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第2章 六月~June~
第7話 夢の余韻
しおりを挟む喧騒の中、誰かの小さくて温かい手を握り締めている。
周りは浴衣姿の人々や屋台が並んでいる。
何かの催し物だろうか、笛の音も聴こえる。
にしても人混みが凄い。今にも飲み込まれそうだ。
その手を離さない様に、強過ぎず弱過ぎずに改めて握り締める。
少し離れた場所に出ると、暗闇の空に一筋の光が昇った。
その光は大きな破裂音と共に、綺麗に舞った。
花火だ。
続々と色鮮やかな光が舞い散っていく。
ふと握り締めていた手の主の顔を見る。
花火の光に照らされて非常に綺麗だった。
彼女は……。
…
車が走っている音か?永遠に走り続けているなと思った瞬間に目が覚める。
真っ暗な部屋の中、音の正体は雨音だった。
「はぁ…。」
覚醒後の堕落感と雨で憂鬱な目覚めだ。
それにしても最近やたらリアルな夢をよく見る。
祭り…恐らく花火大会だろう。一体俺は誰と見ていたのだろうか。
「あ、起きた?」
暗闇の中、声だけが聞こえてきた。
「ん。」
まだ寝惚けているのだろうか、後の言葉が出てこず返事だけをする。
「晴君、最近よくこの時間に起きるね。」
と言うことは直に仕事の時間になるかと思い部屋の灯りを点ける。
同時にレイの姿が確認し窓を確認する。
まだ手先が薄く透けている状態だった。
その姿を寝惚け眼で見ていると目が合い、直ぐ様窓の方に目をやった。
いつもより激しい雨が降っていた。
「止んでくれたら良いね。」
レイも窓を見ながら言うが俺にはどうしても、言葉が続かない。
それ程まだ寝惚けているのか、疲れが抜けていないのか。
さっきの夢の事も頭にちらつくが追い付けない。
顔を洗いに行こうと部屋の扉を開く。
「晴君!」
後ろからレイの声。
「今日もお仕事頑張ってね!」
「…あぁ。」
振り返りもせず、その声を尻目に生返事だけを返した。
そして支度をし会社に向かう。
流石に目が覚めてきてあることを思い返す。
紫陽花園の事だ。
今日見た夢から自然と繋がった。
美沙香と一緒に行くことになったが、まだ行く日にち、集合場所に時間、諸々決めてもいないし言っていない。
今日伝えよう。
そう決めたと同時に、もう一つ気掛かりな事があった。
(レイの奴も言ったら来るかな?)
紫陽花園の事は言ってないし、そもそも知らないだろう。
なんだか俺だけ遊びに行くと言う感じが少し忍びない。
と言っても一緒にだなんて無理な話だ…と思ったがそうでもないか?
周りはレイの事は見えないし声も聞こえない。
にしてもと考えをループしていたら会社に到着していて美沙香の姿が見えた。
「おはよう。」
「晴、おはよう。行く日、どうする?」
早速訊いてきた。
「おいっ、職場でその話は伏せてくれ。」
所長に言われた言葉が胸に閊えていた。
職場内で私情を挟むなと。
「ん、まぁそうだな。すまない。」
美沙香は聞き分け良く話を途切らした。
自分で言っといて何だが少し申し訳無く思った。
「終わったら連絡するよ。」
「あぁ。」
こう言う所って真面目と言うか気にし過ぎと言うか。
もっと柔軟に考えても良いと思うが今は仕事に集中しようと事務所に向かいタイムカードを押した。
今日の業務が終えて直ぐに会社を後にした。
外は霧雨が降っている。
帰宅し部屋に入ると棚に置かれた縫い包みを眺めていたのであろう、レイが棚の前に立っていた。
「おかえり、晴君。」
「た、ただいま。」
今日は居た。
何故か胸を撫で下ろすかの様な気持ちになった。
「?」
何も言わずにただ立っている俺に疑問を抱いたのかレイは首を傾げた。
「あ、いや。」
誤魔化すかの如く速やかに荷物を置く。
