雨のち君

高翔星

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第1章 五月~May~

第2話 仮初めの呼び名

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身体中が湿気で埋もれた最悪の状態で帰宅。

あの幽霊はまだ居るのか?

自室に向かおうと階段を登ろうとしたら案の定いた。

「おかえりー。」

上の方からソイツは体を出して言った。

やっぱりまだ居るのか。

「もうお昼になるよ?大丈夫?」

何が大丈夫なんだ。これが俺の普通だ。

とりあえず部屋に入り鞄の中から作業着を出して新しい着替えも取り出す。

「びしょびしょだねー。」
「…なんでまだ居るんだよ?」

この時間はは居ないので目を合わせず普通に声を出して返す。

「え~?だって待ってて良いって言ったじゃん。」
「お前なぁ。」

振り返ると幽霊は少ししかめっ面だった。

「な、なんだよ?」
「その呼び方、っ!」
「は?」
「お前とか、お前とか、そんな呼び方してたら嫌になるよ。」

正論は正論だが素性も知らない奴に正論も何もあるか。

だがそう言われると自分の否が浮き彫りに感じる。

「名前とか分かるのかよ?記憶無いんだろ?」

確かそう言っていたはず。

「はい…。」

寂しそうな表情を見せる。

なんだか罪悪感を感じた。

「ん~…、じゃあ…。」

少し考えてみた結果。







…とか?」
「レイ?」
「幽のレイ。」

安直過ぎるかもしれないが適当に提案してみた。

「それが私の名前?」
「いや本当の名前かは知らん。とりあえずと言うか。」

レイは目と眉を大きく上げ笑みを見せた。

その表情に少し胸が高鳴った。

異性のこんな笑顔見たのが久しぶりで動揺してしまった。

「レイ!私、レイ!」

そんなに嬉しいのかレイは両手に握り拳を作ってはしゃいでいた。

「あなたは…。」
「え?」
「あなたの、名前は?」

その表情のまま訊いてきた。

「土屋…晴。」

勢いそのままと言うか咄嗟に自分の名前を出してしまった。

さっきまでの不信感と言うか警戒心が嘘の様に。

「つちや、はる…君?」
「あ、あぁ。」

何だかんだフルネームで呼ばれるのが、何より名前を君付けで呼ばれのがこそばゆい。

「えと、これから宜しくお願いします。」

ペコリと頭を下げられた。

「は!?なに?ずっといんの?」

今から御世話になりますと言わんばかりで焦る。

「えと…駄目かな?」
「駄目つーか…。一応実家だし。」

いや冷静に考えたら実家云々以前の問題だろう。

女性の…しかも幽霊が部屋に居座ると言うのが有り得ない。

「何も困ることしません!だから…」

まるで捨て犬の様な無垢な瞳で訴えかけられる。

「ぅう…。」

少しの沈黙の中、小さなため息が思わず出た。

どうせ俺にしか見えないんだったら良いかと妥協に近いものと同時に腹の虫がまた鳴り出した。

「ぷっ!」

レイの奴が吹き出した。

「そうだよね、お仕事帰りだからお腹減ったよね?」

笑いを堪えながら…と言うか軽く涙出てないか?

そんなに可笑しいか…。

同時に恥ずかしさも涌き出てきた。

「あぁもう!!」

思わず声を荒げてしまうとレイはビクッと体を軽く跳ねた。

「もう知らん。」
「わー!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさーーい!!」

ぶんぶんと激しく上半身を揺らす。

さっきから忙しい奴だ。

そう思い返すと何だか可笑しくなって次は俺が吹き出してしまった。

「へ?」

間抜けな表情を見せる。

喜怒哀楽と言うのはまさにこの事だろう。

「なになに?何が面白かったの?」
「もういい。風呂入ってくるから。」

きびすを返し部屋から出ようとする。

「えと…私。」

後ろから不安そうな声が聞こえる。

きっと泣きそうな表情をしているに違いない。

「はぁ…。」

また軽いため息が出た。

悪い奴…と言うか悪と言う意味すら分かるか怪しいぐらいな奴だし。

「喋れないぞ?」

首だけ軽くレイの方を向いた。

「え?」
「今は良いけど、俺以外の人が周りに居たら喋れないからな。」
「!っはい!!」

そう伝えると次は満面の笑みなのだろう。息を飲んだ全力の声で返してきた。

俺はそのまま扉を開き下の階に降りる。

部屋からはレイのはしゃいだ声が聞こえてくる。

にしても何で俺の所へなんだ?記憶が無いらしいので真意は分からないが。

作業着を洗濯機に入れ俺は浴室に入りシャワーを浴びた。

湿きった体が洗い流されて気持ち良い。

次にシャンプーで頭を洗いお湯で流す。

その間に考えた。

明日…上手く出きるのだろうか?

