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第2章 六月~June~
第8話 水の器
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「ここ一週間、またスッキリしない天気が続く見込みです。」
夕方の報道番組、ニュースキャスターが来週の天気を予報をしている。
風邪を引いてから数日が経った。
雨は降らず曇りの日が続き、その日を境にレイの姿は見ていない。
やはり雨の日にしか出ないと言う事が濃厚みたいだ。
そうこうしている間に美沙香との約束の日になっていた。
約束通りの時間より少し早めに出ることにし支度する。
天気は曇り。
雨が降らずに良かったと思うべきはずなんだろうが正直複雑な心境だった。
テレビのニュースキャスターが言う通りスッキリしない。
そして家を出て久々の電車に乗り、町から数駅離れた所で降りる。
幼少期の頃に来たことがあっても、今となったら全く来なくなった町なので懐かしさの欠片も無い。
空は若干夕闇に呑まれつつあるも周りは紫陽花園に来たであろう人達がチラチラ確認出来る。
浴衣を来た女性に半袖短パンの小学生。
子供を連れた家族やカップルなど様々な人達で賑わっている。
まだ二十分程余裕があったので缶コーヒーでも買おうと近くの自販機に足を運ぶと後ろから数回、軽く肩を叩かれた。
振り返ると「こんにちわ」と改めて挨拶をする美沙香がいた。
「こ、こんにちわ。」
思わずこちらも改める。
美沙香は普段出勤する前のジャージ姿では無く、髪を下ろし私服に綺麗なネックレスをしていた。
「浴衣が良かったか?」
美沙香は少しおどけた態度を取る。
「いや逆に困る。普通で良い」
「実家には有るんだがな。取りに行くタイミングが無かった。」
周囲の浴衣姿でいる人達を見て少し残念そうにしている。
「俺は普通が良いんだよ。自然が一番と言うか。」
あまり気の利いた言葉は出ないが正直に言った。
「そ、そうか。それにしても早いな!感心感心。」
一瞬恥じらいを見せたのか直ぐに話題を変えた。
「まぁ十分前行動は大事って言ってたし。」
「誰にだ?」
「所長。」
「本当に真面目な奴だ。ま、そこが晴の良いところでもあるな。私は好きだぞ。」
その言葉に酷く動揺したのか心臓が激しく脈打った。
「…さ!行こ行こ。混むかもしれないからな。」
恥ずかしさのあまり踵を返し神社に向かう。
「思った以上に近かったな。まさか一駅で行けるとは。」
「へぇ。一駅分しか変わらないんだな。」
後ろから聞こえる美沙香の声に合わせる。
「晴の家は遠いのか?」
「いやそんなに。三駅…いや四駅か。」
「結構あるじゃないか。」
「昔はもっと遠く感じたよ。」
「ふふ。それだけ歳を取ったと言うことだ。」
まるで年寄りの他愛のない会話をしていると出店が見えてきた。
「あ、たません。なぁ食べないか?」
子供の様に燥ぐ美沙香に頬が緩まった。
「あぁ。すいません、二枚お願いします。」
慣れた手つきでマヨネーズとソースをかける店員を余所に美沙香はもう一人いた店員に会計を済ませている。
「あ、いつの間に…。」
「いいんだ、お姉さんが奢ってやろう。」
「いやいいよ、出すよこれぐらい。」
「私が食べたいと言ったんだ、気にするな。」
「でもー」
そんな問答を繰り返していると店員の一人が用意出来たたこせんを二つ差し出して来た。
「二つも持てない、晴。」
「あ、おぅ。」
渋々受けとる形で玉子が乗ったたこせんを持つ。
離れに移動し立ちながら食べる事に。
「うん、旨い!」
美沙香は早速頬張りだす。
「なぁ、せめて自分の分ぐらい出すって。」
「まだ言ってるのか。たまには甘えることも大事だぞ。それに大した事じゃない、気にするな。」
二口目を頬張る。