「風呂入ってくる。」
「はーい。」
新しい着替えと作業着を片手に下に降りながらスマートフォンをポケットから取り出し美沙香にメッセージを送る。
「休みの初日にどう?」
愛想の欠片も無いだろう淡白なメッセージだけを送りシャワーを浴びる。
日に日に湿気の多い暑さを感じる事が多くなったなと思う。
そしてあっという間に夏が訪れて気付けば冬になっているのかなと思い耽る。
レイの奴はいつまで居るのだろうか。
自然とリンクするかの様にレイの事に結びつけていた。
俺の前に現れて二週間弱ぐらいかと思うと違和感を感じた。
たったその程度の時間でかなり見方が変わった…と言うよりも和らいだと言う感じだ。
ふと夜中に見た夢を思い返した。
気持ちが和らぐと言う感情に近いものが胸に響いた。
一緒にいた人は誰だが分からない。
今の俺とレイの奇妙な立ち位置とは違う、恐らくもっと現実的な関係なんだろうか。
恋人とか夫婦とか様々な憶測が頭を過ぎる。
俺は浮かれているのかと自嘲してしまう。
「っ寒。」
梅雨ならではの気候で体の温度調節が狂っているのか。温めに設定されたシャワーを止めて浴室から出る。
着替えていると先程送ったメッセージが返ってきていた。
「お疲れ様。問題無い。時間はどうしようか?」
俺に負けじと淡白なメッセージだった。
確か昼一から夜の九時ぐらいまでやっていた気がする。
あまり早過ぎるのあれだし、暗くなるとライトアップされるのもあって夕方の五時ぐらいが良い塩梅だろう。
「十七時に駅前でどうだ?」
そう送ると直ぐに既読のマークが着き数秒後に新しいメッセージが届いた。
「了解。明日も頼む。」
まるで業務連絡の様なやり取りで少し笑えた。
それと同時に腹の虫が鳴り昼前の夕飯を食べる。
すると寝室から母さんが現れた。
そうか、今日はパートが休みなのかと理解し食事を続ける。
「あらお帰り、今帰ったの?」
「…うん。」
母さんはキッチンに向かい珈琲を淹れる。
特に向かい合わず目も合わせないキッチン越しの会話。
「そう言えば、あなた最近独り言多くない?」
「えっ?」
思わず大きな声で反応してしまった。
「たまに夜中になると聞こえてくるわよ。」
そう言われるもそれ以上の追及されなかった。
「最近会社で後輩が出来たんだよ。それで電話とかして…じゃねーかな。」
茶を濁すかの様に返すも「そう。」の一言で終わった。
居心地の悪さに逃げるかの様に部屋に戻った。
「あー、頭ちゃんと乾かさなきゃ風邪ひくよ?」
レイが少し笑いながらこちらの目を見て言った。
「…。」
母親に言われた事を気にしてか、小さな声も出せずに苦笑いだけを返した。
先程の会話では視線を合わせず向かい合わずの状態で返答するのに対して、コイツはちゃんと目を合わせて向かい合って話しくれるのに返事が出来ない。
こんなの可怪しい。
でも俺は下唇に噛み締めながら床に座り込む。
「この子の名前どうしよっかな~。」
熊の縫い包みを見つめながらレイは悩んでいる。
呑気な奴だ、本当に。
今までの配慮が馬鹿げているかに思えるくらいに感じた。
「レイってさ、祭りとか行った記憶ある?」
思わずそう訊きそうになった。
が、喉の奥に無理矢理詰めるかの様に押し戻した。
訊いたところで何がしたいんだ俺は。
出勤した時に一瞬考えた事を振り返すも美沙香との約束がある。
今はそれだけで頭が回らない。
「今日は映画、何観るの?」
「いや、今日はいいや。」
思考を放棄するかの様にベッドに横たわる。
「大丈夫?」
「あぁ。ちょっと疲れてるだけだ。」
「か、風邪かなっ?」
「いや、本当に疲れてるだけだ。」
「そ、そっか。」
正直言うと頭が少しポォとしている。
考え過ぎたのかも知れない。知恵熱とはこの事を指すのだろうか。
