雨のち君

高翔星

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第1章 五月~May~

第1話 梅雨の訪れと共に

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「おはようございますっ!」

自転車を飛ばしてなんとか職場に着いた。

先程の出来事と絡んで酷く混乱し息が上がっていた。

「おぉ、おはようさん。」
「おざーす。」

喫煙所で煙草を吹かしていた先輩二人が気怠けだるく挨拶を返す。

直ぐに事務所に入ると所長がコーヒーを淹れていた。

「晴、おはよう。なんだ寝坊か?」

「すいません!」

土屋晴つちやはる

自分の名前が入ったタイムカードを押す。

「寝癖ついてんぞー。」
「はは…。」

苦笑いしか出来ない。

出社時刻を見ると朝礼十分前。

危ない危ない、初めて遅刻する所だった。

「着替えてきますっ。」
「落ち着けよ、出る前から息上がるぞ。」

所長には本当に頭が下がる。

ここの会社では自分が最年少と言う事もあって可愛がってくれている。

怒るととんでもなく怖いがそこに減り張りがあって俺は良いと思う。

更衣室に入ると先輩の一人の桧山さんがロッカーの鏡に向かって何やらチェックしていた。

「おはようございます。」
「おぉ、おはようさん。」
「なにしてんすか?」

鞄から作業着を取り出し着替えながら問う。

「いやぁ白髪一気に増えてきてなぁ。」
「はぁ、御愁傷様です。」

思わず口走ってしまった。

「お前愛嬌無いんだから口をもっとこう…なんだ、可愛く出来んのか。」

例えが出なかったんだろう。

でもここまで喋れる相手はこの桧山先輩ぐらいだ。

俺が会社ここに入ってから、ずっとパートナードライバーをしてくれている。

「桧山さん、幾つでしたっけ?」

キャップを被り整える。

「…四十五。」

少しの沈黙が切なさを感じる。

「仕方ないっすね。」
「なにが仕方ないだ!晴も歳食ったら解るぞ?」

別に解ってもそこまで落胆しないだろう。

「あ、そう言えばだな。」
「はい?」

桧山さんの表情が急に変わった、少しニヤケながら。

「明日、女がくるぞ!女!」
「女ぁ?何処に?」
「ここ!」

指を地に向かって意気揚々と答え出す。

「なにしに?」
「出稼ぎにだよ!ったりめーだろ。」
「出稼ぎにって…。」

にしても女性がこの会社に来るなんて意外過ぎて呆気に取られた。

「マジっすか?」
「マジマジ!ベーやんから訊いた情報だと四十代のおっさんと…」

この人は自分と同世代の人間を呼ばわりして悲しくないのか。

ちなみにべーやんとは桧山さんとよくるんでいる矢部と言う先輩だ。

「めっさ!可愛い女の子なんだってよ!」

再び鏡に目を向け白髪を気にしだす。

「だから気にしてるんすか…。」

失笑しながら自分のロッカーの扉を閉めた。

「そりゃな~、俺も男だからよ!」
「ちなみに桧山さん、勤怠打ちました?」
「うぉーーー!忘れてたーーー!!」

相変わらず騒がしい人だ。でも何だかんだでこの人も俺に合わせてくれている。

「さっ、今日も頑張りますか。」

更衣室から出ると工場の中で何人か朝礼待ちの体勢を取っていた。

俺も適当に並ぶ。

「ひーやんから聞いた?」

隣にいた矢部さんに声をかけられた。

「あ、おはようございます。」

とりあえず挨拶をし聞いたと返す。

「あいつ…所長が発表するまで一応黙っとけって言ったのに。」

呆れながら苦い顔をした。

じゃあ言わなきゃいいのにと返そうとしたら所長と桧山さんが事務所から出てきた。

駄弁だべっていた皆が軽く整列し直す。

所長の朝礼と共にラジオ体操で体をほぐし点呼が始まる。

「今日は矢部、関本が◯◯地区にから…」

にしても今日は雨…と言うか暫く雨か。

本当に憂鬱だ。

夜中だと余計に暑いのか寒いのか解らなくなるし体調も優れない。

構内も薄暗く余計に気持ちが滅入る。

「桧山、土屋が××地区から…」

やばっ。どこルートか聞きそびれた。

でも運転手は桧山さんだから任せていいか。

「あぁそれとだな。」

所長が今日の作業ルートの発表をした後に付け足すように言った。

「明日、新しく二名の新人が入る。では安全第一でお願いします。」

たったそれだけを言い残し事務所に向かって行った。

周りは軽くざわついている。

「あぁー桧山と晴、ちょっと。」

所長が再び戻ってきた。

「二分だけいけるか?」
「は、はい。」
「うぃーす。」

呼び出しだ。

「明日の新人の一人だがな。」

立ったまま話を進める。

「二人、面倒見てくれるか?」

「え?」
「え!?」

明らかに反応が違う。

恐らく桧山さんは下心満載だろう。

「でも俺まだ二ヶ月ぐらいしか経験ないですよっ?」

不安と焦りを感じた。

