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第1章 五月~May~
第4話 驟雨の中の戯れ
しおりを挟む美沙香が入社て三日が経った。
昼食の際に一緒になる時に色々と話をした。
彼女は俺より二つ歳上で午後から定時制の看護学校に通っているみたいだ。
グラフ表で行動パターンを現したら就寝と言う項目が少ししかないだろうに。
独り暮らしをしているみたいなので生活や将来のためにと今は形振り構っていられないみたいだ。
その状況を聞いて少しの羨ましさと重圧が重なった。
実家を出て独り暮らしをするのが目標の自分からすると今の状況で文句を垂れていては先が思いやられる。
しかし美沙香には何かしらの目標があって看護学校に通っているみたいだし無理に両立しなくても俺は良いか…と自分に言い聞かせた。
「ん?なんだ、食欲ないのか?」
「え?」
朝方の昼休みに美沙香と昼食を摂っていると箸が進んでなかったのか美沙香が声をかけてきた。
「いや、別に。」
「あと十分しかないぞ。」
「あぁ。」
ここ三日でお互い結構喋る様になった。
最初は邪険に似た態度を取ってしまっていたが、美沙香本人が素性が話してくれて次第と耳を傾ける様になっている自分がいた。
「それにしても相変わらず晴は私に敬語を使わないな。」
呆れたかの様な表情を見せる。
「…俺の方が先輩だぞ。」
「私は晴より二つお姉さんだ。」
「俺は二ヶ月先輩だ。」
他愛のない話。
惨めな競り合い。
こんなやり取りをしている内に先日「美沙香でいい。」の一言で彼女の呼び名が決まったのだった。
そうこうしている内に昼休みが終わり仕事が再開される。
今日も降らない…かな。
昨日の晩から曇空だけ続き、時折太陽の光が覗き込む様な天気だ。
それと同時にレイの姿を見ていない。
喧しいのが居ないので平和だが少し調子が狂う。
しばらく居座る様な事を言っていたので変に腹を括ったせいなのか、姿を見せなくなると俺は拍子抜けになっていた。
そう言えば最初にレイが現れた時。その日の朝、帰宅した時も雨が降っていた。
(アイツは雨の日しか現れない、とか?)
自問自答していると会社に着いた。
今日の勤務は終了だ。
着替え終わり退勤しようとタイムカードを取ろうとした時に何やらポスターが貼られていた。
「なんだどうした?」
俺の後ろで同じく退勤を打とうとする美沙香が肩越しに声をかけてきた。
「紫陽花園、か。」
そのポスターは数駅行った所にある花園に咲いている色鮮やかな紫陽花を楽しめる行事の告知だった。
周辺には出店もチラチラ出ていて毎年賑わっている。
「へぇ、こんな行事があるんだな。」
美沙香が興味深く見ていた。
「来月の十五日からか。晴は行くのか?」
「いや、別に。」
昔、一度だけ祖母に連れてってもらったが花に一切興味は無く、挙げ句の果てには迷子になると言う苦い思い出がある。
しかしライトアップされた紫陽花は凄く幻想的で幼い自分でも圧巻された記憶は猛烈に残っている。
「ふーん。」
美沙香は何かを言いたげに声を出す。
まさか行こうとか言うんじゃないかと思い俺は透かさずタイムカードを押し足早に後を去った。
「お先失礼します。」
そう言い残し事務所を出て自転車に跨がる。
「ちょっと待て!」
目の前に美沙香が立ち塞がった。
「んだよ!」
危なっかしい奴め、倒れる所だった。
「来月の十五日か十六日、もしくは十七日の夜、空いてないか?」
絶対に先程の祭りに行く気だ。
「ない、空いてない。」
「嘘つけ、暇だろう。」
「……。」
こんな誘いかたあるのだろうか?
「決めつけるな、俺も忙しいんだ。」
まぁ取り立てて忙しくないが…。天の邪鬼な部分が出てしまっている。
「そうか…。忙しいんだったら仕方ないな。」
真に受けてしまっていた。
その姿に少し罪悪感が生まれた。
「そんなに行きたいのかよ、さっきの。」
「え?」
「紫陽花園、行きたいのかって。」
これで違ったりしたら恥ずかしいが。
「あぁ、まぁ…な。ここに越してから何かと素っ気ない…毎日だったから。」
歯切れ悪く苦笑いを見せる。
「う~ん…。」
「すまない、無理を言ったな。お疲れ様。」
「あーちょっと!」
踵を返す美沙香の姿に思わず声が出た。
「どっちかなら、いいかな。」
俺と言う人間は本当に優柔不断な奴だ。
結局申し出を受けた形になっていた。
「本当か?ありがとう!」
その笑顔に胸が少し締め付けられた。
どこかで似たような気持ちになったのを思い出すが美沙香はスマートフォンの画面を見せてきた。
「操作が分からない。どちらかの連絡先を出してくれ。」
これは恐らく連絡先を交換し合うタイミングなんだろうと思うと、こっ恥しい。
「え~と、俺も詳しくは…。」
連絡先、交換の仕方と検索すると直ぐに検出され互いの連絡先を交換した。
「今思えば…なんだが。」
申し訳無さそうに美沙香が返したスマートフォンを仕舞う。
「なに?」
「来月の交番表、十五日以降まだ出てなかったな。」
そう言えば今出てる交番表は来月の十五日までのやつだ。
休み希望は先日所長に訊かれて任せると言ったのを思い出した。
「美沙香は出したのか?来月のシフト。」
「いやまだだ。晴は?」
「適当に組んでくれって所長に。」
「そうか。まぁなんとかしよう。」
