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第2章 六月~June~
第10話 雨乞い
しおりを挟む家に着いた頃には雨が完璧に上がっていた。
自然と小走りになっている自分がいた。
玄関を開けると洗面所から出てきた親父と目が合ったが、お互い何も言わずに自分の世界に戻る。
いつもなら何も思わない。
たださっきまで家族の話をしていたせいで、その態度が妙に癪に触ったが足早に階段を駆ける。
部屋の扉を開き灯りを点ける。
広がったのはいつもの風景。
そこにレイの姿は見えなかった。
(さっきまで居たのかな?)
俺が美沙香と花園を楽しんでいる間、一人で誰もいない真っ暗なこの部屋で待っていたのだろうか。
そう思うと少し罪悪感が生まれる。
明日はどうだろうか?
一瞬、頭を過った事に考え耽る。
次の日も仕事は休みで特に予定は無い。
初めての連休に対してゆっくり過ごすと言う選択肢もあるだろう。
なのに自分は何故、誰かと過ごす事をこんなに考えているのだろうか。
俺は、何がしたい?
今までに無い感情が交錯して眉間に皺が寄り、思わず頭をかきむしった。
「あぁ」と自棄になり声を出すと、棚に置かれた熊の縫い包みが目に入った。
あれを眺めて楽しむだけなんて酷だろうと同情に似た気持ちを抱いた。
もし明日レイが姿を見せたら今日行った花園に連れてってやろう。
そう思いつき、明日の事をずっと考えながら次の日を迎える事にした。
激しく体を動かしているのが分かる。
息が切れて足も痛い。
でも意地になっているのか自分に鞭を打つかの様に気持ちを鼓舞させる。
すると誰かの声が聞こえた。
「頑張れーー!!」
力強く、優しく、元気の出る声が耳から頭にかけて届いた。
この声が凄く好きで落ち着いて、さらに気合いが入る。
負けれない。
負けたくない。
そう、強く思った。
とてつもない力が顎と拳に伝わっている。
まるで硬直しているかの様に横になっているのが分かりゆっくりと目を開ける。
「痛ぇ~…。」
肩から首まで力が入っていたのだろう、寝違いの様な痛さだ。
また夢を見た。
どこかで見た…と言うより感じたに近い不思議な夢だ。
それに夢の中で聞こえた声。
あの声、俺は知っている…様な気がする。
まだ寝惚けているのか思考が追い付かない。
スマホを見てみると朝の六時を回った所だ。
ここ最近、熟睡出来ていないなと思うと同時に窓のカーテンを開く。
分厚い雲が覆って朝と思えないぐらいに薄暗い。
「レイ。」
試しに声をかけてみたが返事がない。
「雨…降らないかな。」
あれだけ雨が嫌いだったのに何言ってんだと自分にツッコミを入れたくなる。
これでは一緒に花園に行く計画が無くなる。
別に良い…と思ってたはず、最初の頃は。
なのに今はどうにかしてレイに会うかと考えている。
日に日に俺の中で正体不明の幽霊から普通の女の子になっていた。
会って一ヶ月も経っていないのにこんなに変化があるのに対して不思議と違和感が無かった。
『頑張れ!!』
不意に夢で聞いた声が頭の中を貫く。
あの声、レイに似ていた気がして余計に頭が混乱する。
「あー!んだよ、もう。」
考えるのが怠くなりベッドに倒れ込む。