玉子が落ちそうになり首を前屈みにし片手でカバーする姿に思わず俺も身構えてしまった。
「んんー!気を付けろ、黄身が垂れ落ちそうだ。」
そんな姿を見ていると、さっきまでの問答がどうでも良く感じた。
それぐらい楽しいと思えたからだ。
自分も一口食べる。が、いきなり真ん中に亀裂が出来てしまい先程の美沙香の状態になる。
「あーあ、もう半分に割れ。挟むようにしたら食べやすいぞ?」
助言を受けて一口分のたませんを咀嚼しながら亀裂した部分を折り畳める形にした。
「気を抜くな、また食べた時に中身が飛び出てくるからな。」
たません一枚食べるだけでこんなに気を張るとは思わなかった。
美沙香を見ると気を抜くなと言ってた張本人も苦戦していて口の周りがソースまみれになっていた。
普段に対して子供みたいに無垢な姿がやけに面白かった。
「美沙香、ソースめっちゃ付いてるぞ。」
「む…今は仕方ない。と言うか晴もだぞ。」
そして軽く腹ごしらえを済まし、いよいよ入園。
園内には様々な花の匂いで満たされていた。少し鼻の奥がむず痒い。
「晴は花好きか?」
「いや取り立てては。」
「正直私も詳しくない。朝顔とか向日葵は知っているが。」
「俺もそれぐらいかな。チューリップとか。」
「そうだな。でも凄く綺麗だ。」
花に対して乏しい情報を言い合っていると、今回のメインである紫陽花コーナーが見えてきた。
「あれか?既に凄いな。」
遠目からでも確認出来る程の綺麗な証明に美沙香の目は輝いていた。
そして様々な紫陽花が俺らを迎え入れてくれた。
周りの人達はスマホやカメラで撮影しているのに対して美沙香は目に焼き付けるかの様にじっと見詰めている。
「紫陽花って、こんなに種類あるんだな。」
美沙香はポツリと呟く様に言う。
「俺も思った。こんなにカラフルだっけ?」
「晴はどの色が好きだ?」
「う~ん…。」
俺の中で素直に一番綺麗だと思った色を言った。
「青かな?美沙香は?」
「そうだな…。」
しばらく手を顎に当てながら眺めて考えている。
「白だな。シンプルなのに綺麗と思えるって凄いと思わないか?」
「確かにな。お、あっちも色んなのあるぞ?行こうぜ。」
この後に俺達は紫陽花を始め様々な花を眺め続けた。思った以上に楽しめたのが以外だった。
恐らく一人で来たらこんなにも楽しめず数分、もしくは数秒で飽きてしまうかもしれない。
なんなら来ることすら無かっただろう。
「目の保養とはこの事だな。心が洗われた。」
花園を後に、満足げに美沙香が言う。
「今日はありがとう、晴。」
「こちらこそ…ありがとう。」
誰かと過ごす休日も悪くない。
それは以前レイと学校に忍び込んだ感じと似ていたが、また違った充実感だった。
すると頭上に数敵の水が当たった気がし、上を向くと曇りきった夜空から雨が降ってきたと確認した。
「降ってきたな。」
「雨…か。」
美沙香は小走りで駅に向かう。
「晴ぅー、早く来い。濡れるぞー?」
少し遠くから美沙香の声が聞こえる。
「あ、あぁ。」
続けて俺も美沙香に連られるかの様に駅に向かう。
あっと言う間に本降りになってきた。夕立かと思うくらいの強い雨だった。
全身ずぶ濡れになって駅に辿り着いた。
「最後の最後の災難だな。」
「…。」
さっきまで美沙香との休日を堪能していたのに頭の中は違うことを考えていた。
「ふふ、こうしていると晴と初めて会った時の事を思い出す。」
久々の雨、アイツは来ているのだろうか?
すると踏切の警報機が鳴った。
「電車、来たな。」
「あぁ。」
一緒に改札を潜る。
「今日は本当にありがとう、楽しかった。」
美沙香は俺と同じホームを背にして言った。
「え?あ、俺もこっちから来た。」
「なんだ、同じ方面か。ならまだ別れの挨拶はいらないな。」
どこまでも律儀な奴だ。
「途中までだけど一緒に帰ろう。」
「…そうだな。」
なんで俺はこんなに気掛かりになっているのだろうか?
