12 / 13
番外編
昔語り〜秘書の興味と獣の嫉妬〜(下)
しおりを挟むどしん、と音がした後に痛てて…との声がバーテーブルを挟んだ向こう側の下方から。
目前には安曇さんの代わりに
「…あ。
お帰りなさい道鷹さん!!」
いつの間にか帰宅した道鷹さんが目前に。
急いで手を洗って水気を拭い、トタトタとキッチンから出て近寄ると、ギュッとすぐさま抱きしめられた。
「ただいま陸。
……いい子にしてたか?」
「た、たぶん」
「ならご褒美をやらんとな。
…寂しかったんだろう……?」
「……はい……」
たぶん僕は今、真っ赤になってしまっているだろう。
腕の中にすっぽりと囲い込まれ、耳を喰まれながら腰に直撃する声を耳に吹き込まれてしまったらどうしようもない。
ましてやここ最近彼はとても多忙だったのだ。
そんな色気たっぷりに囁かれたら、身体が熱を上げてしまう。
蕩然と見上げた先には彼の端正で漢らしい顔。
どんどん身体が火照り、自分が彼に酷く飢えていたことを自覚する。
(そんな顔、されたら)
熱の籠もった眼差しに焦され、
「陸……」
「道鷹、さん……」
やがて互いの唇と唇が重なる…ことはなかった。
「陸さんはともかく会長。
人を引っ張り転がしておいて存在を無視するの、やめて頂けません?」
冷え切った声で呟かれたそれにハッと安曇さんの存在を思い出して道鷹さんから身を離そうとし…
逆にグッと厚い胸板に顔を押し付け密着させられた。
「俺の留守中陸の見守りご苦労そしてもういいからさっさと帰れ邪魔だ」
「随分なお言葉をありがとうございます。
が、最後の一言が本音ですね?」
なんて心が狭い!
スーツの内ポケットからハンカチを取り出して目元にあてがい、
ヨヨヨとこれ見よがし且つわざとらしさ満点な仕草で道鷹の横暴を非難する安曇さん。
それに対して酷く苛ついた視線で睨め付ける道鷹さん。
僕が抱きこまれたままオロオロしている間も、
2人の剣呑(?)な会話は続く。
「大体…帰ってくれば、あれはなんだ。
陸に顔近付けて髪まで触りやがって。
近い、もっと距離取って話せ。
人のものを勝手に触るな!」
「話をしていたのだから顔を近付けても不思議じゃないでしょう?
あと髪は柔らかそうだったのでつい。
でも髪如きで優秀な君の秘書である僕を叱責するなんて狭量過ぎません?
…陸さんに愛想尽かされますよ」
「馬鹿を言うな、それはあり得ん。
仮に陸が引いたところで問題は全くないな。
何故なら俺の陸だからだ。
もういいだろう、さっさと帰れ」
「僕は陸くんとまだ話の途中なんですが?」
「なんで陸がお前にわざわざ俺との出会いやらを語って聞かせなけりゃならん」
「それは勿論僕の知的好奇心を満たすためですが。
というか…盗み聞きとは、趣味悪いです」
「即刻却下だ馬鹿野郎」
「あ、あのぉ~…?」
淡々とした口調でなされる言葉の応酬に堪らず声をかければ、
はぁ…と浅く息を吐いて、安曇さんが折れた。
「すみません陸さん。
そういう訳ですのでこれにて失礼致しますね。
お手製の昼食と話の続きを諦めるのは甚だ不本意ですが仕方がありません」
「せっかく豪華な食材を頂いたのに、なんかすみません!
玄関までお見送りを」
「こいつにそんなもの要らん。
帰れ帰れ」
「……このように心が狭く余裕も全くない上司が申しますので
お見送りは結構ですよ。
……逃げたくなったら言ってください、すぐに逃亡先を手配して差し上げます」
「おい?」
今度話の続き、聞かせて下さいね
ぎょっと目を剥く道鷹さんを他所にさらりと挨拶を済ませて、
優秀且つ好奇心旺盛な会長秘書は去っていった。
「……」
「……」
「……陸?」
「は、はい?」
未だ抱きしめられたままの僕は、その平坦な声にびくりと肩を跳ねさせる。
「随分気安く安曇に髪を触れさせて接近を許していた件について
何か申し開きは?」
「へっ!?い、いやその……と、特には……」
「……そうか」
そろぉりと上を見上げればそこにはニタリと獰猛な笑みを浮かべた道鷹さんが。
「陸………お仕置きだ」
次の瞬間には。
僕は道鷹さんに抱えられてバスルームへと連れ去られたのだった。
====================================================
※次話、R指定
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
620
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる