雨のち君

高翔星

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最終章 エピローグ

最終話 晴れ渡たる空の下で

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あれから当たり前にこなしていた日常生活が出来なくなった事がどれ程辛かったか。

最初は着替えも歯磨きも入浴も戸惑った。

まだまだ現実を受けとれない動揺や不安があったのか少しの工夫や行動で出来る事すら儘ならなかった。

だが美沙香や家族の皆、看護婦さん達の協力のお陰で徐々に新しい生活に慣れた。

そうだ、俺にはまだ右腕も両足も頭もある。

時には足を使ってこなしたり、口を使って行う事だってある。

一見行儀悪い姿に見えるかもしれないが片腕を失うとそうも言ってられない。

ごく稀に失った左腕に感傷が引きずり幻肢痛げんしつうと言う症状になるが直ぐに治まる程度。

それも美沙香や家族の存在があるお陰かもしれない。

「ん?」

雑誌を見ていると病院の窓から何かの気配がした。

ここは五階、気配も何も無いはずだが気になりベッドから身を出す。

八月も終わりだと言うのにまだまだ暑い。

雲一つ無い快晴だ。

すると下を見ると町のほうから一台の車がゆっくりと走っている。

よく見ると氷のマークを付けているのが分かった。

「うわ、いいな。」

かき氷屋が走っているのを見て幼い子供の様に胸が高鳴った。

今時珍しい、町が少し違うだけで新しい発見もあり久しぶりに高揚感を抱いた。

ここ最近娯楽を求める余裕も出てきたせいか、いても立っても居られなかった。

俺は速やかに病室を抜け出し看護婦さん達の目を盗みエレベーターに乗った。

見つかったらこっぴどく怒られるだろう。

だがそのシチュエーションすらも今の俺には高揚感を上乗せしてしまう。

まるで怪盗映画の主人公みたく物や壁に隠れて隙を狙い病院の裏口から出た。

途中患者さん達に見られたがまぁいいだろう。

告げ口等されたらされたで良い。

それよりも先ほど見た屋台車を目掛けて小走りする。

だがものの数秒で体がバテる。

「あっつ…。」

久々の屋外も相まって灼熱の太陽。

思わず足が止まる。

「あ…。」

同時にある事に気付く。

そもそも財布を持っていなかった。

あまりにも興奮してたせいか、まだ財布を手元に置いていなかった事を思い出す。

「はぁ~、アホかよ俺。」

ただ悪戯に汗を流しただけなのも癪だったので真っ直ぐ帰らず近くを散歩する事にした。

病院服のままなので本当に近くの公園に足を運んだ。

広くて整備されてある綺麗な公園。

夏休みだからだろうか、沢山の自転車を停め少年達が走り回っている。

「元気だなぁ、こんなに暑いのに。」

俺だったら冷房の効いた部屋でダラダラしてしまうだろうに。

そう自虐していたら向こうに大きな樹が見えた。

頭が日光の熱に晒されて熱い。木陰で少し休憩しようと足を運んだ。

途中途中、仲睦まじい老夫婦がベンチに座って何か喋っていたり、犬の散歩をする人、ランニングして汗を流す人など見れた。

人それぞれ過ごす日常がそこにある。

当たり前の事だがやけに干渉に走ってしまう。

「ふぅ。」

大きな樹の下で腰を着く。

芝生が心地よくて思わず体も横にしてしまう。

気持ち良い風が吹くのと同時に草木が揺れる音も心地良い。

少し蝉の鳴き声がまだあるぐらい。

まだ暑いがもうじき終わるんだ、夏が。

今年は夏が顔を出し始めた頃から色々あった。

本当に。

レイが急に現れて
美沙香と出会って、付き合って
仕事も順調に進んで
そして…。

また感傷的になってしまうと腰を上げた。

「俺は俺!」

開き直る呪文、俺が作った。

気休めかもしれないが意外と効果がある…と勝手に解釈している。

でも言葉とは凄い。

あれだけどん底に叩き落とされても美沙香が言ってくれた支え合うと言う言葉にどれだけ救われたか。

そう言えば以前、どこか違う場面でも呪文の様な言葉があったはず。

「なんだっけ?」

青空を眺めながら考えていると不意に風が大きく吹き出し思わず顔を伏せた。