楽しい瞬間を存分に楽しめていない気がする。
つっかえた何かを払いたい一方で躊躇している擬しい気持ちだ。
電車に乗ると数席空いているシートがある。
「私は一駅だから。」
そう言うと俺にシートに座る様に促す。
「いや、俺も知れてるよ。大丈夫だ。」
「そうか。」
結局お互い座らないまま立っている事に。
電車が動き出す。車内だけに無駄に喋らず黙っていると数分後には一駅分を迎えた。
すると車掌のアナウンスが流れた。
「お客様にお知らせです。只今大雨の影響で、この電車は当駅で運転を見合せる次第になります。運転再開まで今しばらくお待ちください。」
「げぇ、マジかよ。」
残酷なアナウンスに気が滅入る。
「どれくらいかかるんだろ。」
独り言の様に愚痴を吐く。
「良かったら時間潰して行くか?」
「…え?」
理解が追いつかなかったが、美沙香は自宅に招いてくれた。
あまりにも急な展開に目の奥から力が入る。
「い、いいよ別に。」
「どれくらい時間掛かるか分からないんだろ?このままでは風邪引くぞ?」
「う…。」
そう言われると先日、風邪を拗らせたの思い出す。
「お、お邪魔します。」
綺麗な一件のハイツ、ここが美沙香の家だ。
入った瞬間、自宅とまったく違う香りがしてドキッとした。
「適当に座ってくれ。」
幸い尻の部分まで濡れてなかったので少し遠慮気味に腰を下ろした。
「シャワー浴びるか?」
「え!?いいよそこまで。」
「風邪引くぞ。」
脅される様に言われる。ハラスメントに近い。
「お前…それ言うと何でも言うこと聞くと思ってるだろ?」
「そんな事ない。本当に風邪を引くぞ?」
「だったらドライヤーあるか?」
「あぁ。」
「それ貸してくれ。着替えとか無いし。」
「それもそうだな。」
そう言うと美沙香は洗面所に置いてあったのであろうドライヤーを持ってきてくれた。
「悪いが私はシャワー浴びさせてもらうぞ。」
「ど、どうぞ。」
「適当に冷蔵庫にある物でも飲んでくれ。」
「お構い無く。」
「あと、回れ右。」
「は?」
「回れ右だ!」
前方にタンスがあったので着替えを取りたかったのであろうと悟り言われるままに回れ右をした。
一瞬白い紐状の物が見えたのに顔が熱くなりドライヤーを起動させる。
「熱っ!」
直ぐにCOOLに切り替え湿きった腿に当てる。
そこの部分だけ冷えきり顔はまだ熱い。
「ちゃんと乾かすんだぞ。」
そう言い残すと浴室に消えていった。
濡れた全身にドライヤーの温風が行き渡る。
辺りを改めて見ると綺麗に片付けられていると言うか殺風景と言って良いくらい必要最低限の家具しかない。
テーブルに手鏡と少々の化粧用具、壁に風景画のジグソーパズルが飾られているぐらい。
最近越してきたばかりと言ってたのを思いだし納得する。
必要最低限をも揃えるだけで苦労しそうだ。
「独り暮らしも大変だな。」
俺がしたいのはこう言う事なんだぞと自分で言い聞かす。
ドライヤーを止めると向こうからシャワーの音と、外からは豪雨がアスファルトを叩きつける音が交差して響く。
妙に落ち着かずテレビを点けさせてもらう。
クイズバラエティ番組で芸人達が回答して笑いを起こしているが頭に入ってこない。
しかし一つの問題に耳を傾けた。
「六月の!花と言えば!?」
「え!?なんだろう…。」
あまりにもタイムリーな問題だったので思わず目を向けた。
花は詳しくないが直ぐに答えれた。
「紫陽花。」
「紫陽花。」
言葉が重なった。
後ろを振り向くといつの間にかシャワーを終えた美沙香がタオルで頭を拭きながら立っていた。
「は、早いな。」
少し恥ずかしい。
「終わったか?借りるぞ。」
手に持っていたドライヤーを差し出す。
再びドライヤーの音でテレビの音が聞こえなくなる。
