雨のち君

高翔星

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第1章 五月~May~

第3話 木陰と木洩れ日

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軽快な音楽が流れている。

楽しい。

でもその感情は音楽に対するものじゃない。

隣には…誰だろう。

かすみがかかっている様に明確には見えない。

ここは…車内か?

フロントガラスには無数の雨の跡がある。

いつもと違い晴れた気分。

なぜだろう?

とにかく気分が良い。

暖かくて幸せで何もが楽しく心臓が高鳴っている。

その刹那。

辺りが真っ暗になった。

体が熱い、痛い、怖い。

今さっきまでとは真逆の感性になり目に力が入る。

この先の光景は見たくないっ。






その瞬間、重たい瞼を開けたと同時に肩の力が尋常じゃないくらい入った状態で現実に戻った。

夢を見ていたと直ぐ様理解した。

酷く喉も渇いていて何故か左腕が痛い。

さっきの高揚感はなんだったのかと思うくらい憂鬱な目覚めだ。

そう言えば昨日も夢を見ていた気がするが朧気おぼろげでよく覚えていない。

上半身を起こすと体中全体が汗で濡れていた。

スマホを起動させ時間を確認する。

液晶が光ると同時に突如目の前にレイの顔が現れた。

「おはよー。うん?おそよう?あれ?」
「…。」

特に驚く事もなかった。

逆に拍子抜けになるぐらいだ。

「なんかうなされてたよ?大丈夫?」
「ん…。」

頭が回らないが酷い夢で目が醒めたと分かった。

改めて時間を確認する。

あと三十分後にアラームが鳴るタイミングだった。

丁度良かったと気持ちを改めて灯りを点ける。

「わぁ、凄い汗だよ。怖い夢でも見た?」
「あぁ…。ちょっとな。とりあえず風呂入ってくるわ。」

着替え持ち汗を流すことにした。

シャワーを済まし軽く朝食も摂り、また仕事に行く。

外はまた雨だ。

肌寒さはなく湿気と雨の匂いがした。

しばらくこう言う天候が続くのかと思うと嫌になる。

「行ってらっしゃーい。」

レイの見送りの声を背に家を出る。

それにしても本当に朝の挨拶と言うか『行ってらっしゃい』の一声だけで気持ちが切り替えれるものか。

昨日と同じく合羽を覆い、ほのかにともしぶ街灯の光の中、暗闇の道を走る。

こんな変わるのか変わらない生活の中、突如現れたレイと仕事での新人の対応。

正直未だに不安が積もる中、ふと先程のレイの声が脳内で再生された。

『行ってらっしゃーい。』

気合いを入れれる様な力強さはない。

どちらかと言うと力が抜け骨抜きになりそうなぐらいだ。

なのにどうしてだろ?