もう雨が降らなきゃ今日はゆっくりしよう。
そう開き直るかの様に再度布団の中に潜った。
すると部屋の外から扉が開く音と共に間抜けな欠伸が聞こえてきた。
「おーい、大丈夫かー?」
部屋の扉を開けられ兄貴が入ってきた。
「…なに?」
布団の中から顔を出し一応返事をする。
「いや最近晴の様子がおかしいって聞いてたから…なんか喋ってた?」
そんなに声出てたのかと一瞬手で口を覆いそうになった。
「ん?なんだこれ。」
兄貴は棚に置かれた熊の縫い包みを雑に持ち上げた。
その瞬間、腹から熱いものが込み上げたのがわかった。
「触るな!」
思わず声を荒げてしまった。
「お、おぉ、悪い悪い。」
兄貴はそれに驚いたのか元の場所に戻す。
「…今日は仕事じゃねーの?」
これ以上変な勘繰りを入れられる前に話題を変える。
「休み。小便行こうと思ったら晴の叫び声が聞こえてきたから。」
「あぁ…変な夢見たから、だよ。」
壁側に寝返りを打ち背を向ける。
「ふーん。ま、ゆっくりしな。俺はもっかい寝るわ。」
そう言うと兄貴は部屋を後にしようとする。
「なんかあれば俺に相談しろよ。」
らしくない…いや、久々に兄貴らしい態度に少し心が落ち着いた。
「…うん。」
静かに扉が閉められらる。
『俺に相談しろよ。』
小学生の頃、よくそう言われた。
内容は笑えるくらい浅はかな事だ。
ゲームの攻略法。
サッカーのリフティングのコツ。
速く走るためにはどうするか。
勉強や恋沙汰は無かったな。
今思い返すと相談と言うより兄弟らしい事をしていたんだと改めて思った。
まぁどれも当てにならなかったが。
結局ゲームは俺の方が上手かったし、リフティングはお互い出来なかった。
速く走るために裸足で走れば良いと言われ実行した結果、足裏を怪我した記憶。
それでも何かあれば相談しろよと言われてた。
鼻で笑えるくらい薄っぺらい相談だ。
それでも当時はよく"相談"してもらったな。
再度寝返りを打つと目線の先に熊の縫い包みがあった。
さっきは何であんなに腹が立ったのだろう。
ベッドから出て縫い包みの頭に手を置く。
「お前のせいだからな。」
小さくそう愚痴った。
窓を見ると相変わらず分厚い雲だらけの空。
今にも雨が降りそうだ。
降るなら降れ!と心の中で叫んだ。
アドレナリンが出てきているのか眠気も気だるさも無くなってきた。
妙に落ち着かず俺はテーブルに置かれた小さなメモ用紙を手に取り棚から輪ゴムのケースを出す。
俺は折角の休日の朝っぱらから何をしているのだろうか。
メモ用紙を数枚取って一部を捻り輪ゴムで束ねた。
のっぺらぼうの不細工なてるてる坊主の完成。
ポスターが貼られてある画鋲に輪ゴムを着けて、てるてる坊主の首に連結させてみる、逆さに。
気休め程度、それすら儘ならないだろうが作って飾ってみた。
「なーにやってんだよ、俺。」
自分が酷く哀れに思い失笑してしまう。
それに満足してしまったのか一気に瞼が重くなった。
欠伸も出て涙も出てきた。
まだ早いし二度寝を決めようとするも、ベッドに行く事すら面倒でテーブルに上半身を預ける形で目を閉じた。
数回の深呼吸で意識が遠くなっていくのが分かった。
どこか懐かしい空間…ここは教室だろうか?
