢様って感じなのに料理も出来るなんて。貴族のお姫様は普通、しないもんでしょ?」
ぎくん
「う、うちは名ばかりでしたので……」
「ふうん……」
実はクリスティアは家事の経験がない。手の形が悪くなるとか言われて、やらせてもらえなかったんだ。
前世の私は引きこもりしていたから、適当だけど出来る。悪友のアシさん達に振舞った事もあるし。今まさに経験が活きているよ。
ちなみにモーリさんには私の事を『普通よりちょっと良いお家のお嬢さん』位に見られるようにしている。
そんな彼(女?)は私の食器と自分の食器(勝手に持ち込まれた)を並べながら、
「そう言えば大家さんからの見合い話、断ったって?」
と話題転換された。
先日、大家さんから『親戚の息子と会ってみないか』と言われたから、その話だ。
「あー、私結婚はいいです」
今世は結婚で失敗したし前世もポンコツ社会人だったから、結婚にどうにも興味が湧いてこない。この国、老後の保障きっちり出来ているし。
火を止めて、お鍋をテーブルに移動させる。魚とエビが安く手に入ったので今日はブイヤベース風鍋だ。
モーリさんはすでに湯気の立つお鍋に意識を飛ばしながら、
「まぁその貴族夫人みたいな話聞いたら嫌になるわよね」
いただきまーす♪と手を合わせた。
全くもってその通りだ。彼が聞いた貴族夫人こそ私なのだから。
本来なら死ぬ運命だったクリスティア。それを回避したくて家族と縁を切って平民としての平和を手にした。
それが最善だったかはまだ分からないけど…。ただこれだけは言えるだろう。
裏切られる侯爵夫人は、もういない。
終
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