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第3章 夏~Summer~
第11話 溽暑の夕暮れ
しおりを挟む「縁日?」
「あぁ。七月に入って最初の週末にやるんだ。」
すっきりしない天気の中、朝方の昼休み。
昼食を摂っていると美沙香の家の近くにある神社で縁日があると聞いた。
「結構大きな祭りみたいなんだ、良かったらどうだ?」
「縁日かぁ…。」
いつだったか誰かと花火大会なのか、何かの祭りを楽しんでいる夢を見たの思い返す。
「都合、合わないか?」
「いや別にこれってないけど。」
「じゃあ行こう!」
やや強引に誘われるも嫌な気は一切しなかった。
「あぁ。確かちょうど七月最初の日曜日は休みだったはずだし。」
「私もだ。」
俺の休みを知っていたのかと訊くのも野暮だと思い何も言わず美沙香と縁日を回る約束をした。
「今度はっ…と。」
何か言いかけたのを自ら止めだす美沙香。
「ん?なんだ。」
「いやなんでもない。気にするな。」
「?」
流石にその日は晴れてほしいな。
と思ったがものの数秒で、その気持ちが揺らぐ。
また…考えてしまった。レイの事を。
花園に行ってからまた姿を見ていない。
梅雨が、雨の季節が徐々に終わりに近付いているのと同時に、このままレイ自体居なくなるんじゃないかと思ったからだ。
凄く…遣る瀬無い、と言うかハッキリとした感情が出てこない。
自分の事なのに釈然としない。
「今度は晴れてくれたら良いな。晴は雨男だからな。」
冗談ぽく笑う美沙香に対して苦笑いしか出来なかった。
「雨男、ねぇ。」
それで…それがいい。と思った。
何人かが対角線に横に整列している。
皆小さな声で何かを喋っているが上手く聞き取れない。
そんな中、一人だけ見覚えのある顔の女の子がいた。
初々しく、ぎこちない雰囲気だ。
噛みに噛みまくって周りは嘲笑している奴もいた。
でもその子は一生懸命何かを喋っている。
自分は笑えなかった。
何か必死に訴えかけている様にも見えて目が離せなく、耳を立てるかの様にしっかりと聞いた。
少し長い尺を取って彼女は話し終えた。
目が合うとその子は笑顔を見せて深々と頭を下げだした。
暑い…やけに体の中が湿っぽく思わず布団を放り投げる。
「ひやっ!!」
突如叫び声に似た小さな悲鳴が聞こえた。
その瞬間に目が開き上半身を起こす。
リモコンで灯りを点けると両手で顔を覆っているレイが居た。
「…なにしてんの?」
「えっと、そのぉ~。」
なにやらばつが悪い様な口調。
「パンツ一丁…。」
「あ?…わあぁっ。」
放り投げた布団で下半身を隠す。
寝る前、蒸し暑かったからいつものスウェットのズボンを脱いだのを思い出す。
「お前な、急に出てくるなよ。」
「ゴメンなさい。」
「別に良いけどさ。」
ズボンを履いて時計を見る。
二十一時前…また変な時間に目が覚めた。
「晴君。」
「ん?」
不意に呼ばれ時計に目をやったまま返事する。
「晴君。」
「なんだよ?」
「土屋、晴君。」
一体なんなんだ、何回も呼ばれるとどう反応して良いか困る。
「だからなんだよ?ズボンは履いたぞ。」
「え?あ、うん。」
「…。」
「…。」
変にぎこちなく外から小さな雨音と遠くからスクーターが走る去る音が聞こえてくる。
「お休み!」
「いや今起きたんだけど。」
「そ、そうだよね。」
「…。」
「…。」
再び沈黙。
改めて何を喋って良いのか分からないもんだと思っているとレイが踵を返した。
「私、ちょっとお散歩してくる!」
「え?」
「では!」
こちらを振り向いて軽く敬礼すると逃げるかの様に物音を立てず部屋から出ていった。
