雨のち君

高翔星

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第2章 六月~June~

第9話 暗闇の昔語り

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髪を乾かし終えたのか美沙香はドライヤーの電源を切り机の上に置いた。

部屋いっぱいにシャンプーの良い香りが漂っている。

相変わらず激しい雨と、うっすら雷も聞こえる。

「だいぶ激しいな、嵐みたいだ。」

美沙香はベランダのカーテンを開ける。

「なんか悪いな。」
「いや構わない。おさまるまでゆっくりすればいい。」

すると美沙香は鞄から何やら数冊の本とノートと筆記用具を取り出した。

「私は少し勉強させてもらうぞ。」

本を見てみると看護学入門と書かれていた。

そう言えば定時制の看護学校に通っていたんだと思い出した。

「大変だな。」
「学び甲斐がある。」
「なんで美沙香は看護目指しているんだ?」

何気無く訊いてみたが美沙香は神妙な顔つきになった。

「あ、悪い。言いたくなければ…。」

少し踏み込んだ話だったかと思い、無理に気にしない様に言おとするも美沙香は直ぐにいつもの表情に戻った。

「いや、大丈夫だ。」

しかしその後に続く言葉は出なかった。

「テレビ、消そうか?」
「問題無い。」

テレビの音よりページを捲る音にシャーペンの書く音がやけに聞こえる。

教科書の中はマーカーだらけ。ノートは付箋紙が大量に貼られている。

美沙香の勉学に励む姿を見ていると激しい落雷の音と閃光が鳴り響いた。

その瞬間ブレーカーが落ちたのであろう、灯りとテレビが一瞬で消え辺りが真っ暗になった。

「ひゃあ!」

思わず美沙香が聞いたことのない小さな悲鳴をあげた。

「停電だな。美沙香、ブレーカー分かるか?」
「玄関のところにあるはず…。」

スマホのライトを頼りにゆっくりと動き出す。

「気を付けろよ?」
「あ、あぁ。」

俺も後ろからスマホのライトを照らす。

ブレーカーの前まで辿り着きスイッチを押しているがカチカチと音が鳴るだけで復旧しない。

「あれ?点かないのか?」
「ど、どうしよ?」

これも初めて見せる不安げな美沙香。少し新鮮だ。

「とりあえず待つしかないだろ。断線してたら暫くは点かないかもしれない。」

すると美沙香は何も言わずに俺のシャツを握りだした。

流石に怖いのかもしれない。

「大丈夫。復旧するまで居るから。」
「…頼む。」

弱々しい声。全然いつもと違う。

失礼かもしれないが改めて女性と言う見方になった。

リビングに戻り2台のスマホのライトを蝋燭ろうそく代わりにする。

「ちゃんと非常時に備えて用意しとけば良かった。」
「仕方ないさ。とりあえず…音楽でも流すか?」
「いや良い。バッテリー上がるぞ?」
「そっか。」

斜め横の美沙香はまだ不安そうにしている。

暗いのが苦手なのか、すっかり意気消沈してしまっている。