「まぁ向こうもまだ若い。一番若い人間同士なら良いかと思ってな。」

と言うことは、さっき桧山さんが言っていたのが事実なら女性の方か。

「っしゃ!」

桧山さんは軽くガッツポーズをしている。

「うん?桧山、お前は運転だけしてればいいぞ?」

かなり冷酷に聞こえたのは気のせいだろうか。

「…へ?」

鳩が豆鉄砲を食ったかのように目が丸くなっていた。

ちょっと面白い。

「晴にとったら良い経験になるだろうし、しばらくは手取り足取り教えてやってくれ!」
「は、はぁ。」

急展開過ぎて頭が回らない。

「お前さっさと免許取れよーー!」

泣きながら俺に迫る桧山さん…近い。

「ま、宜しく頼むな。以上!」

そう言うと所長は会社携帯を取り出し事務所に再度向かって行った。

「なんだよ…このパシリみたいな扱い…。」

トホホと言わんばかりに落胆している。

「浮かれんなよ!」
「なにがっすか。」
「絶対ブスだ、間違いない!」

最低な先輩だ…。

しかし所長はああ言っていたが、やはり不安と焦りがまだある。

人に教えることなんて今までしたことない。

勿論、社会に出てからの後輩も初めてだ。

「ほらぁさっさと行くぞ。」

すっかりやる気を無くしたのか桧山さんの覇気の無い声で会社を出た。

パッカー車に積まれている制服の合羽を覆い被ぶる。

「真ん中!女な!」

三人乗りの真ん中のシートをバンバン叩きだす。

「ブスだったらどうするんすか。」

一応訊いてみる。

「それでもだ!…三トンで良かった。」

最低最悪な先輩だ。

この人に悩みなんてあるのかと感じてしまう。

「さぁて行くとしますか。えと今日は…××地区の団地からコンビニ含めて~…」

いつも通りのスタートを切る。

それと同時に少し平常心に戻れた。

思考に余裕が出来たのか、ふと数時間前の事を思い出す。

あの幽霊女、本当にまだいるのか?

冷静に考えると普通に怖い。

しかしあのポンコツな雰囲気ときたら全く怖いと感じない。

それがまた怖いな。

待ってると言っていたが何故俺の元に現れたのか。

原因は?
動機は?
目的は?

疑問と不信感に積もられながら桧山さんの独り言をラジオ代わりに考えたが、それよりも新人の件でまた頭を抱えてしまった。

まるで今日の天気みたいに心まで曇天の様にスッキリしなかった。


数時間後

全ての回収を終えて桧山さんが会社携帯で報告を入れている。

雨は上がりすっかりが昇って朝の十時過ぎ。

ここから会社に戻り俺は退勤になるわけだが先輩達はまだ残って事務作業もある。

自分はまだ新人の身だし作業が終わればそこで業務は終了。

最初は日勤夜勤と両方しようとしてたが所長に夜勤に回る様に言われ今に至る。

今考えたら無謀だ。少し慣れたが指や手首、肩が痛くて重い。

「朝食って行くか?」

桧山さんが携帯をパタンと閉じて言った。

「あ、すいません。家で用意されてるんで。」
「いいねぇ~実家。お母ちゃんのご飯有り難く食えよ?」

おどけた様に見せてきたのが少し不愉快だった。

大人気ないが眉をひそめてしまった。

「なんだよ、反抗期か?」
「別に…。帰りましょう。」
「はいよー。」

その後、俺は退勤し自転車で帰宅していると再び天気が崩れてきた。

まぁ家は近いし大丈夫だろうと思っていたら振りだしてきた。

「うっわ最悪…。」

今さら自転車を止めて合羽に着替えると余計に濡れるので目に入った屋根付きの駐車場に避難した。

「んだよもう。」

そうぼやいていたらバシャバシャと音を立てて一人の女性が片腕を傘代わりにして入ってきた。

ロードワークでもしていたのだろうか。

雀の尻尾の様に髪を軽く後ろに束ね、上下ジャージ姿だった。

「ふぅ…。」

彼女は両腕を払うと少し距離のある俺の方に目を向ける。

それと同時に俺は目を背ける。

気まずい…と言うか全身ずぶ濡れの姿をお互い見せたくないだろう。

そう思ってると腹の虫が鳴った。かなり間抜けな音で…。

「すまない。」

唐突に彼女に声をかけられた。

「は、はい?」

思わず彼女の方を向いた。

「この時間で近くに食事を摂れる店はないか?最近越してきたばかりでな。」

見た目と違ってかなり古風な言葉遣いだった。

まるで上司か何かの雰囲気だった。

「あえ~と…向こうの道に行くと信号があって…」

近くにあるファミレスを教えた。

「うん、ありがとう。」

軽く笑みを見せて会釈した。

それに釣られるかの様に俺も会釈した。

って俺の腹の音が聞こえたのか?

少し…いやかなり恥ずかしいぞ。

「では。」

そう言うと彼女は再び走り抜けて行った。

気づくと外は雨が上がっていた。

「…帰ろ。」

今日は何かと騒がしい日だな。

曇り空の下、また自転車に跨がり帰宅した。

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