全然散髪に行っていなかった髪も激しく乱れた。

風が収まりゆっくり目を開く。






目の前には黒い髪に白いワンピース姿。

体の至るところが透けた人物。

思わず目を見開いた。






「レイ…。」

そこにはいつかの雨の日に、突如として姿を消したレイだった。

「お前…なんでっ。」

言いたいことが沢山ありすぎ頭で分かっていでも口が回らない。

するとレイは俯き、肩を震わせながら泣き出した。

「な、なんだよ?どうしー」
「ごめんなさい…ごめんなさい!!」

震えた声から赤子の様に泣き出した。

「私っ逃げ出して!晴君を…いっぱい悩ませて!それにその腕…。」
「いやそれより…なんで。」

また俺の前に現れたのかを訊きたくてもどう展開していいか分からず固まってしまう。

「最後にちゃんと謝りたかったの。」
「最後って…。」
「私ね、途中で気付いたんだ。」

もう消えかけている手で涙を拭いながら必死に訴えかけるようにレイは言葉を続けた。

「なんで消えかけているのか…それは。」

刻が止まったかの様に風も周りの音も無くなっていた。

「未練…が無くなっていっているみたいで。」
「未練?」
「それが無くなってしまうときっと…。」
「それって、成仏するって事?」

ゆっくりと首を縦に降るレイにどう言葉をかけて良いか未だに分からない。

「そ、そもそも未練てなんだよ?それが無くなるってのも分からないぞ。」

かける言葉は質問だった。

だが事実そうだ。

レイの未練に成仏する状態、これが何か全く見当がつかない。

「雨の日に…。」

再びレイの口がゆっくり開く。

「私走って逃げた日あったよね?」
「…あぁ。」
「その時に思い出した…じゃないかも。ちょっと前から思い出し始めてたんだ。私が生きていた時の事を。」
「え?」

レイの過去。

何故か聞きたくない様にも感じた。何かを恐れる様に。

「死んじゃう前にある人と一緒にいたの。その人と雨の日に交通事故に遭って。」

それを聞いた瞬間に背筋が凍る感触と共に幻肢痛が再発した。

だがレイの話をしっかり聞くためにも顔が少し歪みながらも引き続き聞いた。

「彼は助からなかった。でも私は一度助かった。記憶を失くして。」
「…。」
「でもしばらくしたら、目の前に居たんだよ。」

レイがゆっくり俺の前に歩み寄って来る。

「土屋、晴君。」
「え?」
「あなたは…はるかの生まれ変わりなの。」

遥?人の名前、か?

「誰?」
「私の、大好きな人。」

思わず言葉が失った。

そいつが俺の前世だと言うのか?

「きっと私、死ぬに死ねないって想いが募っていたんだと思うんだ。記憶が失くなっても。」
「…。」
「そこである日、晴君の前にいて、なんとなくだったけど一緒に居ようと思った。」
「なんとなく、かよ。」
「ごめんね。」

少し落ち着いたのか、腫れた目のままレイは小さく笑った。

「でも晴君と過ごしてるうちに…その。」

途端に顔を伏せてしまう。

相変わらずコロコロ表情が変わる奴だ。

「なんだよ?」
「えと、ん~。」

止まったていた刻が動いたかの様に再び風が吹いた。

「好きに、なっていって。」

俺はどこかでその言葉を待っていたのかもしれない。

だが俺は認めたくなかったのかも知れない。

「あのな…悪いんだけー」
「分かってる。晴君には、お相手いるもんね。」
「…。」
「私、悪い子なんだ。晴君が今の恋人ひとと居るの知っててもずっと一緒に居たいって。」
「…でもさ?」
「うん?」

認めたくない理由はまだあった。

「それは、俺が遥の生まれ変わりだからだろ?」

少し声に力が入っていた。

「それに何でソイツは勝手に成仏してんだよ。相手は死んだって言うのに。」

そんな薄情な奴の生まれ変わりだと思うと遣る瀬ない。

「私、一度助かってるからさ。きっとそれが分かって先に。」
「あ…。」

そうか、レイは一度助かったんだった。

混乱してて先程聞いた事すら頭から抜けていた。

「あの雨の日、私走りながらこのまま消えてしまいたいって思った。けどまだ頭から離れなかったんだよ。」
「居たのか?ずっと。」
「うん。何故かそれ以来雨の日じゃなくてもね。」
「じゃあ…。」
「ごめんね、隠れていたみたいで。」

