魔王の花嫁

真麻一花

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サイドストーリー

白銀の竜と、金の花嫁 後編

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「私、あなたの事が好きです」

 マーシアは精一杯微笑んで、その大きな白竜の顔に触れると、そっと口づけた。
 感謝のキスとでも思ってくれれば、それでいい。ただの好意と、そう受け取ってくれていい。
 マーシアが少しほほを染めながら白竜を見つめた。

「……姫……」

 戸惑った白竜の声がした。
 彼の戸惑いが、切なくマーシアの胸を刺した。
 直後、白竜が苦しみだした。

「……うっ……ぐ、ぁ……」

「白竜様?!」

 何が起こったのか分からなかった。
 ただ、ひどい苦しみように、マーシアはなすすべもなく、のたうちまわる白竜を前に、叫びながら名を呼んだ。

「白竜様、白竜様……!!!」
「だ、い、丈夫、だ、姫」

 息も絶え絶えに、白竜がうめいた。

「白竜様、いや……誰か、誰か……!!」

 この方を、助けて……!!

 叫びが声になる直前、マーシアは言葉を失った。
 目の前の白竜の姿が、おぼろに光に溶けていくように消えていく。
 そして、マーシアの目の前にいた、白竜の巨体が消えた。

「白竜様?!」

 悲鳴のような、マーシアの叫び声が響く。
 消えた白竜。かわりに、そこには一人の青年がいた。

「これ、は……」

 青年は驚いたように自分の手を見つめた。そして、顔を上げると、マーシアをまじまじと見つめる。
 マーシアは、その青年を、ぼんやりと見つめていた。
 白竜の鱗によく似た、白銀の髪。そして、白竜と同じ、優しく輝く赤い瞳。そしてマーシアを見つめて優しく微笑むその姿は、白竜が纏っていた優しい空気と同じで。

「……白竜、様……?」

 マーシアは、ぼんやりとつぶやいた。
 口から付いて出た言葉は、まさかという思いに遮られて、実感が伴わない。
 けれど、目の前の青年は柔らかな笑みを浮かべてマーシアに一歩、一歩と歩み寄ってきた。

「ずっと、腕が欲しかった。あなたに、手で触れてみたかった」

 青年は、そう言うと、マーシアの頬に、そっと触れた。そして片膝をつき、マーシアの手を取る。

 ああ、これは、白竜様の、声。

 信じられない気持ちでひざまずいた青年を見つめる。
 こみ上げる気持ちは何なのか、この状況は一体どういう事なのか。胸がいっぱいで、何が何だか分からなかった。
 触れた手がおかしなほどに、その青年の存在を意識させる。
 ひざまずいた青年は、マーシアを見つめて、静かに語り出した。

「竜である身では、到底望めないこととおもっていた。呪われたこの身では、決して望めぬと。……けれど、それを貴女が解くのか。……愛しい、私の、マーシア姫」

 柔らかな笑みは、あふれるほどの愛しさを乗せて、マーシアへと向けられる。
 けれど、それでもマーシアの心はついて行かない。
 白竜の言葉が、理解できなかった。
 そんなはずはないと、あまりにも夢を見すぎて、白竜が愛しすぎて、夢を見ているのではないかと、そう思えた。

「この巡り合わせを、神に感謝しよう。呪いを受けたその苦しみさえも貴女に出会うための布石であるのなら、それさえも私は神に感謝しよう」

 白竜は静かにつぶやく。それは誰かに聞かせるではなく、ただひたすらに神に捧げる感謝であった。

「姫」

 膝をついて彼女の愛をこう男を前に、マーシアは震える。胸が高鳴っていた。

「はい」

 マーシアはうわずった声で、何とか返事を返す。
 信じられなかった。けれど、白竜であった青年から紡がれる言葉は、夢に見るほどに求めたもので。それはあまりにも心地良くて、愛しくて。それだけは、確かにマーシアの胸に届いていた。

「私のうけた呪いは、愛し愛された人からの口づけでしか解けない物であったようだ」
「え……」

 微笑んで彼女を見つめる瞳にマーシアは全て見透かされているようで顔が更に赤く染まる。その意味は、自らの想いが全て王子に知られていると言うことでもあったのだから。

「この数日、ずっと貴女に焦がれていた。貴女に愛を乞うために、その手に口づけたかった。けれど竜の身ではそれさえも叶わなかった。けれど、今なら許されるだろうか」

 青年がまっすぐにマーシアを見つめた。

「姫。貴女に焦がれる憐れな男の願いを叶えてはくれまいか。どうか私の妻になって欲しい。私は、貴女を愛し、愛される、誰よりも貴女に近い存在となりたい」
「はく、りゅう、さま」

 マーシアはその瞳に貫かれて震える。

「マーシア姫、愛している」

 これは、夢だろうか。あの、愛しい赤い瞳が焦がれるほどに私を見て、愛を乞うてくれている。

「白竜様、……本当に………? 本当に私ですか……? フリーシャではなく?」

 青年が驚いたように目を見開く。

「フリーシャ? 確かにかわいい姫だとは思っているが、最初から彼女を恋愛対象としてみたことはないのだが……」

 マーシアは当然あずかり知らぬ事だが、出会い頭に殴られて、よもや惚れた腫れたの感情が青年に芽生えるはずもなかった。あの姫の手綱を握るのは私には無理だと王子が独りごちる。
 だいたい、と、王子はため息をつく。

「貴女以外に誰がいるのだ。呪いは愛し愛されていないと解けぬと言うのに」

 困ったように見つめてくる赤い瞳に、ああ、本当なんだとマーシアも実感がこみ上げてくる。
 マーシアは、こみ上げてくる幸福感に微笑んだ。
 その美しい笑顔に、青年がひどく動揺したのに気付かない。
 それほどまでに、美しい笑顔だった。

 その後、心の中で密かに、白竜の青年との逃避行を真剣に考えていたマーシアだったが、青年によって明かされた事実に、また驚くこととなる。

 これは、美しい、美しい、おとぎ話に出てくるような、銀の王子と、金の姫君の恋のお話。



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