白銀の竜と、金の姫君

真麻一花

文字の大きさ
10 / 13

10 すれ違う想い

しおりを挟む

「姫がおらぬ、今すぐ探すのだ」

 夕刻を過ぎて、未だ訪れぬどころか、その気配さえ城の中に見つけられなくなったことに気付いた白竜は、すぐさま城内の者を捕まえて捜索を命じた。けれど、どこを探してもその姿が見当たらぬことが判明する。
 眠っていると思い、しばらくの間気配から意識を離した間に起こった出来事だった。

「どこにも、おらぬのか」

 何者かにさらわれたのか。しかし、そのような事態であれば白竜が気付かぬはずがない。いや、気付けぬように何らかの手段を考える者がいてもおかしくはない。けれど、それをその王城内でできるものがいるのか。
 白竜は城内程度であれば、気配を探ることもできる。しかし離れてしまえば、大きな声でも上げない限り、白竜が姫の声をとらえることはできない。どこにいるかわかってさえいれば、遠く離れていても気配だけで認知することはできるが、広範囲を小さな声と気配だけで探すのは不可能だ。意識する範囲が広がれば認知力は下がる。気配で見つけられるほどすべてに集中できないのだ。

 姫、声を上げるんだ。我の名を呼べ……!!
 白竜は夜のとばりが落ちた大空へと羽ばたいた。
 姫、どこにいる、姫……!!
 今更、彼女を失って、どうやって生きていけば良いのか白竜にはわからなかった。あの自分を満たす心地よい光を知って、再び孤独の世界に生きることなどできるとは思えなかった。きっと彼女を失えば、自身は狂ってしまうだろう。
 姫、我を呼べ! 声をあげろ! どれほど小さい声でもよい、我の名を呼べ……!!
 一刻、一刻が、気が狂いそうなほど長く感じた。探し続けても姫を見つけることができずにいる。
 未だ城内でも見つかったという声は聞こえてこない。
 焦りばかりが募り、時間だけが過ぎてゆく。見つからない焦燥感がさらなる焦りを生む。
 姫、姫……!!
 その時、うめくような叫び声が、白竜の耳に届いた。城の裏手の森の、奥深くからだ。
 探し続けていた、姫の声だった。

「……姫!!」

 その叫び声をたどって、白竜は森へと急降下した。一度存在をとらえれば、後は声をあげずともどこにいるかわかる。

「ああああああああ!!」

 再び姫のうめく声が響いた。
 その声の苦しげな様子に、白竜は焦りを覚えた。
 上空からとらえた先に、のたうち回る姫の姿があった。

「うぐっ……ぐぅぅぅぅぅ!!」

 服の端をかみしめ、叫び声を殺そうとしている。

「姫……!!」

 白竜の巨体が森の木々を押し倒しながら、姫のそばへと降り立った。
 のたうつ体がひどくこわばり、浅い息を繰り返しながらまるで白竜から隠れようとするように縮こまる。
 白竜は息を呑んだ。人の目にはただの暗闇にしか見えぬ森の中も、月明かりがあれば竜の目にははっきりと目にすることができる。
 ちらりと見える肌に刻まれたどす黒い線。姫を包む異様な気配。
 白竜の体にぞわりとした寒気が走る。

「………姫、その文様は……」

 白竜は言葉を失った。
 近寄り、隠しているように縮こまった体をのぞき見ればその肌の至る所にどす黒い呪いの鎖が刻まれているのがわかる。おそらく服で隠れた体中に、びっしりと。
 ひどく見慣れたものだった。
 白竜を縛る呪術と、同じ系統のもの。遠い昔に、白竜がその力の限りを持って、消滅させたはずの禁呪。
 それが、姫に刻まれている。
 あの文様は、人の身には過酷すぎるほどの痛みをもたらす。竜の身であればこそ、服をまとった程度の煩わしさしかない。けれど、この文様は本来、痛みでもって人の理性をはぎ取り、解呪の為に奔走させるための物でもあるのだ。時を重ねるごとにその痛みは増してゆく。呪いを拒んだまま死の直前に近づけば、思考さえも奪うほどの痛みが襲う。どれだけ抗おうとも痛みから逃れるために、闇雲に解呪の手段を選ぶほどに。そんな呪術の文様がが体中にびっしりと刻まれているのだ。

 まだ痛みをこらえようとできる程度に意識はあるようだが、これだけの苦しみようは、そう遠くない時間の経過の後、姫の思考すら奪うだろう。
 その許しがたい現実を前に、白竜は咆哮した。それは大地を振るわすほどのものだった。
 のそりと、姫が動いた。
 ふと首をかしげ、少しばかり体を動かす。耳を裂くような咆哮は、同時に姫を苦しめる悪しき気をもわずかながら払っていた。

「見つかって、しまいましたわね……」

 密やかにつぶやかれた声を、それでも白竜はとらえる。
 一人ひっそりと死ぬつもりだったのか。もがき、苦しみながら、気を狂わせるような痛みの中で。

「どのような呪いを受けた!!!」

 さめやらぬ怒りを抱え、白竜がうなるように姫に問うた。
 しかし姫が浅い息を繰り返しながらそれでもほほえんで首を横に振る。やはり答える気がないのだと、白竜は確信する。ゆえに白竜に助けを求めなかった。

