雨のち君

高翔星

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第1章 五月~May~

第5話 窓越しの感触

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レイとの散歩が終わる頃には十四時を回っていた。

流石に睡魔が襲ってきて俺はベッドに横になった。

明日は休みだ。時間を気にせずゆっくり休もう。

目を閉じながらそう思っているとレイが小さな声で「今日はありがとう。」と声をかけてきた。

「あぁ…。」

返す気力も体力も無いせいか生返事になってしまう。

「ぉゃすみなさぃ…。」

薄れ行く声の中、深呼吸を数回した所で眠りに落ちて行った。










胸の鼓動が聞こえるんじゃないかと心配するぐらい緊張している。

だがその緊張は直ぐに達成感に似た歓喜に変わる。

それと同時に鼻っ面が熱く、口元が緩むぐらい幸せに満ちていた。

明日は…。













「晴ぅー?」

名前を呼ばれて一瞬で覚醒した。

母親の声だった。

「んぁ?」

寝ぼけ眼で返す。

「ご飯、出来たから降りてらっしゃい。」

あぁ、もうそんな時間かと体を起き上がらせる。

灯りを点けるとレイが正座してこちらを見ていた。

「おはよう!」
「…。」

うわぁと心の中で呟いた。

家の連中と鉢合わせるなんて初めてじゃないか?