「は、晴。」
「ん?」
「隣、いいか?」

まるで子供の様に怯えているのが分かり黙って少し横にスライドさせる。

美沙香は何も言わずに俺の隣に座る。

肩が密着し未だに続く激しい雨の音よりも、心臓の音が聞こえそうなくらい酷く脈を打っていた。

「私の…。」

沈黙を断ち切るかの様に美沙香は口を開いた。

「え?」
「私の…その、喋り方って、やっぱり変か?」

真剣でも、何かに怯える様な声だった。

「いや変と言うか…。」

どう返して良いか分からず言葉が詰まる。

「正直に言ってくれ。」
「うーん…。」

出会った時の事を思い返した。

「もう慣れたけど、最初は、なんて言うか。古風だなって感じだったかな。」
「こ、古風ぅ?」

意表を突かれたかの様に声が裏返っていた。

「馬鹿にしてるんじゃないぞ?なんか、テキパキしてると言うか。」

適切な言葉が見つからず、あたふたしていると美沙香が軽く笑った。

「まぁ言われてみるとそうかもな。」

何かに納得するかの様に、いつもの雰囲気に戻った。

「私は幼い頃からずっと祖父と暮らしていてな。その影響かも。」
「へぇ、そうなんだ。」

初めて美沙香の過去を聞けた。なんか嬉しい。

「厳しい人で、沢山叱られた。」
「そんなにヤンチャしてたのか?」
「いや、作法とか言動とかに厳しくてな。」

たまにぶっ飛んだ行動するのに…と思わず突っ込みそうになった。

「何より人の名前を間違えるなと口酸っぱく言われたな。」
「そう言えば直ぐに会社の人らの名前覚えてたよな。」
「お陰様で名前を覚えるのは得意だ。だから間違われると不快で。」

最初に桧山さんが美沙香の事をミカサと間違って呼んでから機嫌が悪いのを思い出した。

「まぁ良い気分にはならないよな。」
「あぁ、名前は大事だからな。」

名前…か。

レイに幽霊だからレイと適当に名付けた自分が哀れに思えた。すまん。

「でも良いお祖父さんじゃん。」
「あぁ。尊敬している、本当に…。」

心底そう思っているのだろう。徐々に優しい表情になってきている。

「その祖父は今、闘病中でな。」

その言葉に俺は息を呑んだ。またどう返して良いか分からず黙り込む。

「少し難しい状況で、なかなか進展がなくて。」
「…それで看護の勉強を?」

絞りに絞りきって出た言葉が質問みたくなる。

「あぁ。流石に医学を学ぶには金銭や時間に問題がある。なら少しでも近い、何か出来ることをしようと思って。」

美沙香の行動力に脱帽した。

これが大人なのかと改めて思う。

「すげぇな。」
「そうか?」
「目標があって、生活も一人でこなして、充分凄いよ。」

急に美沙香が遠い存在に思えた。

「それに比べて俺はなんも無いな。」

溜め息を吐きながら暗闇の天を仰ぐ。

「何かしたい事とかないのか?」
「あぁ…とりあえず実家からは出たいかな。」
「なんでだ?家族と上手くいってないとか?」
「いや…上手くとか、それすらないよ。」
「?」

