魔王の花嫁

真麻一花

文字の大きさ
59 / 62
サイドストーリー

白銀の竜と、金の花嫁 前編

しおりを挟む


「白竜の王子、姉様をお願いします」

 あのとき、フリーシャがそう言って側に控える白竜の元へと私の体を促した。

 マーシアは、その一瞬、その白銀にも見える聖獣に、目を奪われたのだ。
 フリーシャを止めなければいけないのに、体を押さえてくる白竜を振り切れなかった。そんなに強く押さえられていたわけではない。けれど出来なかった。堅い鱗のその躯が、なぜか、とても優しくマーシアを抱きしめているように感じて。
「大丈夫だ」と言ったその声が、マーシアの心を包み込むように落ち着けてくれた。
 マーシアを静かに見つめる、その赤い瞳は、とても美しく澄んで、まるで雪の中に輝く宝石を思わせた。

 美しい、美しい、竜の、王子。

 あの極限の状態で、マーシアは、白銀の竜に、恋をした。



「白竜の王子」と、フリーシャは彼のことを、そう呼んだ。「王子」と呼ぶにふさわしいその姿に、その呼び名を不思議と思うことなくマーシアは受け入れていた。
 魔王のもとに滞在する数日間、マーシアの気持ちを最も理解し、力づけてくれたのが白竜の王子だった。
 魔物の巣窟の中において、いつも側でマーシアを護り、支え、振り返ればいつも優しい赤い瞳がそこにあった。
 夜はフリーシャを問答無用で魔王に奪われ、マーシアは白竜と二人で恐ろしい夜を過ごした。けれど、魔王の花嫁として過ごした一夜と違い、白竜の王子が共にいるだけで恐怖を忘れられた。


「姫は、私と過ごすのは、イヤではないのか?」

 どこか躊躇いがちに言った白竜に、マーシアは首をかしげる。

「私は、白竜様がいて下さってうれしく思っておりますわ。あなたがいなければ、この恐ろしい夜を一人で過ごさなければならなかったのですから」
「いや……この、竜の身は、恐ろしくはないのか?」

 ああ、と、マーシアは、白竜の言いたかったことを理解し、ふんわりと微笑む。

「恐ろしくなど、ありません。あのとき言った気持ちは、本当です。あなたは、美しいですわ。こんな美しい白竜様を、どうして恐ろしいなどと思えましょう。それに、私をずっと守って下さっている、騎士ナイトではありませんか」

 そう言いながら、マーシアは、己の身の弱さを憂いた。白竜は、いつでもマーシアに遠慮がちだった。今もそうだ。
 フリーシャのように力があれば、白竜はこのように自分から一歩引くことなく言葉を交わしてくれていただろうか。
 そう思うと、胸が痛んだ。
 竜にとって、ひ弱な人間の娘など、どれだけの存在価値があろうか。
 距離を置く白竜の態度は、マーシアの心を切なくさせる。
 フリーシャとは、マーシアに見せぬ顔で楽しそうに言葉を交わしているというのに。

「なら、よいが……」

 白竜は躊躇いがちに口をつぐんだ。
 そんな白竜の優しさに、時折勘違いをしそうになるが、マーシアは必死に自分を諫める。
 白竜が助けたのは、自分ではないのだと。白竜が助けたのは、あくまでもフリーシャ。白竜が自分を気遣うのは、フリーシャの姉だから……?
 思うと、切なさは余計に大きい痛みとなって胸を突き刺した。

 それでも、白竜は自分の側にいてくれる。

 隣の美しい白銀の躯を見て、自分にそう言い聞かせた。
 その事をうれしく思う気持ちも、本当。
 マーシアはそれ以外のことは考えまいとした。自身の気持ちから目をそらし、ただ、これから先のフリーシャの行く末を考えようと誓った。

 けれど、それでも、共にいる時間が長い白竜は、着実にマーシアの心に入り込んでくる。
 寝るときのナイトドレスに身を包むと、恥ずかしそうに目をそらし、見まいとする姿などは、普段優美な動きをする竜の巨体に反してどこかかわいらしく、そして女性として意識されているようでうれしかった。
 竜などという種族も違う者に対して、このような気持ちを抱く自分は、おかしいのではないかと、マーシアは何度も考えた。けれど、どうしても、心が白竜へと向かう。視線は知らずその姿を探してしまう。見つめる赤い瞳が、マーシアの心をとらえて放さなかった。

 けれど。
 城に帰る時が、彼と別れる時。

 おそらく、そうなるであろうと、マーシアは考えていた。ずっと続けばいいのにと思う二人の時間は、これから先のことが決まるにつれて終わりへと近づいてゆく。

 フリーシャは、このまま魔王の城にとどまるのだと、決意をしていた。
 到底納得のいくことではなかったが、それでも、その時のマーシアには、フリーシャの気持ちが分かるようになっていた。
 全てを捨ててでも、全ての責任を投げ捨ててでも、白竜と共にいたいと思うマーシアの気持ちと、まさしく同じだったのだから。

 けれど、一緒にいたい、とは白竜に言えなかった。
 白竜には、きっと自分は足手まといにしかならないだろうと、マーシアには思えて。
 ひ弱な人間の身が恨めしかった。
 そして、白竜にかわいがられているフリーシャが、うらやましかった。

 けれど、もう良い、と思った。
 まもなく、別れの時が来る。
 だからこそ、短くても、一度きりでも、恋ができた事に感謝しようと。
 出会えたのだから、きっと、それで良いのだ、と。
 それでも、これだけは、と、想いを口にする。
 せめてあなたの心に小さくでいいから、私の存在が、残ればいい。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...