俺よりも長く、しっかりと髪を乾かしていく。
その姿が何処か懐かしく、少し優しい気持ちになれた。
夕方の報道番組、ニュースキャスターが来週の天気を予報をしている。
風邪を引いてから数日が経った。
雨は降らず曇りの日が続き、その日を境にレイの姿は見ていない。
やはり雨の日にしか出ないと言う事が濃厚みたいだ。
そうこうしている間に美沙香との約束の日になっていた。
約束通りの時間より少し早めに出ることにし支度する。
天気は曇り。
雨が降らずに良かったと思うべきはずなんだろうが正直複雑な心境だった。
テレビのニュースキャスターが言う通りスッキリしない。
そして家を出て久々の電車に乗り、町から数駅離れた所で降りる。
幼少期の頃に来たことがあっても、今となったら全く来なくなった町なので懐かしさの欠片も無い。
空は若干夕闇に呑まれつつあるも周りは紫陽花園に来たであろう人達がチラチラ確認出来る。
浴衣を来た女性に半袖短パンの小学生。
子供を連れた家族やカップルなど様々な人達で賑わっている。
まだ二十分程余裕があったので缶コーヒーでも買おうと近くの自販機に足を運ぶと後ろから数回、軽く肩を叩かれた。
振り返ると「こんにちわ」と改めて挨拶をする美沙香がいた。
「こ、こんにちわ。」
思わずこちらも改める。
美沙香は普段出勤する前のジャージ姿では無く、髪を下ろし私服に綺麗なネックレスをしていた。
「浴衣が良かったか?」
美沙香は少しおどけた態度を取る。
「いや逆に困る。普通で良い」
「実家には有るんだがな。取りに行くタイミングが無かった。」
周囲の浴衣姿でいる人達を見て少し残念そうにしている。
「俺は普通が良いんだよ。自然が一番と言うか。」
あまり気の利いた言葉は出ないが正直に言った。
「そ、そうか。それにしても早いな!感心感心。」
一瞬恥じらいを見せたのか直ぐに話題を変えた。
「まぁ十分前行動は大事って言ってたし。」
「誰にだ?」
「所長。」
「本当に真面目な奴だ。ま、そこが晴の良いところでもあるな。私は好きだぞ。」
その言葉に酷く動揺したのか心臓が激しく脈打った。
「…さ!行こ行こ。混むかもしれないからな。」
恥ずかしさのあまり踵を返し神社に向かう。
「思った以上に近かったな。まさか一駅で行けるとは。」
「へぇ。一駅分しか変わらないんだな。」
後ろから聞こえる美沙香の声に合わせる。
「晴の家は遠いのか?」
「いやそんなに。三駅…いや四駅か。」
「結構あるじゃないか。」
「昔はもっと遠く感じたよ。」
「ふふ。それだけ歳を取ったと言うことだ。」
まるで年寄りの他愛のない会話をしていると出店が見えてきた。
「あ、たません。なぁ食べないか?」
子供の様に燥ぐ美沙香に頬が緩まった。
「あぁ。すいません、二枚お願いします。」
慣れた手つきでマヨネーズとソースをかける店員を余所に美沙香はもう一人いた店員に会計を済ませている。
「あ、いつの間に…。」
「いいんだ、お姉さんが奢ってやろう。」
「いやいいよ、出すよこれぐらい。」
「私が食べたいと言ったんだ、気にするな。」
「でもー」
そんな問答を繰り返していると店員の一人が用意出来たたこせんを二つ差し出して来た。
「二つも持てない、晴。」
「あ、おぅ。」
渋々受けとる形で玉子が乗ったたこせんを持つ。
離れに移動し立ちながら食べる事に。
「うん、旨い!」
美沙香は早速頬張りだす。
「なぁ、せめて自分の分ぐらい出すって。」
「まだ言ってるのか。たまには甘えることも大事だぞ。それに大した事じゃない、気にするな。」
二口目を頬張る。
玉子が落ちそうになり首を前屈みにし片手でカバーする姿に思わず俺も身構えてしまった。
「んんー!気を付けろ、黄身が垂れ落ちそうだ。」
