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第二章  帝国編

幕間  翁が笑う

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白磁宮内のある一室にて。



その部屋の主人はノックもせずに唐突に部屋へと姿を現したその老人をちらと見やると、すぐに興味を失ったように視線を虚なものへと変えた。
とても入室を歓迎されているようには見えないが、構うことなく部屋への侵入者は笑う。


『ほっほっ……若君様におかれましては珍しくもご機嫌斜めでいらっしゃいますかな?』

『僕が不機嫌だろうとご機嫌だろうと君にはどうでもいいことだろう?
然して興味もないくせに』

『おやこれはつれないことをおっしゃる!!
儂はいつでも若君様を案じているというのに……。
その証拠にほれ、しかとお持ちしましたぞ?』

『ふーん…、ねぇ。
を持ってきた時点でお察しだけども、
取り敢えずはありがとうと言ったほうがいいのかな?
……調子が悪いんでね』


コトリとテーブルに置かれた小瓶を指先でピン!と弾くと手に取り、
中のものを少量手のひらに出して舐める。

すぅぅぅ……はぁぁぁー……

ゆっくりと深呼吸を繰り返している目の前の若者を好好爺然として只々ニコニコと見つめている。
しかしよくよく見れば、老人の笑みに細められた瞳の奥に愉悦が混じっていることが分かっただろう。
尤もー…彼の瞳を注視するものは、ここにはいないのだが。


『ありがとう、少しマシになったよ。
にしても、いいの?』

『ほ?
何がでございましょう』

『いつもはあの男の使いが来て金と引き換えで渡していたじゃない。
僕は君に何の対価も払ってないけど、
あの男がうるさいんじゃない?

まぁ彼も、それどころではないのだけれども。
…もう捕まったんだろう、?』

『ええ、ええ。
駒呼ばわりしておった若い娘さんが証拠の書類と一緒に陛下に洗いざらい喋ってしまいましてね、昨晩の内にしっかりと宮の牢に入れられましたぞ。
孫の話では、泰然自若な若君様と違ってとてもとても見苦しい様だったとか。
いやはや、取引相手としてはなんとも呆気ない小物ぶりでしたぞ。
なので若君様は対価などお気にされずとも全く問題はございませんぞ』

『そう。
あの子も義兄上を頼ったんだね。
刺客もみんなやられてしまったのかい?』

『流石は陛下直属の手の者といったところですかな。
結構な人数を割いたというに、大損害もいいところ……と、これは失礼。
部下のあまりの不甲斐なさについつい愚痴が溢れてしまいましたわい』


不甲斐ないだのなんだのと言ってはいるが、
この老人に部下を失った悲しみや任務の失敗に対する怒りの感情は見られない。
白々しい、と白けた視線を老人に送りつつ、
自身の義兄を頼った、かつて一度だけ会ったことのある女の子の姿を脳裏に思い浮かべようと試みて、やめる。
正直どうでもいいのだ。
彼女とした約束も、彼女の存在も。
ただ、


『でもさ、彼女ー…シェイラを勝手に持っていったのは気に入らないなぁ』

『おや?若君様はあのご令嬢に興味がおありで?』

『うん。
彼女は良いよ、義兄上には勿体無いと思ってね。
本当は僕が拐おうと思ってたのに、これじゃあね。
誘拐に失敗するだけならまだ隙はあったのに、一度成功したにも関わらず逃げられたんだろう?
警備も何もかもが厳しくなるし、これじゃあ義兄上すら殺せないよ』

『そこまでご執心とは…いやはや、恋ですかなぁ?
じゃが弁護するわけではありませぬがあの男と娘さんは上手くやったとは思いますぞ?
逃げられたのはそうー…少しばかりのでしょう』


老人はかの令嬢を守護する存在に気づいていながらそれを口にしなかった。
部屋の主人にしてみても、老人があからさまになにかを秘した事に気付いているのになにも言及しようとはしない。
どうせ言及したところで意味がないからだ。

小瓶を手の中で弄びつつ、老人に若者は問う。


『ねぇ、君なら彼女を…シェイラを僕の元まで連れてこれる?』

『ほっほ!!勿論ですとも!
儂がどうやっていつもここに参っているとお思いですかな?
孫も未だ後宮におりますし、幸いな事にがまだ残っております。
お連れしましょうかの』

『手段に興味はないよ。
それで、対価は何?
対価も無しに君が動くとは考えられないのだけど…』

『対価、ですかな』


一度言葉を切った老人はニタリと不気味な笑みを浮かべ、
若者の瞳を覗き込む。


『儂はしがない商人。
ただの商売相手には暴利を課しますが、本当のところ…
楽しませて頂ければそれで充分なのですぞ。
ほっほっ……楽しければ世はことも無し、が座右の銘でしてなぁ。
じゃから精々若君様も、今を楽しむと良いかと』

楽しむ、ね。


小さくそう呟いた若者をおかしげに見やるとそろそろ失礼、と老人の輪郭が


『では若君様、暫しのお待ちを。
いずれ手駒が貴方様に贈り物をお持ちになることでしょうからー…』


そう言って最後まで笑んだまま、老人は姿を消した。
その後短くない時間。
若者は只々ぼんやりと、彼の立っていた場所を眺め続けていた。


若者の苦しかった呼吸は、酷く落ち着いていた。
しかし顔色は以前より遥かに悪くなっている事に、本人が気付くことはなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※急用の為更新できずすんません!
本日はこの幕間から開始です!


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