事故にあった瞬間の事を思い出す。

今でも怖いぐらい鮮明に覚えている。

俺を呼ぶ声。

そこにはしっかりとレイの声も聞こえたんだ。

「俺さ、雨の日嫌いだった。じめじめしてて足場も悪いし憂鬱になる気分しかならなかった。」

今思うと前世の記憶が影響しているかも知れない。

「でもレイと会ってから、ちょっとだけ雨の日来ないかなって思ってきて。」
「ちょっとか~。」

少し苦笑いを見せる。

「なんか新鮮だな、晴れた日に会うの。」
「何故だろうね?記憶戻ったせいか分からないけど雨の日以外でも晴君が見えてさ。」

レイが少しずつ後退する。

「ちゃんと謝ろう、ちゃんと想いを伝えよう。それで本当にお別れ。」
「レイ?」
「彼女さんや家族の皆と末永く、幸せにね。それと…本当にごめんなさい。」

レイの目線が俺の左腕に向く。

「これはお前のせいじゃない。」
「お前はっ!」

出会って間もない頃を思い出し少し笑みが出た。

「なぁ!最後ならさ、本当の名前教えてくれよ。」
「名前?」
「あぁ。レイの、本当の名前を。」

当初、適当に付けた呼び名。

幽霊だからレイ。

今の彼女にはしっかりとした名前があるばすだ。

そう言うとレイは指を天空に指差した。






















「空!!」

眩しい太陽が目を焼き付ける。本当に綺麗な空だ。

「空…。」
「うん。青空の空!」
「分かってるよ。空、な。」

レイではない、空が駆け足で離れて行く。

「もし、私が次の命貰えたら、友達に…なってね。」

最後に空は再び泣き出しそうな声を出して大声で言った。

それを見て頬と目柱が緩み大きく深呼吸して言い放った。

「…こちらこそ!」

そして空は激しく手を振り満面の笑顔を見せてくれた。

「いってきます!」

その掛け声に反射的に俺も続いた。

「いってらっしゃい!」

あぁこれか。さっき気になったもうひとつの呪文。

アイツのいってらっしゃいと言う言葉から一日が始まって気持ちが安らぐんだった。

まさか逆に俺が言う日が来るとは思わなかった。

溜まっていた涙を拭うと次の光景には空は居なかった。

「あ…。」

再び風がなびき、優しく頬を撫でいた。

そこにいた姿はもう見えない。

本当に、終わったか。

いや始まりにしよう。

これからの俺達の物語を。










三年後。

勤めていた会社は一時退職となったが、あれから所長を始め、各部署の人が動いてくれて上肢障がい者でも働ける役職を作ってくれた。

音声認識ソフトウェアを使うデスクワークだ。

コンピューターの知識は疎かったが時間は腐る程あったので必死に勉強した。

美沙香も色々動いてくれてデザイナーやライターなども奨めてくれたが、何より俺のために新しい環境を会社全体まで巻き込んで変えてくれた所長の元で働きたかった。

家族の方は兄貴が独り暮らしする事になったぐらいかな。

二十歳になった時には皆で酒を交わした。

母さんは直ぐに寝てしまい兄貴は余計に喧しかった。

親父は一緒に酒を呑めて嬉しかったと少し泣いていた。

これからもこの家族を大事にしようと心に誓った。

そして美沙香は…。




「ふぅ。だいぶ様になってきたな。」

かなり長くなった髪を後ろに束ねて肩にかけてあるタオルで汗を拭き取る美沙香を尻目に小さな手提げ鞄を置く。

「なぁ手伝うって、俺も住むんだから。」

あれから美沙香と同棲することになり新居に荷物を整理している所だ。

重い物は全て美沙香と手伝いに来てくれた家族達が運んでくれた。

荷造りしてる時には所長を始め桧山さん達が軽トラを用意してくれた。本当に有難い。

「じゃあ段ボールの中身出してくれ。」
「分かった。」

美沙香は看護学を卒業し春先から俺が通っていた病院に勤務する事になった。

「えーと、どれから開封していけばいい?食器とか?」
「いやまずは保険証や証明出来る物からにしよう。」

そう言われて荷造りしていた物に手をかけていく。

「えと…どれだっけ?」
「ちゃんと書いとけ。」

美沙香の荷物にはマジックで割れ物や貴重品と丁寧に書いてあったが俺の荷物は何も書いてこなかったので適当に一つ開けた。

「あ。」

開けると最初に出てきたのは雑貨物で一番に手を取ったのが熊の縫い包みだった。

「随分可愛いの持ってきたな。」
「…。」

これを見るとあの時の夏を思い出す。

きっといつまでも色褪せない、不思議な一夏の思い出。

「飾っていいか?」
「もちろんだ。」
「あと俺の友達も紹介するよ。いつになるか分からないけど。」
「なんだ?急に。」
「是非美沙香にも知ってほしいんだ。俺の大切な友達。」

雨の日じゃない日で、皆と笑って青空の下で会おうな。


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