「お、おい!」
俺も追いかける形で部屋を出たがそこには誰も居なかった。
「なんなんだよ。」
急に現れて急に立ち去って忙しい奴だ。
少し拗ねた子供の様に口を尖らせている自分がいた。
(はぁ…トイレしてもう一回寝よ。)
数時間後にはまた起きて仕事に行かなくてはならないので少ない時間だがもう一度床に着くことにした。
美沙香と約束した当日。
十八時でもまだまだ外は明るい。
本格的に夏が来たと言う感じだ。
「人…多いな。」
約束した駅前に着くと既に人混みが出来ており、出店が多く並んでいた。
「晴、こっちこっち。」
美沙香の声が聞こえ、そちらに目をやると爽やかな水色の浴衣と簪で髪をまとめていた。
「おぉ。」
思わず声が漏れた。
「ふふ。どうだ?おかしくないか?」
「おかしくない。すげぇ…。」
間近で女性の浴衣姿を見ることも無かったので語彙力が無くなってしまう。
とても綺麗だった。
「実家まで取りに行った甲斐があった。」
そう言えば花園に行った時にそんな話をしていたんだと思い出した。
「わざわざ取りに?」
「せっかくの縁日だし、また着てみたかったんだ。」
話をしていると後ろから次から次へと縁日に来た人達が通り過ぎていく。
「結構来るんだな、人。」
「迷子になるなよ?とりあえず神社に向かおう。」
「子供か俺は。」
色鮮やかな提灯に遠くから太鼓と笛の音が聞こえてくる。
並んで歩いていると屋台から良い匂いがしてくる。
「何か食うか?たませんとかあるぞ?」
「うん、もちろん食べる。だが今は…あ!」
「ん?」
美沙香が何かに気付き、その方を見てみる。
お面売り場だった。
「え?買うの?」
「祭りに来てるんだ、当たり前じゃないか。」
「どっちが子供なんだよ…。」
半ば呆れていると本当に買いだした。しかもよりによって火男のお面を…。
「もっと他にあるだろ。」
「良いじゃないか。私の好みだ。」
「センス疑うわ。」
購入するやいなや頭の横にずらして火男のお面を被りだす。
「晴は買わないのか?」
「買わねーよ、お面なんて。」
「つまらない男だな。」
「つーかさ、被るなよ。恥ずかしい。」
「お面を被らないと意味無いだろ?」
度々美沙香のぶっ飛んだ行動や発言に驚愕するが今回は特にだ。
「それにしても暑いな。団扇持ってきたら良かった。」
暑そうに手で扇ぐ美沙香。
その姿は少し妖艶に見えたが、頭に火男のお面を被ってるせいで雰囲気がいまいち出ない。
そこがまた面白く笑えた。
「ん?何が可笑しい?」
「いや、なんでもない。」
また美沙香の新たな一面が見れたのも相まって余計に嬉しかったのか笑みが止まらなかった。
「そんなに変か?これ。」
頭に着けているお面を擦る。
「いや似合ってる似合ってる。」
「どっちなんだ?ふぅ…本当に暑いな。」
確かに夕方にしたら蒸し暑い。
人口密度が高いせいもあるだろう。
「何か冷たいものほしい。」
「じゃあなんか飲みもん買おうぜ。」
しばらく歩いているとクーラーボックスに飲料が大量に入って販売されてある店が見えた。
一本が自販機で買う倍の値段だが今日は縁日とあって深く考えるのを止めた。
「私はラムネ。」
「俺も同じので。」
そう伝えると元気の良い売り子のおばちゃんが笑顔で二つのラムネを差し出してくれる。
受け取ると凄く冷たく、一気に手先から体全体にかけて涼を取れた。
その隙に美沙香が会計を済ます。
「あ!またっ-」
「後で何か奢ってくれ、それで良いだろ?」
そう言う問題じゃないだろと言おうとしたら売り子のおばちゃんが明るく笑った。
「楽しそうだねー、ふたり!彼氏仲良くしなよ!」
