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幕間 番外編
いつか思い出す日々 前編
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「レインくーん……」
「――何を企んでいる、刹那?」
「あれっ俺ってそんなに信用無い?」
リビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいるレインの元へ、ソファの背もたれ越しにすり寄った。
コーヒーは俺が淹れたものだ。
更に茶請けのビスケットも用意してある。
「信用しているが、俺をレイン"くん"と呼ぶのはあなた自身がやましいと思っている時だ」
「そんな癖あったのか俺……。いやさあ、前に何かねだれって言われたじゃん」
「ああ、言ったな」
あれは二週間ほど前のこと。
阿摩羅事件が収束し、俺とベスも有給を終えた後はレインと違う家で過ごすようになった。
しかし仕事終わりや週末はなるべく会うようにしていて、二週間前もそんな感じで会ったのだが。
『わがままを言われたい』
デートの時、薄給の俺からレインは一銭も貰ってくれないものだから、代わりにしてほしいことはあるかと聞いてみたらそんなことを言われたのだ。
『わがまま……?』
『無理なら物でもいい。何か欲しい物は無いか。ねだれ』
『え、ええー……?』
半ば脅しに近い勢いで言われて怖かった。
どうやら離れていることでレインなりに鬱憤が溜まっていたらしい。
それを晴らす方法が俺からのわがままやおねだりのようだ。
相変わらずちょっとわからないレインの価値観だが、期待に応えるべく俺も頑張って考えてみた。
しかし欲しい物は基本的に自力で手に入れたいタイプの俺。
美味しい紅茶などはレインがこっちの家に遊びにくる時に手土産としてくれるし、ティーセットは良いものをアンティーク市で見つけたばかりだった。
悩みに悩んで二週間。
ようやくおねだりを思いついたのだが、それがレインの期待に沿うものだとはどうにも思えない。
そんな俺のやましさを見透かしながらも、レインは言ってみろと視線で促した。
「動物園に行きたいなって……。だから、その……貸し切り……とかしてほしくて……」
「そのくらい構わないが、…………なるほどな、あの子らのためか」
「ウン……」
あの子らとは、俺が任されている改造人間たちのことだ。
総勢約400人。
かつては3歳児程度の精神状態だったが、元々の知能は高かった上に阿摩羅事件後は俺が<異能>で補助したこともあって、今や全員18歳程度まで成長した。
手のかかる大きな子ども達だったが、反抗期も終え<異能>を暴走させることも無くなった。
すでに半数以上は養子として引き取られたり、自立を選んで社会に出ている。
全員が巣立つのも遠い未来ではないだろう。
サポートは先々まで続くが、俺の元からはいなくなる。
だからその前に、希望する子を全員連れてどこかに遊びに行けたらいいなと考えたのだ。
ひとときでも家族だった者として、将来思い出して笑顔になれるような記憶を残してやりたい。
そこで残っている子らに「どこ行きたい?」と聞いてみたら満場一致で動物園だった。
彼らはベスに育てられているため動物が大好きになったらしい。
となるとベスを連れて行かないわけにはいかず、黄昏の神鳥と有名なベスは人目を引くため貸し切りにする必要があった。
「やっぱだめ……?」
テトロさんに頼んでも良かったが、他におねだりが浮かばなかったのでレインに言ってみることにしたわけだ。
そんな俺の打算と妥協を正しく受け取ったレインは、苦笑しつつも俺の頭を撫でた。
今日は19歳の体なので素直にされるがままになっておく。
「不安そうな顔をするな。その程度のこと、いくらでも叶えてやる」
「! いいの?」
「もちろん。あなたの子なら俺の弟妹だろう、元より断る理由は無い」
「あいつら喜ぶよ、ありがとうレイン!」
ソファの背もたれ越しに身を乗り出してぎゅうと抱きつくと、レインも微笑んで俺の髪にキスを落とした。
「――だが、おねだりは別に考えておけよ」
「ひぇ……」
***
「晴れてよかったな~!」
レインが貸し切ってくれたのは国内でも最大級の動物園だった。
パンダやコアラがいるし、ペンギンもオオサンショウウオもいる。
ふれあい動物コーナーやショーも充実していて、子ども達はもちろん俺も前日から楽しみにしていた。
巣立った子やその保護者、ともに改造人間達を育ててくれているスタッフ達にも招待を送ったところ、ほぼ全員が参加してくれた。
久々に再会した家族にあちこちで歓声が上がっている。
「レイン、今日は本当にありがとう!」
ゲート前で全員並んで写真を撮って俺は感無量だった。
俺の大事な人達の写真。宝物だ、リビングに飾ろう。
「はしゃぎすぎて倒れるなよ」
「大丈夫、ベス被る!」
「ベスは帽子じゃない」
『ワンチャン帽子かもしれないじゃないですか……!』
秋も深まった季節だったが、日差しが強く半袖でも良いような気温だった。
そのため俺の頭の上からベスを降ろして帽子を被せようとするレインと、踏ん張るベスの攻防が繰り広げられる。
結局、ベスがつばの広い帽子を被って俺の上に立つことで収まった。
風通しが良いし日差しが遮られて涼しい。
専用に作られている帽子はベスの視界を遮ることもない。
発育不良だった体はベスとレインのおかげでかなり平均的な体型になったのだが、それでも精神系能力者である俺は貧弱だ。
そのせいか、ベスはもちろんのことレインまで過保護になってきたような気がする。
いや前からだったか……?
