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最終章 消えたものと見つけたもの
1 『次はポテチとコーラをお供にテレビゲームです!!』
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「終わったなあ……」
『終わりましたねえ……』
「無職だなあ……」
『無職ですねえ……』
不可思議阿摩羅による全世界洗脳・鮫事件が終わってからもうじき一年。
再び暑い夏が訪れた時期に、俺はベスを抱いて虚空を眺めていた。
『正義の味方』の下っ端として、改造人間達を社会に出す役割を果たしてきたこの一年間。
皆で暮らした家に今はもう誰もいない。
今日、最後のひとりが巣立っていったのだ。
これで約400人全ての改造人間が社会へと旅立った。
サポート業務はまだあるがそれも間もなく引き継いで終わる。
この先子ども達から個人的に連絡を受けることはあっても、仕事としてはほぼ終わったも同然だった。
――つまり、俺とベスはもうじき無職になる。
「この先どうしようかねえベス」
『大学行きます?』
「うぅ……俺の最終学歴小学校中退だよ。いきなり大学はちょっとなあ……」
これからの候補はありがたいことにいくつかあって、その一つがレインの提案した大学だ。
とりあえず何でも興味を持つことからだと、様々な学部があって一年目は総合学習、二年目から好きな学部を選べる大学を探してきてくれた。
悪の力ですでに俺とベスとレインの籍があり、今は休学中ということになっている。
望めばいつでもキャンパスライフが始められるだろう。
しかし学力に問題がある俺は腰が重かった。
「いつまでも『正義の味方』にいるわけにもいかないけどなあ。これでも一応『悪の組織』の元総統だし」
『まあ、もう『正義』も『悪』も無いようなものですがね』
「そうなんだけどさあ」
阿摩羅を倒し『レーギア』の存在が世界中に周知された今、『正義』と『悪』はもう対立していない。
上位世界なんぞのために利用されてなるものかと、手を組んで事後処理と治安維持に当たっている。
夏の風物詩だった『大戦』も今年からは行われない。
代わりに夏祭りや大会など大規模なイベントが多数計画されているのだから人間は強かだ。
『珍しく歯切れが悪いですね、刹那。恋愛以外ではあなた結構思い切りが良いのに』
「うーん、なんか胸にぽっかり穴が空いたみたいになっててさあ。妙に疲れて何もやる気が出ない」
『……卵食べてますよね?』
「もちろん。喪失感かなあ、ずっと忙しかったのに急に暇になったし……」
『レーギア』の脅威は未だ去っていないとはいえ、立ち向かおうとしているのはもはや俺とベスとテトロさんだけではない。
俺より余程優秀な人達が世界各地でチームを組んで対策を講じている。
ベス曰く精神系能力者は体が貧弱な分頭の回転が早いことが多いらしいのだが、様々な検査の結果俺の知能は並よりちょっと上程度だった。
優秀な頭の機能は、人の顔を覚えることに全振りされているらしい。
だから『レーギア』については、知りうる限りの情報を渡した後は俺ができることは無かった。
ちなみに性格診断などもされて、どうやら俺はめちゃくちゃ寂しがり屋だから他人との関わりを求めて成長したのだろうと分析された。
恥ずかしかった。
『まあ、少し休んでもいいのでは? この家はしばらく使っていいそうですし、あなたは働きすぎでしたしね』
「休む……休むか……一日二日ならともかく長期休暇って何したらいいんだ?」
『ふむ。フッ……刹那よ、目の前にいる鳥を誰だとお思いで?』
「その赤い羽毛は……ま、まさか……!」
『遊び鳥のベスさんと呼ばれた過去を思い出す日が来たようですね!』
ベスが立ち上がりバサッと羽を広げる。