そう言われるとさっきまで冷えていた体が熱くなった。
「いや別に付き合っ-」
「晴ー、行くぞ?」
既に背を向き先へ行こうとする美沙香を追う。
離れに移動しラムネを渡す。
「そんな急ぐなよ、マジで見失う。」
「…悪かったな。」
急に謝りだす美沙香。
「何が?」
「その、変に勘違いされたり。」
売り子のおばちゃんの早とちりの事だろうか。
そう解釈するとまた体が熱くなった。
「いや別に…。」
すると美沙香はラムネの蓋を剥がすとキャップとビー玉を押し当て、それと同時にラムネを飲み干す勢いでグビグビ飲み始めた。
しかしビー玉が邪魔してあまり減っていない様だ。
諦めて一旦落ち着いたと思ったら今度は頭に着けていた火男のお面を正面で被り出す。
「な、なんだよ?」
「…。」
どう言う状況か理解出来ず俺もラムネを開封し溢れないように一口飲む。
「すまない、少しお手洗いに。」
「あ、あぁ。」
まだ半分以上残っているラムネを片手に美沙香は小走りで去って行った。
「場所分かるのかよ。」
二口目のラムネを飲む。
爽やかな炭酸が喉から鼻へ抜ける感じが凄く気持ち良く美味しい。
「付き合ってる様に…見えるのかな?」
美沙香は不服に感じただろうか?
気を遣わせただろうか?
まんざら…でもないと思っただろうか?
縁日に来た人達を見ていると友達や家族、もちろんその中には恋人同士も沢山来ている。
俺達はその一つに見えたのか?
「あいつ…遅いな。」
なかなか帰ってこない美沙香。
逆に探しに行ったりして行き違いになると思い踏み止まる。
すると一つの出店に気付く。
小物や雑貨を販売しており、その中にある扇子に目を奪われた。
団扇がほしいと言ってたし、さっきもジュース代を出させていたと思い購入する事に。
小さな袋紙を鞄に入れ元の場所に戻ろうとしたら向かいの人にぶつかってしまった。
「あ、すいません。」
「ってーな、なに?」
明らかに人相が悪い奴だった。ついでに頭も悪そうだ。
「なになに?」
一緒にいた二人もこちらに気付く。
「喧嘩売られた。」
「マジ!?やる?やっちゃう?」
「お前まーた停学食らうっつーの、ハハッ」
周りも頭が悪そうな奴だった。
「詫びろや。」
かなり高圧的な態度だ。
「いや、謝ったけど。」
「聞こえねーよ陰キャが!」
すると凄い勢いで頬に衝撃と熱いものが襲った。
周りから悲鳴と響きが起こる。
虚を働かれた。
まさかいきなり殴ってくると思わず盛大に体ごと倒れた。
「いってぇ…。」
口に広がる鉄の味。舌で口内をなぞってみると内頬が抉れていた。
「ほら詫びろよ。」
次は髪を鷲掴みにされた。このままじゃタコ殴りにされ兼ねない。
でもこっちも手を出して警察沙汰になったら会社に迷惑をかけてしまう。
そんな悠長な事を考えていると新たな騒めきが聞こえた。
その瞬間に、それは風の如く現れた。
火男のお面を被った美沙香だった。
よく見ると既にもう一人は頭を抱えて埋まっている。
「なんだテメェ!?」
殴りかかって来た奴が美沙香を標的にしだした。
「美沙香っ!逃げっ-」
すると美沙香は自分より体が大きい男に対して流れる様な手つきで地面に叩き付けた。
「おぉー!すご!」
ギャラリーの一部が声をあげた。自分が変に冷静だったのが怖かった。
「晴!逃げるぞ!」
手を取られ強引に連れて行かれる。
恥ずかしいと言うか情けなくて泣きそうだった。
「ま、待てやコラ…。」
弱々しい声が後ろから聞こえたが観衆を押しきって必死に走った。
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