まぁ頑張ってみるかと軽い気持ちに開き直っていく。

色々考えていたら会社に着いた。

いつもの喫煙所にいる先輩達に挨拶を交わし事務所に向かう。

「お、おはようございます。」

扉を開くといつもの様に所長…と見慣れない二人の従業員。

恐らく例の新人だろう。

「おぉ、おはようさん。」

所長がそう返すと二人もこちらに向かって軽い会釈と挨拶を交わしてきたが俺は目を合わせれずタイムカードを押した。

「晴、今日は頼むぞー。」

所長が笑いながらそう言ってきたが特に返事をせず俺も軽い会釈で返した。

やはり緊張するな。

只でさえ新人とどう接して良いのか分からないのに仕事を教えろと。

また不安が募るがの様にレイの声で気持ちを落ち着かせる。

「大丈夫、大丈夫。」

自分にそう言い聞かせて作業着に着替えて朝礼に向かった。

既に先程の新人二人は所長と並んで対角に立っていた。

皆浮かれているのだろうか、女性が入社はいって来たからと言って前例に入り混んでいる。

俺は空いている後列に立ち体操が始まる。

良く見えないが二人は体操自体問題無くこなしている。

気のせいか普段は怠けている先輩達の動きが機敏になっている気がした。

分かりやすい。

体操が終わると所長が口火を切った。

「昨日も言った通り、本日から入った二名を紹介したいと思います。」

所長は二人に目をやると手前の女性の方から一歩前に身をだした。

星野美沙香ほしのみさかと申します。」 

自己紹介が始まったと同時に異常な違和感。

改めて彼女に目をやると…。

「あ…。」

誰にも聞こえないぐらい小さな声が出た。

キャップをしていて分からなかったが昨日、駐車場で雨宿りをしていた時に遭遇した人だった。

間違いない。

かと言って確認や声をかける事もなく俺はただ彼女を見ていた。

必要最低限の挨拶だけをし挨拶が終わっていた。

その後にもう一人の男性が自己紹介を始め出す中、俺は観察する様に見ていた。

こちらに気が付いたのか星野美沙香と名乗った女性と目が合う。

「あ…。」

まったく同じリアクションを取る。

「あの時はありがとう。助かったよ。」

…え?

まだ男性の自己紹介が終わっていない中、彼女は俺に目をやったまま声をかけてきた。

「んん?晴、知り合いだったのか?」

所長も軽く驚いたのか続けて声を出す。

「え~…と~…。」

言葉が詰まり周りも軽く騒めく。

何と返して良いか分からず黙りこくってしまった。

「ま!知ってる仲なら問題ないな。…あぁゴメン、続けて?」

歯切り悪く男性は自己紹介を続け出す。

…が全く頭に入ってこない。

こんな状況で声をかけてくるなんて普通有り得るのだろうか?

それとも俺がコミュニケーション能力がないだけなのか?

考え込んでいるといつもの様に朝礼が始まり出すが相変わらず頭に入ってこない。

何故だか知らんが桧山さんからは白い目で見られている気がする…。

「今日も安全作業でお願いします。」

所長の声と同時に各チームが散っていく。

いつもなら直ぐ様足が動くのだが棒立ちになってしまった。



気付くと閑散とした構内。

「え!?」

誰もいない。

薄暗く閉めきった空気。

そんなに気が抜けて時間が経ってしまったのか。

出入口のシャッターを見ると桧山さんが星野美沙香と何やら会話を交わしている。

(良かった…まだ居た。)