いつもレイが現れる時は皆寝静まった時だ。

兄貴とは一度面と向かっていたが。

「晩御飯だってさ。」
「あぁ…。」

小さな声で返し頭をポリポリと搔きながら階段を降りる。

当たり前の様にレイも後ろから着いてくる。

「おいおいマジかよ…。」
「ん?なんか言った?」
「…。」

リビングに入ると食卓には既に親父と母親が席に着いていた。

周に二度、夕飯をこの三人で食べるのが日課だ。

自分の席に座る。

すると隣の空席にレイも座りだす。当たり前だが目の前に何も置いていないのに。

三人バラバラのタイミングで「頂きます」と手を合わせる。

「ハンバーグいいなぁ~。目玉焼きもあるし完璧だね!」

勿論返す言葉は無く、ただ無言で食べる。

テレビの音と食器の触れる音だけが響く。

「あ、私ブロッコリー苦手。でもちゃんと食べなきゃだよ?」

記憶無いくせに好き嫌いは覚えているのか、とツッコミすら入れれない。

「明日も雨か。」

親父がテレビのニュースキャスターに向かって、ぼそりと呟いた。

夕飯時にニュースを見るか普通。

もっと見る番組があるだろうに。

「わ!このハンバーグ、ピーマン入りだ!凄い!」

隣ではテレビより五月蝿うるさいのは居るが…。

でもいつもの夕飯より少しだけ居心地が良かったのは気のせいだろうか。

俺は食事を済ませ食器をキッチンへと運ぶ。

「いいわよ、置いといて。」

母親の声を尻目に俺は引き続き食器をシンクの中に入れる。

軽く水で洗いそのまま自室に向かう。

「ケンカでもしてるの?」
「…なにが?」

部屋に入ると同時にレイが口をまた開いた。

「ずっと黙ってた。お母さんもお父さんも、晴君も。」
「あれが普通なんだよ、ウチは。」

そう、普通。

談笑せず、世間話や笑顔も無く、必要最低限の言葉しか接しない。

それが自分の家族…なんだ。

「ふーん。」

腑に落ちないのか、不満げに納得するレイ。

すると下から「ただいまー」と声が聞こえた。

兄貴だ。仕事から帰ってきたのだろう。

ズタズタと階段を上がってくると部屋の扉を勢い良く開けた。

「こらー晴!お前ゼリー忘れてただろ!!」
「ゼリー?」

何を言っているのか理解出来なかったが、ものの数秒で思い出した。

確か初めてレイと会った日に頼まれていた。

そうか、もう一週間弱になるのか。

「あぁ、ゴメン。」
「…やけにいさぎいいな。キモッ。」

酷い言われようだ。

だが兄貴とこうして話すのは今回みたいに翌日休みの前日か当日の朝ぐらいだ。

「次、頼むぜ?あぁー腹減ったー。母ちゃーん、今日の飯なにぃー?」

扉を閉めて下に降りて行った。

「お兄さん…だよね?」
「うん。」
「面白いね。」
「そうか?」

流石に下まで聞こえないだろうと思い普通に会話していた。

「居なかったのか?兄弟とか…あぁ。」

自分で訊いといて思い出した。レイには記憶が無かった。

「ゴメン。」
「ううん、大丈夫大丈夫。」

時計を見ると十九時過ぎだった。

テレビを着けて動画配信のサブスクを開く。

「あ!映画見るのっ?」

レイの声に力が入っていた。そんなに気に入ったのか。

また適当に選ぶ。

数十年前の学園物の洋画にした。

しばらく観ていると黙ってみていたレイが

「学校かぁ…。」

と呆けた様にふと呟いた。

「なんか思い出したか?」
「…わかんないや。」

苦笑いを見せる。

俺はまた時刻を確認するが、まだ全然進んでいない。

「あのさ…。」

不意に頭の中で閃きに近い、ある提案が出た。

「学校、後で行ってみる?」
「え…?」

自分はまた何を言っているんだと自問自答しながらもレイの反応を伺う。

「本当!?行く!行きたい!!」

まるで幼い子供が必死に訴えかけるかの様に何度も言った。

「でもまだまだ後な。」
「どれぐらいっ?」
「そうだな…。」

職員が居なくなる時間と家の人が寝静まる時間を想定する。

「日が変わる…かな?」
「えぇー、まだまだじゃん。」
「だからまだまだ後って言ってるじゃん。」
「そっかー。」

それから映画に集中出来なかった。

今の学校とか施設はセキュリティが充実しているはず。

だが今から行こうとしている学校は以前通っていた所だ。

家から直ぐに通える融通さが利くため選んだ高校だった。

遅刻した時は正門が閉まるため裏道と言うか抜け道をよく使っていのでそこから入ろう。

など考えていると映画が終わり二十二時前だ。

あと一本適当に観たら頃合いだろと思っているとレイが申し訳なさそうにこちらを見ている。

「な、なんだよ?」
「まだ…駄目かな?」

どうしても我慢出来ない様だ。

「まったく…子供じゃないんだから。」
「駄目?」

繰り返し迫ってくる。

その姿に少し胸が締め付けられた。

「…分かったよ。」

渋々承諾するとレイは大きく体を跳ねながら喜びに浸った。

一瞬狼狽うろたえたが、声も振動も誰にも聞こえないんだったと思い返し、脱力に似た苦笑くしょうが出た。

親には友人の所へ行ってくると伝えた。

普通はこんな時間に?と問われると思うが「気をつけて」の一言で終わった。

こちらとしては好都合だが、どこか素っ気ない言葉に眉間にしわが寄っていた。

外は相変わらずの雨天。

数時間前と同じく相合傘の形で学校に向かう。

レイとの距離が近い…だが全く触れている感触が無いので邪険にする事もないだろうと、そのまま学校に向かった。

歩いて行くと数ヶ月前まで通っていた我が母校…と言うと大それた言い方になる。

正直そんな思い入れはない。

部活動せずに帰宅後はアルバイトをしていたし、友人と言う友人も居なかった。

バイト中に茶化して来る連中が居たぐらいだ。

「ここっ?」

思いふけているとレイの声で我に返った。

「あ、あぁ。えと、その筋を曲がれば…」

すると一匹の猫が素早く横切った。

「ひゃあ!」
「うぉ、猫か。ってどうした?」
「猫…ちょっと苦手かも。」

意外だった。どちらかと言えば寄って集るイメージなのに。

そして俺達は問題なく学校に忍び込んだ。

「えへへ、何だか不良みたい。」
「帰るか?」
「今来たとこでしょー?」

そう言うとレイは小走りで校内を見渡す。

俺は職員や管理人が居ないか確かめながら辺りを見回す。

月明かりさえない暗い廊下。

僅かに光る警報ベルと非常出口の蛍光灯。

不気味さよりも切なさに似た感情に浸る。

(ここに…俺がいたんだな。)