あまりにも威風堂々とした姿に俺は思わず拍手していた(俺たちの間ではしばしばこういった茶番が湧き起こる)。
『最高の休日の過ごし方、私が伝授して差し上げましょう!』
***
「最高~~~~!!」
『でしょう!』
俺とベスは今。
エアコンでキンキンに冷えた部屋で毛布を被り、ポップコーンとコーラ片手に映画を見ていた。
「あっはっは、サメだサメ!」
『刹那はいつも疲れ切った時に死んだ目で見ていましたが、サメ映画はベストなコンディションで見るのが楽しいんですよ』
「これをベストなコンディションで見る勇気無かったわ……! いやー楽しかった。次はこのキャンプ場にでかいイカ男が出るやつ見ようぜ」
『ああ、それ実際にあった事件ですよ。身体変化系能力者でした』
「えっそうなんだ」
『映画と違って炎系能力者にあっさり返り討ちにされましたけどね』
「へぇ~!」
晩御飯はピザの出前を頼み、発泡酒も開けて徹夜で映画を見る。
眠くなったらソファで寝て、次の日は昼に起きて転がる缶を片付けた。
「――いやー昨日は楽しかったなあ……」
『フッ、あの程度まだまだ序の口ですよ』
「な、なんだって……!?」
『次はポテチとコーラをお供にテレビゲームです!!』
「ゲーム!! ……って俺、やったことないな。できるかな?」
『羽取り足取り教えますよ』
子ども達用に買ったゲーム機はテレビ台に仕舞い込まれていた。
ベスが器用に取り出して何やらテレビと線を繋ぐ。
『はいコントローラー。ソフトはベスのベストチョイスでいきましょう。一通りのジャンルを遊び尽くすまで夏休みは終わりませんからね』
「うわあボタン多いな……」
これはストーリーが良くてこれは操作性が神がかっていて……とベスが説明してくれるがいまいちピンとこない。
ストーリーなら映画や本でいいのではないだろうか。
ボタンが多いコントローラーも説明してくれるがややこしくて、できる気がしなかった――
*
――数日後。
「あ……また朝……?」
『刹那、そろそろ寝なさい! ご飯もちゃんと食べる!』
「もうちょっと……次のボスまで……」
『あなたそう言って昨日の昼からずっとやってるじゃないですか!!』
ベスがぷりぷりと怒りながら俺の口に卵を捩じ込んできた。
寝るか食事を摂れ……とリセットボタンの上で足を構えられ、渋々コントローラーを置く。
「いやー面白いなゲームって。本や映画とはまた違った没入感がある……」
『全部実際にあった出来事ですからね、自分で動かして体験できるゲームと相性がいいんですよ』
「えっ全部ノンフィクション!?」
『この世の娯楽の大半はノンフィクションですよ? 脚色はされていますけど』
何を当然なことを、と言いたげなベスだが、俺には寝耳に水な話だった。
「じゃあ、恐竜を電気銃で撃つやつも?」
『800年ほど前、恐竜を生み出す能力者が暴走した事件がありました。電気系の能力者が鎮圧したんです』
「ゾンビ使って牧場経営するやつも?」
『ある地域の領主が屍を動かす能力者で……』
「魔王が『世界の半分をお前にやろう』って言うやつも?」
『そう言う能力者はちょくちょく現れていて……』
「冬休みを親戚の家で満喫するやつも?」
『それはまあ……近代の一部ご家庭あるあると言いますか……』
ベスが作ってくれた卵雑炊を食べながら、様々な歴史を聞く。
見てきたようにという例えがあるが実際に見てきたベスの話は面白かった。
「そうだったんだ……」
『刹那……あなたはもう少し歴史の勉強をしなさい』
「ハイ……」
――その後も俺たちは夏休みを満喫した。
二週間ほど、家の中だけではなく庭でスイカ割りをしたり焼き芋を焼いてみたり。
人と関わらせなかったのはベスなりの配慮なのだろう。
今街に出て親子連れなど見たら子ども達のことを思い出して寂しくなってしまうから。
俺たちはほとんどを家と庭で過ごした。