「懐かしいな~動物園。昔レインと一緒に来たことあるんだけど、あれ以来だ」
「そんなことあったか?」
事情は説明した上で、動物園側の好意によって改造人間達は自由に見て回れることになった。
全員を見送り、頭にゆらゆらと楽しげに揺れるベスを乗せ、俺もレインと共に歩き始める。
「小っさい頃だから忘れちゃったかもな。それにすぐ出ちゃったし……」
「なぜだ?」
「なんか草食動物はレイン見て怯えて逃げ回るし肉食動物は服従するしで、ちょっとした騒ぎになっちゃって……」
成長すると隠せるようになっていったが、幼い頃のレインは生まれながらに支配者であるというオーラが溢れ出していた。
そのため動物園に来ただけで人間は心酔し動物は怯えたり服従したりして、レインの周囲が小さな王国のようになってしまったのだ。
植物園や近所の森ではわからないことだった。
以降、レインが大きくなるまではあまり生き物と関わらせられなかったから、もっぱらベスと遊んでもらっていた。
「それは……苦労をかけたな」
「あはは、まあまあ大変だったよ。……だから、成長したお前ともう一度来れて嬉しい。強く育ってくれてありがとうな、レイン」
「……育ててくれてありがとう、親父殿」
にっこり笑ってみせると、レインも微笑んだ。
周囲は動物たちに夢中で誰もこちらを見ていない。
だからレインの顔が近づいてきても、俺は黙って目を伏せて――
『パンダのご飯タイムはじまりまーす!』
「パンダのご飯タイム!? 行こうレイン、ベス!!」
「……ああ」
響き渡ったアナウンスに俺の頭は白黒の動物で埋め尽くされた。
そう、実は俺も動物園を堪能するのはほぼ初なのである。
だから非常に――はしゃいでいた。
「――何を企んでいる、刹那?」
「あれっ俺ってそんなに信用無い?」
リビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいるレインの元へ、ソファの背もたれ越しにすり寄った。
コーヒーは俺が淹れたものだ。
更に茶請けのビスケットも用意してある。
「信用しているが、俺をレイン"くん"と呼ぶのはあなた自身がやましいと思っている時だ」
「そんな癖あったのか俺……。いやさあ、前に何かねだれって言われたじゃん」
「ああ、言ったな」
あれは二週間ほど前のこと。
阿摩羅事件が収束し、俺とベスも有給を終えた後はレインと違う家で過ごすようになった。
しかし仕事終わりや週末はなるべく会うようにしていて、二週間前もそんな感じで会ったのだが。
『わがままを言われたい』
デートの時、薄給の俺からレインは一銭も貰ってくれないものだから、代わりにしてほしいことはあるかと聞いてみたらそんなことを言われたのだ。
『わがまま……?』
『無理なら物でもいい。何か欲しい物は無いか。ねだれ』
『え、ええー……?』
半ば脅しに近い勢いで言われて怖かった。
どうやら離れていることでレインなりに鬱憤が溜まっていたらしい。
それを晴らす方法が俺からのわがままやおねだりのようだ。
相変わらずちょっとわからないレインの価値観だが、期待に応えるべく俺も頑張って考えてみた。
しかし欲しい物は基本的に自力で手に入れたいタイプの俺。
美味しい紅茶などはレインがこっちの家に遊びにくる時に手土産としてくれるし、ティーセットは良いものをアンティーク市で見つけたばかりだった。
悩みに悩んで二週間。
ようやくおねだりを思いついたのだが、それがレインの期待に沿うものだとはどうにも思えない。
そんな俺のやましさを見透かしながらも、レインは言ってみろと視線で促した。
「動物園に行きたいなって……。だから、その……貸し切り……とかしてほしくて……」
「そのくらい構わないが、…………なるほどな、あの子らのためか」
「ウン……」
あの子らとは、俺が任されている改造人間たちのことだ。
総勢約400人。
かつては3歳児程度の精神状態だったが、元々の知能は高かった上に阿摩羅事件後は俺が<異能>で補助したこともあって、今や全員18歳程度まで成長した。
手のかかる大きな子ども達だったが、反抗期も終え<異能>を暴走させることも無くなった。
すでに半数以上は養子として引き取られたり、自立を選んで社会に出ている。
全員が巣立つのも遠い未来ではないだろう。
サポートは先々まで続くが、俺の元からはいなくなる。
だからその前に、希望する子を全員連れてどこかに遊びに行けたらいいなと考えたのだ。