そんな姿を見ていると、さっきまでの問答がどうでも良く感じた。
それぐらい楽しいと思えたからだ。
自分も一口食べる。が、いきなり真ん中に亀裂が出来てしまい先程の美沙香の状態になる。
「あーあ、もう半分に割れ。挟むようにしたら食べやすいぞ?」
助言を受けて一口分のたませんを咀嚼しながら亀裂した部分を折り畳める形にした。
「気を抜くな、また食べた時に中身が飛び出てくるからな。」
たません一枚食べるだけでこんなに気を張るとは思わなかった。
美沙香を見ると気を抜くなと言ってた張本人も苦戦していて口の周りがソースまみれになっていた。
普段に対して子供みたいに無垢な姿がやけに面白かった。
「美沙香、ソースめっちゃ付いてるぞ。」
「む…今は仕方ない。と言うか晴もだぞ。」
そして軽く腹ごしらえを済まし、いよいよ入園。
園内には様々な花の匂いで満たされていた。少し鼻の奥がむず痒い。
「晴は花好きか?」
「いや取り立てては。」
「正直私も詳しくない。朝顔とか向日葵は知っているが。」
「俺もそれぐらいかな。チューリップとか。」
「そうだな。でも凄く綺麗だ。」
花に対して乏しい情報を言い合っていると、今回のメインである紫陽花コーナーが見えてきた。
「あれか?既に凄いな。」
遠目からでも確認出来る程の綺麗な証明に美沙香の目は輝いていた。
そして様々な紫陽花が俺らを迎え入れてくれた。
周りの人達はスマホやカメラで撮影しているのに対して美沙香は目に焼き付けるかの様にじっと見詰めている。
「紫陽花って、こんなに種類あるんだな。」
美沙香はポツリと呟く様に言う。
「俺も思った。こんなにカラフルだっけ?」
「晴はどの色が好きだ?」
「う~ん…。」
俺の中で素直に一番綺麗だと思った色を言った。
「青かな?美沙香は?」
「そうだな…。」
しばらく手を顎に当てながら眺めて考えている。
「白だな。シンプルなのに綺麗と思えるって凄いと思わないか?」
「確かにな。お、あっちも色んなのあるぞ?行こうぜ。」
この後に俺達は紫陽花を始め様々な花を眺め続けた。思った以上に楽しめたのが以外だった。
恐らく一人で来たらこんなにも楽しめず数分、もしくは数秒で飽きてしまうかもしれない。
なんなら来ることすら無かっただろう。
「目の保養とはこの事だな。心が洗われた。」
花園を後に、満足げに美沙香が言う。
「今日はありがとう、晴。」
「こちらこそ…ありがとう。」
誰かと過ごす休日も悪くない。
それは以前レイと学校に忍び込んだ感じと似ていたが、また違った充実感だった。
すると頭上に数敵の水が当たった気がし、上を向くと曇りきった夜空から雨が降ってきたと確認した。
「降ってきたな。」
「雨…か。」
美沙香は小走りで駅に向かう。
「晴ぅー、早く来い。濡れるぞー?」
少し遠くから美沙香の声が聞こえる。
「あ、あぁ。」
続けて俺も美沙香に連られるかの様に駅に向かう。
あっと言う間に本降りになってきた。夕立かと思うくらいの強い雨だった。
全身ずぶ濡れになって駅に辿り着いた。
「最後の最後の災難だな。」
「…。」
さっきまで美沙香との休日を堪能していたのに頭の中は違うことを考えていた。
「ふふ、こうしていると晴と初めて会った時の事を思い出す。」
久々の雨、アイツは来ているのだろうか?
すると踏切の警報機が鳴った。
「電車、来たな。」
「あぁ。」
一緒に改札を潜る。
「今日は本当にありがとう、楽しかった。」
美沙香は俺と同じホームを背にして言った。
「え?あ、俺もこっちから来た。」
「なんだ、同じ方面か。ならまだ別れの挨拶はいらないな。」
どこまでも律儀な奴だ。
「途中までだけど一緒に帰ろう。」
「…そうだな。」
なんで俺はこんなに気掛かりになっているのだろうか?