初めての後輩、しかも自分が教えろと。

まだ二ヶ月だぞ?逆に教えられたり…は無くとも上手く伝わるか分からない。

シャワーのお湯が顔に滴れながら考えていると背筋がゾクッとした。

いかんいかん風邪を引きかねない。

急いで洗髪を済まし体も洗い浴室から出た。

本当に昨日から激動過ぎやしないか?

まぁ七割ぐらいレイの奴なんだが。

トレーナーに着替えてリビングに出ると…

「…なんで?」

朝食兼昼食が用意されているテーブル。

その椅子にレイが普通に座っていた。

「ご飯だよ晴君!」

まるで私が作りましたと言わんばかりに手を広げている。

どう返していいか分からず黙っていると

「うん?どうしたの?まぁ座りなさんな。」

なんだコイツ。急にキャラが変わってるぞ。

とりあえず用意された食事を持ち電子レンジに入れる。

「オムライスだね。私も好き。」
「お前、腹とか減るのか?」

咄嗟に気になった事を訊ねた。

「お前じゃない!」

面倒くさい奴だ。しかし俺から出した名前だし仕方がない。

「あぁ…レイ。」

改めて訊ねた。

「うーん、今のところは大丈夫。」
「…そか。」

もし減るとなったら食費とか食べるタイミングを色々考えてしまう。

「ま、雰囲気だけ楽しんどいて。」

温められた食事を取り出し席に着く。

軽く手を合わせる。

「ちゃんと頂きます言わなきゃ駄目だよ。」
「う…。いただ…きます」
「うん!ちゃんと鶏さんに感謝しなきゃね。」

いちいち細かい奴だ。

黙々と食しているとレイは何も言わず黙って見ている。

「あのな。」
「え?」

痺れを切らしスプーンを置く。

「ずっと見られていると食いにくいだが。」
「なんで?」
「いや黙って見られてると…。」
「じゃあなんか喋る!」

地雷を踏んだ…。まぁ黙って見られているよりはマシか。

「この後どうするの?」
「別に。ちょっと起きといてまた寝る。」

大体皆が帰ってくる時間帯にはベッドに入る。

夜勤になってからはずっとこの生活サイクルだ。

「そっか。またお仕事だもんね。」
「そう言うこと。」

意外に聞き分けが良かった。てっきりつまらないとか抜かすんじゃないかと思ったが。

「起きてる間は何するの?」
「うん?別に大したことしないよ。」
「なに?大したことって。」

普通そこ深掘りするか?まぁレイに限って普通を求めたら駄目なのか。

「映画観るぐらいかな。」

最近サブスクリプションのコンテンツ等で映画を観るのが日課だ。

「おぉー、何かお洒落だね。」
「そうか?」
「映画館でポップコーン食べながら見るんでしょ?」
「いやそこまで本格的では…。」
「え?映画見るんだったら…。」

映画観るイコール映画館なのかコイツは。

「動画だよ。」
「動画ぁ~?」

気付くと全て食べ終わっていたので食器を台所に持って行き軽く洗う。

「食べるの早いね。ちゃんと噛んでる?」

まるで母親の様に言ってくる。

「噛んでるよ…。」

俺は冷蔵庫にあった缶コーヒーを持ち出し部屋に向かった。

部屋に入るとテレビをつけてアプリを起動させる。

特に観たいのは無く適当に映画作品を選ぶ。

「え!?テレビで見たいの選べるの!?」
「まぁ一部だけな。」

様々なサイトがある中、選べるのも限られるがそんなに珍しくないだろうに。

「外国のやつだね。」
「あぁ。」
「晴君、英語分かるんだ?」
「いや、これ吹き替え。」

そんな下らない話をしていると映画が始まった。

冒頭でテニスをしているシーンだ。

「あ…。」

呟く様にレイの口から漏れた。

「うん?テニスだぞ。」
「それは知ってるよ。」

テニスは分かるのか。流石に全て忘れたと言う訳ではないらしい。

「なんだ?実はやってたとかじゃないのか?」
「う~ん…。」

まじまじとテニスのシーンにかじりついている。

何か思い当たる節があるのか。

そう思っている内に場面が入れ替わっていく。

それ以降レイは黙ってしまい大人しく鑑賞していた。




気付けば映画はエンディングに向かいエンドロールが流れ出した。

「ふぅ…。」

少し眠くなってきた。

窓を見ると相変わらず天気は愚図っていた。

今日も降るのか…。

ふとレイを見ると同じく窓に目をやり心ここに在らずと言った表情をしている。

アプリを停止させテレビの電源を消す。

「俺、寝るけど。」

そう言うと我に帰るかの様にレイはこちらを向く。

「…うん。」

さっきまでと違い言葉少なく、なにより力が無い。

長時間映画観て疲れたんだろう。

特に気にせず床に着き俺は横になった。

「おやすみ、晴君。」

おやすみ…か。

久しぶりに、そう言われた。

なんだか凄く…安心した。

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