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10 すれ違う想い
しおりを挟む「姫がおらぬ、今すぐ探すのだ」
夕刻を過ぎて、未だ訪れぬどころか、その気配さえ城の中に見つけられなくなったことに気付いた白竜は、すぐさま城内の者を捕まえて捜索を命じた。けれど、どこを探してもその姿が見当たらぬことが判明する。
眠っていると思い、しばらくの間気配から意識を離した間に起こった出来事だった。
「どこにも、おらぬのか」
何者かにさらわれたのか。しかし、そのような事態であれば白竜が気付かぬはずがない。いや、気付けぬように何らかの手段を考える者がいてもおかしくはない。けれど、それをその王城内でできるものがいるのか。
白竜は城内程度であれば、気配を探ることもできる。しかし離れてしまえば、大きな声でも上げない限り、白竜が姫の声をとらえることはできない。どこにいるかわかってさえいれば、遠く離れていても気配だけで認知することはできるが、広範囲を小さな声と気配だけで探すのは不可能だ。意識する範囲が広がれば認知力は下がる。気配で見つけられるほどすべてに集中できないのだ。
姫、声を上げるんだ。我の名を呼べ……!!
白竜は夜のとばりが落ちた大空へと羽ばたいた。
姫、どこにいる、姫……!!
今更、彼女を失って、どうやって生きていけば良いのか白竜にはわからなかった。あの自分を満たす心地よい光を知って、再び孤独の世界に生きることなどできるとは思えなかった。きっと彼女を失えば、自身は狂ってしまうだろう。
姫、我を呼べ! 声をあげろ! どれほど小さい声でもよい、我の名を呼べ……!!
一刻、一刻が、気が狂いそうなほど長く感じた。探し続けても姫を見つけることができずにいる。
未だ城内でも見つかったという声は聞こえてこない。
焦りばかりが募り、時間だけが過ぎてゆく。見つからない焦燥感がさらなる焦りを生む。
姫、姫……!!
その時、うめくような叫び声が、白竜の耳に届いた。城の裏手の森の、奥深くからだ。
探し続けていた、姫の声だった。
「……姫!!」
その叫び声をたどって、白竜は森へと急降下した。一度存在をとらえれば、後は声をあげずともどこにいるかわかる。
「ああああああああ!!」
再び姫のうめく声が響いた。
その声の苦しげな様子に、白竜は焦りを覚えた。
上空からとらえた先に、のたうち回る姫の姿があった。
「うぐっ……ぐぅぅぅぅぅ!!」
服の端をかみしめ、叫び声を殺そうとしている。
「姫……!!」
白竜の巨体が森の木々を押し倒しながら、姫のそばへと降り立った。
のたうつ体がひどくこわばり、浅い息を繰り返しながらまるで白竜から隠れようとするように縮こまる。
白竜は息を呑んだ。人の目にはただの暗闇にしか見えぬ森の中も、月明かりがあれば竜の目にははっきりと目にすることができる。
ちらりと見える肌に刻まれたどす黒い線。姫を包む異様な気配。
白竜の体にぞわりとした寒気が走る。
「………姫、その文様は……」
白竜は言葉を失った。
近寄り、隠しているように縮こまった体をのぞき見ればその肌の至る所にどす黒い呪いの鎖が刻まれているのがわかる。おそらく服で隠れた体中に、びっしりと。
ひどく見慣れたものだった。
白竜を縛る呪術と、同じ系統のもの。遠い昔に、白竜がその力の限りを持って、消滅させたはずの禁呪。
それが、姫に刻まれている。
あの文様は、人の身には過酷すぎるほどの痛みをもたらす。竜の身であればこそ、服をまとった程度の煩わしさしかない。けれど、この文様は本来、痛みでもって人の理性をはぎ取り、解呪の為に奔走させるための物でもあるのだ。時を重ねるごとにその痛みは増してゆく。呪いを拒んだまま死の直前に近づけば、思考さえも奪うほどの痛みが襲う。どれだけ抗おうとも痛みから逃れるために、闇雲に解呪の手段を選ぶほどに。そんな呪術の文様がが体中にびっしりと刻まれているのだ。
まだ痛みをこらえようとできる程度に意識はあるようだが、これだけの苦しみようは、そう遠くない時間の経過の後、姫の思考すら奪うだろう。
その許しがたい現実を前に、白竜は咆哮した。それは大地を振るわすほどのものだった。
のそりと、姫が動いた。
ふと首をかしげ、少しばかり体を動かす。耳を裂くような咆哮は、同時に姫を苦しめる悪しき気をもわずかながら払っていた。
「見つかって、しまいましたわね……」
密やかにつぶやかれた声を、それでも白竜はとらえる。
一人ひっそりと死ぬつもりだったのか。もがき、苦しみながら、気を狂わせるような痛みの中で。
「どのような呪いを受けた!!!」
さめやらぬ怒りを抱え、白竜がうなるように姫に問うた。
しかし姫が浅い息を繰り返しながらそれでもほほえんで首を横に振る。やはり答える気がないのだと、白竜は確信する。ゆえに白竜に助けを求めなかった。
「なぜだ……!!」
なんど問い詰めても姫は首を横に振り「申し訳ありません」と目をそらすばかりだ。
そして竜に答えることを拒絶するたびに再び痛みが襲うのか、息をつめて体を震わす。
「姫……!! 姫……!! 解呪の条件があるはずだ!! 頼む……!! これ以上そなたが苦しむのは見とうない、姫……!!」
白竜にはわかっていた。解呪の法は姫が望まぬ内容のものだということを。けれど、それは命をかけてまで守るほどのものなのか。少なくとも白竜にとって姫の命より守らねばならぬ物などない。
けれど白竜の心配を前に、姫は首を横に振ってそれを拒絶する。額には汗がにじみ、痛みをこらえる様は痛々しいほどだというのに、それでもうなずこうとしない。
白竜の必死さがうれしい。傷つけているというのに愛されている実感に震える。姫は込み上げる喜びを胸に、必死で耐えた。
解呪の法を言ってしまえば、その呪いを解くために白竜は動くだろう。それだけはさせてはならぬという思いは変わらない。たとえ、この命が呪いに絞め殺されようとも。
先ほどまでの痛みを思い出し、おぞましさにぶるりと震えたが、白竜を目の前に見れば、耐えてみせると決意が固まる。そしてじくり、じくりと痛む文様がまた痛みを増した。
けれどそれ以上に白竜の心配する様が胸に痛い。
それでも、譲れぬものがある。
たとえあなたを悲しませようと、たとえあなたを苦しませようと。
「良いのです。これは、わたくしが起こしたこと。白竜様に背負わせる物ではありません。わたくしこそが受ける報いなのです。知れば白竜様は意に沿わぬことを、わたくしのためになさるでしょう。……白竜様の力は人の世には不要と、以前そうおっしゃったでしょう? わたくしもそう思いますわ。ひとたびあなたが力の使う場所を間違えれば、あなたは人から忌み嫌われてしまう。そんなことを、どうして許せましょう。……白竜様、わたくしにかけられた呪いは、解いてはならぬのです」
喋るごとに呪いの鎖が姫をさいなんだ。
呪いは強まるたびに姫に激痛をもたらす。解呪を拒むたびに文様が彼女を締め付ける。
息も絶え絶えにほほえんで見せたが、それすらも仇となり、とうとう耐えきれずうめいた。
悲鳴すら上げられぬほどの激痛がおそう、船酔いよりもひどい気の狂うような気分の悪さにのたうち回る、美しかった髪を振り乱し、声を殺して姫がそれに耐えていた。
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