とても楽しい、充実した時間だった。
しかし初めての長期休みを満喫した俺はすっかり忘れていたのである。
――恋人への連絡を。
『終わりましたねえ……』
「無職だなあ……」
『無職ですねえ……』
不可思議阿摩羅による全世界洗脳・鮫事件が終わってからもうじき一年。
再び暑い夏が訪れた時期に、俺はベスを抱いて虚空を眺めていた。
『正義の味方』の下っ端として、改造人間達を社会に出す役割を果たしてきたこの一年間。
皆で暮らした家に今はもう誰もいない。
今日、最後のひとりが巣立っていったのだ。
これで約400人全ての改造人間が社会へと旅立った。
サポート業務はまだあるがそれも間もなく引き継いで終わる。
この先子ども達から個人的に連絡を受けることはあっても、仕事としてはほぼ終わったも同然だった。
――つまり、俺とベスはもうじき無職になる。
「この先どうしようかねえベス」
『大学行きます?』
「うぅ……俺の最終学歴小学校中退だよ。いきなり大学はちょっとなあ……」
これからの候補はありがたいことにいくつかあって、その一つがレインの提案した大学だ。
とりあえず何でも興味を持つことからだと、様々な学部があって一年目は総合学習、二年目から好きな学部を選べる大学を探してきてくれた。
悪の力ですでに俺とベスとレインの籍があり、今は休学中ということになっている。
望めばいつでもキャンパスライフが始められるだろう。
しかし学力に問題がある俺は腰が重かった。
「いつまでも『正義の味方』にいるわけにもいかないけどなあ。これでも一応『悪の組織』の元総統だし」
『まあ、もう『正義』も『悪』も無いようなものですがね』
「そうなんだけどさあ」
阿摩羅を倒し『レーギア』の存在が世界中に周知された今、『正義』と『悪』はもう対立していない。
上位世界なんぞのために利用されてなるものかと、手を組んで事後処理と治安維持に当たっている。
夏の風物詩だった『大戦』も今年からは行われない。
代わりに夏祭りや大会など大規模なイベントが多数計画されているのだから人間は強かだ。
『珍しく歯切れが悪いですね、刹那。恋愛以外ではあなた結構思い切りが良いのに』
「うーん、なんか胸にぽっかり穴が空いたみたいになっててさあ。妙に疲れて何もやる気が出ない」
『……卵食べてますよね?』
「もちろん。喪失感かなあ、ずっと忙しかったのに急に暇になったし……」
『レーギア』の脅威は未だ去っていないとはいえ、立ち向かおうとしているのはもはや俺とベスとテトロさんだけではない。
俺より余程優秀な人達が世界各地でチームを組んで対策を講じている。
ベス曰く精神系能力者は体が貧弱な分頭の回転が早いことが多いらしいのだが、様々な検査の結果俺の知能は並よりちょっと上程度だった。
優秀な頭の機能は、人の顔を覚えることに全振りされているらしい。
だから『レーギア』については、知りうる限りの情報を渡した後は俺ができることは無かった。
ちなみに性格診断などもされて、どうやら俺はめちゃくちゃ寂しがり屋だから他人との関わりを求めて成長したのだろうと分析された。
恥ずかしかった。
『まあ、少し休んでもいいのでは? この家はしばらく使っていいそうですし、あなたは働きすぎでしたしね』
「休む……休むか……一日二日ならともかく長期休暇って何したらいいんだ?」
『ふむ。フッ……刹那よ、目の前にいる鳥を誰だとお思いで?』
「その赤い羽毛は……ま、まさか……!」
『遊び鳥のベスさんと呼ばれた過去を思い出す日が来たようですね!』
ベスが立ち上がりバサッと羽を広げる。
あまりにも威風堂々とした姿に俺は思わず拍手していた(俺たちの間ではしばしばこういった茶番が湧き起こる)。
『最高の休日の過ごし方、私が伝授して差し上げましょう!』
***
「最高~~~~!!」
『でしょう!』
俺とベスは今。