楽しい瞬間を存分に楽しめていない気がする。
つっかえた何かを払いたい一方で躊躇している擬しい気持ちだ。
電車に乗ると数席空いているシートがある。
「私は一駅だから。」
そう言うと俺にシートに座る様に促す。
「いや、俺も知れてるよ。大丈夫だ。」
「そうか。」
結局お互い座らないまま立っている事に。
電車が動き出す。車内だけに無駄に喋らず黙っていると数分後には一駅分を迎えた。
すると車掌のアナウンスが流れた。
「お客様にお知らせです。只今大雨の影響で、この電車は当駅で運転を見合せる次第になります。運転再開まで今しばらくお待ちください。」
「げぇ、マジかよ。」
残酷なアナウンスに気が滅入る。
「どれくらいかかるんだろ。」
独り言の様に愚痴を吐く。
「良かったら時間潰して行くか?」
「…え?」
理解が追いつかなかったが、美沙香は自宅に招いてくれた。
あまりにも急な展開に目の奥から力が入る。
「い、いいよ別に。」
「どれくらい時間掛かるか分からないんだろ?このままでは風邪引くぞ?」
「う…。」
そう言われると先日、風邪を拗らせたの思い出す。
「お、お邪魔します。」
綺麗な一件のハイツ、ここが美沙香の家だ。
入った瞬間、自宅とまったく違う香りがしてドキッとした。
「適当に座ってくれ。」
幸い尻の部分まで濡れてなかったので少し遠慮気味に腰を下ろした。
「シャワー浴びるか?」
「え!?いいよそこまで。」
「風邪引くぞ。」
脅される様に言われる。ハラスメントに近い。
「お前…それ言うと何でも言うこと聞くと思ってるだろ?」
「そんな事ない。本当に風邪を引くぞ?」
「だったらドライヤーあるか?」
「あぁ。」
「それ貸してくれ。着替えとか無いし。」
「それもそうだな。」
そう言うと美沙香は洗面所に置いてあったのであろうドライヤーを持ってきてくれた。
「悪いが私はシャワー浴びさせてもらうぞ。」
「ど、どうぞ。」
「適当に冷蔵庫にある物でも飲んでくれ。」
「お構い無く。」
「あと、回れ右。」
「は?」
「回れ右だ!」
前方にタンスがあったので着替えを取りたかったのであろうと悟り言われるままに回れ右をした。
一瞬白い紐状の物が見えたのに顔が熱くなりドライヤーを起動させる。
「熱っ!」
直ぐにCOOLに切り替え湿きった腿に当てる。
そこの部分だけ冷えきり顔はまだ熱い。
「ちゃんと乾かすんだぞ。」
そう言い残すと浴室に消えていった。
濡れた全身にドライヤーの温風が行き渡る。
辺りを改めて見ると綺麗に片付けられていると言うか殺風景と言って良いくらい必要最低限の家具しかない。
テーブルに手鏡と少々の化粧用具、壁に風景画のジグソーパズルが飾られているぐらい。
最近越してきたばかりと言ってたのを思いだし納得する。
必要最低限をも揃えるだけで苦労しそうだ。
「独り暮らしも大変だな。」
俺がしたいのはこう言う事なんだぞと自分で言い聞かす。
ドライヤーを止めると向こうからシャワーの音と、外からは豪雨がアスファルトを叩きつける音が交差して響く。
妙に落ち着かずテレビを点けさせてもらう。
クイズバラエティ番組で芸人達が回答して笑いを起こしているが頭に入ってこない。
しかし一つの問題に耳を傾けた。
「六月の!花と言えば!?」
「え!?なんだろう…。」
あまりにもタイムリーな問題だったので思わず目を向けた。
花は詳しくないが直ぐに答えれた。
「紫陽花。」
「紫陽花。」
言葉が重なった。
後ろを振り向くといつの間にかシャワーを終えた美沙香がタオルで頭を拭きながら立っていた。
「は、早いな。」
少し恥ずかしい。
「終わったか?借りるぞ。」
手に持っていたドライヤーを差し出す。
再びドライヤーの音でテレビの音が聞こえなくなる。
俺よりも長く、しっかりと髪を乾かしていく。
その姿が何処か懐かしく、少し優しい気持ちになれた。
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