それを言ってしまうと無駄に心配させてしまうので伏せた。
「ちょっと早いけど寝るわ。」
「う、うん。お休み。」
その言葉を最後に体が溶けていくみたいに俺は目を閉じた。
……
頭、喉、胸、首、腕、脚。
体の全てが重く痛く熱い。
そして孤独感。
独りの空間でこの状況は絶望的だ。
誰でも良い…誰か隣に居て欲しい。
すると本当に誰かが来たみたいだ。
言葉をかけてくれているが良く聞き取れない。
額に冷たい感触を覚え少し楽になった。
そしてその誰かが背を向けて何やら作っている。
水道の音、食器が触れる音、まな板が包丁に当たる音。
全てが落ち着く。
こんな時間なら辛くても苦じゃない。
…
喉と体の違和感で目が覚めた。
全体に悪寒が走っている。
布団を必要以上に絡め海老の様に丸くなる。
体の節々が痛い。
やってしまった…と頭が余計に痛くなる。
風邪を引いてしまった。
スマートフォンを開き時間を確認すると十五時過ぎ…床に入ってまだ四時間ぐらいしか経っていなかった。
唾を飲み込むと喉の奥が少し痛い。自分の手の甲で熱を確認すると中々に火照っている事が分かる。
「晴君、おはよ…って!えぇ!?」
レイの声が頭に響く。
「っるーせな。」
「顔!真っ赤っかだよ!」
「そんなにか。」
重く痛い体を起き上がらせる。
「寝てなきゃ!やっぱり風邪だったんだ。」
まるで自分がやらかしたかの様に落胆している。
「別にレイのせいじゃないよ。俺が気ぃ許してただけだ。」
喉が乾いていたので下に降りようとベッドから離れる。
しかし予想以上に弱っていたのか足元が覚束ず躓いてしまった。
「あ!」
咄嗟にレイが抱えようとしてくれたが触れた感触も無く軽く転んでしまった。
「だ、大丈夫!?」
今にも泣きそうになっている。その表情に冷めきった体が暖かくなった。
「大丈夫大丈夫。」
直ぐに立ち上がり体に力を入れる。
「水飲んでくるわ。」
「駄目だよ!階段危ないし。」
まるで病人を扱うかの様に寄り添うレイ。
その手は何度もすり抜ける。
「…私、役立たずだ。」
再び落胆する。その気持ちだけで嬉しかった。
だが素直にその言葉が出なかった。
「薬飲んでまた直ぐに寝るよ。そしたら元に戻るから。」
代わりに出たのは、なるべく心配をかけずに平常に接する事だった。
「うん…。」
その後、熱を測ると三十七度九分と言う数字だった。
母親は夕飯に消化が良いからと、うどんを出してくれて兄貴は栄養剤を買ってきてくれた。エナジードリンクだったが。
「もうそんな顔するな。そんな酷い熱じゃないんだから。」
ベッドで横になっている隣にレイがずっと見守る形で付き添う様にいる。
未だにその表情は泣きそうになっていた。
「ううん。やっぱりあの時に風邪だって分かってたら。」
仕事から帰った時の事か。
「それに御天気悪いのに私と色々な所、連れてってくれたから。」
「結果論だ、気にするな。」
「ケッカロン…そうかな?」
本当に分かっているのだろうか。同じ言葉を繰り返す姿に少し笑えた。
「あ…。」
笑ったのが確認出来たのか、レイの表情が少し晴れる。
「な?笑えるぐらい平気だから。」
「…うん。」
少しの間が開いた後に渋々納得するかの様に頷いてくれた。
「でも無理しちゃ駄目だよ?明日のお仕事も行っちゃ駄目だから!」
ついさっきまでは病人扱いだったのに対して子供扱いだ。
「ん、ありがとう。」
それにしてもこの感じ、既視感が拭えない。
だが直ぐに判明した。夢の中だ。
あの夢も、また今の俺の様に寝込んでいて誰かが寄り添ってくれてたんだっけ。
本当に…よく…見るな。
応援ありがとうございます!
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