さっき美沙香が家の事を話してくれたのが効いているのか、普段言いたくもない家の事情を自分から話す。

「俺、連れ子でさ。小学生の時に親父が再婚して。」
「…そうか。」

美沙香は黙って聞いてくれた。

「母親の方にも子供が居てさ。いきなり兄貴が出来て最初は戸惑ったな。」

今でも鮮明に覚えている。

親父が再婚して、今の家に越したと同時に自己紹介から始まったのを。

兄貴の方も一人っ子で弟が出来たのが余程嬉しかったのか、よく遊んでくれた。

「お母さんとお兄さんとは?」
「兄貴は自分が高校生になった途端、あんまり話す機会無くなったな。母親は特に…無いかな。」

誉められる事も無かった。
笑うところも見なかった。
まるで作業の様に淡々とこなしていると言う印象だ。

「ま、ウチは共働きだし。そんなコミュニケーションとか取らなかった。」

そう言うと沈黙が生まれた。

その空気が嫌でも間髪入れず口を動かす。

「俺が中三になった時に進学せずに働きたいって言ったら親父キレてさ。そっからなんか喋らなくなった。」
「なんで進学をしなかった?」

その問いに俺は喉から出そうになった言葉をを呑んだ。

「単純に学校が面倒だったからだよ。まぁ最終的には進学を選んだけど。」

本当は…俺なりの抵抗だったのかもしれない。

困らせて
話し合って
最悪ぶん殴られても良かった。

でも待っていたのは大人の屁理屈に似た説教だった。

『晴のためだから高校は行きなさい。』

俺のため?まるで俺の事を知っているかの様な言葉に怒りを覚えた。

どれだけ言葉をぶつけても、ロボットの様に繰り返され嫌気が差した。

「そうか。どこも難しいな、家族と言うものは。」
「家族…ねぇ。」

何故か腑に落ちない。

家族の暖かさや大切さに気付いていない以前に、家族と言うもの自体分からないからだ。

美沙香は俺の渋い表情を察したのか少し笑みを見せた。

「いつか私達にも家族が出来る。その時に分かるかもな。」
「そうかな?」

俺が親の立場?想像も出来ない。

「相手はいないのか?」
「何が?」
「付き合ってる人とか。」

自慢ではないが今まで付き合った事は無い。

「そんなの居たらここに居ないって。」
「そうか。そうだな。」

少しの沈黙。

「私も、いない。」
「そうか。」

また少しの沈黙。雨の音が若干静かになった気がした。

「もし晴が-」

何かを言いかけた瞬間、電気が復旧し辺りが明るくなった。

「お、点いた。」

外を見てみると雨が治まりつつあった。

「今なら大丈夫かな。で、なんだって?」

言いかけた言葉を改めて問う。

「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
「そっか。」

テーブルに置かれたスマホを仕舞う。

「帰るか?」
「そうだな。また降りだしたら厄介だし。」
「駅まで送ろう。」

美沙香も腰を上げる。

「いいよ。風呂入ったんだし。」
「優しいな、君は。」

そう言われ鼻っ面が熱くなった。

「そ、そうか?普通だろ。」
「じゃあ玄関まで。傘、使ってくれ。」

何本かある傘を適当に手にした。

「ありがとう。また会社に持って行くわ。」
「そうすると皆に茶化されるぞ?」

確かに、いつどこで傘を借りたんだとか言われそうだ。

「そうか。じゃあ…。」
「また家に来た時でいい。」
「えっ?」

その言葉に軽く胸が弾いた。また来た時って。

「いつでも遊びに。勿論私が家にいる時な。」
「そりゃそうだろうけど。」

返答に困っていると美沙香は踵を返し背を向けた。

「わ、私はまた勉強させてもらうからな。」
「あ、あぁ。じゃあまたな。」
「うん、また。」

玄関の扉を開け美沙香の家を後にした。

扉を閉める瞬間、背を向けてた美沙香が此方を向いて軽く手を上げていた。

俺も軽く手を上げ返した。

そして駅に向かい帰宅する。

道中に数十分前に話した空間が不思議な時間だったなと思い返す。

まさか家族の事を話し合うとは思わなかったからだ。

自然と話せた。

恐らく美沙香だから話せたんだろう。

今まで誰にも話した事無かったのに。



駅に辿り着き電車に乗る。雨はかなり小降りになってきた。

(帰ったらまだ居るのかな?)

次々と過ぎ行く景色を眺めながらレイの事を思い出す。

アイツにも家族は居たんだろう。

でも家族どころか自分の事も忘れてしまって、少し可哀想に思えた。

同時に不謹慎かも知れないが少し羨ましくも思えた。

自分も記憶を無くしたら家族と上手く出来るのだろうかと。

そんな下らない事を考えていると水色の合羽姿の子供が母親に手を引かれ乗車してきた。

「タクちゃん、走らないの!」

キュッキュッと音を鳴らしながら車内を駆ける少年。それを止める母親。

俺にもあんな光景あったのだろうか。想像もつかない。

「先生ぇーほら!足から音鳴るよー!」

母親と思っていた女性は先生と呼ばれていた。

きっと訳があるんだなと勝手に解釈した。

『どこも難しいな、家族と言うものは』

美沙香の言葉を思い出す。

この少年や先生と呼ばれた女性も色々抱えているんだなと思うと車内にチラホラいる人達にも視線がいく。

缶ビールを飲んでいる人。
音楽を聴いている人。
寝落ちしている人。
スマホと睨めっこしている人。

誰しもが家族が居たり居なかったり
居ても居ない存在だったり
居なくても居る存在だったり。

今日はやけに家族の事を考えさせられる日になった。
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