「なぜだ……!!」

 なんど問い詰めても姫は首を横に振り「申し訳ありません」と目をそらすばかりだ。
 そして竜に答えることを拒絶するたびに再び痛みが襲うのか、息をつめて体を震わす。

「姫……!! 姫……!! 解呪の条件があるはずだ!! 頼む……!! これ以上そなたが苦しむのは見とうない、姫……!!」

 白竜にはわかっていた。解呪の法は姫が望まぬ内容のものだということを。けれど、それは命をかけてまで守るほどのものなのか。少なくとも白竜にとって姫の命より守らねばならぬ物などない。
 けれど白竜の心配を前に、姫は首を横に振ってそれを拒絶する。額には汗がにじみ、痛みをこらえる様は痛々しいほどだというのに、それでもうなずこうとしない。
 白竜の必死さがうれしい。傷つけているというのに愛されている実感に震える。姫は込み上げる喜びを胸に、必死で耐えた。
 解呪の法を言ってしまえば、その呪いを解くために白竜は動くだろう。それだけはさせてはならぬという思いは変わらない。たとえ、この命が呪いに絞め殺されようとも。
 先ほどまでの痛みを思い出し、おぞましさにぶるりと震えたが、白竜を目の前に見れば、耐えてみせると決意が固まる。そしてじくり、じくりと痛む文様がまた痛みを増した。
 けれどそれ以上に白竜の心配する様が胸に痛い。
 それでも、譲れぬものがある。
 たとえあなたを悲しませようと、たとえあなたを苦しませようと。

「良いのです。これは、わたくしが起こしたこと。白竜様に背負わせる物ではありません。わたくしこそが受ける報いなのです。知れば白竜様は意に沿わぬことを、わたくしのためになさるでしょう。……白竜様の力は人の世には不要と、以前そうおっしゃったでしょう? わたくしもそう思いますわ。ひとたびあなたが力の使う場所を間違えれば、あなたは人から忌み嫌われてしまう。そんなことを、どうして許せましょう。……白竜様、わたくしにかけられた呪いは、解いてはならぬのです」

 喋るごとに呪いの鎖が姫をさいなんだ。
 呪いは強まるたびに姫に激痛をもたらす。解呪を拒むたびに文様が彼女を締め付ける。
 息も絶え絶えにほほえんで見せたが、それすらも仇となり、とうとう耐えきれずうめいた。
 悲鳴すら上げられぬほどの激痛がおそう、船酔いよりもひどい気の狂うような気分の悪さにのたうち回る、美しかった髪を振り乱し、声を殺して姫がそれに耐えていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】愛を信じないモブ令嬢は、すぐ死ぬ王子を護りたいけど溺愛だけはお断り!

miniko
恋愛
平凡な主婦だった私は、夫が不倫旅行で不在中に肺炎で苦しみながら死んだ。 そして、自分がハマっていた乙女ゲームの世界の、どモブ令嬢に転生してしまう。 不倫された心の傷から、リアルの恋愛はもう懲り懲りと思っている私には、どモブの立場が丁度良い。 推しの王子の幸せを見届けよう。 そう思っていたのだが、実はこのゲーム、王子の死亡フラグが至る所に立っているのだ。 どモブでありながらも、幼少期から王子と接点があった私。 推しの幸せを護る為、乱立する死亡フラグをへし折りながら、ヒロインとの恋を応援する!と、無駄に暑苦しく決意したのだが・・・。 ゲームと違って逞しく成長した王子は、思った以上に私に好意を持ってしまったらしく・・・・・・。 ※ご都合主義ですが、ご容赦ください。 ※感想欄はネタバレの配慮をしてませんので、閲覧の際はご注意下さい。

【完結】断りに行ったら、お見合い相手がドストライクだったので、やっぱり結婚します!

櫻野くるみ
恋愛
ソフィーは結婚しないと決めていた。 女だからって、家を守るとか冗談じゃないわ。 私は自立して、商会を立ち上げるんだから!! しかし断りきれずに、仕方なく行ったお見合いで、好みど真ん中の男性が現れ・・・? 勢いで、「私と結婚して下さい!」と、逆プロポーズをしてしまったが、どうやらお相手も結婚しない主義らしい。 ソフィーも、この人と結婚はしたいけど、外で仕事をする夢も捨てきれない。 果たして悩める乙女は、いいとこ取りの人生を送ることは出来るのか。 完結しました。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

【完結】うちの悪役令嬢はヒロインよりも愛らしい

らんか
恋愛
前世の記憶を思い出した今なら分かる。  ヒロインだからって、簡単に王子様を手に入れていいの?  婚約者である悪役令嬢は、幼い頃から王子妃になる為に、厳しい淑女教育を受けて、頑張ってきたのに。  そりゃ、高圧的な態度を取る悪役令嬢も悪いけど、断罪するほどの事はしていないでしょ。  しかも、孤独な悪役令嬢である彼女を誰も助けようとしない。    だから私は悪役令嬢の味方なると決めた。  ゲームのあらすじ無視ちゃいますが、問題ないよね?

処理中です...