周りには知らない面子が俺に向かって駄弁っている。
すると教室の入り口に一人の少女が遠慮気味に顔を覗かしているのが分かった。
周辺の野郎達は茶化しているのだろう、ニヤニヤとこっちを見る。
小恥ずかしくなりその輪から外すと同時に少女が何やら渡して来た。
可愛いらしいピンク色の布に包まれた少し大きめの箱。
それを開けると…
腕から手先にかけて痺れと若干の痛みで目が覚めた。
テーブルに体を預けたまま寝たせいだろう。
部屋の中は薄暗く…雨音が聞こえていた。
それが確認出来た瞬間に顔を上げた。
「おはよう。」
とても久々に見た気がした。
対角にレイが座ってこちらを見てそう言った。
「お、おはよう。」
「こんな所で寝たらまた風邪引くよ?」
「あぁ、気を付けるよ。」
言葉が続かなく静かに雨音だけが聞こえてくる。
「あの-」
「あの-」
全く同じ言葉タイミングで重なった。
「えと、晴君からどうぞ。」
「いやそっちからで良いよ。」
「ん。」
するとレイ壁に貼られているポスターに向けて指差した。
「なんで逆さまにしてるの?」
向けられた方向に目線をやると、朝方に作った逆さのてるてる坊主だった。
「えーと…」
「雨、降ってほしかったの?」
流石のレイでも逆さのてるてる坊主の効果は知っているみたいだ。
「…別に。単なる暇潰し。」
正直に話すのに対して抵抗感と言うより小さな子供が屁理屈を言うように返してしまった。
「雨降っちゃうよ。」
軽く笑いを見せるレイ。
その姿に少しの安らぎに近い感情が生まれた。
本当に何でだろう。日に日にレイに対する見方が緩くなっていると言うか心を許している気がする。
「花とか…。」
「え?」
「レイは花とか興味ある?」
変な意地を張るのは辞めよう。そう自分で言い聞かせる様にし訊いてみた。
「好き!そんなに知らないけど。」
思わず鼻で笑ってしまった。想像通りと言うか、いかにもレイっぽい。
「え?なになに?」
「いや、もし…あれだったら。」
「?」
言葉が詰まりながらもレイに花園のイベントの事を話した。
「いいなー!見たい見たい!!」
これもまた想像通りで自分の頬が緩んでいくのが分かった。
「行ってみるか?雨降ってるけど。」
「…いいの?」
「レイが良かったら。」
そう言うと満面の笑みを見せた。
「行くっ。今直ぐ行く!」
立ち上がり今にも飛び出そうとしそうな勢い。
「ちょ、ちょっと待って。」
俺達は電車に揺られながら昨日訪れた花園に再び足を運ぶ事に。
もう日が暮れるとは言え、日曜日だからか電車内は乗客が多かった。
「人いっぱいだね。」
一席だけ空いていたのでアイコンタクトで座るように促す。
レイは素直に座るが覆い被せるかの様に一人の青年が腰かけた。
「わ!私座っていたのに!」
慌てて立て直す。
「へへ。見えないから仕方ないよね。」
不思議な光景だ。
しかしそれは周りがレイを見えない触れれないとかじゃない。
本当に生きてるかの様に振る舞い、普通の人間と思えたからだ。
雨が降り頻る中、しばらくすると到着した。
幸いに室内花園もあり問題無く営業していた。
「うわーー!凄い!!」
子供の様に無邪気に園内を走り回りだす。
雨天のせいか昨日より人は少ない。
「綺麗だねー。あ!あっちもっと凄いよ!?」
楽しんでくれているようだ。
それを見るとこっちまで嬉しくなる。
今まで何をするのにも億劫だったのに、今は何故こんなにも積極的になったり、楽しいことや嬉しい事を共感出来ているのか分からない。
ただ、そんなことどうでも良いと思えるくらい今が楽しかった。
「晴君!いっぱい色あるよ?」
昨日も見た色鮮やかな紫陽花が咲き並んでいる場所だった。
「本当綺麗。」
目を輝かして見ているレイ。
それを見ていると気付いた。
以前よりも…薄く、透き通っている様に見えた。
目が疲れているのかと思い、瞼を強く瞑って再度確認するが変わらない。
「お前…。」
思わず声が漏れた。
「ん?」
「あ、いや…。」
折角楽しんでいるのにこんなことを言うのも気が引けた。
「…どの色が好き?」
苦し紛れに出た言葉、昨日も出た質問だった。
「ピンク!!」
即答で答える。
「晴君はっ…て…ゴメン、調子に乗っちゃった。」
周りに人がいるからだろうか、あまり俺が喋れない事に気を遣ったかの様に言葉を詰まらせた。
「青。」
独り言の声量で返す。
周りがどう見ようが思おうが、どうせそいつらは今後会わないだろうしと開き直った。
「うん!青も綺麗だね!ところで、このお花は何?」
「紫陽花、だよ。」
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