エアコンでキンキンに冷えた部屋で毛布を被り、ポップコーンとコーラ片手に映画を見ていた。
「あっはっは、サメだサメ!」
『刹那はいつも疲れ切った時に死んだ目で見ていましたが、サメ映画はベストなコンディションで見るのが楽しいんですよ』
「これをベストなコンディションで見る勇気無かったわ……! いやー楽しかった。次はこのキャンプ場にでかいイカ男が出るやつ見ようぜ」
『ああ、それ実際にあった事件ですよ。身体変化系能力者でした』
「えっそうなんだ」
『映画と違って炎系能力者にあっさり返り討ちにされましたけどね』
「へぇ~!」
晩御飯はピザの出前を頼み、発泡酒も開けて徹夜で映画を見る。
眠くなったらソファで寝て、次の日は昼に起きて転がる缶を片付けた。
「――いやー昨日は楽しかったなあ……」
『フッ、あの程度まだまだ序の口ですよ』
「な、なんだって……!?」
『次はポテチとコーラをお供にテレビゲームです!!』
「ゲーム!! ……って俺、やったことないな。できるかな?」
『羽取り足取り教えますよ』
子ども達用に買ったゲーム機はテレビ台に仕舞い込まれていた。
ベスが器用に取り出して何やらテレビと線を繋ぐ。
『はいコントローラー。ソフトはベスのベストチョイスでいきましょう。一通りのジャンルを遊び尽くすまで夏休みは終わりませんからね』
「うわあボタン多いな……」
これはストーリーが良くてこれは操作性が神がかっていて……とベスが説明してくれるがいまいちピンとこない。
ストーリーなら映画や本でいいのではないだろうか。
ボタンが多いコントローラーも説明してくれるがややこしくて、できる気がしなかった――
*
――数日後。
「あ……また朝……?」
『刹那、そろそろ寝なさい! ご飯もちゃんと食べる!』
「もうちょっと……次のボスまで……」
『あなたそう言って昨日の昼からずっとやってるじゃないですか!!』
ベスがぷりぷりと怒りながら俺の口に卵を捩じ込んできた。
寝るか食事を摂れ……とリセットボタンの上で足を構えられ、渋々コントローラーを置く。
「いやー面白いなゲームって。本や映画とはまた違った没入感がある……」
『全部実際にあった出来事ですからね、自分で動かして体験できるゲームと相性がいいんですよ』
「えっ全部ノンフィクション!?」
『この世の娯楽の大半はノンフィクションですよ? 脚色はされていますけど』
何を当然なことを、と言いたげなベスだが、俺には寝耳に水な話だった。
「じゃあ、恐竜を電気銃で撃つやつも?」
『800年ほど前、恐竜を生み出す能力者が暴走した事件がありました。電気系の能力者が鎮圧したんです』
「ゾンビ使って牧場経営するやつも?」
『ある地域の領主が屍を動かす能力者で……』
「魔王が『世界の半分をお前にやろう』って言うやつも?」
『そう言う能力者はちょくちょく現れていて……』
「冬休みを親戚の家で満喫するやつも?」
『それはまあ……近代の一部ご家庭あるあると言いますか……』
ベスが作ってくれた卵雑炊を食べながら、様々な歴史を聞く。
見てきたようにという例えがあるが実際に見てきたベスの話は面白かった。
「そうだったんだ……」
『刹那……あなたはもう少し歴史の勉強をしなさい』
「ハイ……」
――その後も俺たちは夏休みを満喫した。
二週間ほど、家の中だけではなく庭でスイカ割りをしたり焼き芋を焼いてみたり。
人と関わらせなかったのはベスなりの配慮なのだろう。
今街に出て親子連れなど見たら子ども達のことを思い出して寂しくなってしまうから。
俺たちはほとんどを家と庭で過ごした。
とても楽しい、充実した時間だった。
しかし初めての長期休みを満喫した俺はすっかり忘れていたのである。
――恋人への連絡を。
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