ありがちな異世界での過ごし方

nami

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第3話 街に怪盗がやって来た(後編)

8 絶滅の危機に瀕するエルセノア

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「第二の怪盗の犯行は、美しい親子愛ゆえというわけでしたか。感動しました」

 女盗賊の襲撃を受けた日から二日後。アレックスの屋敷の書斎にて。
 事の顛末を聞いたロートレックさんの感想がそれだった。

「お前、その感想は不謹慎過ぎるだろう。まるで他人事のようだな。お前の失態が招いた事件だというのに」

 アレックスはロートレックさんを睨みつけ、忌々しそうに吐き捨てた。

「失礼。動機が意外なもので驚いたのですよ。僕はてっきり、欲に目が眩んだ者の仕業だと思っていましたから」

 アレックスはやれやれという感じに頭を振って、読んでいた書物に視線を戻す。

「それにしても、ユウコさんがいてくれて助かりましたよ。ありがとうございます」

「え? いや、私何もしてないですよ?」

「いえ、あなたがいなければ間違いなく、フラウベール様はその女盗賊……第二の怪盗の手に落ちていたでしょうから」

「確かにな。ユウコが役立つとは珍しいこともあるものだ。それが引き金で世界が崩壊しなければいいが……。しかし、あの女は水晶像に病を癒す力がないとわかれば、律儀に返しにきただろうがな」

 アレックスは私を馬鹿にしつつ、女盗賊を庇うような台詞を口にする。ってか、世界が崩壊って……。どんだけ私のこと馬鹿にしてんの!? せいぜい雨が降るくらいにしとけや、コラ!

「ずいぶんあのお姉さんに肩入れしてるじゃん。もしかして惚れたとか? まあ、美人だったもんね」

 馬鹿にされた仕返しに意地悪くからかってみた。
 しかし、アレックスは黙りを決め込んで私を無視している。

「襲撃を受けたってのに、若返りの薬なんていう貴重なものまであげちゃうんだからね~。これはもう絶対、あのお姉さんに気がある証拠だよね~」

「言っていろ。それと、あの薬は失敗作だ。くれてやったのはこちらとしても好都合だった。それだけのことだ」

「失敗作? あんなに凄いものが?」

「あの薬は元々、フラウベール様を元の姿に戻すために作ったものだ。だが、その効果はせいぜい数年の時を遡る程度。あの御方は水晶と化し既に二百年が経過している。失敗作としか言いようがないだろう」

 確かにそれじゃ意味ないね。私的には充分凄いと思うけど。
 その時、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

「誰か来たようだな。見てこい」

 アレックスは横柄に私を顎でしゃくって命令する。
 その態度にイラッとなるものの素直に玄関へと向かった。


 玄関の扉を開けて私は思わず固まった。

「こんにちは。その節はどうも」

 あの女盗賊のお姉さんが、穏やかな微笑みをたたえて佇んでいたのだ。

「あっ! この間の泥棒のおねーさんだ!」

 チャイムの音を聞きつけたのだろう。少し遅れてクリンちゃんもやってきた。

「泥棒のおねーさん……ね。間違っちゃいないけど、さすがにそんな呼び方されたら少し堪えるわね。アタシには“ノイア”って名前があるの。今度からはそう呼んでくれる?」

 女盗賊ことノイアさんがそう言った。ノイアさんか。ずっと名前すら知らなかったことに、今さらながら軽く驚いた。


 ノイアさんを書斎に通した。

「あ、あなたは……」

 ロートレックさんを見てノイアさんは固まった。

「あなたが例の女盗賊さんですね。初めまして。こうしてお会いできるとは思っていませんでしたよ」

 ロートレックさんはにっこりと微笑み、丁寧に挨拶する。そんなロートレックさんの態度に、ノイアさんは大いに戸惑っている。

「そんなに緊張しないでください。部屋に侵入されたことを訴えるようなことはしませんから。全ては丸く収まったのです。何もかも水に流しましょう」

「ありがたい話ね。あなたにも迷惑かけて本当に申し訳なかったわ」

 ノイアさんはロートレックさんに頭を下げた。

「それで、一体なんの用だ?」

 アレックスがノイアさんに問い掛ける。

「改めてお礼を言いにきたの。あの薬のおかげで、父さんは発症する前の状態に戻ったわ。本当にありがとう」

「それを言いにわざわざ来たのか。律儀な奴だ」

「それもあるけど、きちんとお礼がしたくてね」

「礼? まさか“体で払う”などと言い出す気ではあるまいな?」

 げっ、こいつってば何言ってんの!? 涼しい顔していきなりセクハラ発言かますなよ!

「まあ、大体そんな感じかしらね」

 ノイアさんの大胆な返答に、クリンちゃん以外の者は固まった。

「……気持ちだけで充分だ。自分を安売りするような真似は止めておけ」

 アレックスはやんわりと、ノイアさんのお礼を断る。ちょっと残念そうなのは気のせい?