慌てて合流する。

「す、すいません!」

そう言うと桧山さんが嘲笑するかの様な表情だった。

「んだよ。別に知り合いつー程でもないじゃんかよ。」

恐らく彼女から聞いたのだろう。

少し安心したかの様に桧山さんが言った。

「はは…。」

苦笑いしか出なかった。

いきなりやり辛くくさせないでほしい。

「うし!移動しながら教えていくからねちゃん。」

桧山さんはそう言うとパッカー車の運転席に乗り込む。

「はいっ、ここ特等席!」

運転席と助手席の間に色気もヘッタクリも無いタオルが敷かれていた。

星野美沙香はまたこちらに目をやって動こうとしない。

「?おーい、ちゃーん。」

なかなか入ってこないので桧山さんが再び声をかける。

「…仕事、行けないんだけど?」

痺れを切らして俺が先に入る、特等席とやらに。

「ってなんで晴が来るんだよ!」
「芳香剤かけ過ぎてません?」

普段と違う爽やかな香りが車内に漂っていた。

用意周到と言うか変に空回りしていて呆れる。

「降りろ!そこはっ…」
美沙香みさか。」

星野美沙香は俺の隣に座りながら無表情で言った。

「ミカサではなく、星野美沙香みさかです。」

改めて自分の名前を告げた。

そう言えば桧山さん、さっきから名前間違えていたよな。

「あ~…ゴメン。美沙香ちゃんね美沙香ちゃん。」

苦笑いで平謝りをする桧山さん。

結局真ん中に俺が座り両端に二人がいる形になった。

左肩から腕にかけて柔らかい感触が離れず小恥ずかしかった。

そして移動をしもってゴミ回収する際の手順や業務の前に、まず危険行動、作業をしないのを徹底的に教えた。

俺が最初に桧山さんに教えて貰った事を引用しただけだが桧山さん曰く、怪我や事故をしないのが一番らしい。

そして最初の現場に辿り着くと星野美沙香は透かさず車から降りる。

それに続く様に俺も降りるとアスファルトに溜まった水溜まりが跳ねた。

「ピンク色の袋だけプレスに入れて。後はボックスで。」
「分かった。」

キャップのつばから雨水が垂れ落ちる中
彼女は黙々と言われた通りに作業をこなす。

キャップの後ろの間から出ている小さな御下げが既に湿ってヘタっていた。

その姿を見て少し疑問に思う。

何故この様な仕事に就いたのか。

正直男ばかりで作業自体汚い仕事の部類だ。

普通の女性なら敬遠するどころか拒否反応すら示すだろう。

そう言えば最近越して来たと言ってたが他にもあるだろうに。

「ふぅ。終わったぞ?」
「え?あぁ…。」

いけない、手は止まっていなくとも一件目が終わったのを気付かずにいた。

「私の勝手な想像だが…」

まずい、なにか勘繰られたか?

「ここ、ぶら下がらないんだな。」

パッカー車の圧縮プレスの脇を指差す。

「あ、あぁ。さっきも言っただろ?昔はそうしてたみたいだけど。」

小さい頃はパッカー車の後ろに作業員がぶら下がって移動してたのは覚えている。

しかし近年、それが災いとなり事故が多発したせいで現在は禁止となっている。

「ちょっとやってみたかったな。あ、しないぞ?」

おどけたように笑みを見せながら言った。

その姿に嬉しさと恥ずかしさの様な感覚が胸を突く。

「…ほら、行くぞ。」

先に車に戻ると桧山さんがタオルを投げてきた。

ちなみにこの人は現場に来なかった。

本当に運転しかしないみたいだ。

「あんまり濡らすなよー。」

尻に敷かれていたタオルだった…。

直ぐに星野美沙香も続くように入った。

「お疲れ、美!沙!香!ちゃーん。」

逆に不快感を感じさせるかの様に強調しもって名前を呼ぶ桧山さん。

俺に渡してきたタオルと違い新品であろう真っ白なタオルを俺越しに丁寧に渡した。

「どうも。」

そう言うとキャップを取り軽く顔を拭いた。

効き過ぎた芳香剤と違い少し良い香りがした。

さっきと同じ感覚になる。

(調子が狂うな…。)

色々と難しいが何とか午前六時を回った。

近くのコンビニでを摂ることに。

とは言っても桧山さんは食事を摂らず昼寝を決め込んでいるが。

ちらほら学生やサラリーマンの姿が見え始める中、俺らは適当に買い物を済まし店を出る。

空は相変わらず分厚い雲で覆われている。

近くに公園があったのでそこで食べようとベンチを目指す。

少し濡れていたが合羽越しなので気にせず座る。

「良い所だな。」

当たり前の様に俺に付いてきてそう話し掛けてきた。

隣のベンチに座ってコンビニ袋の中を探る。




「ハル。」
「え?」

不意に名前を呼ばれ驚きのあまり体が固まってしまった。

「所長やもそう呼んでいたから。」

桧山さんに至っては名前すら覚えられていなかった。

「改めて名前、訊いていいか?」

そうか、ちゃんと自己紹介…以前に挨拶もしていなかったのに気づいた。

「えと、土屋…晴…です。」

何を警戒しているんだ。と言うより緊張なのか何とも言えなかった。

「うん。宜しく頼む。」

彼女がそう返すと同時に風が軽く吹き、体温が少し暖かくなった。

公園の木々の間から太陽の僅かな光が照らし出されている。

それに気付いたのか彼女は空を見上げた。

「おぉ。神様の手みたいだな。」

また違うと思う…が深く突っ込まないでおこう。

俺には希望に似たを感じたのだった。


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