たった数ヶ月前なのにノスタルジーと言うか不思議な感じだった。

気付けば以前授業を受けていた教室の前に居た。

「晴君の教室?」
、な。」

窓越しに中を見ると変わり映えのしない教室があった。

そりゃそうだと思っているとレイが教室の中に入っていた。

「は!?お前どうやってっ…」

思わず手で口を押さえた。俺とした事が大声を出してしまった。

それだけ驚愕した。

「どうやって入ったんだよっ?」

小さな声で問い質すとレイは壁をすり抜けて俺の前に立つ。

「幽霊ですから!」

悪戯っぽく笑った後に再び教室に入って行く。

「マジか…。」

改めて幽霊なんだと思い知る。

「わ、教科書入れっぱなしだ。不良ぉ~。」
「う…。」

所謂置き勉と言うヤツだ。

俺もたまにやっていたのでレイの言葉に返す言葉が見つからなかった。

「ねぇ見て見て!」

何かを閃いたかの様に窓際にいる俺の所へ戻って来る。

すると横を向き、ゆっくりと中腰になりながら移動しだした。

「エスカレ~タ~。」
「ぶっ!」

下らなすぎて吹き出してしまった。

「っく…くくく。」

ツボに入ったのか笑いが込み上げてくる。

「アハハ!!晴君、笑った!ハハハハ!!」

レイも釣られて爆笑する。

こんなに笑ったのは久しぶりかも、そう思い返していると窓越しのレイの顔が映った。

本当に命を絶った者なのかと思うくらい穢れ無い笑顔だった。

しばらく見蕩みとれていたのか、レイは笑顔から照れ笑いに変わっていた。

すると何も言わず、レイはただゆっくりと手を窓ガラスに当てた。

思わず俺も手を当て返した。

冷たい…窓ガラスの温度だけが伝わる。

しかし、初めてレイに触れた気がする。

安堵あんどに満ちた気持ちになった。

本当に手が重なっているんじゃないかと思った。

普段は我が儘で子供っぽいのに、この時はまるで別人かの様に幻想的で、とても魅力的だった。

胸の奥から伝わってくる鼓動と共に、ほんの一瞬だけレイの姿が闇に飲まれるかの様に薄くなった気がした。

暗闇に対して目が慣れてきているのにも関わらずにだ。

疑問より焦りに近い気持ちになったのも束の間。

「んー?誰か居るのか?」

遠目から懐中電灯と共に声がし、一瞬で状況が読めた。

「レイ!逃げるぞ!!」
「え!?う、うん!!」

直ぐに教室から出て並行して走り抜けるレイ。

後ろからは制止の怒号が廊下に響き渡った。

そしてなんとか学校から抜け出し、少し離れた場所まで辿り着いた。

「はぁ…はぁ…はぁ…ビックリしたー。」

胸を撫で下ろすレイ。
気付けば傘を失くしていたが天気は小雨になっていた。

「危なかったねー。」
「顔、見られたかな?」
「大丈夫だよ、あんだけ暗かったんだし。」

その言葉に少し違和感を覚えた。

「レイは平気だったのか?」
「なにが?」
「夜の学校、怖くなかったのか?」

普通は誰もが怖がるであろう夜の校舎。

それに対してレイの奴は終始笑顔だった。

「うーん…晴君が居たから大丈夫だった!」

また笑顔を見せた言った。

「そ、そか。」

今更だがその表情に思わず目を逸らしてしまった。

「?」
「さ、帰るぞ。」
「はーい。」

俺達は小雨から霧雨に変わった天気の中、家に帰る事にした。

「エスカレ~タ~。」
「もういいって。」

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