「あんた、なんか勘違いしてない? 言っとくけど、やらしい意味じゃないからね?」

「では一体、なんだというのだ?」

「あんたがやっていることを、アタシも手伝おうと思うの」

「それは、フラウベール様……あの水晶像の件ですか?」

 ロートレックさんが口を挟む。ノイアさんは頷いた。

「これはアタシの勘だけど、あの水晶像って“聖母姫せいぼひめ”なんじゃない?」

 ノイアさんの口から、耳慣れない単語が出てきた。聖母姫……って何?

「なぜ、そう思う?」

 アレックスが訊ね返す。

「二百年前といったら、あなた達エルセノアの国……“エル・ラーダ”が滅びた頃でしょ? そして、それとほぼ同じ時期に聖母姫が行方不明になっている。だから、そうなのかなって思ったの」

「鋭いですね。あなたの予想通りですよ」

 感心したようにロートレックさんはその事実を認める。

「やっぱりね。聖母姫は全てのエルセノアを統べる存在っていうし、聖母姫があんな状態になってしまったからエル・ラーダは滅びてしまったのね……」

 なんかよくわかんないけど、クリンちゃんのお姉さんは凄い人らしい。まあ、この傲慢なアレックスさえ敬語を使う相手だしね。

「その認識は誤りだな。聖母姫は“全てのエルセノアの母となる存在”だ」

「全てのエルセノアの母となる存在?」

 ノイアさんはオウム返しに訊ねる。

「僕達エルセノアは、不死の体を持つ特殊な一族ということもあり、男女共に生殖能力が欠落しています。唯一、子をすことができるのが聖母姫なのです」

 ロートレックさんが説明した。そうだったんだ……。聖母姫しか子供を作れないような言い方だったけど、どうやって子孫を残すの? まさか、アメーバみたいに分裂して増えるとか?

「だからね、お姉ちゃんが元の姿に戻らなかったら、新しいエルセノアは生まれてこないんだよ。このままじゃ、エルセノアはゼツメツしちゃうかもしれないんだって」

 クリンちゃんが悲しそうに重大な事実を明かした。
 そういえば、この世界に来て初めての夜にアレックスが教えてくれたっけ。“一族を救済する方法を探している”って。それは、このことだったんだ……。

「それヤバいじゃない! そんなこと聞いたら、ますます協力したくなったわ」

「有り難い話だと思うが、なぜそこまでしようとする? 我らには深刻な事態であるが、お前には全く関係ないだろう」

「困ってる人を助けたいって思うのに、理由なんて必要ないでしょ。ただアタシがそうしたいだけよ」

「ホント? ノイアさんもお姉ちゃんを元に戻す方法を探してくれるってホント!?」

 クリンちゃんは期待に目をキラキラと輝かせ、ノイアさんを見つめる。

「ええ、本当よ。ほら、この子はこう言ってるけど?」

 アレックスはノイアさんをしばし見つめた後、

「ロートレック、お前はどう思う?」

「僕も賛成ですよ。僕らが見落としている点を彼女が発見してくれる可能性だってあるでしょうし」

「なるほど、そういう見解もできるか。しかし、いつ達成できるかわからんことにかまけていたら、お前は確実に婚期を逃すことになるんだぞ? そんなことになって、後から恨み言を言われるなど御免なんだが」

「しれっと失礼なこと言わないでよ! そんなこと、別にあんたが気にすることじゃないでしょ!?」

「お前は気の強い女だから、現在も嫁の貰い手があるか怪しいのだぞ? そういう女が無駄に年老いてみろ。嫁に貰ってくれる男など一人もいなくなる。なんなら、結婚相手に良さそうな者を紹介をしてやってもいいが?」

「結構よっ! っていうか、あんた、アタシをどこまで馬鹿にしたら気が済むの!?」

「そう言わず聞いておけ。彼はカラミンサで雑貨屋を営んでいる人間の若者でな。少々気が弱いのが玉にきずだが、ひたすらに温厚な性格をしている男だ。そんな正反対の性格だからこそ、上手くやっていけると私は思うのだが……。まあ面構えが少々好色そうではあるが、中身は誠実な男だからな。浮気の心配はないだろう。どうだ、一度会ってみるか?」

 アレックスはノイアさんの言葉を無視し、結婚相手に良さそうな男性について長々と語った。ってゆーか、それってラグラスさんだよね!? 無断で、しかも貶して紹介すんなよ! 気が弱いとか、好色そうな顔してるとかって!

「はいはい、気が済んだかしら? その彼ってもしかして四つ葉堂とかいう雑貨屋をやってる彼のこと? 確かに人当たりが良くて優しそうな人みたいだったけど、アタシ、ああいう草食系の男ってタイプじゃないのよね」

 ノイアさんはやれやれといった感じに肩をすくめる。あらら、ラグラスさん振られちゃったよ……。

「そうか。ならば、もう何も言うまい。そこまで覚悟があるならば好きにするといい」

 ようやくアレックスも承諾に至った。
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