ひとときでも家族だった者として、将来思い出して笑顔になれるような記憶を残してやりたい。
そこで残っている子らに「どこ行きたい?」と聞いてみたら満場一致で動物園だった。
彼らはベスに育てられているため動物が大好きになったらしい。
となるとベスを連れて行かないわけにはいかず、黄昏の神鳥と有名なベスは人目を引くため貸し切りにする必要があった。
「やっぱだめ……?」
テトロさんに頼んでも良かったが、他におねだりが浮かばなかったのでレインに言ってみることにしたわけだ。
そんな俺の打算と妥協を正しく受け取ったレインは、苦笑しつつも俺の頭を撫でた。
今日は19歳の体なので素直にされるがままになっておく。
「不安そうな顔をするな。その程度のこと、いくらでも叶えてやる」
「! いいの?」
「もちろん。あなたの子なら俺の弟妹だろう、元より断る理由は無い」
「あいつら喜ぶよ、ありがとうレイン!」
ソファの背もたれ越しに身を乗り出してぎゅうと抱きつくと、レインも微笑んで俺の髪にキスを落とした。
「――だが、おねだりは別に考えておけよ」
「ひぇ……」
***
「晴れてよかったな~!」
レインが貸し切ってくれたのは国内でも最大級の動物園だった。
パンダやコアラがいるし、ペンギンもオオサンショウウオもいる。
ふれあい動物コーナーやショーも充実していて、子ども達はもちろん俺も前日から楽しみにしていた。
巣立った子やその保護者、ともに改造人間達を育ててくれているスタッフ達にも招待を送ったところ、ほぼ全員が参加してくれた。
久々に再会した家族にあちこちで歓声が上がっている。
「レイン、今日は本当にありがとう!」
ゲート前で全員並んで写真を撮って俺は感無量だった。
俺の大事な人達の写真。宝物だ、リビングに飾ろう。
「はしゃぎすぎて倒れるなよ」
「大丈夫、ベス被る!」
「ベスは帽子じゃない」
『ワンチャン帽子かもしれないじゃないですか……!』
秋も深まった季節だったが、日差しが強く半袖でも良いような気温だった。
そのため俺の頭の上からベスを降ろして帽子を被せようとするレインと、踏ん張るベスの攻防が繰り広げられる。
結局、ベスがつばの広い帽子を被って俺の上に立つことで収まった。
風通しが良いし日差しが遮られて涼しい。
専用に作られている帽子はベスの視界を遮ることもない。
発育不良だった体はベスとレインのおかげでかなり平均的な体型になったのだが、それでも精神系能力者である俺は貧弱だ。
そのせいか、ベスはもちろんのことレインまで過保護になってきたような気がする。
いや前からだったか……?
「懐かしいな~動物園。昔レインと一緒に来たことあるんだけど、あれ以来だ」
「そんなことあったか?」
事情は説明した上で、動物園側の好意によって改造人間達は自由に見て回れることになった。
全員を見送り、頭にゆらゆらと楽しげに揺れるベスを乗せ、俺もレインと共に歩き始める。
「小っさい頃だから忘れちゃったかもな。それにすぐ出ちゃったし……」
「なぜだ?」
「なんか草食動物はレイン見て怯えて逃げ回るし肉食動物は服従するしで、ちょっとした騒ぎになっちゃって……」
成長すると隠せるようになっていったが、幼い頃のレインは生まれながらに支配者であるというオーラが溢れ出していた。
そのため動物園に来ただけで人間は心酔し動物は怯えたり服従したりして、レインの周囲が小さな王国のようになってしまったのだ。
植物園や近所の森ではわからないことだった。
以降、レインが大きくなるまではあまり生き物と関わらせられなかったから、もっぱらベスと遊んでもらっていた。
「それは……苦労をかけたな」
「あはは、まあまあ大変だったよ。……だから、成長したお前ともう一度来れて嬉しい。強く育ってくれてありがとうな、レイン」
「……育ててくれてありがとう、親父殿」
にっこり笑ってみせると、レインも微笑んだ。
周囲は動物たちに夢中で誰もこちらを見ていない。
だからレインの顔が近づいてきても、俺は黙って目を伏せて――
『パンダのご飯タイムはじまりまーす!』
「パンダのご飯タイム!? 行こうレイン、ベス!!」
「……ああ」
響き渡ったアナウンスに俺の頭は白黒の動物で埋め尽くされた。
そう、実は俺も動物園を堪能するのはほぼ初なのである。
だから非常に――はしゃいでいた。
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