なんとかしようって美沙香に何が出来るのかと思ったが、連絡先が分かった事だし本当になんとかなるだろうと高を括った。
「じゃあまた明日な。」
「あ、俺明日休みだわ。」
「じゃあ明日のメンバーは…。」
「桧山さんと…あと誰か入るだろ。」
「そうか。」
今まで俺と桧山さんとの三人一組だったのが慣れた頃に違う人が入るとなるとやり難いのか。
少し不安げな表情を見て悟った。
「まぁそんな気を落とすな。明後日は出るし。」
「明後日は私が休みだ。」
「あぁ…そうなんだ。」
「明明後日になるな。」
そんな話をしていたらポツリと雨粒が頭を突いた。
「降ってくるな、では失礼する。お疲れ様。」
美沙香は走って先に会社を出た。
電車通勤と言っていたが駅まで走るのだろうか。
俺もさっさと家に向かおう。
家に着いた時には本降りになっていた。
玄関の扉を開くと同時に無駄に声が大きく、レイが出迎えてくれた。
「おっかえり!」
「…あぁ。」
「久しぶり、かな?」
「三日ぐらいだろ。」
湿りきった合羽と靴を脱ぐ。
「三日…それぐらいかー。」
フローリングに足跡が付いた。
「雨、凄いね。」
「今さっき降り出してきた。」
帰宅後のルーティンワークをこなし部屋のベッドに横たわる。
スマートフォンを取り出し連絡帳を出す。
星野美沙香。
先程連絡先を交換した真新しい名前に改めて確認する。
自分の数少ない連絡帳の羅列に美沙香の名前が記録っているのに違和感を覚える。
紫陽花園の日をどうにかするってどうするつもりなんだろ…と考えふけていると。
「今日は映画見ないの?」
テレビの前で用意出来てますと言わんばかりにレイが床に座りながら訊いてきた。
「え?ん~…。」
いつもならそうしているが明日は仕事が休み。
何か違うことを…と考えるが特に案が出なかった。
腰をあげ、くるりとレイに向かって体勢を整えた。
「あのさ、ちょっと訊きたいんだけど。」
「あ…うん!」
驚きの表情を見せた後に目を輝かせたかの様に笑顔を見せる。
少し気になっている事を問い詰めてみる事にした。
「会っていない間、どこにいたんだ?」
「ん~。それがあまり覚えていないの。」
「どっか行ってたとか。」
「ううん、多分晴君の部屋には居たと思うんだけど。」
見えなくなるしレイ本人も覚えていない状況にもなるのかと勝手に解析する。
「ふーん。後さ?その、物とか壁すり抜けたりするのか?」
前々から気掛かりなのが幽霊と言う存在は物理的に触れれるのか気になっていた。
「ポルターガイストだっけか?」
「ぽるたぁ~がいすとぉ?」
初耳なのか、ぎこちなく言葉を繰り返す。
「要は物に触れたりするのかって。」
そう言うとレイは悲しそうな笑顔を見せ首を横に振った。
すると不意に俺の頬に手を当てようとしてきた。
「えっ…。」
あまりにも急な動きに固まってしまったがレイの白い手は感触も体温も無く、反対側にすり抜けた。
「駄目みたい。」
ばつが悪そうに苦笑いを見せる。
なんだか悪いことを訊いてしまったかの様に空気が重く感じた。
「そ、そうか。」
「うん。」
…
しばらく無言の時間が訪れた。
お互いに視線は下に向けて時計の針の音と、外からの激しい雨音が無駄に大きく聞こえる。
それに耐えれなくなったのか俺は口火を切った。
「外とか…。」
「え?」
「外とかは出れたり出来るの?」
そう呟くように尋ねるとレイは大きく顔を上げた。
「うんっ!」
雨雲をはね除けそうな眩しい笑顔に変わった。
「ちょっと外に出てみるか?雨降ってるけど。」
「うんうんうん!」
普段だと絶対に無いと断言出来るぐらいイレギュラーな行動をしていると思う。
目的も無く、わざわざ土砂降りの雨の中をぶらつくなんて。
けど何故かレイの物悲しい顔を見たら何かしたくなった。
そして俺達は外に出た。
傘を広げ、あることを言っとかないとと思い出す。
「悪いけど俺は…」
喋れないから。
そう釘を刺そうとすると
「喋れない、だよね?」
遮るようにレイはそう言うと傘に入ってきた。
俺が何も言い返せないのを良いことにしてきた行動なのか俺が意識し過ぎてるのか分からないが普通に恥ずかしかった。
幽霊なら雨に濡れても平気だろと言うのも野暮だと思い、そのまま相合傘状態で町を歩いた。
しばらく歩くと商店街が見えてきた。
ここは昔からよく訪れた記憶もあるし仕事のルート巡回でも来たことある場所だ。
するとレイは何かに気付いたかの様に傘から飛び出す。
「可愛いー!」
商店街の入り口に建っている玩具屋さん。
そのショーケースの前までレイは風の様に走り抜いて行った。
少し近くまで近寄るとショーケースの中に熊の縫い包みが置かれてあった。
「晴君!クマさん可愛いよっ!」
喋れないとあれ程言ったのに。
そもそも可愛いと思わない。
恐らく冷めた目で見ていたのであろう、レイは悟ったかの様にショーケースから離れる。
「えへへ…。」
再び俺の傘の中に入る。
「ごめんね、つい。」
返事が出来ない代わりに俺はゆっくりと目を瞑って「別にいい」と返した。
こんな愛想の無いやり取りして一緒に歩くなんて楽しいのだろうか。
レイはまるで初めて外に出た子供の様に、屈託のない笑顔を終始見せていた。
気付けば雨が弱まってきていた。
それに釣られてか気分も何だか晴れてきた。
まぁ…悪い時間じゃ、ないかな。
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